91.関興、天下三分の計(改)に動く
閉じ込められていた牢から脱出できたオレは、
「助けに来ていただいてありがとうございます、父上。甘寧も」
とお礼を言う。甘寧はニマニマ笑いながら、
「はん。曹丕ごときに一杯食わされて、牢に閉じ込められるとはだらしねえなぁ。やっぱりチビちゃんには俺がそばに付いててやらねえと駄目じゃん。っていうか、牛飼い上がりの鄧艾はどうした?使えねー奴だな」
「いや、鄧艾には江夏から奪った楼船三十隻を、桐柏ダムに隠すよう頼んでたんだ。曹丕に見つかって没収されたくないし」
「ふーん、それならしょうがないか。
で、チビちゃんよォ。これからどうするんだ?このまま唐県でおとなしく曹魏と孫呉の世紀の対決を観戦してるだけってことはないよな?」
もちろんだ。オレは今から天下三分の計(改)の実現に向けて動く。でもその前に、確かめなきゃいけないことがある。
「父上たちは孫呉と同盟を結んでいたのに、不甲斐なくも牢に幽閉されたオレを助け出すために、戦場から兵を連れて離脱してしまいました。オレは父上が劉備や周瑜に裏切者扱いされたのではないかと心配で……」
オレの懸念に対し、関羽のおっさんはニヤリと笑い、
「なぁに。夏口に連れて来た兵の三分の二は俺の兵だと甘寧が告げたにもかかわらず、劉琦の坊ちゃんや周瑜提督は、俺を無視して劉備将軍に同盟を申し入れたんだ。俺が同盟を結んだわけじゃない。そんな彼らに義理立てする必要もあるまい。だろ?
曹丞相にも言質を取った。荊州は俺の切取り次第だってな。
だから興、遠慮はいらん。おまえの思いどおり動いていいぞ!」
そっか。意外と父上も策士だな……と思ってたら。
「おい、秦朗っ!俺たちにも一丁咬ませろ!」
と言って、徐晃と史渙がオレの目の前に現れた。荊州水軍の主力の指揮官二人がどうしてこんな所に登場するんだ?
「丕殿下に諫言したら疎まれちまってな。左遷だよ、左遷。
代わりに于禁や毛玠のような素人が水軍を率いるんだとよ。あーあ。おまえの【先読みの夢】どおりに曹魏軍は負けちまうんだ」
徐晃は悔し気に恨み言をつぶやく。
「そこで俺は考えた。丕殿下と仲の良くない秦朗なら、俺の気持ちを分かってくれるだろうってさ。おまえなら曹魏軍の負けを最小にできるんじゃねーか?」
んー。負けを最小にできる策というか、赤壁という局所戦では負けるけど、“対孫呉戦”という大きな枠組みで見れば引き分けに持ち込む作戦ならないこともない。
でもさ。オレは曹丕に牢に投獄されちゃったし、曹操には賞味期限切れの役立たずとか言われちゃったし、曹魏軍を援護してやる義理はないと思うんだけど。
「曹丕義兄上に無実の罪を着せられこんなひどい目に遭わされた以上、オレはもう義兄上とは一緒にやって行けません。曹丞相への御恩は片時も忘れておりませんが、こうなってはやむを得ず袂を分かち、父上とともに荊州で割拠するつもりです」
と涙を流した。臥龍座の芝居稽古で習得した秘儀・美少年の嘘泣きの術だ。モブ顔だけど。ところが徐晃は感化されたのか、ホロリともらい泣きして、
「秦朗……おまえの気持ちは痛いほど分かるぞ。丕殿下に仕返しするのはやむを得ん。だが、頼む!丞相への御恩は忘れておらぬと申すなら、どうか丞相の命は救ってやってくれ!」
と頭を下げる。とそこに、
「チビちゃん。俺たちからも頼む」
と言って、張遼と荀彧・荀攸それに賈詡までやって来た。全員、早急に孫呉と戦う無謀を諫めて曹操に干された優秀な武将たちだ。
「おまえが丕殿下の側近たちから受けたイジメと屈辱、そのあげく丕殿下の命令で一か月も牢に幽閉された理不尽な刑罰は、同じ曹魏の将として申し訳なく思う。
だが、ここは曲げて頼む。おまえの【先読みの夢】が現実となって、赤壁で軍船が全滅するのだろう?敗戦に丞相が巻き込まれて命を落とすことは絶対に避けなければならんのだ!」
「そのとおりです。いま丞相がお亡くなりになったら、せっかく立て直した後漢の安定が崩れて再び天下は乱れます。兵士や民百姓を再び塗炭の苦しみに陥れることは避けなければなりません」
荀彧も曹操を見殺しにしないようオレを説得するために、わざわざやって来たみたい。オレは慌てて、
「いや、皆さん勘違いしてるみたいだけど、オレは曹丕義兄上への恨みを晴らすために、赤壁の戦いで負けた丞相の苦境に乗じて背後から襲うとか、そんな卑劣な真似はしませんよ!
というか、医者の張仲景殿にお願いして、曹丞相や将兵たちが疫病で死なないように治療してもらったのは、オレの差し金ですし。これ以上疫病の感染が拡大しないように予防も徹底しましたし」
「だが、おまえは曹魏と袂を分かち、関羽殿とともに荊州で割拠するつもりだと言ったではないか?」
「ええ。もともと荊州は劉表殿の領地で、父上は後を託されていたのです。それに赤壁の戦いに負けて周瑜に攻め込まれた曹魏の領土を、オレたちが奪い返して自分の領地に編入するのはべつに問題ないでしょ?」
ただ、オレ・関羽のおっさん・甘寧・鄧艾の四人では正直、駒が足りないんだよな。……と思っていたら。
「チビちゃん、孫呉に負けた曹魏軍の仇討ちをしてくれるんだよな?ならば、俺も喜んで手を貸す。思う存分使ってくれ」
と張遼が思い切ったことを告げた。徐晃も史渙も、謀臣の荀彧・荀攸・賈詡も一斉に頷いた。オレは呆れて、
「いいんですか? オレたち関羽軍は、これから曹魏と道を違えて荊州に割拠する意志なんです。一歩間違えたら、敵を利する行為に当たるんですよ!」
「ああ、覚悟の上だ。丞相の命が救われ、曹魏軍の全滅を避けることができるのなら、俺は悪魔とだって手を結ぶ」
「……オレの立てる作戦では、曹丞相の命令に背いて勝手に軍を動かすことになります。たとえ勝利したとしても、必ずや咎を受けるでしょう」
頭の固い腐れ儒者・イヤミ三銃士に難クセをつけられたオレみたいにな。すると荀彧がくすっと笑って、
「心配いらないよ。戦いに勝てば官軍という言葉を知ってるだろ?曹丞相より偉い漢の天子様の錦の御旗くらい、私が取って来てやるさ」
と言った。
◆オレたちの戦力◆
関羽軍:関羽のおっさん・甘寧・鄧艾・関平兄ちゃん・オレ
唐県に兵三万(うち水軍兵一万四千)。馬三百騎、強弩千張に矢二十万本、楼船三十二隻、艨衝百二十隻。
曹魏軍Bチーム:張遼・徐晃・史渙・荀彧・荀攸・賈詡
Special thanks: 劉馥・孫紹・沈友
寿春に兵二万五千。




