出会い Ⅱ
「カナデさま、少し休憩をなさいませんか?あちらにベンチがあるんです。」
少しばかりボーッとしながらグルグル歩いたが、それにも飽きて庭園を抜け、森みたいに木々が生茂った所へ足が勝手に向かおうかという時だった。いつしかアンナもおしゃべりを止めていて、森とは違う方向を指差している。
確かに2〜3人が座れそうな、小さなベンチが見えた。
「はい、少し休みたいです。」
頭の中もちょっと整理したいし、風を感じながらリラックスしたいななんて思っていたら、見たことのないメイドさんが小走りでこちらに向かって来るのが見えた。
「アンナ!」
「ヘレネ?どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ!もうとっくにお昼過ぎてる!戻って来ないって、リータ様カンカンだよ!」
「げっ!」
アンナの顔がみるみる青くなっていく。彼女は感情が全て顔に出てしまう、嘘がつけない性格なのだろう。分かってはいたけど。ところで…
「リータ様って?」
「メイド長です。ほら、カナデさまがお目覚めになった時におりました、中々笑わない…」
ヘレネというメイドが僅かに眉間に皺を寄せて、アンナを小突いている。メイド長を「中々笑わない」などと紹介するなんて、といったところかしら。
「何か大事なお仕事が…?」
「はい、カナデさまにお昼の時間だとお伝えして、昼食を取って頂かないといけませんでした…」
やってしまったと言わんばかり、しょんぼりという表現がピッタリで、みるみる声に力が無くなっていく彼女が不憫に思えてしまった。無いはずのウサギの耳がヘナヘナと折れ曲がっていく様が見えて、フフッと笑いが溢れる。
豊かな感情を隠せないかわいいアンナに、助け舟を渡してあげよう。有効かどうかは分からないけれど、この後メイド長から大目玉を食らうであろうウサギちゃんのお守りになりますように。
「だったら、私が散歩に無理矢理付き合わせたとメイド長に報告をしてください。…自分の身に起きた状況を飲み込むのに必死で時間を忘れてしまったうえ、食事も喉を通りそうにないから断った、と。半分以上は事実ですし。」
「それは…いけまけん…」
力なく首を振っているウサギちゃんに、ニヤリと悪巧みをしている顔を作って、更なるひとこと。
「…それとも、これから一緒にメイド長の所に行って、謝って弁明します?」
ブンブンブン!!と音がしそうなくらい力いっぱいにノー!を示している。あまりの勢いに首がゴキッ!て鳴りそうだ。
「アンナはこれからすぐに行かなきゃ、ですよね?私、もう少しここにいてもいいですか?風の当たる所で気持ちを落ち着かせたいので…」
「それでしたら、私がご一緒致します。」
「ありがとうございます。ヘレネさん…でしたっけ。」
「はい。ヘレネと申します。」
「とてもありがたいのですが、今は一人にして頂けませんか?ちょっと考え事をしたいのですが、人がいると集中できなくて…」
ヘレネというメイドが一瞬だけビックリした表情を見せる。その後、眉根を寄せてひどく困惑していると言わんばかりの空気を醸し出した。
「しかし、案内役がおりませんと…」
「動き回りません。あのベンチで考え事がてら、休憩していますから…」
「…左様でございますか、畏まりました。では、何かお困り事がございましたら、あちらの衛兵に何なりとお申し付けください。」
ヘレネが顔を向けた先には2人の衛兵がいた。腰に剣の様な物を携え、直立不動で持ち場をしっかりと守っているようだ。この距離なら、気配を気にしなくて済みそうだ。
「ありがとうございます。ご無理を言って、申し訳ありません。」
部屋に戻りたくなったら衛兵に言えば、お城の出入り口まで案内してくれるだろうとの事だった。そこから先は、城内のメイドが部屋まで連れて行ってくれるからと。敷地内は安全ではあるけれど、くれぐれも一人で動き回らないことと釘を刺され、夕方にはアンナが迎えにくると告げられた。
私がいるからだろうか、二人は走らずに早足でメイド長の元へと急いだ。
一人になるやいなや、表情がスーッと引いたのが分かった。しばらくは誰かと会話をしなくてすむと思うと、気がラクだ。
ベンチに腰を降ろし、背もたれに思いっきり体重を預けてため息を隠さずに、空を見遣った。今朝アンナが言ったとおり、気持ちの良い散歩日和だ。雲ひとつ見当たらない。空はどこまでも続いていて青色が深く、草木を揺らす風は優しい。でも、この空も風も私の混沌とした心は癒せそうにない。
ため息以外は何も出てこない。思考もパッタリ止まってしまったまま、しばらく虚無の中を彷徨った。
上を向き続けて首も悲鳴をあげる頃、はたと思い出した。
溜まったストレスがうつ症状として爆発し、休職を余儀なくされていた頃のことだ。気の向くままにやりたい事をして心を回復させていた時、何冊か読んだ小説の中に『異世界へ飛ばされる』ストーリーのものがあった。たしか主人公は高校生の女の子で、飛ばされた異世界では国を救う聖女として成長して生きていく、とかいう内容だった気がする。気がするというのは、当時の私はそんな超がつくほどの非現実的なストーリーを夢中になって読みきれず、途中で止めてしまったのだ。
もしかして、今の私はまさにあの女子高生と同じなのか?
「いやいや、そんなのありえない…でもなぁ…」
この身に起きた摩訶不思議な出来事は、今まで生きてきた人生の常識がサッパリ当てはまらない事は明白だった。それならば、あのファンタジーな夢物語の設定が、現状を理解するのに一役立つかもしれない。
小説のあの子は、一体どうやって異世界へ行ったのだったっけ?と、再び思考の迷路に飛び込もうとした時だった。
すごいを通り越して、すんごい麗しい女性に声をかけられたのは。