出会い Ⅲ
「あの…大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。ありがとうござ…」
誰かが近づいてくる足音がしているなと思ったら近くで止んで、声をかけられた。条件反射で上辺だけの返事をしながら声がする方を見遣る。そしてビックリしてしまった。
スクリーンの中から飛び出してきましたと言わんばかりの、目鼻立ちがハッキリした可愛らしい顔立ちの女性が心配そうに立っていた。
彼女は大人な雰囲気も放ちながら、どこか幼さと勇ましさも持ち合わせていて、危うい色香を放っている。そう思わせるのは、不思議な体験をしてから今までに出会った女性たち…アンナや廊下に飾られていた肖像画の女性たちが着ていた、足首まである長いスカート姿ではなく、体型を隠さないピッタリしたパンツスタイル…かっちりとした軍服のような出で立ちだったからだろう。表の顔はかつてヨーロッパにあった一国の女騎士、しかし本当は麗しい王女だという立場の難しそうな役を務めきったハリウッド女優ですと言われても、誰しもが納得する容姿と服装。肖像画に描かれていた、腰に剣を携えどっしり構えていた男性たちの服装と似ている気がする。
違うのは腰の剣がないことと、今までに何人かすれ違った男性の衛兵たちにはないしなやかさが見てとれること。さらに、その雰囲気は服の色も起因している気がする。カーキ色の軍服を着た衛兵たちとは異なり、彼女の服の色は白地で、裾に縁取られた青色の細いラインがよく映えている。胸ポケットには金糸で何か模様が刺繍されているようだ。
ハリウッド女優顔負けの存在感に、思わず呼吸を忘れて目を瞬かせ、呆然と相手の顔を見つめてしまったわ。
その人はカツカツとダークブラウンのロングブーツを鳴らして私の隣に座り、ぬっと顔を覗きこんできた。予期せず麗しいお顔を間近で拝見するハメになり、なぜだか照れてしまって少しばかり居心地の悪さを覚える。だが、ここまで完璧だと、もはや劣等感は感じられないらしい。ブリュネットの髪も、深いアンバー色の瞳も、ぷるぷるのお肌も、高すぎない落ち着いた声も、ひいては抜群のスタイルも、何もかもが一級の芸術品…神様が本気で作り上げた最高の芸術品のようだ。完璧も過ぎると嫉妬はする気にならないし、目の保養になるわーと、ボーッと見惚れてしまった。初対面なのに失礼とか思うより先に、目の前に現れた『美』を鑑賞する事に忙しい。
私の反応があまりに薄い…むしろ、無いに等しかったので、ひどく心配した声でさらに問いかけてくる。
「どこか具合が?ずっと難しいお顔をされていますけれど…」
「ああ…いえ、大丈夫です。ちょっと考え事をしていまして…」
この人は、私のポカンとしたマヌケだったであろう顔を『難しい顔』と言いかえてくれた。きっと心根の優しい、洗練された女性に違いない。しかし…ずっと、という事は…声をかけられる前から観察されていたのかしら。そうだとしたら…うーん、恥ずかしい。
「本当に?それにしても、お一人でいらっしゃるだなんて…侍女は何を…」
「あああいえ!私がお断りしたんです!ちょっと考え事をしたいので、一人にしてくれと!」
「…本当に…?」
「はい!アンナやヘレネも『一人にするわけにはいかない』と言ってくれたのですが、私が無理を言って断りました!少し経ったら、迎えにきてくれる約束なんです!」
美人に真顔で事の真偽を追求されると、なぜこうも焦るのか。おかげで声が裏返ってしまった。私は何一つ嘘はついていない…事実を伝えるだけでドキドキで、冷や汗が背中を伝ったような気がする。
「そうですか…でも、もうすぐ陽が城で隠れてしまいますから、ここは少し寒くなりますよ。」
「えっ、そうなんですか?」
そう言われて、ついさっきまでご機嫌で照っていた太陽がある方を見たら、まだまだ元気に照ってはいるが、お城の一番端っこの建物の最上階の部分に隠れようとしていた。
「あ…本当だ。…残念。まだ風にあたっていたいけど…」
「??」
何か問題があるのかと表情だけで疑問を投げかけてくる。この場を動かない約束をしたのだと気落ちした声で告げ、あとどれくらいで日が陰るかな、もう少し此処にいられるだろうかと再びお城の最上階を見上げた。
「もしも差支えなければ…」
くるりと彼女の方へ顔を向け、言葉の続きを待った。顎に手をやりうつむき加減で何やら思案していたが、考えがまとまったのか、私をまっすぐ見て魅力的な提案をしてくれた。
「…差支えがなければ、私が敷地内をご案内しましょうか?お一人でなければ移動しても良いのでしょう?ここには見事な庭園もありますし、少し離れた所には厩舎もあって…」
彼女の声がさっきと変わって一層柔らかくなる。思案の内容はきっと、私が一人でいたい様子だけれど、誘っても大丈夫だろうかという事だろう。気を遣わせてしまったようだ。
彼女の言う『見事な庭園』というのは、恐らくアンナと散策した庭園だ。それよりも心惹かれたのは…
「厩舎…馬、ですか?」
「ええ。とても賢くて心優しい子たちがたくさんいるんですよ。馬が苦手でなければ…」
馬と聞いて、テンションがちょっぴり上がった。いや、ちょっぴりは過小かな、大分上がった。動物は大好きなのだ。正直、ぐるぐる訳の分からない事を考え続けることに疲れてしまった。どうせ部屋に戻ったら嫌でも考えるだろうし。
突然もたらされた素敵な提案。動物に癒しを求めて気を紛らわせたい気持ちがムクムク湧き上がる。
「…ご迷惑になりませんか…?」
「いいえ、全く。迷惑だと思ったら、そもそもお誘いしませんわ。」
「行ってみたいです!動物、大好きです!」
「ふふ、決まりですね。」
迷惑をかけるんじゃ?そもそも、ご予定がおありなのでは?なんて心配も一声で吹き飛ばしてくれたので、お言葉に甘えてしまおうと決め込んだ。
私のテンションがうなぎ登りになったのが伝わったのか、麗しの美女も眩い笑顔でコクンとひとつ頷いた。それと同時に、彼女の笑顔の破壊力にお手上げになる。ホント、なんて綺麗な人なんだろう…
ちょっと待ってて、と言い残して、一番近くにいた衛兵の元へ駆けていった。二言三言交わしたのだろう、すぐにこちらへ戻ってきた。
「さっ、行きましょう!」
さっき以上に眩しい笑顔。きっと、ご機嫌な太陽も尻尾を巻いて逃げてしまうに違いない。