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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第六部・哀惜師友編
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133.荀彧、曹操を諫める

舞台は、秦朗=関興が帝立九品中正学園を退学・許都追放された場面に移ります。

●建安十五年(210)一月 許都


曹操は、物も言わず早足で先を歩く荀彧を追いかけながら尋ねる。


「荀彧よ、何がそんなに気に入らぬのだ?」


「決まっているではありませんか!関興君に対する措置です。

曹丞相、貴公は先日亡くなった劉馥(りゅうふく)の戒め――関興君や関羽将軍が驕慢にならなければ、このまま曹魏の下で飼い馴らすべきで、我らの方から決して敵対関係に追いやってはならない――の真意を分かっていない!」


「やむを得ぬだろう!そなたは奴らに荊州を奪われたままでよいと申すか?賈逵(かき)はしくじり、司馬懿の妙手もどうやら空振りのようだ。秦朗自ら犯したミスに乗じて何が悪い?奴の力を少しでも削がなければ……」


焦りを隠しきれない曹操に対し荀彧は冷ややかに、


「彼らの協力なしに天下統一が可能とでも?曹丞相は皇帝になりたいのではありませぬか?」


「そのとおりだ!荀彧よ、だったら何故わしの魏公昇進を認めない?そなたが漢に忠誠を誓い、ためにわしの魏公の称号を拒むと言うならば……」


「私も関興君のように追放しますか?二度とわしの前にその姿を現すな!、と」


「……」


曹操は、己が胸の内の核心を衝いた荀彧の問いに返す言葉もない。


「歴史を(かんが)みれば、秦の始皇帝・漢の高祖(劉邦)・後漢の光武帝は、みな天下を統一して初めて皇帝の称号を名乗りました。されば、古の聖人、堯・舜・禹のように優れた徳もない者が新たに王朝を興し皇帝に即位するためには、天下を統一することが不可欠です」


「そんなことは百も承知だ!

 だが現実問題として、赤壁の戦いで周瑜に敗れたせいで、わしの天下統一の夢が潰えてしまった。なればこそ董昭が、天下は統一されなくともわしが皇帝に践祚できるロジックを組み立ててくれたのではないか!?

 後漢において公や王への封爵は、劉姓の皇族しか就任できないという建前があることは知っておる。だからこそ、わしは誰もなし得なかった典範の改正に挑み、みごとその壁を破ってみせるのだ。

 まこと董昭は忠義者よのう。仁徳しか言わぬそなたには思いもつかぬ芸当であろうな」


「……曹麗様を天子様に入内させるのも、皇帝に践祚できるロジックの一環というわけですか?」


「そうだ!国家にあっては丞相にして魏公の爵位。宮廷においては帝の外戚。わしは名実ともに漢の朝廷を掌握できたことになる」


曹操には誰にも言えぬコンプレックスがあった。貴族とはいえ、父・曹嵩が金に物を言わせて大尉の位階を買った成り上がり。おまけに祖父にあたる曹騰は卑しい宦官である。


今でこそ丞相・大将軍という高位の貴族であるが、もとはと言えば、乱世を奇貨として武力と謀略でのし上がった姦雄にすぎなかった。それゆえ殊更、爵位や外戚という名誉に固執したのかもしれない。


「では、いずれ曹丞相は伏皇后を廃し、曹麗様を皇后に立てられるお心づもりなのですね?」


「むろんだ。伏完めは馬超や劉備と示し合わせて、わしへのクーデターを起こす(たくら)みがあることは明白。国家反逆罪の量刑は三族皆殺しが相当。伏皇后も父の罪に連座するは当然であろう」


「なりませぬ!今このタイミングで伏皇后を廃してしまっては、曹丞相が娘を入内させるために伏完の罪をでっち上げたと世論が誤解します」


と荀彧が(たしな)める。


「わしは世評など恐れぬ!伏完と馬超が共謀しておるのはれっきとした事実。悪は(ただ)さねばならん」


「私も伏完を弾劾することには異議ございません。が、伏皇后を廃することには同意致しかねます。

 そもそも、天子様の外戚となることが皇帝に践祚するための布石と考えることが間違いなのです。一時的には外戚が権力を独占できたとしても、それを永続させた(ためし)はございませぬ。後漢においても、梁冀(りょうき)竇武(とうぶ)・何進・董承といずれも己の権威を過信し、最後は失脚して悲惨な末路を辿(たど)った者ばかりです。

 どうして外戚になることが、貴公が皇帝に践祚できるロジックたり得ましょうか?」


「……」


「無礼を承知で敢えて申し上げます。董昭が述べた皇帝に践祚できるロジックとやらを無理に押し通せば、臣民の反発を招いて、曹丞相の「終わりの始まり」になるやもしれませぬぞ」


「黙れ荀彧!そなたが漢の天子ばかりを尊び、秘かにわしを(ないがし)ろにする魂胆は知れておる。今やそなたは曹魏に仇なす者となり果てたのか?知恵袋の董昭を愚弄する言動は見逃せぬぞ!」


ふぅ、と荀彧は大きく息を吐く。


「私は決してそのような浅薄な理由で、曹丞相を諫めているわけではございませぬ。

 貴公にも過去に一度、天下統一のチャンスがありました。言うまでもなく、建安十三年(208)に荊州の劉琮を無血で降伏させた時です。私や荀攸・賈詡(かく)は、


――天子様を擁する曹丞相が再び天下を統一せんと志すならば、仁徳を以て残る群雄を慰撫すべきだ。彼らは五年も経たずして、兵力・財力そして恩徳に勝る曹丞相に威圧されるだろう。これぞ孫子の兵法に言う「戦わずして勝つ」最善の道である。


と進言したことを覚えていませんか?

なれど貴公は我らの策を喜ばず、勇ましい征戦論を説く匹夫の妄言に心奪われ、江東に拠る孫権との水軍戦に臨まれました。結果は周瑜に軍船を壊滅させられての大敗。天下統一の夢は消えました」


「今さら繰り返さなくても、そんなことは分かっておる!なればこそ董昭は、わしが皇帝に即位可能となる別の拠り所を探して……」


「ええ。ならばと董昭をはじめとする御用学者どもは、曹丞相が魏公・魏王と爵位を進めた先に魏皇帝への道が開けていると戯れ言を申しているらしいですな。

 ですが、王莽・董卓・袁術と昨今の失敗例を引くまでもなく、そのようなロジックは正統の清流派知識人にはお笑い草。天下統一という実態を伴わず名号ばかりを追ったとて、事は成就せぬものでございます」


「……」


苦り切った顔で押し黙る曹操は、しかし尚も董昭の立てた魏公昇進のロジックを諦めきれない。


「私が魏公就任に反対している理由を述べます。

 現況、荊・揚・益・涼に割拠した群雄が残っている状態で、御用学者の言に従い、曹丞相が魏公・魏王と爵位を進めついに皇帝に即位した場合を考えます。貴公が作った前例は踏襲されるべきルールとして歴史に刻まれます。


ここに一人の天才的な軍司令官が登場したとしましょう。

 彼が涼州を平定した功績により位階を大将軍に、

 次に益州を平定した功績により爵位を公に、

 次に揚州を平定した功績により爵位を王に、

昇任させました。そして彼が最後に荊州を平定した暁には、貴公は残った皇帝の位を差し出すほかありません」


「……馬鹿な」


荀彧の具体的な例を交えた指摘に曹操は青ざめる。


「だ…だが、天才的な軍司令官とはいえ、一人でそのような功績を立てるなど……」


できるはずがない、と反論しようとした曹操はまさに自分の実績に思い当たった。自分自身こそ、天下八州を自らの手で獲得したのだ。


「おまけに曹丞相は、司馬懿の策を採用して“使持節都督諸軍事”という強力な専断権を持つ令外(りょうげ)の官を設けました。そのような功績を立て得る軍司令官が生まれやすい土壌を、曹丞相自ら作ったのです。

 幸い、初めてその官に任じられた荊州の曹仁はまごうことなき忠臣です。ですが“使持節都督諸軍事”を()し与えた将軍が、実は帝位簒奪の野心を持つ邪悪な将軍だった場合の危険性を、貴公は認識しておられますか?」


「馬鹿な……」


再び曹操が同じ言葉をつぶやく。


「そんな馬鹿げた前例を、貴公は作ろうとなさっているのです!漢の天子様から帝位を簒奪するために、公そして王の爵位を望むことの愚は、はっきりしています。曹丞相、これでも貴公は魏公への昇進を望むのですか?」


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