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出会い Ⅳ

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。アレクシスと申します。どうぞ、アレクシスとお呼びください。」

「私は花奏です!音羽花奏と言います。」

「カナデさま、ですね。よろしくお願いします。」

「気軽に花奏と呼んでください。こちらこそ、よろしくお願いします!」

「では、私のこともアレクシスと。」

 どうしても呼び捨てにするのは気が引けるから、アレクシスさんと読んだら、いたずらっ子の目をして脅されてしまった。カナデさま、と呼びますよと…。『さま』だなんて分不相応な敬称は心底やめてほしい。アンナからそう呼ばれるだけでお尻がムズムズするのに。かくして、初対面にも関わらず超絶美女を呼び捨てにするという、畏れ多い事態を受け入れざるを得なくなった。

 アンナに連れてきてもらった、寸分の狂いもなく芸術的に整えられた庭園を抜けて、先程座っていたベンチがあった場所とは真逆の方向に向かって一緒に歩いていく。庭園に関しては、配置された像の簡単な説明もしてくれたり、お花のことも教えてくれた。私が何か質問をすると、アレクシスは何でも分かりやすく教えてくれたし、道中の会話にしても、辺りに生えている植物の名前や厩舎の馬たちの事など、いろんな事を教えてくれた。会話もウィットに富んでいて、とても楽しい。歩いた距離は短くはなかったはずなのに、あっという間に目的地へ着いたのだった。


「わぁ…いろんな子がいる…!」

「ふふ、みんな美しくていい子なのよ」

 彼らの運動場というのか、複数頭が思う存分駆けることができそうな広い馬場を抜けていよいよ厩舎へ着いた。中へ入っていくと、人がきた気配を感じて賢そうな馬たちが顔を出し、こちらの様子を確認している。中には一瞥(いちべつ)しただけですぐに顔を引っ込める馬もいて、既に性格が見え隠れして面白い。アレクシスは何度もこの厩舎に来ていたらしいが、最近はご無沙汰だったと…愛馬に会えなかったのだが、今日は来られて嬉しいのだと言っていた。だから馬たちも彼女とは顔なじみで、見知らぬ人間…つまり私がいるから、納得のいくまでジロリと確認しているのだろうと思う。自分たちに危害はなさそうだと納得したら、各々に顔を引っ込めていった。

 アレクシスは一頭の馬の前で、歩みを止めた。キョロキョロたくさんの馬たちを眺めていた視線を目の前に定めると、とんでもなく美しい白馬がいた。他の色が混じっていない、新雪のような真っ白。アレクシスはその馬の鼻面を愛おしそうに撫で、私に紹介してくれた。

「カナデ、この子がさっきお伝えした私の愛馬。グラタンです。」

「こんにちは、グラタン!…キレイだねぇ…いや、鼻筋が通ってかっこいい…かな。イケメンだね、グラタン。」

「イケメン…?それはどういう…?」

「あ!ごめんなさい、それは私の国の言葉なの。男性に対する言葉で、かっこいいとか、顔立ちが整っているとか、そういう意味。褒め言葉だよ。」

 そう『私の国』。ここに来るまでに、彼女には掻い摘んで、私がこの国の出身ではないことを伝えた。さすがに異世界人かも、なんてぶっ飛んだ説明はできないから、城の近くで背の高い男性に会ったのだか、意識を失って倒れたところを、彼に助けられ、ここに運ばれたらしいと伝えた。自分のことや国のことは覚えているのだが、何故ここに来たのか、その理由が思い出せないのだと。あながち、間違ってはいないでしょ?

 しかし彼女には、私が異国の者だということは分かっていたそうで、大して驚かれなかった。私の黒髪はこの国や近隣国では珍しい…と言うより殆ど見かけないらしく、どこか遠い国の出身なのだと一目見てすぐに分かったと。黒髪の女性は初めて見たらしく、とても神秘的で美しいと褒めてもらった。

 …こちらとしては、超絶美女にそんな褒め言葉を頂戴してしまってムズムズするどころではない。私の国では至って普通の容姿だと、むしろアレクシスのほうが…と言ったら、言われたことのないくすぐったい言葉たちが10倍になって返ってきてしまった。また言葉を返そうとしたら、私の記憶の一部が欠如してしまった事を心配してくれたため、容姿の話は打ち切りになってホッと一安心したのだった。

 それでもやっぱり、アレクシスを褒め称えたいなと思う。会ってまだ1時間と経っていないのに、その容姿はもちろん、上品な言葉遣いやゆったりとした話のテンポに心地よい声の調子、相手を決して貶めず不快にさせない会話と、踏み込みすぎず離れすぎず、ちょうど良い心の距離感。どうやったらこんなに完璧な話術が身につくのか、本当に教えてほしい。

 そしてたった今、彼女の豊かな表情も美点に追加した。愛馬が褒められたことを自分のことのように喜び、うふふとはにかんで愛馬を見つめている。

「褒めてくれたのね。かっこいいですって。よかったわね、グラタン。」

 ブルルルル…と鼻を鳴らして返事をしているらしいこの純白の馬はとても誇らしげで、満足気だ。彼は自分が何を言われているのか分かるのだろう。一般的に馬はとても賢いとされているが、この子は特別で、自分の最愛のパートナーなのだとアレクシスが瞳をキラキラさせて語ってくれた。その言葉が全く偽りのない真実なのだと、彼女の蕩けた瞳と、手で撫で続けることを求めているグラタンの鼻面が物語っていた。


 この後すぐに、この二人には誰にも引き裂けない…たとえ天と地がひっくり返っても変わりようのない、信頼と親愛…絆という言葉では到底間に合わないもので結ばれていることを、まざまざと見せつけられたのだった。

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