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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-102.May 2021
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(4) 哀ボーイ、哀ガール

【お題】廃人、魅惑的、死神

 寒さが自己主張を強める、秋の末日。人々が何処となく、気忙しく行き交っては消えてゆ

く夕刻のアスファルト。

 そんな街の一角を、学校帰りの小野寺は独りフラフラと歩いていた。着古した制服の上に

防寒着と、首元にマフラーをぐるぐる巻きし、まるで何かを捜すかのように辺りを見渡して

いる。

「……ん? あそこにいるの、小野寺じゃね?」

「!? し~っ! 目ぇ合わせるなって。俺達まで巻き込まれるぞ」

 ただ、彼を知る同級生や同じ学校の生徒達は、当人との接触を避けたがる。遠巻きに姿を

見つけても、そそくさとその場を立ち去ろうとするのだ。

「巻き込まれる……? 何に?」

「ばっか……! お前知らねえのかよ? ……イカレちまってるんだよ、あいつは」

 特に彼に関する噂を聞いたことがある者とない者では、その態度はあきらさまに違ってい

た。道すがら、こちらに気付かれないように注意しながらも、前者なこの生徒はじれったさ

を隠し切れずに言う。

「去年の今頃ぐらいだったか。あいつ一回、事故に遭って死にかけたらしいんだよ。見た感

じ、身体の怪我は治ってるぽいけどな。ただまあ……多分頭の方というか、それ以来、変な

行動が目立つようになってきてさ? ああやってフラフラ出歩いては、ぶつくさ何か探し回

ってるんだとよ」

「……要するに、不審者?」

「ざっくり言うとな。理由を訊こうにも不気味で誰も近寄りたがらねえし、そもそも俺はあ

いつと面識すらねえしな」

 道のずっと向こう側、暮れ始めた人波に隠れる彼の姿を、もうこの二人は振り返ることも

しなかった。噂を知らなかった側の少年が、ぱちくりと目を瞬かせるものの、話を聞くだけ

で関わり合いになるメリットが皆無だと判る。実際、彼とすれ違った幼い子供連れからは、

「ママー、あの人何してるの~?」と後ろ指を指されていた。「しっ! 見ちゃ駄目!」母

親も母親で、この見知らぬ少年から我が子を守ろうと腕をぐいっと引っ張る。足早に視界の

内側から逃げ去ってゆく。

「ふ~ん……。じゃあ案外、まだ“半分死んで”たりしてな? 身体は無事でも、魂は向こ

う側に持って行かれちまってるとか」

「はは、そりゃねえよ。単純に打ち所が悪かったんだろ。それにあの世ってのは、生きてる

人間の作り話だしな」


 ***


 ──拙いと思った時には、もう遅かった。俺の身体は鉄の塊に吹き飛ばされて、内側から

ぐちゃぐちゃになった。二重の意味で衝撃が走り、最初自分の身に何が起こったのかを理解

するのが遅れた。じくじくと、はらわたから生温いぬめり気が溢れてきて、思わず触れた指先・掌

を赤黒く汚す。全身から瞼に、脳味噌に。時間差をつけて痺れる感覚が襲ってきたものだか

ら、もうどうしようも無かった。

(そっか……。俺、車に撥ねられて……)

 身体のあちこちから訴え掛けてくる痛みも、騒ぎを聞き付けて集まって来たらしい野次馬

達の声も、何だか遠い他人事のように届いてくる。地面に叩き付けられた衝撃で、平衡感覚

とかもやられているのかもしれない。パシャパシャと、スマホでこっちを撮っている連中は

あちこちに居たようだけど、率先して通報する奴はいないみたいだ。まあそんなモンかと、

俺はやはり他人事のように納得する。

『おい! 何ぼさっと見てる!? 救急車呼べ、救急車!』

『うっわあ……えぐ。これ、即死じゃないよね?』

『分かんない。胸が上下しているようにも、見えるけど……』

『どど、どうすりゃいいんだ? こんな血塗れだし、素人に出来ることって……』

 そりゃあ誰だって動揺する。俺だって多分傍から見ていただけだったろう。厄介事には巻

き込まれたくないと、その場からさっさと立ち去っていたかもしれない。

 ……俺を轢いたトラックのあんちゃんが、まるでこの世の終わりみたいな表情をしてこちら

を見ている。真っ青になってガタガタ震えている。おいおい、その反応、こっちがそのまま

そっくり返してやりてえっつーの。

(ま、いっか……)

 でも俺はあの時、寧ろホッとさえしていた。このまま死んで、意識が二度と戻らないって

ことになれば、それはそれで丁度良いとすら考えたんだ。

 どのみち今日という今日まで、いまいちパッとしなかった人生。

 これから先も変わらず、逆に下がってゆく一方だっていうのなら、早々に幕を引いちまう

方が楽かなあって。

『──』

 なのに、俺は見ちまった。野次馬に囲まれて意識が消えるのを待っていた俺を、ただ一人

“哀しそうな”眼で眺めている女の子を見つけたんだ。

 彼女が立っていたのは、他の奴らが人ごみを作っている壁から少し横。ちょこんと空気に

溶け込むように佇んでいる。特におかしかったのは、フード付きの黒いローブに身を包み、

身の丈以上もある大きな鎌を抱えていたということ──そう、多分死神って奴だ。俺の知っ

てるイメージとは多少違っていたが、そうとしか表現しようがない。あと鎌の刃も、鋏みた

いに二枚重ねになっていて、棒部分の引き金と連動しているらしかった。何というか、高枝

ばさみと言った方が正確だったように思う。

(……どうして?)

 どうして君は、そんな表情かおをしてるんだ? まさか俺なんかのことを哀しんでくれるって

いうのか?

 正直現金なものだなとは思う。だけど俺は、自分が死にかけているにも拘らず、彼女の姿

を目の当たりにして強く疑問に思った。不思議でならなかった。

『皆さん、道を空けてください! 道を空けて、すぐ!』

 でもちょうどそんな時、救急隊が到着して、俺は結局あの子の真意を確かめることすら出

来ずに運ばれて行ったんだけど──。


『えっ? 黒ずくめの鎌持ち女子? う~ん、居たかなあ? そんな子……』


 幸か不幸か、その後俺は何とか一命を取り留めた。とはいえ、怪我が治るまでは随分時間

が掛かったし、今でも病院通いは続いている。それでも俺がやるべきことは決まっていた。

 入院中や事故の取り調べの時、試しに色んな人に訊いてはみたが、彼女を憶えている者は

いなかった。中には端っから鼻で笑い、頭の方の心配をしてくる友人やつもいた。

 曰く、そんな奇妙な格好をしている奴がいれば、もっと目撃者は多い筈──まあその意見

も一理ある。ただ……これは俺の直感だが、彼女はそもそも人間じゃないんじゃないか? 

とすら思っていた。もしそうならば、あの時あの場にいた他の面子が“視えなかった”とし

ても不思議じゃない。多分俺が、あそこで一度死にかけたていたからこそ、俺だけが彼女の

姿を認識できていたんじゃなかろうか……?

(何処だ? 一体何処にいる?)

 それからだ。俺が毎日のように、駅周りのエリアをうろうろし始めたのは。

 時間帯は夕方、あの時俺がトラックに撥ねられた頃合いだ。場所もあの時の現場、表通り

の交差点から始まって、今ではどんどん捜索範囲が広がっている。

 全ては、あの死神の女の子にもう一度会う為だった。もう一度会って、訊きたい。どうし

てあんな哀しい眼をしていたのか? 俺が死ぬから待っていた? でも現実は、病院に担ぎ

込まれてしぶとく生きている。見逃してくれたのか? どちらにしても、解らなかった。何

より彼女自身のことが、どうしても知りたかった。

『お前、どうしちまったんだよ? 折角生き残ったってのに……』

『ふらふらと出歩かないで! まだ相手側とのあれこれが残ってるんだからね!?』

 散々文句を言われて、陰でコソコソ言われてるのは知ってる。心配してくれてるのだって

分かってる。

 でも……じっとしてはいられないんだ。あの子を見つけ出して、俺は俺自身の“けじめ”

を付けなくっちゃいけないんだ。前に、進めないんだ──。


 ***


(──っ!? いた!)

 だから彼女を見つけた時、小野寺は興奮と同時に激しい緊張に襲われたのだった。退院し

てからこの日が来るまでというもの、同じく死神らしき黒ローブの人物を街角で何度か見か

けこそしたものの、全員が別人であった。こちらの存在に気付き、視えることに驚いた様子

こそ示すものの、その瞳にはあの時の“哀しみ”は宿っていなかった。寧ろ冷たい──上か

ら目線の憐れみのような、まるで違う成分が少なからず含まれていたように思う。そもそも

老若問わず男性であったりと、ハズレも多かったが。

「あっ……うっ……!」

 見つけたのは細い路地へと続く一角。いわゆる飲み屋街への道筋だ。その途中で、一人の

サラリーマン姿の中年男性が、苦しげに胸元を押さえて倒れ込んでいる。発作か何かか。

「──」

 彼女が佇んでいたのは、そのすぐ傍ら。目の前で、今まさに命に関わるかもしれない事態

を迎えているこの男性に手を差し伸べるでもなく、只々じっと押し黙って立っている。その

様子は文字通り、彼の死の瞬間を待つ死神のようだった。「ま、間違いない! やっと……

やっと見つけた!」ダッダッダッと、小野寺はそんな男性が視界に入りながらも駆け寄り、

叫ぶ。

「俺を……憶えてますか? 去年の十月、トラックに撥ねられた俺を見てた……」

「どうしてあの時、俺のことを? やっぱりこのおっさんも、死にそうだから……?」

 まさか、こちらの姿が視えているとは思わなかったらしい。目の前の急病人を差し置き、

先ず自分に話し掛けてくるこの少年に目を見開くと、死神の少女は唇から漏れそうになる言

葉を必死で抑え込んだようだった。訊ね、次いで男性の傍らに片膝をついてしゃがみ込む彼

を目で追いながら、ようやく記憶にある姿と一致する。

「──め」

「え?」

「こっちに来ちゃ、駄目……」

 哀しい眼差しだった。あの時は真っ直ぐこちらに向けられた憐れみのようにも感じられた

が、今回は少々勝手が違う。努めて彼を突き放そうとしながらも、そこに良心か何かの呵責

があるようにも見受けられる。

「駄目って……。それって、どういう──」

「救急車、呼んであげて。私には何も出来ないから」

 キュッと身の丈以上の大鎌を握り直し、死神の彼女は言った。小野寺の方も目的外とはい

え、男性を見捨てるつもりは無かったにせよ、返ってきた待望の言葉が拒絶のそれであった

ことに思わず動揺を隠せない。

「おい、君! そこで何をしている!?」

 接触してはいけない? 死神なのに命を救うように促す? だが改めて問い返そうとした

次の瞬間、背後から緊迫した怒声がぶつかってきた。ハッとして振り返ると、三人の警官と

怯えた様子の中年女性が一人──小野寺はそこで自分が通報された事実に気付いた。

 今までの経験から、彼女を始めとした死神は他の人間には視えない。その状況で今、自分

の傍らには、苦しそうに突っ伏している別の男性が一人。

「無駄な抵抗はするな。大人しく署まで来て貰おう」

「君の話は、我々も小耳に挟んでいる。遂に尻尾を出したか」

「ち、違……! 俺は……!」

 そこからは瞬く間、いち素人の高校生に為す術など無かった。警官達の内二人が彼へと襲

い掛かって羽交い締めにし、所持品を確認する。残るもう一人は、倒れている男性の方へと

駆け寄り、急を要する容態であると悟るとすぐに連絡を取り始めた。ざわざわと、通りの向

こうから一人また一人、騒ぎを耳にして覗き込んでくる人影が出始める。

「まっ、待ってくれ! 俺じゃない! 俺じゃない! それにまだ──!!」

 傍目からには、すぐには判らなかったのだろう。状況からして、先ずはこの宜しくない噂

を持つ少年を確保する必要があった。

 路地を逆走するように、小野寺はそのまま警官達に連行されて行った。遠巻きの通行人や

発作の男性を除き、ただ黒いローブの少女だけが、このさまを誰にも気付かれることなく独

り哀しげな眼で見送っている。通り越して諦めを、嘆きのような後悔の面持ちを重ねて、胸

元に抱いた大鎌へと視線を落としていた。

                                      (了)

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