141.関興、元服する
オレ氏11歳(+女神様の成長加護で、身体は実質14歳)でついに元服した。
元服は少年が大人になった証しのお祝いだ。大人になるというのは子供が作れるという意味で、まぁなんだ、早い話が昨晩エロい夢を見たせいか、前世24歳で死んでから11年ぶりに夢精しちまって、人目をはばかりながら褌を手洗いしている所をうっかり侍女に目撃されちゃって、お赤飯を炊いて酒宴を催されました、ハイ。
そんな恥ずかしい話は置いといて、実はオレ、今までリミッターが掛かっていたのか、ほとんど伸びが止まっていたステータスが元服とともに開放されたらしく、
統率82 武力87 知力94 政治力81 魅力60
と関興の真の能力が明らかになった!!じゃじゃーん。
ちなみにKOEIのゲーム三國志の中の関興は、
統率76 武力86 知力63 政治力58 魅力74
だから、この世界でのオレ様の汗と涙の成果をお分かりいただけるだろう。
あ、魅力低っ!(プッ)という感想は無しな。
オレの能力がどれくらい優秀かと言うと、具体的には張郃(統率82)並みに兵を自在に指揮することができて、龐徳(武力87)と一騎討ちして互角に戦え、荀攸(知力94)と同等レベルの謀略を仕掛け(あるいは罠を見破り)、今は亡き広陵太守の陳登(政治力81)と同じくらい領民に慕われる善政を敷くことができる、まさにハイスペック仕様なのだ。いや、魅力60(並)では慕われているとは言い難いのだが……。
だがオレの場合、美少年の関平君すら魅了する天使のような微笑みだった赤ん坊の頃に比べて、これほど魅力の数値が減少したのは、腐れ儒者イヤミ三銃士(董昭・華歆・桓楷)や程昱、史実では魏の初代皇帝となる曹丕らに目の敵にされたせいであって、決してオレがモテないわけではないと断言しよう!
だってほら、ガールフレンドの鴻杏ちゃんから「関興君の顔って割と好きよ」って褒められたし(震え声)。いや、前世の秦朗そっくりのモブ顔なのは自覚してるけどな。
さて、「にぎやかな荊州の日常が戻った」とは書いたものの、一つだけ昔のような関係に戻れない点がある。
それは関平兄ちゃんとの仲だ。
オレにはショタ趣味やモーホーの気はないけれど、昔から美少年だった関平君は、精神年齢24歳の秦朗にとっては可愛い“弟”のような存在に思えてならないんだ。特に、弟のオレにいい恰好を見せようと、少し背伸びして大人びた言動をする関平君を見るたびに、微笑ましすぎて顔のにやけが止まらない(←キモいな)。ただでさえオレはモブ顔なのに、少し気を抜くとニヘラ~と緩み切った情けない顔になってしまうから、関平君と向かい合う時はいつも表情を押し殺して対面しているのだ。
……とまあ、こんな風に変態を隠すのに苦心しながらオレは関平君LOVEを貫いている(もちろん妹の蘭玉LOVEも)わけだが、彼は以前からオレに対して抱いているわだかまりを、いまだに解いてくれないんだよな。
先ほどオレの優秀なステータスを披露したが、関平君だって実は全然悪くない。
統率74 武力77 知力70 政治力71 魅力79
オール70台の安定した能力を発揮する関平君は、城の経営と防衛を安心して任せられる優秀な人材と言っていい。
が、弟のオレに劣るステータスにコンプレックスを抱いたのか、関平君はオレのことを避けているみたいなのだ。
うーむ。なんとか関係改善のきっかけが欲しいところだが……。
◇◆◇◆◇
●建安十五年(210)五月 唐県 ◇関平
僕には七つ年下の出来の良い(いや、出来が良すぎる)弟がいる。
昔、徐州で曹操に叛旗を翻して失敗した劉備将軍が、袁紹を頼って北に逃げたせいで、父上は独り下邳の城に取り残され、やむを得ず曹操に降った事件があった。その時に与えられた愛妾との間にデキた子なのだろう、ある日父上がまだ赤ん坊の興を連れ帰って来るなり、
「平、急いで支度しろ。夜のうちに出奔する」
「どちらへ向かうのですか?」
「劉備将軍が袁紹のもとを去り、荊州に客将として迎えられたらしい。彼を頼らざるを得まい」
その当時は、父上は劉備将軍に忠義を尽くして彼のもとへ駆けつけるのだろうと思っていたが、今振り返るとどうもそういう動機ではなかったように思う。
曹操から将軍に抜擢された父上は、その恩顧にみごとに応え、(主君の劉備将軍が在籍するにもかかわらず)袁紹軍を散々に蹴散らし、その褒美として漢寿亭侯の位を授けられていた。そのせいで、劉備将軍は再会した父上を罵り冷たくあしらった。が、父上はそれでも劉備将軍に頭を下げて従った。曹操の下で地位も名誉も富貴も手に入れていたはずの父上が、何故すべてを捨てて劉備将軍のもとへ去る気になったのだろうか?
その理由を僕は後日、図らずも興の口から聞かされることになる。
それはさておき、興は弟なのに僕や蘭玉とは全然似ていない。愛妾から生まれた子だとはいえ、興に罪はない。僕は可愛がってやろうと心に決めた。興も僕に懐いてくれた。僕があやしてやると、興はキャッキャッと嬉しそうに声を上げ、天子のような微笑みを見せた。とても愛おしいと思った。
荊州牧の劉表殿から曹魏との国境に近い唐県の統治を任された僕たちは、いざ封地に赴任してみると愕然とした。県とは名ばかりで、耕作地は放棄されて荒地に変わり、領民もまばらで死んだ魚のような目をしていた。それもそのはず、荊州は平和で安全と言われていたが、それは州都の襄陽がそうだという話で、国境地帯は敵の侵略が連年のように続いて治安が乱れ、多くの者は安全な地へ疎開してしまったのだ。残されたのは、他に行く宛てのない小作人。せっかく畑を耕しても敵や山賊に略奪され、彼らはすっかり生きる気力を失くしていたのだった。
どうしたものかと悩む父上を前に、興が不思議な片鱗を見せる。
生まれてまだ三か月しか経たないのにもうハイハイで這い回る興は、突然本棚の『史記』を取り出してページをめくると、ある記事を広げて「バブー」と叫んだ。まるで「ここを読め!」と教え諭すかのように。
そこには西門豹が荒野に灌漑を施して開墾し、国有数の穀倉地帯に変えた逸話が載っていた。たぶん偶然なのだろう。だけど父上は深く感じ取ったらしく、翌日から兵士に鋤や鍬を持たせて水路を築き、荒地を再び耕作地に変えていった。時おり襲って来る山賊や敵軍は、一騎当千と名高い父上がやすやすと討伐した。
唐県の治安は見る間に改善し、収穫の秋には稲穂が実り、二年も経てば領民は安心して暮らせるようになった。
それだけではない。興のアドバイスで、荊州と曹魏の価格差を利用して余剰の兵糧を密売し莫大な利益を上げるとともに、隣接する曹魏の田豫(父上の昔誼みらしい)と相互不可侵の密約を結ぶことにも成功したのだ。
四歳になった興は、僕と並んで武術の稽古や学問を習うことになった。僕は七歳も年上なのに興に敵わなかった。弓を引けば的に百発百中、剣の練習試合では、宙返りしながら軽々と僕の攻撃を躱す余裕を見せつつ、隙を見て僕の鼻先に剣を突き付ける。もちろん寸止めで。
家庭教師の士仁先生が教える授業は儒学の講義が主だったが、
「我々は四百年も続く漢をお守りし、天子様を奉じて尊ばなければなりません。ですが世は乱れ、董卓や曹操といった姦雄どもに朝廷を牛耳られて、天子様は大変お困りのご様子。今こそ逆賊を懲らしめ、天子様の窮状をお救い申し上げる英雄の出現が必要なのです!」
と奮起を促された。僕は深く感動し、
「はい!大きくなったら僕は、天子様に身も心も捧げる覚悟です!」
「さすがは忠臣の劉備将軍に仕える関羽殿のご嫡男。頼もしい限りですな」
と士仁先生は満足げに頷いた。ところが興は、
「ケッ。劉備が忠臣だなんて、くだらねえ戯れ言を吐きやがって。先生は劉備の回し者か?」
と失礼極まりない暴言を口にする。
「だいたい、劉備なんて幽州で莚売りをしていた素浪人じゃないか!たまたま劉姓なのをいいことに、世間を誑かして中山靖王・劉勝の末裔だと称しているホラ吹き野郎。呂布と並び、行く先先であわよくば乗っ取りを企む梟雄にすぎないことは天下に広く知られるところ。あいつが忠臣だなんて片腹痛い」
「いえいえ、劉備将軍は立派な方ですよ。天子様の縁戚である皇叔として深く信頼され、逆賊討伐の密勅を帯びたこともある。劉備将軍こそ朝廷を尊び、逆賊の曹操までもが恐れるライバルとして、今我々が最も期待すべき英雄なのです!」
と士仁先生が反論する。
「皇叔だなんて嘘っぱちだ。そんな劉備のホラを信じる天子様は、よほどのお人よしなのか、世間の悪評に耳を傾けようともしないバカ殿なのか?」
僕は慌てて口を手で塞ぎ、
「興!なんてことを言うんだ?不敬だぞ!」
「フン。これまで劉備軍が数々の戦で勝利したのは、関羽のおっさん…じゃなかった、父上のおかげではありませんか?現に、劉備将軍が単独で戦った時は、平原や下邳をはじめほとんど負け戦ばかり。死体のフリをして難を逃れたり、味方を置き去りにして敵前逃亡したり。劉備ごときが曹操が最も恐れるライバルだなんて、寝言は寝て言え」
「しかし、宴会の席で曹操が劉備将軍と二人きりで酒を酌み交わした時、「この乱世を鎮めることのできる英雄は二人しかいない。わしと劉備、おぬしだけだ」と語ったとか。劉備将軍は曹操の猜疑心を晴らすため、雷鳴に怯えるフリをしたというエピソードは有名ではありませんか?」
「アホくさ。なんで二人きりのはずなのに、まるで見て来たかのように、そんな劉備に都合のいいエピソードが真しやかに流布してるんだよ?劉備お得意のハッタリに決まってるじゃないか!」
「興、いいかげんに口を慎め。僕は、いつか武勇に優れ忠義に厚い英雄の劉備将軍の配下部将となって、活躍できる日が来ることを心待ちにしているんだ」
と告げると、興は僕の顔を残念そうに見つめ溜め息をついて、
「あーあ、ガッカリだ。一抜けた」
と言い、そのまま授業をサボってしまった。




