122.エスコート
本日2話目の投稿です。
●建安十四年(209)十二月 学園にて ◇関興=秦朗
建安十四年(209)も早や十二月を迎え、いよいよ今年最後の学園登校日。今日は一年の感謝と来年に向けての慶びを寿ぐ、学園生とその父兄が出席するダンスパーティーが開催される。学園生は友人なり父娘なりペアとなって、男性が女性をエスコートしながらパーティー会場に入場し、ダンスを踊るしきたりだ。
とはいえ、そこは男尊女卑の風潮がはびこる中国、学園に通う生徒は圧倒的に男子の方が多い。当然、女子とペアを組めない男があぶれるわけで、そうするとモテない男同士でペアになってダンスを踊るという、涙を禁じ得ない悲劇が訪れるのだ。
「な、なぁ秦朗。おまえエ…エスコートする相手はどうする?モテない男同士、こんなパーティーなんか辛いよな?なっ?!」
と悲壮な表情で夏侯覇がオレに同意を求める。
「ええい、ウザいっ!脳筋のおまえと違って、オレにはかわいい彼女がいるんだ!」
「う、嘘だっ!おまえより断然イケメンの俺に彼女ができねぇのに、おまえなんかにできるはずが……。はは~ん、見栄はってやがるな?!どうせエア彼女だろ、二次元の嫁とか」
そういう器の小さい所がおまえがモテない理由だと思うのだが、たぶん。
「っていうか、いつの間にしれっとオレを友達認定してるんだ?しつこく決闘を挑まれてばっかで、オレはおまえと仲良くなった記憶はないんだが」
「た、頼む!嘘だと言ってくれ!最悪、おまえとペアになって俺がおまえをエスコートしてやるつもりだったんだ!秦朗がいなくなったら、お、俺はどうすればいいか……」
嫌だよ、夏侯覇とペアなんか!しかもオレがエスコートされる側とか地獄か?!
そこへかわいらしいドレスを着た鴻杏が通りかかった。
「どうしたの、秦朗君?」
「あっ、鴻杏ちゃん!ちょうどいい所に。今さ、彼女ができない可哀想な夏侯覇にしつこく絡まれて困ってたんだ。今日のパーティーなんだけど、鴻杏ちゃんのエスコート役ってオレでいいんだよな?」
「えっと…ごめんなさい。今日はお父様がわざわざ遠い任地から来てくれるし、せっかくの晴れ舞台だから、お父様にエスコートをお願いしようと思ってるの」
ガーン。やっぱりオレってこういう役回りだったんだぁ!
夏侯覇がそれ見たことかと言わんばかりに満面の笑みで、馴れ馴れしくオレと肩を組む。
「うっわ、キモッ!手を放せよ」
「いいじゃねぇか。淋しい者同士、ペアを組もうぜ!」
その様子を見ていた鴻杏が気まずそうに、
「本当は私も秦朗君と踊りたかったんだけど、劉舞先輩から頼まれちゃったの。自分は結婚してるから親族以外の男性とダンスを踊るのは不貞にあたるので、申し訳ないけど、義理の弟の秦朗君をパートナーに貸してもらえないかしら?って。
それで私は快く劉舞先輩に秦朗君を譲ったつもりだったんだけど……秦朗君に話が伝わっていなかったのかなぁ?」
聞いたかね、夏侯覇よ!鴻杏ちゃんはオレとペアを組むつもりだったけど、やむを得ない事情でしかたなく父親にエスコートを頼んだってさ。
そんなわけでオレは舞ちゃんをエスコートしなくちゃならないから、じゃあな……って、泣くなよ夏侯覇。
◇◆◇◆◇
●建安十四年(209)十二月 学園にて ◇鴻杏
楽しそうにじゃれ合う秦朗君と夏侯覇の二人を放置して、お父様を迎えに学園の校門に向かっていると、美しいスカイブルーのドレスを着た曹麗様に出会った。ラベンダー色の髪に映えて、とっても素敵な装い。隣には銀のタキシードを着た曹沖様が並んでいる。うっとりと感嘆の溜め息をつく私。美男美女は何を着ても似合うのね。
「こんにちは、曹沖様・曹麗様。まるで童話で見た王子様とお姫様が、本当に中から飛び出して来たみたい。とても素敵です!」
「あら、杏。髪をアップに結ったのね。可愛くてよ」
「うん。パステルピンクの色合いが、ほんわかした杏ちゃんにぴったりだ」
うふふ。嬉しい、二人に褒められちゃった。
「麗様は、どなたにエスコートをお願いしてるんですか?」
「決まってるじゃない!沖よ。
輿入れ先の皇帝陛下がこんな席にお見えになるはずもないし、だからと言って親族でない男性をパートナーに選んだら不貞を疑われるかもしれない。だったら仲の良い弟の沖にエスコートをお願いするしかないじゃない?
幸いというか哀れというか、沖は初恋をこじらせて今だにフリーを貫いてるし」
なーんだ。曹沖様の婚約者がいまだに決まらない理由はそういう事情だったんだ。でも誰だろう、曹沖様の初恋の相手って?私や秦朗君でないことは確かだけど。気になるわ。
それにしても、乙女ゲームでは悪役令嬢だった曹麗様をエスコートする、人気ナンバーワン攻略対象の曹沖様。ふふっ、生で見るとなんか不思議な感じ。
でも、おかげで麗様の取巻きだった私は、断罪されずに平穏な学園生活を続けられる。
その時、曹沖様が私の耳元で、
「よかったね、杏ちゃん。乙女ゲーム(?)とやらのシナリオを改変しようと頑張ってたもんね。これで心配事がなくなったんじゃない?」
とささやいた。
「ありがとうございます。私の荒唐無稽な話を信じて協力して下さった曹沖様のおかげです」
そう。曹沖様には、実は私が前世の記憶持ちで、この世界が乙女ゲーム『恋の三国志~乙女の野望』の舞台だという秘密を打ち明けたのだ。
「正直に言うと、僕は今でも杏ちゃんの話をまるっと信じてるわけじゃないけどね。でも、僕の言ったとおりだったろ?麗姉さまも杏ちゃんも“ざまぁ”される事態にはならないって」
うん。前世では不幸な一生を終えた分、転生したこの世界ではとっても幸せ。優しいお父様とお母様、それに気さくな兄弟。曹麗様や曹沖様といった素敵な友人に、ちょっと変わったボーイフレンドの秦朗君。こんな生活がずっと続けばいいな。
「杏のダンスパートナーは秦朗なんでしょ?」
と麗様に尋ねられた私は言い淀んで、
「えっと……ちょっと事情があってお父様に」
「はぁ?秦朗ったら、いったい何やってるのかしら?そんなんじゃ、杏にいよいよ愛想尽かされるわよ。私が説教してやるから、秦朗を呼んで来なさい!」
「あ…あの、違うんです。麗様!」
秦朗君のせいじゃないのに麗様に説教されるのはさすがに可哀想なので、私は彼を庇って事情を説明した。
「ふぅん。まあ、そういうことなら仕方ないわね。でも一言文句を言ってやらないと気が済まないわ!あの子、今どこにいるの?」
私が振り返って秦朗君を指差すと、まだ夏侯覇と二人でじゃれ合っているのが見えた。
夏侯覇かぁ。乙女ゲームでは、ちょっぴり不良だけど本当は優しいワイルドなイケメンが売りの攻略対象だったはずなんだけど、秦朗君曰く、ただのウザい脳筋らしいの。(その割にはとっても仲良さそうだけど)
曹沖様と同じく夏侯覇までもヒロインちゃんとは疎遠のようだし、ゲームのシナリオどおりに進行していないみたいなのよねぇ。前に一度ヒロインちゃん(名前はたしか董桃だっけ)に会った時、逆ハーレムを狙うそぶりから「ああ、絶対この子も転生者だわ!」と確信したんだけど、董桃はいったい誰を攻略しようとしているのかしら?
「ねえ、秦ろ……」
と曹麗様が声を掛けようとしたその時、
「興ちゃん!」
と呼ぶ声がした。四年生の劉舞さんだ。なにやらひどく慌てている。
「あっ、舞ちゃん!どうしたの?今日のダンスのパートナーなんだけどさ、……」
などと脳天気に答える秦朗君。
「そんなことより甄洛が大変なの!ちょっと一緒に来て!」
劉舞さんは顔をこわばらせたまま一言二言耳打ちして、秦朗君の手を引いて走り去った。その様子が尋常じゃないと感じとった曹沖様は、
「僕たちも行こう、麗姉さま!」
曹麗様も頷き、私たちは揃って二人の後を追いかけた。




