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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第六部・哀惜師友編
159/271

145.関平、戦いの真実を知る

◇関平の回想


興がいなくなって三年が経った。

僕が興を追放したと知った妹の蘭玉は、怒ってしばらく口を聞いてくれなかった。だけど興が実は謀叛を企む裏切者だったと伝えれば、蘭玉はもっと悲しむ。だから僕は真実を告げずじっと黙ったままでいた。


口惜しいことに、事態はすべて興の見立てどおりに進んだ。荊州牧・劉表殿は孫権とも曹操とも和平を結ぶことができず、孫呉の猛攻に晒されて黄祖は敗死し、要衝の江夏は陥落。北方では袁尚が首を斬られ、いよいよ荊州侵攻の時が迫るとの噂が聞こえて来た。


建安十三年(208)八月、劉表殿死す。


曹操軍二十万が怒涛のごとく荊州に押し寄せて来たとの報せが続々と届く中、後を嗣いだ劉琮はどう対処すればよいか分からず途方に暮れた。重臣の蔡瑁や蒯越(かいえつ)らの勧めに従い、劉琮は州を挙げて曹操に降伏した。無血開城した襄陽に入城する曹操を、万歳三唱しながら迎え入れる劉琮と重臣ども。その中には、家庭教師だった士仁先生も含まれていた。


僕らは降伏を潔しとせず、曹操に徹底抗戦するため劉備将軍に付き従っていた。


「混乱に乗じて襄陽を奪えば、荊州が乗っ取れるんじゃねえか?」


とゲスな考えを劉備将軍が口にする。興の言うとおり、荊州乗っ取りをたくらむ謀叛人は興や父上それに孔明だけではなく、仁義に篤い英雄だと信じていた劉備将軍も同様だった。自分が正論を振りかざすだけの甘ちゃんだったことに気づいた僕は、今さらながら心の中で恥ずかしく思った。


軍師の諸葛孔明は呆れるように、


「この期に及んでバカなの?たしかに兵を率いて襄陽に向かえば、荊州牧の座は奪えるかもしれない。だけど、大恩ある劉表の死の直後のどさくさに紛れて、州を奪い取った梟雄(きょうゆう)の汚名は免れないわ!

せっかく仁義に篤いフリをしてるのに、台無しじゃない!

私が狙っているのは、荊州牧なんてチンケな地位じゃなくて天下統一なの!勝手に動いて邪魔しないでちょうだいっ」


父上も孔明に同調して、


「なりませぬ!我ら直属の兵は二万と五千。仮に劉備将軍が荊州の奪取に成功したとして、簒奪の汚名を着せられた我らに従う襄陽の将兵は半分もおりますまい。彼らを加えた士気も奮わぬたった三,四万の兵で、どうやって曹操軍二十万に抗戦できましょうや?!」


二人に言い負かされた劉備将軍は憮然として、


「……じゃあ、俺はどうすればいいんだ?」


と孔明に尋ねる。


「逃げます」


「は?」


「今は逃げて孫権と同盟を結び、ともに曹操と戦うのです」


「アホか!孫権は荊州とは仇敵の間柄だ。そう都合よく事が運ぶわけないだろ?!」


「昨日の敵は今日の友。敵の敵は味方。唇滅べば歯寒し。昔からいろんな格言がありますが、それに当てはまるのがまさに今の状況です。

せっかく孫呉が苦心して黄祖から奪った長江の制水権を、曹操に横取りされるかもしれない。そう危惧する孫権は、間違いなく我々と組んで曹操の南進に対抗しようとする。必ずや孫呉の方から同盟締結の打診に訪れるわ。

だから今は、南に向かって逃げるのが正解。関平と陳到は、一足先に江夏に向かい城を占拠しなさい」


「江夏?あそこは黄祖が孫権に敗れてボロボロの廃城になっているんじゃなかったか?」


と劉備将軍が首をひねると、軍師の孔明はにこやかに笑って、


「ご心配なく。私が関興に再建を命じて、城壁の改修はすでに終わっています。我々は孫呉と同盟を結び曹操と戦う間、江夏を拠点とします」


と宣言した。


!!

僕は知らなかった。


《オレはこれでも荊州と領民を愛しているんでね。いずれ荊州が曹操に降伏する時が来たとしても、被害を最小限に食い止めるために、打てる手は打っておきたいと願っているだけですよ》


唐県を去って三年の間に、興はあの時の言葉どおり、軍師の孔明と組んで秘かに荊州を守る策を実行していたのだ。武器を揃え拠点となる城を改修し、僕たちが安全に逃げられる道を整備してくれた。それだけではない。舞や蘭玉が戦乱に巻き込まれないように、許都にいる()妃のもとに疎開させたという。


興が阿漕に稼いだ金はこのためだったのだ!


あの時、僕は「だからと言って、仁義にもとる悪業をして良いという理由にはならないぞ」と賢しらなことを言って興を非難したくせに、今はちゃっかりその置き土産を享受しようとしている。


(そんな興を、僕は裏切者呼ばわりし追放してしまった……)


今さら後悔の念に(さいな)まれる。父上が僕の頭をポンと叩いて、


「大丈夫。こんな事態になるとは、あの時誰も思わなかったんだ。興も笑って許してくれるさ」


と慰めてくれた。


 -◇-


だけど、もう一つ僕の心に刺さったままの疑念がある。それは、


――あーあ、父上も平兄ちゃんも死なないかなぁ?


と、興が僕と父上の死を願う発言をしたことだ。あいつは曹操に荊州を献上したうえで、改めて興自らが荊州の領主に任命されたいと望んでいるんじゃないのか?!


間もなく、諸葛孔明の予知どおり、孫呉の重臣・魯粛が同盟を持ち掛けて来た。僕は孔明の先見の明に感心し、彼女に惚れ直した。いよいよ曹操との世紀の対決が始まる、と思った矢先、孫呉の呉範という【風気術】師が江夏に現れ、孫呉と劉備将軍との同盟に反対しやがった。曰く、劉備将軍は裏切りと乗っ取りを幾度も重ね信用できないからだと。


何を言い出すんだ、こいつは?!曹操という巨大な敵を倒すために、過去は水に流して今は手を組むべきだろう。僕は呉範の非常識な言動を不快に思った。さらに呉範はその席で父上と僕の未来を占い、


「関羽殿は我が孫呉との同盟を反故にしたあげく、曹仁が籠る樊城を攻めるも攻略に失敗、息子の関平とともに我が軍の鉄槌を受けてみじめに死ぬだろう」


と予言した。不吉なお告げにその場にいた全員が凍りついた。僕はふとあの時興が語っていた言い訳を思い出した。


《オレはただ、将来味方に裏切られて死ぬ運命にある父上と兄上の危機を回避するために……》


《誤魔化すなっ!何故ガキのおまえが僕や父上の運命を見通すことができるんだ?そんな妄言が信じられるか?!》


僕はそう反発したが、あれは妄言ではなかった。どういうわけかは知らないが、興も僕と父上の未来を知っていたのだ。とすると、興が僕と父上の死を願った発言は、もしかしたらニュアンスが異なり、僕の誤解だったのかもしれない。だからこそ興は、


《オレは孫権が信用ならないので、曹操に和を乞い孫権と全力で戦う(1)案を推しますが》


と述べて曹操に近づき、その威光を利用して父上が持つ軍事力を増強しようとしたり、劉表殿を排して荊州を乗っ取る過激な作戦を提案したりもした。


そうだ。あの時たしか興はこう語っていた。


()()()()()()()()()、父上も平兄ちゃんも死なないかな?》


まさか興は、僕と父上が将来孫呉に殺されるのを防ぐため、敢えて裏切者の汚名を着てまで荊州の強大化を図り、孫呉の力を削ぐために動いている、のか?


事実、僕に追放され失意のうちに訪れた揚州では、興は敵の曹魏の参謀として潜り込み、【風気術】師の呉範の予言を覆して孫呉に奪われていた淮南の地をすべて奪還することに成功したという。


だとしたら、僕たちはこのまま劉備将軍の軍師・諸葛孔明の作戦に乗って、孫呉との同盟締結に賛成していいのだろうか?


 -◇-


そして起こった赤壁の戦い。


孫呉の周瑜の活躍で、曹魏軍の軍船は火の海に包まれ壊滅し、曹操の天下統一の野望は潰えた。勢いに乗った孫劉同盟軍は、曹魏の軍事拠点・江陵へ向かって反転攻勢をかけた。

その間隙を縫って、興は曹魏の主力から外された“Bチーム”のメンバーを率い、荊州から淮河を船で下って孫呉の本拠地である建業を攻め陥とすという離れ業をやってのけた。予想外の事態に、頭に血が上って猪突猛進して来た孫呉の無敵艦隊を罠に嵌めて、牛渚で叩きのめした。


一方、孫劉同盟から手を引いた父上は、興と連絡を取り合って曹魏の“Bチーム”と手を結び(興曰く「薩長同盟」と言うらしい)、傷寒病に倒れた曹操を治療するため医師の張仲景を遣わした。そして曹操の救出に成功した褒美として、父上は荊州の領有を曹操に認めさせた。


天下に名を轟かせる賢才・荀彧もが舌を巻いた以上の計略は、すべて興が立てたものだった。興はかつて語った抱負どおり、荊州の自立をその手で実現し、平和と領民の安寧な暮らしを守り、そして僕と父上のために孫呉の弱体化を図るという複雑な連立方程式を一挙に解いてみせたのだ。


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