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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-119.October 2022
95/257

(5) “道”

【お題】地平線、輝く、暗黒

 とうに手垢の付き過ぎた表現のままで申し訳ない。

 人生とはよく、長い長い旅路──その最期まで延びている一本の道だと形容されることが

ある。ただ私はそれが、文字通りの単純な“順路”ではないと思っているのだ。左右に幾度

も曲がりくねっているであろうことは勿論、山あり谷あり。上下の起伏も激しい筈だと踏ん

でいる。実際そうした繰り返しが現在進行形なのだと俯瞰する。

 そもそも、始めから道そのものの“見通し”が良ければ、我々はここまで生きることに苦

痛を伴わなくても済む筈だろうに……。


『さあ、進もう!』

『歩かなきゃ。別に、ゆっくりで良いんだから』

 彼ないし彼女は、特段何も考えていないようにそれぞれのじんせいを往っているように見えた。

目の前のそれが、必ずしも拓けていなくたって構わない。少しずつ切り拓いてゆくこと自体

も楽しんで、或いは何時の日か笑って話せる思い出になると信じて、人は日々を生きている。

気付いた時には道の始まりに立たされていて、そもそも進むしかない。時間が経てば経つ

ほどに、すぐ後ろに在った筈の足場は……崩れて消え去っている。見えなくなってしまって

いる。


 行く先が高い上り坂で、向こう側がどうなっているのか?

 あちこちに障害物が立ちはだかり過ぎて、そもそも此処はちゃんとした道なのか?

 判らないが、結局進んでゆくしか術はないのだから。考えても無駄だ──それとも何か刷

り込みレベルで、彼らは考えないようにしているのだろうか。少なくとも立ち止まっていて

は、目の前の道は都合良く変わってくれない。それは事実だった。ならば自分の足で少しで

も進み、視界の先を広げた方がよほど建設的だろう。進むことに迷うのではない。疑問では

なく、積極的に意味を見出した者が、きっと楽しめるかつ


『とにかく先へ! その為にはしっかり身体を作らなくちゃ。準備を整えなくちゃ!』

 およそ大半の人間はそうしたケースに当て嵌まる。意味を問うよりも、只々どうしようも

なくげんじつが在るから、進む。寧ろそこへ疑問を挟むこと自体をタブーとさえしてしまう年配者

も多い。

 現実という体を堅持しつつ、持ちうる選択肢の乏しさを日々の忙殺ごりおしで済ませてしまおうと

するタイプ。或いは“時間切れ”になるのを、何処かでずっと“待ち”続けている在り方な

のかもしれない。

『どうせ果てさいごがあるのなら、目一杯楽しまなきゃ損! やりたいことをやって、なるべくや

りたくないことはやらない! 得意な他人に任せればいい!』

 今や道の全長自体が長く、且つその情報を前もって仕入れられるようなった人々は、何時

しかそう考えるタイプが一定数現れてきた。我が道を往く──そもそも始めから個々の歩く

大筋は一つなのだけれど、意識的にそう振る舞う他人びとは増えてきたように思う。

 斜向かいの誰か。

 所詮はやはり“他人”なのだけれど、そんな姿が羨ましくもある。疎ましくもある。

『私は』

『俺は、●●に青春に捧げるぜ!』

『──そう。趣味? ライフワークって奴かな? 仕事してるのも、こいつを続ける為の資

金稼ぎって側面が強いし……』

 若しくはもっともっと個人的な、いや尚且つ“仲間”たる他人と強く結び付きながら歩む

道のりを好む者達も少なくはなくなった。一時は集団の論理、個を潰す圧力として条件反射

に嫌われてきたそれも、気付けば妙な復権を見せている。気がする。

 ……おそらくは、かつてよりも一層“内々”に特化していった果てなのだろう。ある種閉

じたセカイの中を選び、その「楽しいこと」を中心に旅路は進む。それが何時の日か、道程

全体からすればほんの小さな期間であっても、全力で駆け抜けた日々はきっと美しい記憶と

して残り続けるだろうから。財産として、その者にとってかけがえのない光を纏ってその後

の道行きを支え続ける。先入観じゅばくとも、呼ぶ。


 人生とは、長い長い道の先を目指す旅路だと云う。基本的にそれは一人一人固有のもので

あり、代わってやることは出来ない。もしそんなことが可能だとすれば、即ちそれは自らの

旅を降りることになるのだろう。彼・彼女の道に、まさかの“相乗り”する決断──もし相

手が足を踏み外し、深い深い谷底に落ちていったとしても、逃れる術すら放棄した後だとい

うのに。自分だけが都合良く助かる筈もないのに。

『嗚呼……。疲れた』

『私、何時までこんなこと続けてかなきゃいけないのかな……?』

 只でさえ苦行だと思う。全く思わない者は思わないが、逆に一度思う、疑い始めてしまっ

た者は囚われる。疲労に足が鈍り、やがては止まり、大きく息を吐く。嘆きを込める。俯き

加減で下を向いたことで、より一層足元に広がる暗闇を瞳に映してしまう。

『……何やってんの?』

『ほらほら、先行くよ、先! ぼんやりしてる暇なんて無いんだから! 勿体無いから!』

 そんな誰か、他人びとの横を、別のペースでやって来た者達が押し越してゆく。時には彼

らの項垂れる姿に視線を向け、考えようとする者も珍しくは無いが……多くは後ろから背中

を押す、或いは“先導”して叫び続ける誰かによって、結局足を止めることさえない。同調

する機会には恵まれない。

 何処かで、そうしてしまえば今のリズムが崩れると、彼ないし彼女もまた知り得ていたか

らだった。皆、自分が可愛かった。願わくば主人公になりたかった──なれずとも、なれな

いんだと思い知らされても、なるべく平穏無事でいたかった。


『そう思うんなら、余計なモンは視界に入れないこった。変に首を突っ込んで、要らない面

倒を背負い込むなんて、馬鹿みたいだろ?』

『まあ、そうだがよ……』

 なのに、どうしてこうも、自分達の道行きには様々な“雑音”が多いのだろう? つづら

折りの上を行く旅人の一人は思った。傍ら・近場を通り掛かる友人は言う。

 見れば視界の先も、大きな山あり谷あり。向こう側が一体どうなっているのか、いざ計ろ

うにもようとして知れない。実際、充分な視界こそ確保出来てはいるが、空間全体はどちらか

というと暗色であるように見える。

 人によっては、そういった障害を越えてゆくのもまた醍醐味なのだろう。越えられるもの

を見極め、決めて、そこに挑むぐらいの気概でなければ務まらないのかもしれない。旅人は

そう考えてはみたが、正直そこまで“自分本位”を貫ける気はしなかった。

 ……いや、そんな遠慮こそ、まさしく自己愛の賜物とでも言うべきなのかもしれないが。


『進もう! きっとこの道は、私達の行く果ては、素晴らしいものになる!』

『止めようぜ。何でこんな面倒なこと、強制されなきゃいけねえんだよ。俺は向いてない。

さっさと降りた方がずっと楽だろ』

 まさしく? いやいや、どちらの極端に転んでも、そこに拘泥は在るのだろう。逆説的に

という意味だ。そうでなければ、わざわざ意味を──無意味を自身の旅路に“見出さなけれ

ばならない”理由すらも無いのだから。

(……五月蠅いなあ。無駄に疲れる)

(わざわざ口にすんなよ……。近寄らないでおこう……)

 だからこそ大半の道往く他人びとは、彼ら何かにつけ訴えさけびたがる者らを遠巻きから見てい

た。一瞥して、目が合わないように努め、少なくともも“同胞”認定されることを厭った。

どちらにせよ、己が道行きには足枷になる可能性の方が高かったからだ。

『恐れることはない! 多くの困難や不透明さも、乗り越えたならきっと──』

 しかし、ちょうどそんな時である。

 道をポジティブ論で先導していた者達の復唱を、まるで途中で遮るように、次の瞬間突如

として轟音が響き渡った。背後、一同の後方から何か途轍もなく巨大で真っ黒な塊──深い

闇色と無数の目を持つ獣のような生き物が、自分達の脇を文字通りスライドするように駆け

抜けて行ったのである。

『……』

 気付いた時には、それが通り過ぎたのだとようやく理解した後だった。つい先程まで、ず

っと延びて行く手を見え辛くしていた道の起伏や壁が、ごっそり削り取られた──食い破ら

れたように“真っ平ら”に均されていた。

『──よし。これで俄然、進み易くなった』

 おそらくは先程の巨大な獣の主なのだろう。当の獣本体はずっと、すっかり遥か遠くへ走

り去って豆粒のようにしか視えなくなってしまったが、この主の方は普通の人間のようだ。

多少周りよりも、髪はぼさぼさで、目の下の隈が色濃く目立ってこそはいたが。

『…………』

 お、お前。何てことをしてくれたんだ!?

 唖然とした表情。大よそこの一部始終、彼の登場に居合わせた面々は、そんな声も出ない

驚きや諸々の脱力感に苛まれて。

                                      (了)

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