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三国志の関興に転生してしまった  作者: タツノスケ
第五部・学園離騒編
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101.鴻杏、曹沖に告白する

学園物語特有のドタバタ劇が続きます。

今日の語り手・(こう)(あん)ちゃんは、(はた)(あきら)=関興に生まれて初めてできた彼女で、実は転生者(まだ誰にもバレてない)。曹魏に仕える中級貴族の娘なのです。


●建安十四年(209)六月七日 学園にて ◇鴻杏


私の名前は(こう)(あん)

乙女ゲーム『恋の三国志~乙女の野望』の世界に転生した私は、舞台となる帝立九品中正学園に晴れて入学し、学生生活をエンジョイしているのです。


と言っても、私は主人公のヒロインちゃんなんかじゃなく、悪役令嬢・曹麗様の取巻き令嬢の一人。つまりモブ転生。ヒロインちゃんと攻略対象がハッピーエンドを迎える時に悪役令嬢とともに断罪され、貴族の身分を剥奪されて仏門に入れられ、尼となって惨めな一生を送る……という不幸な役回りなの。


せっかく転生したのに、そんなの嫌じゃない?!


だけど、私と悪役令嬢の曹麗様とは乳姉妹の間柄。取巻き令嬢になる運命は生まれた瞬間から決まってる。

となれば断罪を回避する方法はただ一つ。曹麗様が悪役令嬢にならないように、小さい頃から彼女の意地悪な性格を矯正しよう!


私の秘かな努力の甲斐あって、曹麗様は賢くて美人な上に、立ち居振る舞いが優雅で自信に満ちあふれる、貴族の令嬢らしい素敵なお嬢様に育った。まあ、ちょっぴり高飛車でわがままなところはご愛嬌だけどね。


そんな曹麗様は、人気ナンバーワンの攻略対象・曹沖様とは異母姉弟でとても仲の良いご関係。学園内では取巻きの私を含め三人で一緒に行動することが多いの。

プリンス曹沖様の端正な顔を、こうして毎日おそば近くで眺められる私は幸せ者よね。


「……ちょっと杏、聞いてるの?!」


「あ、すみません。曹沖様の顔に見惚れてボーッとしていました。何の話でしたっけ?」


曹麗様は呆れた声で、


「あなたの彼氏の秦朗が学園に来てるって話よ!あーもう、あの子ったらこの私に連絡も寄越さず何考えてるのかしら?」


秦朗。

私より5歳年下のモブ顔の少年。曹丞相の側室である()妃様の連れ子なので、曹麗様や曹沖様とは血の繋がりのない弟に当たるらしい。もっとも、曹丞相は彼の才能を愛し、自分の養子にしようとあれこれ画策していたとか。

そのとばっちりで、五年前、私はお見合いパーティーの席で曹麗様にだまされ、まんまと秦朗君のガールフレンドにさせられちゃったってわけ。


まあ、私のことをかわいいって言ってくれたし、前世でちょっとだけ気になる存在だった弓道部の先輩に似てるから、悪い気はしないけど。


「そうなんですか。彼、何しに来たんでしょうかねえ?」


「えっ?杏にも話していないの?かーッ、彼女にも連絡を寄越さないなんて彼氏失格ね!」


曹麗様がプンスカ怒っている。


でも、秦朗君が連絡を寄越さないのはいつものことだもの。

たまに思い出したように手紙が送られては来てたんだけど、「いま揚州にいます」とか「今日は騎兵に囲まれて死にそうな目にあいました」とか近況報告をされても、へーそうなんだ大変ねぇという感想しかない。


……と思っていたら、実は私のお父様が、孫権に奪われてしまった広陵の太守に返り咲けるよう必死に戦っていたらしい。どうやら知らなかったのは私だけのようで、曹沖様も曹麗様も苦笑いして、


「まあニブい者同士、お似合いのカップルなのかしらね。さすがにお礼は言った方がいいと思うけど」


とアドバイスしてくれた。


「じゃあ、今から秦朗君にお礼を言いに行きますか」


「だったら僕も行くよ」


曹沖様が嬉しそうに立ち上がると、曹麗様が慌てて、


「駄目よ!あなたが行くとややこしくなるもの!」


と止めた。


「杏、あなたは沖と一緒にここにいて!私が秦朗をここに連れて来るから」


「はーい。よろしくお願いしまーす」


そうして曹麗様は秦朗君を迎えに行き、私と曹沖様が二人きりで部屋に残された。


-◇-


それにしても曹沖様ってきれいな顔よねえ。そのうえ頭脳明晰、優しくて決断力がある。非の打ち所がない人気ナンバーワンの攻略対象。令嬢たちがきゃーきゃー騒ぐのも当然よね。それなのに、いまだに誰とも婚約せず恋人募集中なのは、やっぱり自分大好きなナルシストってことなのかしら。


まじまじと見つめる私の視線を感じたのか、曹沖様は、


「えっと杏ちゃん、どうかした?僕の顔に何か付いてる?」


「いえ、曹沖様の眩しすぎる爽やかな笑顔を私の記憶に焼き付けているところです」


一瞬きょとんとした曹沖様は、ぷっくく…と笑いを堪えながら、


「お褒めに与り光栄です。こうして杏ちゃんと二人きりで話すのって初めてだよね」


「それは美しいご令嬢方がいつも曹沖様を囲んでいらっしゃるので、私のような取り柄のない普通の者はなかなかお近づきになれず、個人的に話す機会がなかったからでして」


「取り柄がないって…杏ちゃんはとっても魅力的だよ」


はいはい分かってますよー社交辞令ですね。


「丕兄さまが後嗣ぎの座を追われて僕が有力候補になった途端、貴族とその令嬢たちが僕を見る目が変わったんだ。僕と結婚すれば権力が手に入るかもって、欲と野望で目をギラギラ輝かせてね。怖くて人間不信だよ」


曹沖様はふうっと溜め息をつく。


「昔からずっと変わらないのは、麗姉さまと杏ちゃん、それに秦朗だけだ」


「そう言えば、入学式の日に曹麗様に撃沈されたヒロインちゃん…じゃなかった董桃さんは、最近どうなんです?あいかわらず彼女も曹沖様に猛アタックかましているんですか?」


「それがね。不思議なことに、逆に彼女は僕に近づかなくなったんだ。麗姉さまの叱責のおかげなのか、それともあの噂を気にしてなのか……」


「あの噂って?」


「杏ちゃんは知らない?南から漢の朝廷にやって来た【風気術】を操る道士が、秘かに父上の将来を占って、


――曹丞相が曹沖を後嗣ぎに選ぶは凶。曹沖は建安十三年(208)に死ぬ運命にあった。いまだ奴が存命なのは他人の魂魄を吸い取って生き長らえている由。奴に近づく者は自ら寿命を縮めているのだ。心せよ。


と告げたんだってさ。

 それを伝え聞いた父上は、【風気術】なんぞ単なる迷信だ、おまえは気にするなと鼻で笑ってたけど、裏ではその道士を捕らえて牢屋に閉じ込めているらしい。

 気にするなって方が無理だよね。


 今はまだ一部の貴族にしか噂は広まっていないけど、そのうちみんな僕から距離を置くだろう。杏ちゃんも無理して僕に付き合わなくてもいいよ、僕は一人の方が気楽だしさ」


そう言って曹沖様はぎこちなく笑顔を見せた。


後から振り返っても、その時私がどういう感情を抱いたのかよく思い出せない。曹沖様がかわいそう?――たぶん違う。私は曹沖様に対して無性に腹が立ったのだ。


だから思わず私は、


「馬鹿馬鹿しい。曹沖様はね、乙女ゲーム『恋の三国志~乙女の野望』の攻略対象者なの!あなたが卒業してヒロインちゃんと結ばれるまで死ぬはずないじゃない!」


と言ってしまった。


「お、乙女ゲーム?」


「そうです!今まで黙っていたけど、私には前世の記憶があるんです。


 舞台はここ帝立九品中正学園。入学から卒業までの四年間に、ヒロインちゃんと五人の攻略対象たちが繰り広げる恋愛ゲーム。曹沖様はメインの攻略対象で、曹麗様はヒロインちゃんの障害となる悪役令嬢。

 あ、私はその取巻きのモブ役なんだけど、これから起こるシナリオはすべて把握済みです。


 入学式の時に、桜の木に登ったヒロインちゃんが飛び降りるのを下で受け止める話、それを令嬢にあるまじきはしたない行為と罵る曹麗様。だけど、曹沖様はそんな天真爛漫なヒロインちゃんに興味を抱くところから始まり……


(長くなるので中略)


……そうして卒業パーティーの席で、ヒロインちゃんが実は皇帝陛下がかつて愛した董貴妃の生んだ子だという事実が発覚、今まで散々いじめた悪役令嬢の曹麗様の一派は断罪されて尼となり、曹沖様は晴れてヒロインちゃんに結婚を申し込んでハッピーエンドを迎えるんです!


だから曹沖様が途中で死ぬなんて、あり得ません!」


私が自信満々に語る長ーい説明を呆気にとられて聞いていた曹沖様は、


「えーと。つまり杏ちゃんの話は、今から四年後の卒業パーティーの時点で僕が生きているんだから、かの【風気術】の道士が語ったお告げなんか嘘っぱちだ、ということかな?」


と要約した。


「はい、そのとおりです!」


「まるで昔、秦朗が語った【先読みの夢】みたいだな。

 ねえ、杏ちゃん。その乙女ゲームとやらで、杏ちゃんは秦朗と婚約するの?」


「え?私は画面の端っこで悪役令嬢の罵詈雑言に「そうよ、そうよ!」と同調している単なるモブにすぎないので、当然そんな華やかなエピソードは用意されていませんし、秦朗なんてキャラも登場しませんけど」


と否定すると曹沖様は困った顔をして、


「それじゃ、杏ちゃんの話が本当かどうか確かめようがないね」


と正論を述べた。


「信じてもらえないなら仕方ありません。

 じゃあ、これならどうです?


 私が前世で暮らしていた日本という国は、ここ中国から海を渡った東にあり、かつて倭と呼ばれていました。私は高校の社会で世界史を選択していなかったので詳しい経緯は分かりませんが、後漢を滅ぼした曹操様が魏という国を建て、魏志倭人伝には邪馬台国の女王卑弥呼が魏に朝貢したと記され……」


「わあーっ!ち、ちょっとストップ!」


曹沖様が慌てて私の口を手で塞ぐ。


「プハッ。く、苦しいです……」


「ごめん。でも駄目だよ、父上が後漢を滅ぼすとか口に出しちゃ!不敬というか大逆の罪で杏ちゃん死刑に処せられちゃうよ!」


「あ」


私は自分が口にしたセリフの重大さに気づき、顔面蒼白になった。

曹沖様は苦笑いを浮かべながら、


「まあ、でも杏ちゃんが僕を慰めるために、でたらめな作り話を述べたってわけじゃなさそうなことは分かったよ。

 杏ちゃんが前世の記憶があるって話、麗姉さまや秦朗は知っているの?」


ううん、と私は首を振った。


「そうだね、黙ってた方がいいと思うよ。これは僕と杏ちゃんだけの秘密にしよう」


「……はい」


「それで、ヒロインちゃんだっけ、僕の恋人となる女性って。彼女が董貴妃の生んだ子だというのは本当かい?」


「董桃さんですね。彼女が亡きお母さんの形見として持っているブローチが、かつて皇帝陛下が董貴妃に愛の証しとして下賜したものだったのです。賊軍を倒して都に凱旋した曹沖様とヒロインちゃん達の勇者パーティーが皇帝陛下に謁見した時に、陛下ご自身がお気づきになって……」


「ふーん。なるほどね」


「だけど私は、曹沖様が董桃さんと結ばれるのは嫌なんです!悪役令嬢の曹麗様と一緒に私も断罪されたくないっていうのもありますけど、董桃さんはたぶん私と同じ転生者で、曹沖様のことを狙ってるんだと思います。しかも、逆ハーレムエンドを狙っているというか、すごくあざとい感じがして……」


「はは、同感だ。そもそも僕はあの董桃って子に興味ないし」


曹沖様が頷く。


「そうなんですか?私、応援してます!曹沖様が本当に好きな人と結ばれるようにって」


「ありがとう、杏ちゃんは優しいね。だけど、僕の恋はきっと叶わないんだ」


そう言って曹沖様は淋しそうにうつむいた。


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