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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-119.October 2022
94/257

(4) コラ・テラル

【お題】機械、狼、記憶

 時は平定暦紀後百五年。北方の大国ウラジィスは、かねてより燻り続けた火種を最悪の形

で燃え上がらせた。即ち大規模な軍事侵攻である。折につけ、これまでも周辺の国々への遠

征を繰り返してきた同国ではあったが、今回大きく違ったのは標的となったケーヴ──草原

が広がるかの地へ、隣接するルッカを配下に取り込む形で行われたことだった。いわば北方

からの圧に対する“緩衝地帯”の役割を担ってきた隣国が、突如として此方側を裏切って共

に攻めてきた格好だ。

 ケーヴの人々にとって、この侵攻が始まった日はまさに悪夢のような瞬間だっただろう。

事実属国化したルッカを加えたウラジィス軍は、物量に任せて北部国境沿いの街を次々に襲

い、破壊の限りを尽くしていった。

 燃え盛る街に、人、命が、あちこちで塵に帰してゆく。

 なし崩し的に始まった一連の戦いは、当初同国の領土のほぼ北半分を占拠されるという憂

き目を人々に強いる結果となる。

 それだけではない。

 “日常”を無慈悲に奪っていった戦火。その一端、しかしその一頁にて、全てを奪われて

しまった者が生まれ──。


「おい、こっちだ! こっちにも怪我人がいる!」

 ケーヴ国境付近のとある村。ウラジィス・ルッカ連合軍による侵攻の惨劇は、この穏やか

だった筈の片田舎にももたらされていた。打ち壊され、崩れ落ちた瓦礫と炎と焦げ臭い不快

な臭い。その中で生存者の救出に奔走する面々が、新たに一人の少年の姿を発見する。

「こいつは……酷え」

 辛うじて生きている。そう形容する以外にないほど、彼の身体はボロボロになっていた。

 砲撃の余波か、それとも家屋の倒壊に巻き込まれたか。その至る所に赤黒い出血が彼を汚

し、傷だらけの様相を呈している。意識はほぼ落ちかけの朦朧で、駆け付けた者達の呼びか

けにも応えられない。浅く弱々しい息。何よりその全身は、重度の火傷によって元々の姿す

らも想起できない。

「特に左腕と頬、脇腹──左半身の火傷が深刻だ。治療しても回復するかどうか……。機材

もウラジィスの連中の攻撃で、大分やられちまったし……」

「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ! 子供が一人、死にかけてんだぞ!?」

「ううん。だけど事実よ。応急処置をしても、大きな病院まで間に合うかどうか……」

 救出の奔走する面々、村の自警団や駐屯兵の医務官などが少年を囲み、されどいざ望み薄

な容態を見てぐるぐると思考を巡らせる。その間も持ち合わせの道具で処理を進めるが、は

たして助かる命なのか? そうでなければ、他の怪我人達へリソースを割り振った方がより

多くを救えるのかもしれない。

「──可能性は、ある。医療と呼ぶには、些か方向性は違うだろうがね」

 そんな時だった。殺気立つ現場に、一人の老紳士がいつの間にか近付いて来ていた。多少

なりとも戦火の煤埃に塗れて汚れていたが、どうやら何某かの技能者のようだった。着古し

た白衣を引っ掛け、パンパンに詰まった黒革の鞄を携えている。「誰だ?」警戒と苛立ちを

隠さない面々からの視線と問いに、この紳士は神妙な様子のまま答える。

「私の名はトマス。戦火に苦しむ人々に、義手や義肢を提供してきた」

「これほどの火傷では、確実に後遺症が残るだろう。だが、生身の身体に拘らないのなら、

貴方がたにその決断が出来るのなら──」


 ***


 はたしてその出会いは偶然だったのだろうか、必然だったのだろうか?

 義体技師・トマスに託された少年は、かくして半死寸前の身体の多くを機械のそれに替え

ることで一命を取り留めた。当時のことをよく知る者は今やもういない。

 ウラジィスの侵攻から十七年。人々は戦禍で疲弊しきった日々を送るようになり久しく、

最早他人のあれやこれやを構ってやれるほどの余力が無くなっていた。ただ日々を、泥沼化

する一方の攻防戦を、希望を失った瞳で視ていた。遠くを……未来を見つめる瞳、発想自体

がとうに消え失せて久しくなりつつあった。

「──ええい! 一体何がどうなっている!? 何故我が軍が、ジリ貧のケーヴどもに押さ

れているんだッ!?」

「“野狼コヨーテ”です! 奴らの部隊が、突如この野営地に襲撃を──!!」

 ケーヴ領中部と北部を結ぶ街道の一つ、その一角で、休息中だったウラジィスの軍勢が奇

襲を受けていた。慌てて迎撃態勢に入り、砲撃・銃撃の音が鳴り響く。即席の塹壕と拒馬に

身を隠しながら、隊長格の男がそう部下の一人から報告を受けた。サアッと、その表情が明

らかに青褪める。

「“野狼コヨーテ”……。例の抵抗勢力テロそしきか!」

 常人なら回避など不可能な、銃弾の波状攻撃。

 しかしこれを、単身霞むような速さで突っ切って彼らに迫る者がいた。着古してとうにあ

ちこちが擦り切れた隊服に、二の腕に巻いた赤いスカーフ──腕章。そして何より、ギラリ

と曇天の下でもその害意を失わない“機械仕掛け”の左腕。

「──」

 左半身を中心に、機械の義手・義肢・義眼などに身を包んだ一人の青年兵だった。彼はウ

ラヴィス軍からの銃弾を、そのずば抜けた感知性能で避け、且つ左腕の義手に仕込んだ刃で

両断。すれ違いざまに一つ一つ確実に破壊してゆく。常人ならコンマ数秒の出来事も、彼に

とっては酷く引き延ばされたスローモーションの世界だ。

 陣の向こうで驚愕する敵兵の姿が見える。

 中でふんぞり返って偉そうに、しかし大層慌てている髭オヤジがいる。

(大将首はあいつ、か……)

 だんっ。次の瞬間彼は大きく地面を蹴って飛び、防柵に隠れて銃を構えていた兵達の驚愕

する顔を見下ろしながら宙を舞った。同時に義手から更なる武装──内蔵型の機銃を起動さ

せ、銃弾の雨を降らせながら“ついで”に掃除する。小刻みに揺れ、血飛沫を吹き出しなが

ら舞う彼らを背後に、彼はストンとこの隊長格の前へと着地した。

「ひっ!?」

「き、貴様!」

「待って下さい! こいつ、まさか」

「機械の半身に、赤い腕章の“野狼コヨーテ”……。嘘だろ? そんな──」

「焼却」

 敵も敵で、こちらの正体にようやく勘付いたらしい。

 だが最早手遅れだったおそかった。刹那、義手の掌から放たれた熱線が、この敵兵らの群れを文字通

り灰燼に還す。


「あ、いたいた! お~い、隊長~! 生きてますか~?」

「そりゃあ、生きてるだろ。こんな無茶が出来るの、うちの隊長以外にいねえし……」

 辺り一面、円く焼き払われた敵の野営跡地にぼうっと立っていた彼に、同じ意匠の隊服と

赤いスカーフを二の腕に巻いた兵達が追い付いて来る。彼と同じ反ウラジィスの武装勢力、

通称・野狼コヨーテの仲間達──彼が部下として率いる面々である。

「大丈夫ですか? お怪我は、ありませんでしたか?」

「問題ない。任務は完了した。残存兵力の反応も無し。これより帰投する」

 医務役の女性兵からの問い掛けにも、彼──半身を機械の義肢で覆った隊長は、淡々と事

務的な応答を寄越すのみだった。腕は袖にしまえばある程度隠れるものの、露出した左顔面

に埋め込まれた金属製の頬とレンズ眼は奇異に映る。実際その用途はただの視覚補助だけに

留まらず、たとえ土の中に逃れていても生き残りの敵兵を見逃さない。

「あ、はい……」

「へ~い。ナインちゃんも、あんま隊長とのやり取りに気ぃ割くなよ? いっつもこんな感

じなんだから。真面目っつーか、一方的な虐殺というか」

「まあ、いいんじゃない? お陰で下についてる俺達も楽できるし。レッド01ワンのコード

ネームは伊達じゃないさ~。他の隊だけじゃなく、野狼コヨーテ最強ってまであるしね」

 赤腕章の序列一位。それが現在の、彼の周囲からの呼ばれる名だった。基本的に同組織は

本名などの詮索・個々の深入りはさせず、専らコードネームで区別を付けている。数字が若

ければ若いほど高い能力を持ち、隊を任せられる。基本的には、完全実力主義の仕組みだ。

「……」

 彼、01はそんな野狼コヨーテにあって、特にウラジィスへの強い憎しみを内に秘めて戦い続けて

きた。事実任務で相対した同軍の兵達は、ほぼ例外なく殲滅させられている。それが出来る

程のずば抜けた戦闘能力──機械の身体に置き換えられた半身を持つが、一方で自分の部下

達にすらも仕事らしい仕事をさせず、独りで全て戦果を持っていってしまう所は今も組織内

で賛否が分かれている。

「しっかし、ここん所トントン拍子で作戦が進んでますね。この前も、境界線を複数同時制

圧なんて離れ業もやったじゃないですか」

「ああ。それも隊長がいたからこそ出来たようなものだけどな……。上も、ちと頼り過ぎな

気もするが」

「いいんだよ、いいんだよ。もう何年も、ウラジィスとの戦争は押し合い圧し合いが続いて

るだろ? ここらでドカンと、いい加減ひっくり返せなきゃどのみち拙いんだって」

「まあ、なあ……。神聖国やらあそこらからの支援も、段々先細ってきているからな」

「もう一度ウラジィス側に押し返されれば、ルッカの二の舞になりかねません。あちらは保

身の為に属国になった挙句、最終的に併合という形ですけど」

『……』

 ただの灰の山となった現場から、持ち出せる物だけを回収して、隊の部下達はめいめいに

帰路に就き始めた。一応周辺への警戒も怠らずに続けながら、今尚続く戦況について思いを

馳せる。

 十七年前、突如として始まった軍事侵攻は、西のエレイン神聖国及びその同盟国がケーヴ

側を支えたことで徐々に泥沼の代理戦争へと変わっていった。当のカーヴ政府はその間に何

度も政権が倒れては替わり、今や野狼コヨーテを始めとした有志の武装勢力が、実質祖国防衛の為に

踏ん張り続けている。

「このまま、領土奪還と行きたい所だがなあ」

「どうだろうな。仮に十七年前の状態に戻っても、今はもう北の緩衝材ルッカが無くなってる。ウ

ラジィス自体も、東からの圧に戦線を切り替えている節がある」

 だからこそ、何もかもが泥沼に嵌まっている状態ではあった。部下の一人が自身の隊長を

信奉するような、思考停止の楽観論だけでは“全て”が綺麗には片付かない──そんなじわ

じわと距離を寄せては少し引く、じれったい現実だけが着実に前線の戦士達の間にも浸透を

始めて久しかった。

「……」

 そうした部下達の背中、或いは祖国の姿。01は最後尾を静かに歩きながら思う。

 戦争は簡単には終わらない。

 もし終わらせられるとすれば、それは──。


 ***


「てっ……敵襲。敵しゅ──ガッ?!」

 そうだ。総大将の首を取るしかない。いや、始めからその為に自分は生きてきた。

 北の大国・ウラジィス帝国の帝都宮殿。全ての元凶、独裁者が詰める巨大な城内に、その

夜激しい襲撃騒ぎが起きた。明かりもろくに点いていない廊下の一角を、衛兵の一人が叫ぼ

うとしながら事切れる。追い付かれて、振り向こうとした瞬間にその首筋を切り裂かれる。


「──ぐっ! はあ、はあ……! はは。よもや、よもやこの余が、貴様のような刺客にこ

こまで接近されようとは。誇れ。貴様が、初めてだぞ。“野狼コヨーテの死神”」

「……」

 01だった。祖国から遠く離れた敵地の中枢も中枢に、この日彼は一部の部下達と共に潜

入を決行していた。標的は言わずもがな、同国の頂点・ゴラン総統。

 十七年の歳月がそうさせたのか、或いは自分が妙に“幻”を描いていただけなのか。

 彼の相対した“仇”は、想像の中よりもずっと醜く見えた。撫で付けた白髪も今や毛量少

なく、体型も在りし日に比べて随分と太った。脂汗をかきつつ、そう自身の懐まで凶刃を突

き立てにきた此方側を、形の上では称賛しながらもじっと警戒──何か策を弄するか時間稼

ぎを狙ってだろう。言いながら、片手をこちらにかざして距離を保とうとしている。尻餅を

ついた体勢のまま動けない。

「逃げるな。お前はここで死ぬ。俺が、殺す。その為に俺は今日まで生きてきた」

「ほう……? 詰まる所復讐という訳か。そうだな。ケーヴの者なら、一度は余を殺す夢を

見たであろうよ」

「違う!」

 これまでの様子からは明らかに違った、突如として感情的になった01の叫びだった。台

詞を止められた格好のゴランが、ぎょっと目を見開いて固まる。何が違うのか? そう不可

解だと言わんばかりに此方を見ている。

「……十七年前、俺の故郷はお前らの侵攻で滅びた。家族も友人も、何もかも失った。俺自

身も、あの時そのまま死んでもおかしくなかった──」

 01はごちる。曰くその際、現れたトマス博士に義体という形でありながらも命を救われ

た後、彼に頼み込んで更にそれを戦闘用に改造。後の野狼コヨーテとなる武装勢力に加入をし、何時

の日か皆の仇を討つべく戦い続けてきたと。そして今宵が待ちに待ったその時なのだと。

「ふふ。やはり復讐ではないか……。何が違うというのだ」

「お前には解らないことだ。俺は、大きい意味でお前を暗殺する──ウラジィスの崩壊だの

何だのといった“大義”に興味は無い。俺は、俺が居た筈の時間を取り戻すんだ。その為に

は、お前を殺さなきゃならない」

 喋り過ぎだ──そう言わんばかりに、彼はゴランに向けて義手の装備を発射する。両掌と

脚、四ヶ所に金属の杭のようなものを撃ち込んでこの標的を固定した。激痛でまたも叫ぼう

とするゴランを、彼は同時にずいと詰め寄って顎下から口を閉じさせる。眼前に突き付けら

れた義手の刃に、ゴランは思わず押し黙っていた。それでも、ふごふごと相手を挑発する行

為を止められない。

「ぐっ……!? ふはは、はは……。それがケーヴの英雄たる者の本性か。やはり貴様らは

旧時代の蛮族よの。ならば我らの義も解るまい。百年前の拡張戦、西側の連合に分割させら

れた帝国のかつての領土を、帝国の栄光を再び取り戻さねばならんのだ! 神聖国は、その

属国どもは、貴様らに何をしてくれた? 何の利があった? 此度も結局、後出しで首を突

っ込んできただけではないか!」

「五月蠅い」

「ぶぎゃぁッ!!」

 躊躇いもせず、一閃。

 ゴランの左目を、01はその義手の刃で切り付けた。血飛沫が舞い、神経と繋がっていた

眼球があわや勢い余って飛び出そうになる。……追撃は加えなかった。代わりにすっくと彼

は立ち上がり、一旦部屋の外、城内の気配を読み取ろうとする。

「右目はまだ残しておいてやる。お前には、まだまだ苦しんで死んで貰わねばならない」

「何──?」

「時間稼ぎだろう? わざわざお前の汚い声を聞いてやったのは、俺の方も待っていたから

だ。お前が一人逃げてしまうリスクがあってでも、やらなければならなかった。その準備を

この城内で整えなければならなかった──」

 コンコン。二人のいる室内に入って来たのは、01の部下が数名──それも随分激しく戦

ってきたらしい、返り血がべっとりと付いた状態での登場だった。

 にこやかに、或いはおずおずと。やる時はやるぜと言わんばかりの表情。

 その片手には、誇らしげに01とゴランに差し出されたのは、他でもない切断された彼の

妻と子供の“首”で──。

「ッ!? ア、アシュリー! ビアンカ!」

「……苦しんで貰わなければならないと、言っただろう? これで少しは味わったか? 何

の前触れもなく、大切な者を奪われる苦しみが。奪った者への怒りが」

「はあっ、はあっ、はあっ……!! な、何故だ? 何故そこまで解っていながら、貴様も

同じことをする!? その連鎖が、また戦いを呼ぶのではないのか!?」

「は~。それ、盛大なブーメランッスよねえ……。何万とケーヴこっちの人間を殺しておいて、そ

の台詞はないッスわ~」

「確かに、憎しみの連鎖は何処かで断ち切らないといけないのでしょう。でも──」

 ちらり。部下達の一人、ナインが濁しがちに言葉をそこで切って俯いた。役職上は衛生兵

の彼女ではあるが、そこは01の連れて来た部下の一人。その手には血みどろになったモー

ニングスターがぶらりと下げられている。彼女からの視線に、01は気付いているのかいな

いのか続ける。

「俺の時間は、あの日に止まったままなんだ。だから取り戻さなくちゃならない。これは俺

の問題なんだよ。俺の復讐は、俺のものだ。そんな相手に“諦め”させる綺麗事など、まし

てやお前からの説教など、何故聞くと思った?」

「……元々“マイナス”なんッスよ。俺達は」

「隊長とはまた状況なり何なりが違っていたりはするけど、皆お前に──ウラジィスに人生

を狂わされた身だ。先ず、マイナスをゼロに戻さなきゃ始まらない」

「貴方の言っているのは、あくまで“未来”の話です。でも私達は大なり小なり“過去”か

ら離れられていないんですよ。それこそ、貴方をこうして苦しめても殺しても、解放されな

いかもしれない程の……」

 独裁者・総統ゴランは襲撃があった初期から、盛大に思い違いをしていた。彼らは自分を

“暗殺”することで、一連の戦争に終止符を打つのが目的なのだろうと。だが当の本人達に

とって、そんな大局的な話は二の次であり、あくまで狙いは自分の命──いや、ギリギリま

で尊厳を貶めて苦しめること。同じ痛みを与えて、その溜飲を下げること。

「この作戦の要旨は、暗殺ではない。殲滅だ」

「──」

 そんな、狂人ばかが。

 暗殺の割に此処へ到達するのが遅い気がしたのは、何も偶然でも警備の兵が優秀だったか

らでもない。城内を探索し、妻子を捕らえる為だったのだ。いや、家族だけではない。おそ

らくは敷地内に居た全ての兵や使用人、文字通りその全てを根絶やしにする為に敢えて兵力

を隈なく回らせていたが為なのだろう。それでも肝心の、自分を逃がしてしまっては元も子

もないと、この野狼コヨーテの隊長格は比較的真っ直ぐ来たようだが……。

「じゃあ隊長。そろそろ……」

「ああ」

 そして、部下の一人が01に向かって言う。短い彼からの首肯の後、その手に下げていた

ゴランの妻子の首を当人へとぶん投げて寄越す。「ひっ!?」01を先頭にずんずんと、こ

の憎き仇を取り囲むようにして、めいめいが得物を掲げる。

「う~ん。もっともっと、いたぶってから殺せませんかね?」

「大方城内は“掃除”してきた筈だが……。流石に時間を掛け過ぎると周囲が気付くしな」

「残念です。持ち帰ることが出来たら、治療しつつ拷問して、長く殺せたんですけど……」

 待て。待て待て待て! ゴランは最早恐怖で声も出ない。

 狂っている。こんな奴らに、自分は殺されるというのか? こいつらを差し向けたのは、

本当に野狼コヨーテ上層部の判断か? そもそも今夜の襲撃自体、こいつらの独断専行という可能性

だってある……。

「別に生かしたままである必要はないだろう。肉塊を叩きのめす用途なら、まだ下半身が残

っている」

「あ。そっかあ」

「ですねえ~。どうせ晒し首にもする予定ですし」

「あと、映像にも残しておかないと……。後でやれ影武者だの何だと難癖を付けられては興

が削げますし……」

「──」

 駄目だ、駄目だ、駄目だ!

 このまま自分が惨殺されれば、間違いなく政権は混乱するだろう。これまで旧帝国の版図

に在ったとして押さえてきた、傘下の国々もどう変わるか分からない。秩序が、神聖国の筋

書きから解き放たれた、在るべき姿が──。

「では、るぞ」

『せ~のっ!』

 迫り出た義手の刃、刺剣、高口径の銃口、棘鉄球どんき

 しかし次の瞬間、それぞれの得物が、この憎しみを通し越し“物”扱いとなったてきへと降り

注ぎ──。

                                      (了)

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