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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第六部・哀惜師友編
145/271

131.傾国の美女

建安十四年(209)六月時点での、司馬懿が今後の作戦を練る回想の場面です。

●建安十四年(209)六月 許都の屋敷 ◇司馬懿


天下獲りに向けた私の作戦。

まずは軽い御輿(みこし)として担いだ曹丕の重臣に収まり、権力を握ったうえで奴を見限り、最終的には曹操を倒す。


奇貨(きか)()くべし」の原理は簡単だ。いったん曹丕の価値をどん底まで暴落させ、群がった取巻き連中が皆彼から離れるように仕向ける。そこに私が曹丕を“奇貨(きか)”として担ぎ、再び曹操の後継者に立て直せば私の一人勝ちという寸法だ。


正史『三国志』を参照しながらこの先起こる未来を【先読み】すると、いま私が使えそうなカードは四つある。


 (1)曹操の後嗣ぎをめぐる曹丕と曹沖の対立

 (2)曹丕にアプローチする董桃

 (3)対馬超との戦い

 (4)漢の侍中・伏完が企む反曹操クーデター


まず(1)曹操の後嗣ぎをめぐる曹丕と曹沖の対立。

正史『三国志』によれば、曹操は知略に優れ心優しい美少年であった曹沖を溺愛しており、秘かに自分の後嗣ぎにしたいと願っていたが、惜しくも建安十三年(208)に病死した。後に曹丕が「曹沖が生きておれば、自分は皇帝になることはできなかっただろう」と述懐したように、太子の座をめぐって曹丕と激しく対立するのは中途で死去した曹沖ではなく、実は曹植だったらしい。


ところが現実には、曹沖はまだ生きており、曹丕と後継争いをしている。他方、曹植は世継ぎとはまったく無縁の吟遊詩人として活躍中だ。何故このような不整合が生じているのかは大きな謎だが、曹植の代わりに曹沖が対立候補に変わっただけだ。どうせ敗者と決まっている相手をさほど問題視することもあるまい。


それはともかく、曹丕の価値を暴落させるためには、いったん対立候補の曹沖を勝たせ、曹沖が曹操の後継者として太子に立てられる必要がある。そのために利用するのが、


(2)曹丕にアプローチする董桃、である。


曹丕の女グセの悪さは昔から有名だ。殷の紂王・周の幽王・呉の夫差などの例を挙げるまでもなく、女に溺れ国を滅ぼしてしまった悪王は数知れないが、曹丕にもその素養がある。

鄴陥落の際、曹丕は袁煕の幼妃であった(しん)(らく)を襲い、その処女を奪ったが、孔融がその行為を非難して曹操に言った。


「昔、周の武王が殷の紂王を討つと、紂の愛人だった傾国の美女・妲己(だっき)を勲功第一の周公に与えたそうですな」


「ほう、初耳ですな。して、先生の御説はどこに典拠が載っているのですか?」


「出典などありません。鄴での曹公とご子息の()さりようから類推するに、聖王と名高い周の武王が殷の紂王を討った際にも、きっとそのような出来事があったのだろうと思いまして。曹公は周の武王を見習ったのでしょうから」


との醜聞が残っているくらいだ。


さて、私が牢番に勤務していた頃のこと、ピンク頭の董桃と名乗る娘が【風気術】師の呉範を訪ねて来た。男に媚びを売る小悪魔的な彼女は、もちろん私も好みのタイプだった。彼女と呉範の怪しげな会話は、今も私の耳に残っている。


《あたし、この世界は乙女ゲーム『恋の三国志~乙女の野望』の世界じゃないっていうおっさんの話がどうしても信じられなくて、攻略対象の曹沖にアタックしてみたの。結果は撃沈。っていうか、恋人候補としてすら扱われなかった》


《そりゃ残念だったね。曹丕とは接触できたのかい?》


《ええ。かわいいあたしの実力なら()とすのは簡単!》


《フフッ、頼もしいね。それじゃあもし将来、桃ちゃんが魏の文帝の皇后になれたら、おじさんを牢から出してくれないかな?》


《考えとくわ。そんなことより教えて!曹丕殿下に“董母の形見”のブローチを見せれば、「桃っ!お、おまえは…まさか天子様の娘なのでは?!」という感じで、あたしが献帝の娘だと発覚するのかしら?》


《いや、ブローチを見ただけでは曹丕には分からないよ。あれは後漢の献帝本人が“董母”に下賜した物と認定して初めて効力が発生する切り札。今はしばらく様子を見ながら、打ち明けるタイミングを待つべきだ。桃ちゃん自ら「私は献帝の娘だ」と吹聴するのはやめた方がいいと思うな》


《ねえ。確認だけど、おっさんが用意してくれたあのブローチって、伏皇后にもらった物なのよね?》


《しーっ。大きな声で話したら、あの牢番に聞こえちゃうよ》


呉範が注意を促すがもう遅い。おまえらの会話は私に筒抜けだ。


《あ、ごめん。小声で話すわ。で、実際どうなの?》


《うん、そのとおりだ》


《だったらあれが偽物と知っているのは、おっさんと伏皇后と伏完,それにあたしの四人だけってこと?》


《そういうことになるね》


《ふ~ん。じゃあ、あたし以外の三人の口を封じれば、本当はあたしが献帝の娘じゃないって秘密は一生バレないってわけね》



乙女ゲームとやらが何なのか私にはピンと来ないが、董桃は曹丕が()()()()()()()()()ことを知って、彼へのアプローチに成功したらしい。


しかも董桃は、伏皇后から手に入れた亡き母の“形見”のブローチを証拠として、後漢の献帝の娘と詐称(さしょう)するつもりのようだ。そして秘密を知る呉範・伏完・伏皇后を、亡き者にしようと企んでいる。


なんという不遜、なんというしたたかな女……しかし董桃は使()()()


出生の秘密をネタに董桃を脅せば、たぶん彼女は私が抱くのを拒まない。だが、今は曹丕を籠絡し意のままに操る、西施(せいし)妲己(だっき)のような傾国の美女に仕立てる方が先だ。


そう言えば、呂不韋が子楚を“奇貨(きか)”に担いだ時、呂不韋の愛人だった踊り子の趙姫に酌をさせたところ、ウブな子楚は趙姫を見初め、嫁に迎えたいと言い出した。呂不韋は自分の愛人に手を出そうとする子楚に腹が立ったが、これまで投資した金を損切りしたくない一心で、渋々趙姫を子楚に譲った……。


馬鹿め!金を積めば似たような女はすぐに手に入る。私なら趙姫ごとき愛人なぞ喜んで“奇貨(きか)”にくれてやるのに。そう、董桃がいくら私の好みのタイプであろうと、一度も彼女を抱かずに曹丕に譲るくらい、何でもない。


翌日、私は帝立九品中正学園を訪れ、董桃を呼び出した。


「誰よ、あんた?もしかして呉範のおっさんの仲間?まさかあんたも日本からの転生者なんて言うんじゃないでしょうね?」


日本?転生者?あんた()

意味がよく分からないが、まあいい。


「おまえが昨日、呉範に会いに訪れた牢獄の牢番だ」


「ふ~ん。で、しがない牢番があたしに何の用?」


「今日行われた警察の尋問では、呉範に罪をなすりつけることができたのか?」


「!」


昨日、呉範と牢で話していた秘密がバレたと悟った董桃は、キッと私を睨みつける。


「あたしを脅す気?」


「さあな。おまえの出方次第だ」


「フン。どうせあたしのカラダが目当てなんでしょ?いいわよ、一回くらいヤラせてあげる」


案の定、性に奔放な女だ。少し惜しい気もするが。


「……必要ない。私の要求は別にある」


「へぇ。可愛いあたしのカラダに目もくれないなんて、あのムッツリ童貞野郎の曹沖みたいでなんか腹立つけど、まあいいわ。で、あんたの要求って何よ?」


「おまえは曹丕への玉の輿を狙っているのだろう?」


「そうよ。悪い?」


「いや。私の狙いもそこにある。おまえは学園卒業までに曹丕を籠絡し、(しん)(らく)との婚姻を破棄させろ。早ければ早いほどいい」


董桃はキョトンとして、


「……そんなことでいいの?」


「できないのか?」


私は敢えて挑発してみる。


「はぁ?誰に向かって言ってるわけ?美少女で巨乳のあたしに不可能なんてあるはずないじゃない!」


【魅了】スキルを持つらしい董桃は、自信満々で答えた。


フン。これでよい。

(しん)(らく)との婚約破棄が、何故曹丕の失脚に繋がるのか?


(しん)家はもと袁紹の配下であった華北きっての名門貴族。当時、曹操が出した「逆賊の袁尚に脅された将兵のうち、心を悔い改めた者はすべて降伏を許す」との布告に安堵して、曹魏に鞍替えした臣下も多い。ここで(しん)(らく)との婚約を破棄すれば、これ以降曹魏は袁家に仕えた者を切り捨てるというメッセージを与え、先の布告を疑う者も現れるだろう。


また、(しん)(らく)の父・(しん)(いつ)は雁門関を守備し、匈奴の侵攻を阻止する重要な役目を担っている。万が一(しん)(いつ)が不満を募らせ、曹魏に叛いて雁門関を開いて匈奴の侵入を許せば、太平の世を乱す災厄に繋がりかねない。


そのような帰結を招くことも理解できず軽挙妄動を起こした曹丕を、嫡男だからという理由で後継者に据えるほど、曹操は無能な男ではない。必ずや曹丕は曹操に見放される。


曹沖が後継者に指名されれば、それまで曹丕に群がっていた取巻き連中は、みな彼から離れることだろう。

私の目標第一段階は、これで達成だ。


 -◇-


残る(3)対馬超との戦い,(4)漢の侍中・伏完が企む反曹操クーデターは、私の目標第二段階の達成のために利用するとしよう。正史『三国志』に載る史実では、曹操が涼州の馬超・韓遂の反乱を鎮圧したのは建安十六年(211)、伏皇后を廃し自らの娘を皇后に擁立したのは建安十九年(214)のことである。


私はこれらの事件を利用して、曹丕を再び曹操の後継者に返り咲かせる算段を練る。例えば――


(3)馬超との戦いで曹丕が目を(みは)る大活躍をするよう手助けするか、あるいは後継者となった太子の曹沖がぶざまな失態を犯すように裏で足を引っ張れば、逆転で曹丕が再び後継者に見直されるはずだ。


あるいは、伏皇后からブローチを貰ったピンク頭の董桃が、後漢の献帝の娘であると詐称(さしょう)するのを利用する手もある。


(4)反曹操クーデターで伏皇后が誅殺され、董桃の出自詐称(さしょう)がバレる恐れがなくなった後、董桃が後漢の献帝の娘として登場すれば、彼女と婚姻する曹丕の正統性は否が応でも高まるに違いない。


と同時に、外戚の地位を得るために、罪をでっち上げて伏皇后を誅殺した曹操へ非難が集まるのは必至だ。後漢の朝廷も曹操排除に喜んで手を貸すだろうと私は読む。

曹操さえいなくなれば、董桃に【魅了】され頭がイカれた曹丕を追い落とすのは簡単だ。


私は晴れて天下に君臨し、皇帝に即位する――いや、まずは漢の天子から禅譲を受けるのは、正史『三国志』の記述どおり曹丕にやらせよう。四百年続いた漢王朝を滅ぼす簒奪者の烙印を押される役割は、曹丕が負うべきだ。


「フ、フフッ」


私は自分の立てた完璧な計画に自画自賛の笑みをこぼした。


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