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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第五部・学園離騒編
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102.関興、曹麗に絆される

●建安十四年(209)六月七日 学園にて ◇秦朗=関興


その頃、学園の応接室から曹麗様に無理やり連れ出されたオレは。


「い、痛いです!麗様。いいかげん、オレの耳を引っ張るのやめて下さい!」


と叫んだ。


「あら、こうでもしないと秦朗はまた逃げ出すでしょ」


そりゃあ、麗様にどんな理不尽な命令を下されるか分かった物じゃないし。


「ふぅん。自分に拒否権がないってことを理解しているなんて、秦朗は本当に賢い子ね」


麗様はケラケラと笑い、オレの頭をよしよしと撫でた。それから急に真面目な表情に変わって、


「分かってるの?あなたに強い恨みを抱くお兄様が生徒会長を務める帝立九品中正学園は、あなたが一人で気軽に足を踏み入れていい場所じゃないのよ!それに、あの場にいた副会長の(しん)(らく)さんは、お兄様の許婚なんだから!」


と叱った。

麗様が指摘した学園の生徒会長である“お兄様”とは、言わずと知れたのちの初代魏皇帝・曹丕のことである。


先の赤壁の戦いで病に倒れた曹操は、自分に代わって曹丕に指揮を執らせた。曹丕には出撃を許さずただひたすら持久戦に徹するよう指示を出していたが、功を急ぐ曹丕は浅はかにも強硬策を主張する側近に同調し、敵の周瑜提督に大敗を喫してしまった。


戦わずして勝つ孫子の兵法を説いたため、天下統一を(はや)る曹操・曹丕に疎んじられていたオレたちBチームは、曹操を破って天狗になった孫呉の隙を突いて、不可能と思われていた江東の三郡を攻略することに成功。曹魏における発言権を大きく増すと同時に、オレたちBチームの推す曹沖をライバルの曹丕と同格の地位に浮上させることに成功したのである。


自業自得とはいえ、内定していた後継者の座から格下げとなった曹丕が、自分の失敗を利用して荊州刺史という確固たる地位を認めさせたオレに恨みを抱くのも当然だろう。


「は、はい。すみません、麗様。ご忠告ありがとうございます」


オレは麗様に素直に謝った。こうして上手に立てておけば、麗様の気が治まることを経験で知っているんだ。


「分かればよろしい。それで秦朗、あなた何しに来たの?どうせお父様(=曹操)に呼ばれて、あの怪しげな【風気術】師の呪いについて調べに来たんだとは思うけど……」


なにそれ?初耳なんだけど。


「オレはただ荊州から疎開していた舞ちゃんのお迎えに来ただけで、【風気術】師の呪いの話なんて知りませんが」


「またしらばくれちゃって!沖の寿命は建安十三年(208)にとっくに尽きており、他人の魂魄を喰らいながら生き長らえているとかいう悪徳霊感商法も真っ青の【風気術】のお告げよ!そのうち何百万もする壷を買わせようとするんじゃないかしら?」


……【風気術】師って呉範のことか!?


あいつ、【風気術】を逆手に取ったオレに合肥で散々に撃ち破られ、さらに周瑜提督に嫌われて孫呉から姿を消したと思っていたら、今度は後漢の朝廷に巣食ってやがったのか!図々しい奴だな。

あいかわらず前世で覚えた正史『三国志』の知識チートを悪用して、的中率100%の予言と称して時の権力者を裏で操り、この世界の歴史を掻き乱しているとは。


奴のお告げどおり、曹沖が建安十三年(208)に死んだのは史実である。曹沖が重態に陥るや、彼を溺愛していた曹操は祈禱にすがり「医者の華佗が生きておれば…」と嘆いたとか。死後、曹沖は同時期に死んだ甄家の美少女とともに埋葬され、冥婚を挙げたとの伝説も伝えられる。


だが死因については触れられておらず、一説によると赤壁の戦いで兵士が持ち帰った傷寒病に罹患したせいで曹沖は亡くなったらしい。

仮にそうだとすれば、オレが招聘した医師・張仲景の活躍により傷寒病の流行が抑えられたことが、この世界では建安十三年(208)を過ぎた今も曹沖が生存している理由だと説明できる。


正史『三国志』に描かれる史実――つまりシナリオ強制力は、因果関係をきちんと構築すれば、人の力で打破することが可能なのだ。この世界が『三国志』の史実と異なる歴史を歩んでいることだって、なんら不思議ではない。

それを認めず、“自分が妄信する史実”どおりにこの世界の歴史を改竄しようとする歴史修正主義者が【風気術】師・呉範の正体なのだ。


「呉範のお告げに関しては、曹丞相のように、【風気術】なんぞ単なる迷信だと鼻で笑って無視するのが正しい対処法です。あいつ、捕らえられて牢に投獄されてるんでしょ?これ以上オレの出る幕はないと思うのですが」


ううん、と首を振った麗様は、


「私が心配してるのは、お父様じゃなくて沖のことなの。

 今までお父様の後継者は丕兄さまというのが暗黙の了解だったでしょ。だけど、赤壁の敗戦で丕兄さまが大失態を犯し、後嗣ぎ問題は白紙に戻された。というか、利発な沖が最有力候補として高官たちの注目を一気に集めた。

 これまで比較的自由に生きて来た沖が突然、魑魅魍魎渦巻く穢れた政治の世界に無垢のまま投げ込まれちゃったのよ。

 その上、怪しい【風気術】師が「おまえはすでに死んでいる」的な呪いを掛けて、沖の心を(むしば)む。友人を頼ろうにも、あの子の周囲にいるクラスメートはほぼ全員丕兄さま派の令息・令嬢ばかりだもん。

 秦朗は気づいていないかもしれないけど、赤壁の敗戦はね、派閥同士の深刻な路線対立を生んでいるの」


「えっ、どんな?」


「手柄を立てたあなたたちBチームの顔ぶれは、荀彧様を除けば、お父様に滅ぼされた群雄から中途登用された将軍たち。張遼(旧呂布)・徐晃(旧楊奉)・賈詡(かく)(旧張繍)・劉馥(りゅうふく)(旧袁術)そして関羽(旧劉備)。

 かつて戦いに敗れ滅ぼされた経験があり、戦争の愚かさ・悲惨さを知っているから、江東の孫権に対して戦わずして勝つ孫子の兵法の策を説いた。奇しくも彼らが次期後継者に沖を担いでいる。


 一方、赤壁の戦いで丕兄さまの強硬策に同調したのは、お父様の宿将たち。夏侯惇・夏侯淵・于禁・曹仁・曹洪・程昱ら。今まで致命的に負けた(ため)しがなく、お父様について行けば間違いないと妄信している人たち。

 お父様だって数々の失敗を重ねて来たわ。それでも生き残ったのは、お父様が荀彧様をはじめとする賢臣のアドバイスに耳を傾け、真摯に対処して来たから。

 それなのに、あの時お父様は賢臣の諫言を切り捨て、宿将たちの勇ましい主戦論を喜び、孫権との短期決戦に臨んだ。天下統一を目前に控え魔が刺したとしか思えない。

 彼らが主導権を握ったままでは、赤壁の敗戦で軍が壊滅して曹魏政権を危うくするところだった。秦朗のおかげで絶体絶命のピンチを切り抜けることができたのよ。本っ当ありがとね」


オレは舌を巻いた。麗様はすごい。大局的にものごとを俯瞰できる力がある。実は彼女が曹操の後継者として最もふさわしいのではないか?


「そして戦後、発言権を増したBチームに対して、宿将派が巻き返しを図ろうと丕兄さまの元で暗躍しているみたいなの。

 丕兄さまを担ぐ宿将派のさる謀臣が【風気術】師とつるんで、対抗馬の沖を追い落とそうとしているのではないかと陰謀を疑う噂も耳にするしね。まさかとは思うけど。

 本来なら沖の右腕となるべきクラスメートは、夏侯覇(夏侯淵の息子)・夏侯楙(夏侯惇の息子)・曹寿(曹仁の娘)・曹鈴(曹洪の娘)でライバル派閥に属している。ナルシストの何晏は論外だし。荀粲は頼りないし。

 だから秦朗お願い、沖を助けてあげて!」


しかしオレはもう曹魏に与するつもりはない。孫紹の新生呉が力をつけるまで、面従腹背で曹操に従うフリをしているだけで。


「麗様が曹沖様を支えてあげれば……」


「あのねぇ。私だって貴族の令嬢、すでに婚約が決まってるのよ!いつまでも沖と一緒にいられるわけないじゃない!」


嘘?!こんなに恐ろしい、あっ違った、美しい麗様が嫁ぐ相手って……同情するなあ。


「おめでとうございます。それでお相手は?」


「皇帝陛下」


予想外の答えにオレはぐはっと()せた。

そうか。曹操はいよいよ朝廷の内側も掌握し、漢に代わって魏を興そうと動き出したんだな。


「だから秦朗にお願いするのよ」


麗様はオレの手を取って固く握りしめる。

どうしたんだろう?なんかいつもの麗様と違う雰囲気だ。


「あなただけが頼りなの。ねえ、学園の編入試験に合格したんでしょ?このままそばにいて沖を守ってあげて!」


涙ぐんで目をウルウルさせながら耳元でささやいた麗様は、オレの手を両手で優しく包み込み、ゆっくりと持ち上げた。あざとくも柔らかな胸の膨らみに触れるように。ひゃうっ。


「わ、分かりました。だけどオレにも荊州の内政が待っているんです。短い間だけならなんとか……」


……オ、オレはおっぱいに負けたんじゃないからな!あの強気な麗様の涙に(ほだ)されただけなんだからな!


「嬉しい!秦朗ならきっと承諾してくれると思ってた。私だって陛下との婚約話がなければ、あなたでもいいかなーとは思わないでもなくて……」


「えっ?」


「ううん、何でもない。

 それより、この耳でしっかり聞いたからね!約束よ、絶対沖を守ってちょうだい!

 ふっふっふ、そうと決まれば早速私の言うことを聞いてもらうわよ!とりあえず、あなたは私の従者兼ご学友という立場で明日から学園に通いなさい」


「えっ、明日からですか?オレはいったん舞ちゃんを荊州に送り届けないと……」


「はあ?実の姉である私の頼みと、義理の姉の劉舞さんとどちらが大事なの?!賢い秦朗なら答えは一択、もちろん私よねぇ。そもそも、あなたが短い期間って区切るのが悪いのよ。一日だって無駄にできないんだから」


……前言撤回。やっぱりいつもの麗様だった。


「お礼に、あなたと杏の仲がうまく進展するようにサポートしてあげるから」


ふうっと大きく溜め息をついたオレは観念して、


「分かりましたよ。舞ちゃんはあと一年学園に通って卒業したいそうです。オレもその間学園に通えばいいんでしょ」


あーあ。鄧艾が烈火のごとくブチギレるだろうなあ、「若、自分ばっかりずるい!」って。

舞ちゃんが許都に残るということは、侍女の華さんも荊州には戻らないから、鄧艾との結婚はおあずけだ。そしたらあいつ、童貞のまま20歳を迎えてみごと魔法使いの仲間入りだもんな。


あれ?でも学園でオレの従者として働くことになれば、華さんのそばで過ごせるんだから、それはそれで良くね?

――宿舎に戻って鄧艾の奴を言いくるめようっと。


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