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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-118.September 2022
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(4) 熱量について

【お題】地獄、凍てつく、燃える

 きっと誰も、頼んでなんかいやしないのに。

 きっと誰も、望んでいた訳じゃあないのに。

 それとも全部、お前らが──俺達の所為だと転嫁するいいはるのかよ……?


 大よそ、見渡せる限りの大地は、斜陽の中に在った。文明と呼べるものはとうにその峠を

越えて下り続け、辺りには朽ちた高塔の建造物があちこちに転がっている。

『──! ──!!』

 そんな荒廃した景色の中。されど今尚活力に満ち溢れている集団がいた。

 いや、正しく表現するならば、徒に血気盛んとでも言うべきだろうか? 彼らは幾つかの

徒党を組み、廃墟の中を駆けながら叫んでいる。もう一方の追われる一団を追っている。

「──せ、殺せ!」

「奴らを叩き潰すんだ! 一人残らず、この世からッ!!」

 彼らは皆一様に、轟々と燃える松明を掲げていた。粗末な棍棒や角材を振り回し、まるで

鬼の首でも取らんとするかのように、めいめいに怒号を上げている。“義憤いかり”のままに進撃

を続けている。

 一方で彼らに追われている側は、対照的にやや装備にも統一性が見られた。

 随分と使い込まれ、黒く煤けてこそいるが、頭には金属製のヘルメット。目元を守るゴー

グルに、盾や防弾・防刃チョッキ。得物も刃物から小銃まで潤沢にこそ見えたが……最大の

違いはやはり、その士気の低さなのだろう。事実、彼らの鬼気迫る攻勢に、面々はビクつい

て逃げの一手。散発的な引き撃ちを繰り返す程度であった。

「ひ、退くな! ここで踏ん張れなければ、また……!」

「そ……そんな事言われたって」

「下手に反撃しても、あいつらには火に油だろうが!」

「逃げるんだよお! もう今更、手なんざ付けられねえだろ!? そこまで懸ける義理はねえ

かんな!?」

 戦況は既に決定的であったようだ。形式上隊長格の黒煤兵が鼓舞しようとするも、味方は

一人また一人と戦線を放棄し始めていた。その間にも彼ら──赤い軍勢が松明を押し付けて

燃やし、或いは棍棒や角材などの得物で兵一人をタコ殴りにしている。

(またあいつらか……。此処もじき住めなくなるのかな……?)

(しっ! 声を出すな。とにかく今は息を殺せ。奴らに見つかったら、俺達もただじゃあ済

まないぞ?)

 尤も、それは世の大半の者達にとって、今や珍しい光景でこそなくなっていた。方々の瓦

礫の陰に身を潜め、偶然彼らの衝突──という名の一方的な暴力を目の当たりにしても、努

めて巻き込まれないように気配を消す。只々、人の形をした理不尽が何時ものように過ぎ去

ってくれるのを待つしかなかった。

(……くそぅ。赤い軍団め……)

 物陰に身を潜め、彼らの抗争に怯えながら暮らす多くの人々は、強い諦めの念と共に在っ

て久しかった。声を上げてしまいそうな若者を窘めていた男性と同様、彼らに目を付けられ

てしまえばひとたまりもない。謂われなき炎で燃やされ、きっと灰になっても延々と罵られ

続けるだろう。そうすることが、彼らの言う“巨悪”とその眷属を害すことが、彼らにとっ

ては何よりの徳目なのだから。

(兵隊さんらも兵隊さんだ。あんな弱腰だから、奴らが大きい顔をするんだ)

(黙りなさい、黙れ……! 誰も彼も、好き好んで兵隊さんになった訳じゃないわよ。中に

はそういう、奇特な人もいるんだろうけど……)

(良いから。とにかく口を噤め。大人しくしていろ。黙ってさえいれば、目を付けられるこ

とは無いんだ。視界に、入らなければいいんだ……)

 えいえい、おーッ!!

 瓦礫の向こうでは、大方の黒煤兵を倒した赤い軍勢達が、勝鬨の声を上げている。廃墟の

中に、またボロ雑巾になった人間なきがら。繰り返し繰り返し叫んでいるその姿は、物陰から覗いて

いてもやはり“狂気”に支配されている節がある。

「──やれやれ。相変わらず暑苦しい連中だなあ。もう気が済んだか? ならさっさと帰っ

てくれよ」

 だというのに、そんな中で敢えて挑発めいた言葉を投げ寄こす者がいる。正直瓦礫の物陰

に隠れていた者達はギョッとした。ギョッとして、改めてその正体にげんなりとする。

『あ゛?』

「お前は……こいつらの仲間、ではないのか? 何時からそこに居た?」

 赤い軍勢と、黒煤兵達の交戦跡。その辺り一帯は新しく燃え広がった火にヂリヂリと焼か

れていたが、その男は瓦礫一個分の段差の上に座り込んでこちらを見下ろすと、フッと小馬

鹿にするように哂っていた。火の手がすぐ傍まで迫る。だがそれを──彼は特に自ら何かし

たという風ではなかったのだが、直後ジュッと搔き消していたのである。軍勢らの何人かが

目を見開いて警戒していた。よく見てみると……彼の間合い数十センチほどに、何時の間に

か青白い霜のようなものが下りている。どうやら軍勢らの撒いた火を、密かに纏う冷気でも

って相殺したらしい。

「……青の一派、か」

 当の赤い軍勢を率いるリーダー格らが、そうぽつりと誰にともなく呟いた。瓦礫の物陰に

点々と隠れていたその他人々も、希望ではなく少なくとも“辟易”や“失望”のそれで密か

に肩を落としていた。事態は、どうやらもう暫くややこしくなりそうだったからだ。

「一派も何も、俺は別にお前らみたいに群れてどうこうしようってタイプじゃないってだけ

だ。他の連中も大体そんな感じだろうし……。ああ、だから! 火ぃ向けるなって。別にや

り合う気なんてないんだからさあ」

「味方ではないのだろう? ならば敵だ。そもそも今の王権を、惰性のまま許しているお前

達のような手合いがいるから、状況が好転せんのだ! この民の敵め!」

「お~、怖。自分の“正義”以外は全部悪ですってか? だからどいつもこいつもビビって

ついて来ないんだろうがよ。鏡見てるか? お前ら、すっげー怖い顔してるぜ?」

 積極的に今の世の中を改良──壊そうとしている軍勢とは違い、彼らは基本一人一派。意

味もなく群れて吼えることを何よりも嫌う。それでいて皮肉を言いたい、毒を吐き付けたい

自己愛だけは一人前で、軍勢とはしばしば小競り合いを繰り返している。

「少なくとも、立場や責任を軽んじるお前達ほどではないさ。王権を倒した暁には、きっと

我々がこの大地を建て直す!」

「本当かねえ……? 壊すだけ壊しといて、それ以外はすっからかんじゃねえの」

『むっ!』

「──フッ」

 冷笑と苛立ち。互いの感情が再三激しくぶつかっていた。一見すれば淡々、真正面から問

答をしているようにも見えなくもないが、要するに相手のことなど視えてはいないのだ。た

だ自分達の気持ちの良い方へ──主張と理想に、視える現実の方を合わせたがる。

「言わせておけば……。総員、奴を捕らえろ! 多少傷物になろうとも構わん!」

了解ラジャ!』

「おうおう。本性出してきたか……。でもいいのか? この辺にもちらほら、お前らの言う

民とやらが隠れてるっぽいが……?」

 だから……そもそも“水と油”のような両者が、運悪く同じ空間に居合わせてしまったこ

とが間違いだったのだ。出張って来るべきではなかったし、攻め込んでくるべきでもなかっ

た。再三の挑発にいよいよ痺れを切らせて、軍勢の側が動き出す。それを彼、青の一派たる

一人は哂いながらも早々に逃げ足を発揮。更に余計な一言で混ぜっ返す。

(は!?)

(あんの、馬鹿! 何勝手にこっちに──)

 しかし一度始まった戦闘は、そう簡単に止められるほど自制という概念が無かった。じの

字をぶっち切り、寧ろその主張を拳を振るいたいが為に在る……。

「に、逃げろぉぉぉ~ッ!!」

「巻き込まれるぞー!!」

「くっそ、何なんだよ、あいつ!? こっちに気付いてたのか?」

「多分そうなんじゃねえの? それか、わざとタゲを散らして自分が逃げれるように……」

 人々が息を潜めていた、大地に埋もれゆく瓦礫らは程なくして幾つもの爆風と共に吹き飛

ばされていった。赤の軍勢と青の一派、両者の衝突が始まったからである。多少こちらにも

被害が出かねない──振るう松明や得物を気にする面子もいるにはいたようだが、殆どの者

はすぐに興味そのものを失っていた。

 守るよりも、壊すこと。目の前の“敵”を叩くことにこそ意義がある……。

「おいおい……。何こっちに面倒持ってきてるんだよ」

「はあ、仕方ないわねえ。そっちはそっちで何とかしなさいよね?」

 加えて最初に狙われた青の彼の他にも、近くに潜んでいた同胞がいたらしい。彼・彼女ら

は、やはり各々の身を第一に立ち回ってこそいたものの、総じて同じく燃え広がる火を青白

い冷気で打ち消していた。トントンと軽快なステップで逃げてゆき、されど最寄りの同胞を

助ける訳でもない。あくまで自分──己の間合いさえ巻き込まれなければそれで良いのだ。

「おい、こっちだ!」

「ああ! はあ、はあ……! クソッ!」

 突如として再開された、且つ別枠な戦禍を逃れて名も無き市民が一人、顔見知りの仲間に

手招きされて物陰へ滑り込む。まだ件の交戦範囲ではない新しい瓦礫だ。

 激しく息を切らせ、先に到着していた何人かの他人びとと共に、彼は恨めしく呟く。

「……どっちもどっちだろ。燃えようが凍ろうが、草一つ生えないふもうなのには変わらねえじゃね

えか」

                                      (了)

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