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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第五部・学園離騒編
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114.呉範の最期

※中国人の牢番が日本語と西暦で書かれた文庫版・正史『三国志』を読んで理解できるはずがないという指摘は聞きたくなーい!

●建安十四年(209)六月二十日 許都の牢内にて ◇呉範


どこで間違ったのだろう?

許都の牢に繋がれた私(呉範)は、この一か月幾度となく自問を繰り返した。


史実よりも早く決起するよう自分が進言した反曹操クーデターが、思ったよりも早く曹操の耳に入ったのか?

――否。それなら宦官の穆順(ぼくじゅん)が捕まる方が先だし、自分だけでなく首謀者の伏完と伏皇后がすでに誅殺されてしかるべきだ。


では、伏皇后から下賜されたブローチを董桃に渡したが、献帝の娘だと詐称する彼女が、それを亡き母の形見として献帝に見せたのが虚偽だとバレたのか?

――これも否。それなら董桃が捕まるのが先で、詐欺の片棒を担いだ自分だけがお咎めを受ける理由が分からない。


何故だ?いくら考えても答えは見つからない。


「なあ、牢番よ。私はどこで間違ったのだろうか?」


「……」


牢番の答えは当然のごとく帰って来ない。朝晩の二回、決まった時間に粗末な食事を提供してくれるだけだ。


冷静に思い出してみよう。

屋敷を追い出される時に伏完に言われた、「ゾンビ」とはいったい何の隠語であろうか?

いや、ゾンビ自体は知っている。死体のまま(よみがえ)った人間の総称だ。あるいはすでに破綻しているにもかかわらず、看板だけを掲げる商売人の譬えとも考えられる。

ああそうか、予言が的中せず、稀代の【風気術】師というメッキが剥がれた自分を揶揄した言葉であったか?


だがあの時、たしか伏完は「曹沖がゾンビ」(?)とかなんとか言っていたような気がする。するととたんに意味が繋がらなくなって、思考は暗礁に乗り上げる。

いずれにしても、史実とは若干時期がずれるものの、曹沖が死ねば私の名誉は回復するはずだ。



そして今日六月二十日の晩、愛想のない例の牢番が面会の客を連れて来た。ピンク頭の董桃だった。


「おっさんが牢屋に入れられたと聞いて飛んで来たの」


「嬉しいよ。私を忘れずにいてくれたんだね」


「もちろんよ!おっさんに近況報告しようと思って。

 あたし、この世界は乙女ゲーム『恋の三国志~乙女の野望』の世界じゃないっていうおっさんの話がどうしても信じられなくて、攻略対象の曹沖にアタックしてみたの。結果は撃沈。っていうか、恋人候補としてすら扱われなかった」


「そりゃ残念だったね。曹丕とは接触できたのかい?」


「ええ。かわいいあたしの実力なら、失意の彼につけ込めば()とすのは簡単!」


「フフッ、頼もしいね。それじゃあもし将来、桃ちゃんが魏の文帝の皇后になれたら、おじさんを牢から出してくれないかな?」


「そんなことより教えて!あたしが献帝の娘ってこと、シナリオではゲーム終盤の皇帝謁見の際に発覚するんだけど、この世界の歴史ではきっと違うのよね?

 曹丕殿下に“董母の形見”のブローチを見せれば、「桃っ!お、おまえは…まさか天子様の娘なのでは?!」みたいな感じで分かってくれるのかしら?」


私は董桃の能天気な話に苦笑して、


「そりゃブローチを見ただけでは曹丕には分からないよ。あれは後漢の献帝本人が“董母”に下賜した物と認定して初めて効力が発生する切り札。今はしばらく様子を見ながら、打ち明けるタイミングを待つべきだ。桃ちゃん自ら「私は献帝の娘だ」と吹聴するのはやめた方がいいと思うな」


「ねえ。確認だけど、おっさんが用意してくれたあのブローチって、伏皇后にもらった物なのよね?」


「しーっ。大きな声で話したら、あの牢番に聞こえちゃうよ」


私は慌てて董桃に注意する。


「あ、ごめん。小声で話すわ。で、実際どうなの?」


「うん、そのとおりだ」


「だったらあれが偽物と知っているのは、おっさんと伏皇后と伏完,それにあたしの四人だけってこと?」


「そういうことになるね」


「ふ~ん。じゃあ、あたし以外の三人の口を封じれば、本当はあたしが献帝の娘じゃないって秘密は一生バレないってわけね」


董桃はニヤリとほくそ笑み、立ち上がった。


「あたしが成り上がるために、秘密を知っているおっさんには、さっさと死んでもらう必要があるみたい」


「!?」


「ごめんね。あたし、明日夏侯楙(かこうぼう)と一緒に警察の尋問を受けるの。「曹沖は本来はとっくに死ぬ運命にあり、近くに侍る人の魂魄を吸い取って生き長らえているゾンビ」だと噂話を流したのはおまえ達じゃないか?って。

“曹沖は本来はとっくに死ぬ運命にある”って言ったのは確かにおっさんだけど、後半部分の“近くに侍る人の魂魄を吸い取って生き長らえているゾンビ”って話を盛ったのは、実はあたしの作り話なのよねぇ。

 だけどあたしは、稀代の【風気術】師のおっさんから全部聞いたって涙ながらに証言する。曹丞相の機嫌を害した哀れなおっさんは、処刑されちゃえばいいわ」


「ま、待ってくれ!桃ちゃんは私に罪をなすりつけるのか?!」


「だって、やっぱりここは乙女ゲーム『恋の三国志~()()()()()』の世界なんだもの。あたしの野望実現のために死んでちょうだい。さよなら、おっさん」


そう言い残して悪女の董桃は去って行った。私は(おり)の向こうにいる牢番に向かって必死に、


「なあ、牢番!あんたも聞いていただろ?今の董桃の言葉」


「……」


「私はまだ死にたくない!

 信じられないかもしれんが、私は遠い未来からこの世界に転移して来た者。私はこんな所で死ぬべき人間じゃない!ほら見ろ、私は正史『三国志』にも載る歴史的に重要な人物なんだ!私の名前は呉範。なっ、ここ第八巻に


――黄武五年(226)呉範は病死した。嫡男は死んでおり、末の息子は幼かったので、【風気術】を承け継ぐ者が絶えた。


と書いてあるだろ?!寿命はまだ尽きておらず、あと17年も生きられるはずなんだ!頼む、助けてくれ。私は無実だと証言してくれっ!」


「……」


牢番は懇願する私を冷ややかに見下ろす。


「ええい、タダでとは言わん!牢番、あんたに私の【風気術】の()()()()を教えてやる!

 私は正史『三国志』に記された史実を拾い出して、予言と称してあたかも的中したかのように見せかけていたんだ。この正史『三国志』を読めば、この先、いつどこで何が起こるかがすべて分かる。どうだ、すごいだろ?!

 特に、この第八巻。曹操が生まれた155年から孫呉最後の皇帝・孫晧が死ぬ283年まで約百三十年間の年表が載っているんだ。これをあんたにやる。

 だからお願いだ、私を助けてくれっ!」


文庫版・正史『三国志』の第八巻を受け取り、パラパラとページを(めく)った牢番は、


「……なるほど。年表の載る第八巻を私に渡すということは、おまえはこの先起こる大よその歴史を暗記しているわけか」


と初めて口を開いた。


「そ、そうだ。後漢はあと十年で滅び、中国は魏・呉・蜀の三国に分裂する。還暦の後、魏を倒した司馬氏の晋が三国を再び統一してこの書は終わる。第一巻から第四巻までは魏志,第五巻は蜀志,第六巻から第八巻は呉志が紀伝体で記されている」


「【風気術】師の呉範とやら。この書にはおまえの伝が立てられているのに、私の名前が見あたらないのだが……」


牢番の言葉を(あざけ)るように私は笑い、


「そりゃそうだ。この正史『三国志』には、晋を建国した司馬氏を除いて三国時代の歴史上の重要人物の伝記のみが記載されている。たかが牢番ごときの名前まで、いちいち網羅されるはずがあるまい」


「そういうことか。おまえを牢から逃がしてやってもよいが、こっちも命を賭けるんだ。たった一冊の第八巻だけをもらっても割に合わない。残り第一巻から第七巻までの正史『三国志』は、今おまえの手元にあるんだろ?せめてもう一冊くらい貰わないと引き合わん」


まあ、当然の要求だろう。交渉に手応えを感じた私は、薄暗がりのなかカバンの中を手で探って蜀志を取り出した。劉備や諸葛亮の伝記などもはや()らぬ。


「牢から出て安全な所まで逃げおおせたら、おまえにこの第五巻・蜀志をやろう。それを持って劉備の元に行けば、好待遇で雇ってもらえるぞ」


「ふむ。交渉()()だな」


牢番は腰に差した短剣を鞘から抜いて、私の胸に突き刺した。


「ぐはっ……な、なにを……」


口からゴボッと血の塊を吐き出して倒れる私に向かい、牢番は述べた。


「【風気術】師の呉範よ。おまえからもらった第八巻の年表によれば、私は嘉平三年(251)まで生きるそうだ。私の名前が伝記に載らぬ理由も、おまえが語ってくれたしな。

 あとは正史『三国志』の残り第一巻から第七巻までを手に入れれば、董桃とかいうピンク頭の娘の言うとおり、おまえの存在は不要。

 さっきカマを掛けて、正史『三国志』がおまえのカバンの中に入ってることも分かっておる」


瀕死の私からカバンを取り上げ、正史『三国志』が全巻揃っていることを確認した牢番は、にんまりと笑う。


「き、きさまは……いったい……」


「私か?私の名は司馬懿。おまえの話では私の子孫が魏を乗っ取って三国を統一するらしいな。

 朝廷への出仕を拒否した罰で、しがない牢番から下積みを経験するよう曹丞相に命じられてしまったが、かえって運が向いて来たようだ。感謝するぞ。おまえから奪ったこの正史『三国志』さえあれば、将来起こる歴史を【先読み】できるんだからな」


苦痛で薄れゆく意識の中、牢番の言葉が私の耳に届いた。それっきり、もう二度と私の目は開くことがなかった。


エセ占い師の呉範が死んだ!

そして代わりに正史『三国志』を手に入れたのは、晋を建国して最後に笑うことになる司馬懿。彼がこの先、最強の敵として関興に立ちはだかる!?

ちょっと雑な展開だったけど、当初の狙いどおり「あーそう来たか」と意外な結末を演出できたんじゃないかと思うんですが、どうでしょうかね?!


乙女ゲームのメインイベント・婚約破棄の章は現在執筆中です。伏線を散りばめておいたから、今後の展開は予想できるかも。

次回投稿まで、少々お時間をいただきたいと思います。申し訳ありません。


『三国志の関興に転生してしまった』がお気に召しましたら、★★★★★をお願いします。続きを書く励みになります。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど~、ダメな奴連合結成かと思ってたらまさかのさよなら呉範w これは予想外でした! そしてやっとこれが言えます。 呉範ざまぁwwww
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