英雄たちの帰還
黒い雲が覆う空の下。
広大な荒野の真ん中で。
ズシン……と禍々しい巨躯が大地に沈んだ。
この世を闇で包み込んでいた邪悪な大魔王が力尽き、倒れた音だ。
大魔王を倒したのは、聖剣に選ばれた勇者。
熾烈を極めた大魔王との戦いに、見事に勝利した。
その手には、大魔王を斬り伏せた光刃の聖剣が握られている。
勇者は今、聖剣を杖にして、肩を大きく上下させて息をしている。
体力はすっかり尽き果てて、身体もあちこちがボロボロだ。
ギリギリの勝負だった。何度、もう駄目だと思ったか分からない。
……と、その時だった。
大魔王が生み出していた黒い雲が薄れて、空から一筋の光が差し込む。
久しぶりの暖かな陽の光が、勇者を照らした。
彼の勝利を祝福するかのように。
黒雲はどんどん晴れていって、やがて黒い空は元の青空に戻った。
燦々と輝く太陽。雲一つない爽やかな空。
当たり前のはずの青空が、今はこんなにも美しい。
空を見上げてみる勇者。
随分と久しぶりな陽の光。眩しくて、思わず左手で陽光を遮った。
しかしその表情はにこやかで、心の底から嬉しそうだった。
勇者の背後では、三人の仲間がそれぞれ勝利を喜んでいた。
豪快な性格の武闘家は両腕を広げて、空に向かって勝利の雄たけびを上げていた。優しい性格のシスターも、空を見上げて輝かんばかりの笑顔を浮かべている。クールな性格の魔法使いも、今日ばかりは微笑みを隠しきれないようだ。
三人の仲間の様子を見て、勇者は思う。
彼らとも、長い付き合いになったものだ、と。
なにせ三人とも、自分が勇者になる前、ただの冒険者だった頃からの仲間だ。
青空を見上げながら、勇者は回想する。
ここまでの旅路、本当に、本当に色々なことがあった。
駆け出し冒険者だった頃、一緒にパーティを組んだ武闘家と初めて冒険に出た時、二人揃ってスライムの群れにボコボコにされ、ひいひい言いながら街まで逃げ帰ってきた。今ではそんな自分たちが、世界を救った英雄だというのだから、思わず吹き出しそうになる。
それからしばらくして、魔法使いとシスターの二人と出会い、四人で冒険に行くようになった。四人で力を合わせて、当時は格上のモンスターだったミノタウロスを討伐した。あの時の感動は、今でも鮮明に思い出せる。
大魔王の軍勢が街に押し寄せてきた時、まだまだ未熟だった自分たちは、先輩冒険者たちに守られて、生き延びるのが精いっぱいだった。あの襲撃で大勢が死んだ。もう二度とあんな悲しみは繰り返させない、と心に固く誓った。
色々な場所を冒険した。緑の平原。深い森。険しい山道。不気味な洞窟。時には荒れ狂う海を越えて。時には灼熱の砂漠を越えて。雪が降り積もる北の地から、大きな火山がある南の地まで。
多くの戦いを乗り越えて、武闘家は”拳王”と呼ばれるほどの強さを身に付けた。魔法使いも”賢者”の称号を手にし、シスターもまた、神から魔王討伐の啓示を受けた”聖女”となった。そして自分も、冒険の中で伝説の聖剣を発見し、その聖剣に選ばれた”勇者”に……。
ずっと競い合ってきたライバルパーティのリーダーが、勇者となった自分に嫉妬して、魔の軍勢に下ってしまった。彼は誰よりも努力家だった。しかし、なぜかいつも報われなかった。貴族の四男坊ゆえ後継ぎとしても期待されていなかった彼は、独立のために誰よりも名声と力を必要としていた。
魔王の将として、最終決戦の前に立ちはだかった彼を、一騎打ちで討ち果たした。これまで戦ってきたどんな相手よりも強かった。彼の最期は、憑き物が落ちたような表情をしていた。
空を見上げていると、武闘家が声をかけてきた。
帰ろうぜ、と。
勇者も頷き、仲間たちと共にその場を去る。
最後にもう一度振り返り、青い空と広大な大地を、その目に焼き付けた。
自分たちの冒険の、その終着点を。
さぁ、帰ろう。
世界中の人々が、魔王討伐の報を待っている。
そして故郷では、大切な家族が、きっと自分たちの帰りを待っている。
英雄たちの、帰還だ。
※この作品は、仙道アリマサ様が主催なされる「仙道企画その1」参加作品です。
自分が今回の曲を聴かせていただいて、まず感じたのは「RPGのエンディング曲みたいだなぁ」と。というワケで、いきなりエンディングから始めてみました。勇者の回想という形で、少しストーリーを振り返るような演出も意識してみたり。
小ネタとして、シスター以外のメンバー三人は、男性とも女性とも明言しておりませぬ。君は武闘家を姉御肌な格闘娘で想像してもいいし、やっぱりガタイの良い大男で想像してもいい。エルフやドワーフなどの亜人で想像するのも自由だ。