97.復活
圏外に去ったところでひっそりと再開。
関興がまた魅力ステータスを落とすようなことを自らやらかす。
周瑜率いる孫呉軍の軍船を壊滅させ、意気揚々と建業に凱旋したオレたちであったが――
「関興君。どうして周瑜提督を殺したんだよ?」
孫紹は泣きはらした目でオレをキッと睨みつける。
「決まってるじゃないですか!周瑜提督がオレの野望の邪魔になるからですよ!」
「そんな……あんないい人を邪魔だなんて」
「はぁ…君はオレより三つも年上のくせに、なーんにも分かってないんですねぇ」
孫紹の無邪気な感想に呆れて、オレはわざと大きく溜め息をつき、
「いいですか、オレは荊州を地盤に丞相の曹操から独立・割拠しようと思っている。一方、周瑜提督は曹操を破った勢いで江陵に進出し、あわよくば荊州全土を孫呉に併合しようと企んでいた。
周瑜提督とオレは完全に利害がぶつかるんですよ。だから今のオレの認識では、曹操よりも周瑜提督の方が敵なんです」
「敵?だって君は、孫権将軍に追われていた僕と沈友の命を救ってくれたじゃないか!君の立場からすれば、僕だって敵のはずだろ?」
「孫紹君が敵ねぇ……悪いけど、オレは君なんか眼中にないです。だって弱いもん」
オレは嘲りの笑みを浮かべて答える。孫紹はぐっと詰まり、
「じゃあ、あの時なんで僕を助けたんだよ!?同情?それとも憐れみのつもりかい?」
「そうですね。敢えて言うなら、憎き孫権を叩き潰すための駒に使えそうだったから、かな」
「!」
「うーん。君のステータスを【鑑定】すると、統率力63武力62知力66政治69魅力75。げっ、魅力で負けてる。まあいいや。孫紹君は孫策将軍の血を受け継いでいるのに、能力は至ってフツーですね(笑)」
「ぼ…僕だって、自分が父上の後嗣ぎにふさわしい才覚を持っていないことぐらい知ってるよ!だから皆、僕じゃなくて孫権将軍を父上の後に担ぎ上げたわけで……」
「へー。孫紹君は悔しくないんですか?父上が築いた孫呉軍閥の盟主の座をみすみす孫権に奪われ、お情けで田舎の県侯に据えられたあげく、殺されそうな目にあっても」
「は、話をそらすな!僕は関興君が周瑜提督を殺したことを責めてるんだ!」
孫紹は肩で息をしながらオレに問う。オレは白けた顔で、
「まだそんなくだらないことを言ってるんですか?周瑜提督が敵だからって答えたでしょ。
周瑜提督が降伏して荊州を諦めるのであれば、べつに殺す必要を感じなかったけど、提督はそれを認めたくなかった。降伏を拒絶した。だからオレは、周瑜提督の率いた軍船をことごとく沈め壊滅せざるを得なかった。それだけのこと」
「だけど周瑜提督は、僕にとって大事な人だったんだ!関興君が僕の頼みを聞いてくれればよかったじゃないか?!」
「甘いですよ。そんな子供じみた理屈が通るなら、周瑜提督がオレの降伏勧告を受け入れてくれればよかったんだ。周瑜提督が孫紹君の説得に応じてくれればよかったんだ――」
「そ、そんなの詭弁だ。周瑜提督が悪いんじゃない!」
「……オレは周瑜提督が悪いだなんて言ってませんけど。
あーなるほど。君はオレのせいだと言いたいわけですね。だったら、オレにだって言い分がありますよ。孫紹君が孫呉軍閥の盟主の座をみすみす孫権に奪われなければ、周瑜提督は死なずに済んだのにってね」
「だ、だって仕方ないじゃないかっ!弱っちい僕が孫呉軍閥の盟主になったら、皆が困るし。だからみんな孫権将軍を望んだんだ」
オレはさっきから他人のせいにし続ける孫紹にイラッとして、
「みんな?孫紹君にずっと仕えて来た沈友は、君が盟主になるのを望まなかったとでも?」
「……」
「孫権に追われ行方不明になっていた孫紹君の今の健勝な姿を見た、周瑜提督が涙を流して喜んでいたのは嘘だとでも?」
「ち、違う!」
「せっかく孫紹君が会稽太守になれるよう、荀彧様に頼んでやったのに。周瑜提督に「孫紹様を頼む」と最期の言葉を投げられたから、オレは約束を守るつもりでいたけど、なんか馬鹿馬鹿しくなっちゃった。
結局のところ、孫紹君は、周瑜提督を救えなかったのは自分が弱いせいだって認めたくないだけですよね?
君が孫呉軍閥の盟主だったら、周瑜提督はオレと戦うことなく死なずにすんだのに。
君がもっと強ければ、ヘリクツを捏ねるオレを叩きのめして言うことを聞かせられたのに」
ギリギリと歯を食いしばる孫紹。もう一押しかな。
「そんなことだから、君はオレの野望実現のための駒だなんて馬鹿にされるんですよ」
「う、うるさいっ!黙れっ!」
孫紹はオレに拳をぶつけた。オレは難なく片手で受け止め、耳元で囁く。
「孫紹君。残念だけど、オレに勝とうなんて百年早いよ」
「……僕は絶対に君を許さないっ!見てろ、いつか周瑜提督を殺した仇を討ってやる!」
オレはニヤリと笑って、
「へえ、そんなに弱っちいお子ちゃまのくせに?孫呉軍閥の盟主になる覚悟もないくせに、どうやって?」
「剣の修行をして強くなる!僕は会稽太守を任されたんだ。沈友から政治を学び、人材を募って富国強兵を進めていく」
「ふーん。でも所詮、曹魏の傘下の会稽郡の一太守にすぎないよね。オレは父上とともに曹魏から独立して荊州を治めるつもりだから、孫紹君が州牧のオレに敵うわけないよ?」
「そうやって油断してるがいいさ。今は力不足で雌伏せざるを得ないけど、いずれ会稽・呉郡・丹陽の三郡を地盤に国力をつけて、僕だって曹魏から独立・割拠してみせる!」
と孫紹は力強く宣言した。
「やれやれ、ようやく自分の立場を自覚されましたか。まったく手間のかかるお坊ちゃまですね。
……そう言うことらしいので、いい加減、死ぬのは諦めて孫紹君に手を貸してやってもらえませんか?周瑜提督」
「えっ?」
驚く孫紹を尻目に、オレはドアの向こうにいる周瑜に声を掛けた。
「ほら、さっさと入れよ」
と甘寧に促され姿を現したのは、紛れもなく周瑜であった。
「周瑜提督……が生きてる。どうして?」
事態が呑み込めない孫紹の問いに甘寧がニヤニヤしながら答え、
「孫紹様さぁ。可愛げのないチビちゃんのひねくれた性格くらい、長い付き合いで知ってるだろ?
こいつは戦に勝って出世するよりも、戦乱に巻き込まれた名もなき民や兵士の命を救う方を選ぶんだよ。そんな阿呆な考えのチビちゃんが、周瑜提督のような立派な将軍を見殺しにするわけないだろ!」
そう。
オレはあらかじめ甘寧に、誇り高き周瑜は沈没する船と運命をともにするつもりだろうから、長江に投げ出された周瑜を救助してくれと頼んでおいた。甘寧と錦帆賊の兵は、気を失って川底に沈んでいる周瑜を見つけ、約束どおり助け上げた。
そうして甘寧が(嬉しそうに)マウス・トゥ・マウスの人工呼吸をして蘇生した周瑜を、無理やり建業まで連れて来たのである。
「関興、どうして俺を死なせてくれないんだ?
俺はおまえに敗れ、多くの将兵を失った。提督だった俺が敵に降伏し、自分だけ命を救われ敵の幹部として優遇されるなど、命を落とした将兵に顔向けできるわけ……」
周瑜の頑迷な主張を聞くのが面倒くさくなったオレは途中で遮り、
「周瑜提督にとって、孫紹君は敵ですか?」
「?!」
「それに甘寧と錦帆賊は、あなただけでなく、沈む船から投げ出され溺れている孫呉軍の兵士たちも救助しました。自力で泳いで牛渚の陸地にたどり着いた敵兵に対しては、沈友が火を焚いて暖を取らせています。
もちろん、燃える軍船に巻き込まれて焼死した将兵、長江に飛び込み溺死した将兵もいたでしょうが、あなたが率いていた三万のうち少なくとも二万の兵は、我々で保護しています」
孫呉の軍船を壊滅させるのは必須だが、将兵まで殺す必要はないからな。
残り一万の敵兵は死んだかもしれないし、これ幸いと故郷に逃げ帰ったかもしれない。そんなことまでオレは知らん。
「だが……」
「二万の兵の衣食住の世話をするのは金がかかるんですよ。統率力が63しかないお子ちゃまの孫紹君が、二万もの兵を率いるのは無理ってことぐらいお分かりでしょう?早いうちにステータスの高い周瑜提督に引き取ってもらわないと、こっちは迷惑なんです」
「お、おまえは俺を、自分ではなく孫紹様の配下に……最初からそのつもりだったのか?」
周瑜の問いに答える代わりにオレは、
「孫紹君の覚悟を聞いたでしょう?会稽・呉郡・丹陽で富国強兵して曹魏から独立・割拠してみせるらしいですよ。そうして荊州の領主であるオレを殺しに来るそうです。きゃー怖い!怖い怖いひぃー」
フッとようやく笑みをこぼした周瑜は、
「なるほど。甘寧がおまえを評して“ひねくれた可愛げのない性格”と言った意味がようやく分かった。おまえはいわゆる“ツンデレ”という属性なのだな」
「バッ…だ、誰がそんな言葉……!?」
オレは顔を真っ赤にして否定する。
「おまえの意図は読めた。諸葛孔明が唱えた「天下三分の計」のように、荊州に割拠するおまえと揚州に割拠する孫紹様とが同盟を結んで、曹魏に対抗して行くつもりなんだな?」
「そ、そのとおりだ!
せっかく独立・割拠したはいいが、オレと関羽のおっさんが治める荊州だけだと曹操に潰される。大至急、曹魏に対抗できる勢力が出て来て、オレと同盟を結んでくれなければ困るんだ」
オレは周瑜に本音をぶちまけた。
実際、諸葛亮の天下三分の計は、当初は荊州に拠る劉備と揚州の覇者・孫権が同盟を結んで曹操に対抗する計略であり、史実でも孫呉の魯粛が両者の間を上手に取り持っているあいだはうまく機能していた。
だが、この世界の劉備は仁義のカケラもないクソ野郎、孫権は欲深く猜疑心の強い暴虐な暗君。いくら曹操に対抗するためだとしても、オレは両者とも関わり合いになりたくないんだ。まして同盟の相手に選ぶなんて論外だ。
ならば、荊州には関羽のおっさんをオレ自らが擁立し、揚州には孫権に代わり得る、能力は未知数だが亡き孫策の子息・孫紹を据えるしかあるまい。
「そういうわけだから、周瑜提督、あなたに会稽太守・孫紹君の指導と育成を頼みたい」
「それは俺も願ったりだ……だが、良いのか?おまえにメリットはなさそうだが」
何か裏に魂胆があるのではないかと訝る周瑜。
「何を言ってるんですか?メリットは大ありですよ!『管子』覇言篇に、
――それ天下の権を用いんと欲する者は、必ず先ず徳を諸侯に布け。
とあります。
己の勢力を増すためには、先ず諸侯にメリットを与えなければならない。己の味方を増やすためには、先ず諸侯に譲歩しなければならない。こうして諸侯の信頼を得た後に、覇王は権力を天下に行使することができる。オレはその教えに従っているだけですよ」
そう。
徳治を唱えた諸子百家は、孔子・荀子らの儒家だけではない。現代漢文では法家に分類される管仲だって、覇王になる条件として徳の重要性に言及しているのだ。
この後の展開では、曹操はおそらく徳治を否定し、『荀子』を基にした王者の政治を布きたい荀彧を切り捨てる。
オレは荀彧の生きざまを尊敬しているが、彼の純粋で清らかな心根は、叩けば必ず埃の出る俗人には辛すぎる。
ならば、清濁併せ呑む度量を持ち、徳治にも法治にも理解のある管仲の政こそが、この乱世の統治術として最もふさわしいと思う。
蜀志龐統伝には、劉備が皇帝となり得た方法が記述されている。
――曹操が暴力に頼れば劉備は仁徳に頼る。曹操が詐謀を行なえば劉備は誠実を行なう。天下を簒奪した曹操と反対の行動をとって、初めて事が成就されるのだ。
これに倣って、曹操が徳治を否定すればオレは徳治で荊州を鎮めてやる。
周瑜は決心したのかようやく頷き、
「ふん、自らを覇王に擬すつもりか。多少ムカつくが、まあ良かろう。それで期限はいつまでだ?」
「えっ?」
(史実では、周瑜は建安十五年(210)に36歳の若さで死んじゃうんだ。まさか死期を悟って……)
とオレが言い淀んでいると、
「おい、聞いてんのか?孫紹様の治める揚州の三郡を、曹操に対抗できる勢力にまで大きく育てる期限だよ!」
「あ、ああ……曹操が次のターゲット:馬超・韓遂の涼州勢を滅ぼすのがたしか建安十六年(211)だから、あと三年でなんとかなりませんかね?」
「はあ?!三年って、無茶を言うなぁ…おまえ」
周瑜は呆れた声を出したが、
「まあ、せっかくおまえに命を助けられたんだ。懸命に取り組んで成果を出そう」
と約束してくれた。
「だが少し待ってくれ。孫権将軍が治める柴桑に、妻と子供たちを置いたままなんだ。なんとかここに連れて来たい」
うん、それがいいと思う。史実では孫呉を救った英雄・周瑜の死後、妻の小喬は存在を消し去られ、息子の周胤は孫権に才能を妬まれて疎んじられたあげく、長きにわたって政界から干されてしまうんだ。
すると沈友が、
「ですが……周瑜提督は戦いに敗れて死んだと思われているはず。生きて帰れば、孫権将軍に敗戦の責任を咎められ、死罪を申し渡されるのではないかと心配です」
だよなあ、沈友の懸念ももっともだ。そうだ!柴桑ならオレの斥候も潜んでいる。彼らに命じて周瑜に協力させよう。
……と思っていたら。
「それならご心配なく!わしがちゃんとお連れ申した」
と言って、周瑜の美人な嫁さん(小喬)と三人の息子・娘を連れて、小汚いおっさんが現れた。
「あなた……」
「婉……」
美男と美女の夫婦が再会を喜び抱き合う。
「本当に生きていたのですね……噂では、あなたが指揮した船団が敵軍に敗れ、壊滅したと聞かされたものですから」
「心配をかけてすまぬ。おまえたちも無事で何よりだった。これからは皆で建業で暮らそう」
すると小汚いおっさんがオレの耳元で、
(美周郎の愛人は、空気を読んで別室に置いて来やしたぜ。フヒヒ)
と囁く。まあ、この時代、愛人の1人や2人は当たり前だし。何を隠そう、史実の関興にも嫁が二人いたらしいし!
っていうか、この小汚いおっさん誰だよ?
「かたじけない、鳳雛よ」
「なんの。美周郎とわしの仲じゃないか」
え?この小汚いおっさんって龐統なの?!
「ああ、名乗ってなかったな。わしは孔明に関興君のことを聞かされてたから、つい知り合いだと思って自己紹介を忘れてた。龐統と申す。以後、君の世話になるから頼むぞ」
「はあ。でもオレの所でいいんですか?知謀の士と名高い鳳雛殿なら、周瑜提督や劉備将軍など引く手あまたでしょうに」
「なぁに。諸葛孔明から関興君の所に派遣された斥候のようなもんだ。よろしくな」
いや、女神孔明の放ったスパイだとか重大な秘密を自分からバラしていいのか?たしかに史実では、龐統には赤壁の戦いの前に周瑜に仕えた経歴があり、諸葛亮が放ったスパイだったという説もあるけど。
オレは龐統のステータスをそっと【鑑定】してみた。
--龐統--
生誕 光和二年(179) 30歳
統率力 53
武力 17
知力 94
政治力 80
魅力 62
うん、本物みたい。
「で、関興君はこれからどういう作戦を取るつもりだ?」
ニヤニヤと試すような顔で龐統がオレに尋ねる。オレは正直に答え、
「オレと関羽のおっさんの束ねる戦力だけで曹魏に対抗するのは無謀だし、南方の劉備と孫権にも警戒しなければならないので、周瑜提督が孫紹君を立派に揚州の覇者に育ててくれるまで、しばらくは面従腹背で曹丞相にお仕えしようと思っています」
「……なるほど、君は噂どおりわし好みの策士だな。うむ、気に入った!ならば、わしには南の劉備と孫権への対策を任せてもらおうか」
「えっ、そんな妙手があるんですか?」
「ふふん、益州じゃよ。かの地の領有を巡って劉備と孫権を争わせる。互いにいがみ合ってボロボロになった所を、わしらがかっ攫って美味しくいただく寸法さ」
そんなにうまく行くかな?
まあ、今のオレの戦力では荊州を固めるのに精いっぱいで、益州にまで手が回らないのは事実だし、史実どおり劉備が益州乗っ取りに成功してもオレに不都合はないわけだから、ここは龐統の手腕に任せよう。
まだ本調子じゃないので、ボチボチやっていきます。




