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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第六部・哀惜師友編
158/271

144.関平、密談の現場に乱入する

「ふーん、兄上は意外と慧眼。父上と曹操が交わした密約を見抜く、核心を衝いた名推理だ。ねぇ兄上、オレがもし曹操の埋伏の毒だとしたら?」


「悪びれずにとうとう認めるつもりか?!」


ニヤリと不敵に笑う興に僕は詰め寄る。興は肩をすくめて、


「まさか。荊州を曹操に献上しようと(たくら)む獅子身中の虫は、蔡瑁・蒯越(かいえつ)ら劉表に仕える重臣どもですよ。彼らの言いなりになった劉琮が、曹操に荊州を差し出して降伏するんです。…おっと、これは言っちゃマズかったかな?」


「……何の話だ?」


「いえ、何でもありません。そんなことより、オレはこれでも荊州と領民を愛しているんでね。いずれ荊州が曹操に降伏する時が来たとしても、被害を最小限に食い止めるために、打てる手は打っておきたいと願っているだけですよ」


「父上もその話をご存じなのか?」


興は首を(かし)げ、


「さぁね。父上には父上の考えがあって、唐県を守るために曹操に近づく密約を交わしたんじゃないですか?

 領民の平和と安寧な暮らしを守ること、それが領主の果たすべき務めです。忠義だの仁徳だの、腐れ儒者が唱えるそんな空虚な掛け声だけでは、領地と領民の命を守ることはできません。掛け声だけで終わらせないためには、それを裏打ちするだけの実力を持つことが重要なのです。

 残念ながら、我々には軍事力も名声もまだ不足しています。オレが思うに、父上はそれを認識しているから、今のところ身を屈して大国に従属する道を選ぼうとしているにすぎません。オレの策:(3)劉表を排して父上が荊州牧の地位を乗っ取る道を選べば……」


「もういい!そんな話、聞きたくないっ!」


僕は逃げるようにその場を後にした。

興も、そして(興の話によれば)父上も、主君の劉表殿を裏切ろうとしている。忠義と仁徳を大切にしたい僕には到底受け入れ難い。


だから、諸葛孔明とかいう天才軍師が唱えた「天下三分の計」を知った時、これこそ自分の進むべき道だと目覚める思いだった。


憧れだったのかもしれない。

婚約者の舞のことは、決して嫌いなわけではない。漢の帝室の血を引く貴族で荊州牧の娘という高い身分にもかかわらず、舞は気さくで心優しい女の子だ。彼女は僕のことを大変気に入ってくれた。だけど婚約の席で初めて彼女とキスを交わした時、僕は何のときめきも感じなかった。


けれど諸葛孔明を一目見た瞬間、女神のような神々しさの漂う絶世の美女に、僕はうっとりと魅了されてしまった。これが恋という物か?


僕は、孔明にさらなる教えを乞おうと秘かに隆中の庵に向かった。もちろん、別の下心があったことは言うまでもない。ところが先客がいた。よりによって弟の興だ。二人は仲が良いのか、庵の中で親しげに話している。僕は物陰に隠れて二人の会話を盗み聞きした。


《ふう。劉備を追い返すことには成功しましたが、女神様、これで良かったんですか?》


《上出来よ!関興、あんた……の才能があるんじゃない?》


孔明も興の才能を誉めそやす。悔しい。そして興も彼女に対して親しげに“女神様”と呼んでいる。なんて羨ま…馴れ馴れしい。


《というか、なんでオレが女神様の茶番劇に付き合わなきゃならないんだよ?!》


《何よ、文句があるって言うの?》


《だって面倒くさいじゃないか!オレ、劉備嫌いだもん》


《うるさいわね!あんたは私の下僕なんだから、黙って私の言うことを聞いてりゃいいの!》


???

二人は我儘(わがまま)令嬢とそれに仕える召使いプレイでも楽しんでいるんだろうか?


《はいはい。それで女神様、これからどうするつもりですか?》


《シナリオより三年早いけど、劉備将軍が私を軍師に招く「三顧の礼」まで突っ走るわよ。関興には童子役を頼むわ》


《えー。女神様のくせにシナリオ改変に手を染めるんですかぁ?》


《なによ?!この世界の劉備は想像以上にクソ野郎だから、早いとこ調教しないとシナリオが狂うって言ったのはあんたじゃない!》


シナリオ?改変?この世界?いったい何の話だろう?


《オレは劉備のクソ野郎なんかさっさと見捨てて、もっとマシな男に乗り換えたらどうですかって勧めたつもりなんだけどな》


《はぁ?下僕のくせに、愛しい私の推しにイチャモンつける気?その減らず口に罰として再び【落雷】コマンドでもお見舞いしてやろうかしら?》


《ヒイッ。ず、ずるいぞ!そんな天罰でオレを脅すなんて……》


《分かってくれれば結構。私だって可愛い下僕を痛い目に遭わせるような真似はしたくないもの》


と言って、孔明は涙ぐむ興の髪をくしゃくしゃと撫でる。僕は興が羨ましくてギリッと唇を噛みしめた。


《ねぇ関興、あと三年も経てば劉表の爺は死ぬわ。その時あんたはどう動くつもり?》


《決まってるじゃないか。劉備や孫権のような碌でもない奴らに荊州を渡すわけにはいかない。曹操の威光を借りてでも、オレの手で荊州の自立を目指すさ!》


《呆れた。あんた、まだそんな絵空事を考えているわけ?》


《ああ。………、関羽のおっさんも平兄ちゃんも死なないかな?》


!!

今、興は何と言った?


――あーあ、関羽のおっさんも平兄ちゃんも()()()()()()()


まさか、興は僕と父上の死を願っている?そして曹操に荊州を献上したうえで、改めて自分が荊州の領主に任命されたいと望んでいるんだな?!僕は今はっきり覚った、興はやはり曹操にしっぽを振る裏切者だと。


《無理ね。私の説いた「天下三分の計」が発動すれば、曹操が荊州に侵攻するのは確定。後を継いだ劉琮は曹操に州を挙げて降伏する。今の劉備将軍の力ではどだい荊州の乗っ取りは不可能。なら、シナリオどおり荊州は()()()にする》


なんだって?

弟の興だけじゃない、憧れの諸葛孔明までもが荊州の破滅を願う極悪人だったとは!

僕は荊州牧・劉表殿の娘婿だぞ。こんな謀叛の謀議を知って放置できるか!?


「ふ、二人とも!悪だくみはそこまでだっ!」


僕は勇気を振り絞って声を上げ、孔明の庵に立ち入った。敵襲かと思い剣を片手に身構えた興だったが、僕だと分かると警戒を解いて、


「あれっ、兄上?!」


「誰よ、こいつ?敵ならさっさと始末しなさいよ、関興!」


「敵じゃありません、女神様。オレの兄の関平です。兄上、何故ここに?…っていうか今の話、もしかして聞いてたんですか?」


興はきょとんとして訊ねて来た。


「は、話を逸らすな!僕はこの耳でしかと聞いたんだ。主君の劉表殿をもうすぐ死ぬ爺と(あざけ)り、荊州を捨て石にするとか曹操に献上するとか、挙げ句に僕と父上の死を願うなんて、絶対に許さない!」


「待って下さい、兄上!誤解です。オレはそんなつもりじゃ……」


「黙れっ!今さら許しを請うとは見苦しいぞ!」


「オレはただ、将来味方に裏切られて死ぬ運命にある父上と兄上の危機を回避するために……」


「誤魔化すなっ!何故ガキのおまえが僕や父上の運命を見通すことができるんだ?そんな妄言が信じられるか?!

 興、このまま荊州を出て行け!そしたら父上にはおまえ達の謀叛の謀議のことを告発しない。兄としての最後の情けだ」


僕は興に最後通牒を突きつけた。


「あーもう、余計な邪魔が入ったわね。知力100の孔明が実行する策略は成功率100%なんだから。コマンド【SLEEP】!」


諸葛孔明の呪文(?)のせいで、僕は眠りについた。それから後のことは記憶にない。気がついた時には、僕は唐県の屋敷のベッドの上で横になっていた。

ただ、興は僕との約束を守ったのか、荊州を出奔して揚州に旅立ったそうだ。


このドタバタ劇の後、劉備が孔明の庵に戻って来て「三顧の礼」の二回目の場面(第49話~)に続きます。関興が揚州に出奔したのは、荊州の処遇を巡って女神孔明と決別したせいで、関平君に「出て行け」と言われたためではありません、念のため。

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