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理解不能な現実 Ⅱ

 

「……ん……」

 重い瞼を、そろそろと上げる。

 頭がボーッとする。思考回路が正常に戻るまで少し時間を要したが、なんとか意識がハッキリしてきた。パチパチと瞬きをする。さっきと打って変わって視界もクリアだ。

 今度は固くて冷たい石畳ではなく、フカフカのベッドに入っているようだ。それも肌触りがとてもよくて、もう一度眠ってしまいたくなるような、最高の寝心地のベッド。

「…っ!イテテ…」

 ムクリと起き上がろうとしたとき、腰に鈍痛が走る。そうだった、石畳で強打したのを忘れていた。そもそもあれから訳もわからずパニックになり、その後すぐに気を失ったのだから、キチンと覚えておけと言う方が無理な話だろう。

鈍痛で思い出したことが、もうひとつ。それはサークル。この腰では60分間動き続けることは出来ないだろうから、みんなには申し訳ないがサークルは急遽お休みにする他ない。今は何時だろうか。連絡すれば、まだ間に合うだろうか。すっぽかす訳にはいかないのだけど。はるばる来てくれるみんな、時間を工面して楽しみに来てくれるみんなに迷惑をかけるわけにはいかない。とにかく早く、連絡しなきゃ。

「あれ…?リュックは…?」

 腰を庇いながら上体を恐々と起こし、キョロキョロとスマホを…ピンクのリュックを探すが見当たらない。これはいよいよ困った事態になっているぞと冷や汗が出てくる。ぐるりと周囲を見回した時、また夢かと思う光景だったのだが、それよりもリュックが無い焦燥感と、2回目の『目を開けたら、見知らぬ世界でした』な状況に、もう驚きも半減だ。

 ここはどこかのお城ですかと言わんばかりの、だだっ広いこの部屋には、ひと目見て高級品だと分かるきらびやかだが嫌味のない調度品がセンスよく配置されている。ベッド脇の小テーブルは一見シンプルな木製だが、よくよく目を凝らしてみると植物を(かたど)った彫物が非常に細やかで手が込んでいそうな代物で、水挿しとカップが載ったトレイが置かれている。私がさっきまで転がっていたこのベッドも何回寝返りがうてるだろうと言うほどに大きく、絶対に高級品だ。さらに服は見慣れたウェアではなくなっていて、今着ているこのゆったりしたクリーム色の服も、最高に着心地が良い。悲しいかな、今までの人生でこんなに上等なものは着たことがない。

 一体何がどうなってこの度の状況になっているのか全くもって意味不明で、これもまだ夢の中なのだと勝手に完結した途端、腰の鈍痛が現実なんだと教えてくれる。こんな知覚の仕方は遠慮したいのだが。

「何が起こっているの…」

 至極当然な疑問がポツリと心許無げに飛び出したのだが、誰も答えてはくれない。だって、誰もいないのだから…と、思いきや。


 ガチャッ


 ちょうど対角線あたりにある扉が静かに開き、メイド服を着た女性がこの部屋に入ろうとしていた。

「ーーー!!」

 伏せていた顔を上げたら寝ているはずの私が起きていてびっくりしたのだろう、ビクッと肩を揺らしたメイドの彼女は目を大きく見開き、何かゴニョゴニョと言い残してそのまま走ってUターンして行ってしまった。さっきと変わらず、聞き慣れた日本語ではない言葉だ。英語でもなさそう。

 そういえば、気を失う前に会ったあの男性は誰だったんだろう?ここまで運んで来てくれたのだろうか。初対面なのに凄く怒られた…のだと思う。なぜだか理由がサッパリ分からないけれど、運んでくれたのならお礼は伝えないと…なんて考えていたら人がやって来た。


 豊かな髭を貯えたサンタクロースみたいな老年の男性と2人のメイドで、ベテラン風のきっちりした雰囲気が出ている40歳くらいのメイドさんと、さっきUターンして出ていった彼女。彼女は小さなカップが乗ったトレイを持っている。この2人を急いで呼びに行っていたのだろう、僅かに息を切らしている。近くで見るととても若そうで、20歳くらいだろうか。目が合うと心配そうな表情がほんの少し和らいだように見えた。

 老年の男性が腰を屈めて何か話しかけてくるが、何を言っているのか相変わらずサッパリ分からない。理解ができない、あなたは何を言っているの?という意味を込めて首を小さく振り、表情でも伝えてみる。

 彼はベテランのメイドさんへ何か伝えると、彼女は若いメイドさんからカップが乗ったトレイを受け取り、それを私へと差し出した。

 この状況だと、カップを受け取るのが正解なのだろうか。男性を見遣ると、目元を和らげカップを傾けて飲む仕草をしている。目尻にシワがよるとますますサンタさんみたいな雰囲気の優しいおじいちゃんだ。中身が何なのか分からない物を飲むのが不安だということが表情で伝わったのか、優しい瞳のままでゆっくりと頷いて「大丈夫だ」「安心しなさい」と言われる。実際には言われた訳ではないけれど、不思議と伝わった。

 差し出されたトレイから怖々とカップを手に取り、中を覗き込む。カップも大変高価なものなのだろう、植物の絵が細やかに描かれており、優雅でゆったりしたデザインが印象的だった。さらにはカップの内側の縁にまで絵が描かれているから驚く。

 こんな小さな美しいカップとは対照的に、中身は…正直、得体が知れなさすぎる。

 茶色い液体がカップの真ん中辺りまで入っている。クルクルとカップを回して表面を揺らしてみると、その怪しい液体は少し粘性があるようで、表面がもったりと動いた。立ちのぼる匂いから僅かに酸味を感じる。

「…これ、大丈夫なの…?」

 思わずポロリと不安が漏れる。泣きそうな声を聞き取った、優しい瞳のサンタさんが声色までも柔らかくして何か言っている。その声におどろおどろしいカップの中身から目を離して顔を上げると、もう1度ゆっくり深く頷いて、先を促すサンタさんの姿が。思わずあの若いメイドさんを見ると、彼女は私の心配をふっ飛ばすように、にっこり笑顔で大きく元気に頷いた。

 もう1度カップの中身と対峙する。こうも見守られてはどうしようもないと半ば諦め、意を決した。

 グイッ!と一気に煽る。なるべく味わいたくないから、鼻もつまんでみたりして。

 舌触りはあまり良くない。なんだか粉っぽい。これに何が入っているのか分からないけれど、粉が沈殿しないように水の中に何か混ぜものがある感じ。もちろん、粉の正体も分かるはずもない。

 勇気を振り絞って嚥下して、液体が食道を降りていくのを感じだ所で鼻を解放した。

「…ん!?なにこれ苦い!?」

 解放したのが早すぎたらしい。舌に残っていた液体の成分か、あの粉っぽいものが悪さをしているのか、強烈な苦味の中に感じる僅かな酸味、そして鼻に抜けるスモーキーな香りが襲いかかってくる。

 鼻をつまんでこれだから、飲んでいる最中はどんな目に合う所だったかと思いながらゴホゴホッと咳き込んでいると、先程の銀色のトレイが視界に入り込み、別のカップを差し出される。涙目になりながら見たところ、水のようだが…

「どうぞ、お口直しに。お水でございます。」

 水だと分かって安心してカップを手に取った。先程のカップよりは大きいが、あまりの後味の酷さに、すぐに飲み干してしまった。

「どうぞ」

 若いメイドさんがお水を注ぎ足してくれる。

「ありがとうございます」

 お礼を述べるべく彼女へ顔を向けて、満面の笑みを見つめたときに、はたと気づく。



 …言葉が通じてる…!?


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