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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-117.August 2022
84/286

(4) キリングアイズ

【お題】枝、魔女、殺戮

『あはは。待て待て~!』

 それは未だマヨが幼い頃、同年代の子供達と外で遊び回っている際に起こりました。

 何時ものように元気に笑い、走り回りながらの追いかけっこ。その折にふと、手にしてい

た木の棒で、追いかけていた相手を指して声を張り上げた……次の瞬間でした。

『ま──』

 “増えた”のです。

 全く同じ姿形、背中を見せていた友達の女の子が、間違いなく二人になっていました。

 思わずマヨは無邪気に笑う表情かおも、台詞も失い、やや遅れて“増えた”当人らもこの異変

に気付きます。『えっ?』『えっ?』全く同じタイミングで、同じような驚き方で以ってお

互いの顔を。瓜二つと呼ぶのも生温い、もう一人の自分が、何時の間にかそこには並走して

いたのですから。

『ふえっ?!」

『な、何……?」

『イサナちゃんが、二人……??』

 この時一緒に遊んでいた他の子供達は勿論の事、誰よりも驚き動揺していたのは他ならぬ

マヨ自身でした。

『……』

 遊んでいた中で拾い上げ、手に持っていたままの木の枝。何の変哲もない棒切れ。

 二人になったこの友人の姿を、次いで今し方その切欠になったと思しきこの木の枝を順繰

りに見つめて、彼女は得体のしれない不安感──恐怖を覚え始めます。


『──ああ。それは十中八九“魔法”だろうねえ。そうかい。あんたも目覚めてしまったの

かい……』

 その日、マヨは慌てて家に飛んで帰り、縁側でのんびりとお茶を飲んでいた祖母を見つけ

ると事の経緯を説明。自分が何かおかしくなってしまったのではないか? と、身振り手振

りに一生懸命訴えました。

 すると祖母は、やや間を置いて少し哀しそうな眼をしてから、そう答えてくれたのです。

『まほう?』

『そう。魔法。まあ、あくまでそう呼ばれているだけで、本当の所は何なのか今も判っちゃ

いないらしいけど……。偶にいるのさ。突然あたし達みたいに、奇妙な力を使えるようにな

ってしまう人間ってのが』

『あたし……達? おばあちゃんも使えるの!?』

『ああ。マヨとは、また違ったものだけどねえ。どれ……』

 彼女曰く、それは何時からか人々の間で、時折発現するという異能の力でした。

 尤も誰がどんなタイミングで、どういった条件で目覚めるのかは未だもって不明。何より

使える力は人によって違い、いざ発現してみないと一切判らないといったものでした。

 私だけじゃないんだ──!

 マヨは一瞬ぱあっと表情を明るめて喜び、安堵しましたが、子供心ながらに当の祖母も自

身の覚醒を歓迎していないことぐらいは察せていました。だからこそ、数拍後にはすぐその

昂ぶりを意識・無意識下で抑え込み、縁側から庭先へとテクテク降り立ってゆく祖母の姿を

見つめます。

『……ふっ!』

『!?』

 するとどうでしょう。彼女が庭木の一本にそっと手を触れ、数秒経ったかと思えば、その

枝葉が明らかに猛スピードで成長。花まで咲かせてしまったのです。季節的にはもう、この

タイプの木は実りの時期を過ぎているというのに……。

『これがあたしの魔法のうりょくさ。触れているものを成長させる……まあ、若い頃に比べると、大分

使うのがしんどくなってきてるんだけどねえ。昔はこっそり、育ちの遅い苗なんかを助けて

あげたものだけど……』

 語るのは自虐的。それでも、幼心にはまさしくそれは“魔法”のようで。

 またしても目を輝かせる孫娘マヨに、彼女は小さく苦笑わらっていました。縁側に戻ってきて、彼

女の頭をそっと優しく撫でてやると、その所作の中で刷り込むように二つのことを伝えます。

『いいかい、マヨ? あたし達の力は世の為、人の為に使うんだ。誰かを傷付ける為に使っ

ちゃあいけないよ?』

『うん!』

『それともう一つ。こっちの方が大事なんだけども……。あたし達が“魔法”を使えるとい

うことは、なるべく他の人に知られないように気を付けること。使うんなら、バレないよう

にこっそりとだ。いいね?』

『う? うん……』

 だからこそ、最初マヨは何故祖母がこの異能ちからを、今日まで出し渋ってきたのかを理解出来

ないまま受け答えしていました。自分の“増やす”らしい魔法はともかく、彼女のそれはも

っと人の役に立ちそうなのに。

『いい子だ。おばあちゃんとの、約束だよ?』

 もうあの“目玉”と出くわした世代は、大方年寄りばかりになった筈なんだけどね……。

 マヨが頭に疑問符を浮かべているのもそこそこに、彼女はこの孫娘と指切りげんまんをし

つつも、そうか細く寂しげに呟くのでした。



「ひ、ひったくりよ~! 捕まえて~!」

 かくして幼い頃の約束から早数年。女子高生に成長したマヨは、今日もその教えを生き方

の根底に据え、人知れず“正義の味方”として過ごしていました。学校帰り、ふと道向かい

から届いた女性の叫びに、ほぼ条件反射でもって振り返ります。

 確かに道端には、当人が尻餅をついた状態で助けを求めていました。そこから黒い帽子と

サングラス、白いマスクの不審者が、明らかに彼女の──女物の鞄を抱えて走り去ってゆく

さまが見て取れます。

 他の通りがかった他人びとは、その殆どが突然の事件に驚くか、或いは認識しても自ら首

を突っ込もうと動きはしないように見えました。

「──ッ!」

 しかし、マヨは違います。誰よりも早く、位置的に道向かいを歩いていたにも拘らず、即

座にこの犯人と並走して一旦近くの路地の中へ。頭の中で周囲の地図マップを引っ張り出し、相手

を追い詰める為のルート取りを計算し始めます。

「はあ、はあ、はあっ……! へへっ。ちょろいモン──なっ?!」

 だからか、このひったくり男は完全に油断していました。道向かいから彼女が追って来て

いるなど気付きもせず、暫くして逃げ込んだ路地の先で“五人”いる彼女に待ち伏せ──取

り囲まれてしまっていたのです。

「お、同じガキが……五人? 五つ子? いや──」

 土地鑑は彼女側にあり。自身が追い詰められた、逃走全方向を塞がれたと悟った犯人は思

わず動揺・焦りましたが、ややあってその正体に気付きます。こんな時に限って、こんな都

合の良いタイミングで瓜二つの人間達が何人も徒党を組みはしない、と。

「お前……“魔女”か!!」

 時折世に現れる、それぞれ固有の異能を持った人間達。年齢も性別も、国や地域などにも

特に共通点は見られないが、その存在が確認され出した黎明期に改めて採用された渾名。

「私達を、その名前で呼ぶんじゃない!!」

 道中、予め自らを“増やし”て待ち伏せていたマヨは、カッとその呼ばれ方に不快感を示

しながらも冷静さは失いませんでした。所詮はガキ──侮り、尚も力押しの一点突破で逃げ果

せようとするこの男を、この数年で身に付けた合気道でもって華麗に転ばせます。

「が……っ!?」

 古いアスファルトの上に叩き付けられた彼は、そのまま彼女の慣れた手付きで取り押さえ

られ、両手足と口を封じられてしまいました。“正義の味方”をやっているからか、マヨは

鞄の中に常備しているらしい手錠で前者を、後者をガムテープで塞ぎ、手近な排水管に鎖を

回して固定。一連の無力化を終えた後で、スマホからある人物に電話を掛け始めます。

「あ、もしもし? 筒井さん? ひったくりの現行犯、捕まえたから。後よろしく♪」


『──全くもう! もう! 貴女って人は!』

『ごめんごめん。でも実際その女の人が被害に遭ったんだよ? 誰かがやらなくちゃいけな

いことなんだからさ? 寧ろ仕事してよ。そっちの仕事でしょ?』

『だったら私達警察に任せて、大人しくしていてよ……。貴女のこと、伏せておくのも色々

と大変なんだからね?』

 後日、学校の休み時間中に、マヨのスマホにメッセージが届いていました。件の犯人は逮

捕され、盗まれた女性の鞄も無事返却されたといいます。

 ただ当の、文面の主たる所轄の女刑事・筒井からは、最早恒例行事のようにクレーム的な

文言も一緒に返って来ていました。以前“魔法”を駆使して人知れず人助けをしていたマヨ

を目撃し、紆余曲折の末に持ちつ持たれつの関係となった二人。マヨにとっても、自身の正

体を知っており且つ秘密を守ってくれる、心強い味方です。

 ニヤニヤと苦笑みを浮かべて、一応謝罪の言葉を額面では返す彼女に、筒井は大人の一人

としてやはり心配が先行しているようでした。とはいえ、半ばなりゆきで自分も利益を得て

きたため、結局強く出られない……そんなパターンがテンプレとなって久しかったのです。

「──マジかよ。また“魔女”が出たんだって? これで何人目だ?」

「さあ? 下手したらもう二桁とか行ってるんじゃね? 報道されるまでにあちこちで事件

を起こしてるっぽいから……」

 そんな最中の事でした。ふとクラス教室の一角から、男子生徒の一団が何やら噂話をして

いるのが聞こえてきました。魔女。そのキーワードから内心思わず身構えたマヨでしたが、

普段の学生生活や近しい者達にも、これまで自ら正体を明かしたことはありません。

 今は亡き祖母のかつての教えを守り続け、世の中から自分達のような存在がどう見られて

いるのか? その辺りの知識だけは、納得の有無を脇に置いておいてでも、把握しておくぐ

らいの分別はつけている心算です。

「おっかねえよな……。その気になれば、人一人簡単に殺せちまうのにな。ぶっちゃけ、人

の形をしているだけで実際“化け物”だろ。そんな奴らが、今もゴロゴロ何処かに潜んでる

ってのが……」

『──』

 そう。それが大よそ、世間一般の“魔法”を持たない人間の感想でした。

 既にいる彼・彼女らが悪意を以ってその力を振るってくる場合は勿論、ある日突然自分が

そうした異能使いの仲間入りをするかもしれない──そんな複数に絡み合った恐怖が、一層

“魔女”らへの差別感情を増幅させるのです。うんうんと、噂話を囲んでいた男子達は、皆

あくまで被害者になり得る側として大なり小なり頷いています。

「でも妙だよな。“魔女”が生まれたのって“眼の教団”の所為なんだろ?」

「ん? ああ……。事件そのものは五十年以上前なんだっけ?」

「そうそう。ある日突然“眼”が私達を見てる! とか言ってトチ狂い出した連中な。教団

自体、今はもう潰されてる筈……だよな?」

「だと思う。よく知らんけど。なのに今もちらほら出てるってことは……遺伝するのかな?

嫌だなあ」

「そもそも、諸々きちんと説明出来てりゃあ“魔法”なんて呼ばれ方はしねえだろ。まあ、

俺達みたいな凡人が考えても無駄だろうけどさ……」

 マヨは密かに聞き耳を立てつつも、努めて自身がそうだと決して悟られないように沈黙を

守っていました。注目を浴びないよう、息を潜めていました。

(人に、悪意を振るう“魔女”……)

 ですが彼らの噂話、思い出した先日から報道されている事件に、彼女も思う所が無かった

訳ではありません。

「……はあ。何でよりによってうちの街に」

「炎上の魔女──明比ホノカ」

 加えてその犯人と思しき少女が、自分達の住んでいる街の近くで、また犯行を重ねたらし

いとなれば。



「ねえねえ~。君、可愛いね。ちょっと俺達と遊んでかない?」

 過酷な運命は、刻一刻と近付いて来ていました。マヨ達が暮らしている街の一角、雑多な

店が軒を連ねる繁華街の路上で、見るからにチャラそうな男達の一団がとある少女を誘い出

そうとしていました。

 モスグリーンのパーカーを羽織り、フードを目深に被って歩いていた彼女。

 それでもちらりとすれ違いざまに覗く横顔は、色白で細く、フードの下に隠した長めの黒

髪と合わさって控えめに見えたのでしょう。

「……」

 しかし当の少女は、そんな彼らの声を無視して歩いて行こうとしました。数拍、反応も何

も無かったことに気付き、男達は少しムッとします。「あれれ~? 聞こえなかったのかな

あ?」「君だよ、君ぃ」表面上は手馴れたように追い縋り、或いは進行方向上に割って入っ

てゆきますが、その実はちゃちなプライドを損なわれたことによる反発心に過ぎません。

「……退いて下さい。急いでるんで」

 それでも少女・朝比ホノカは努めて彼らと関わらないようにしました。いえ、彼ら以外の

他人全てに、彼女は最早信頼という概念を失って久しかったのです。にも拘わず、対する男

達はそんな内情など知る由もなく、尚も食らい付きます。一度目を付けた女をみすみす逃す

かよと、半ば強引な態度に出始めようとします。

「大丈夫大丈夫。すぐ終わるからさ~」

「ほらほら。折角の美人が台無しだよ~?」

「──触るなッ!!」

 ですが、それがいけませんでした。只でさえ我慢しながらやり過ごそうとしていた彼女に

対し、男の一人がガッとその肩を掴んだことで、その緒は簡単に切れてしまいました。触れ

られた瞬間、殆ど反射的に他人の手いぶつを撥ね退けて叫び、キッと激情に駆られた眼でこの一人

を睨み返します。

「ぎゃあッ!? あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーッ!!」

 “燃えて”いました。刹那、彼女に殺意を以って睨み返された男は、突然全身を炎に包ま

れて大きくよろめきます。男の仲間達、或いは面倒事が起きたなと、無関心を装っていた周

りの通行人らも思わず目を見開いて立ち止まります。

 短く瞬間的な叫びと共に、当の男は力なく崩れ落ちてゆきました。咄嗟に助ける──上着

を叩き付けて消火に掛かる暇もなく、先に焼き殺される側に占領されてしまったのです。

「ひっ……ひいッ?!」

「燃え、燃えた? いきなりタケシが火だるまに……。このガキが睨んだ瞬間……」

「ま、まさか例の“魔女”か!? この前から、警察が追ってるっていう……!」

「っ──!」

 件の少女、朝比ホノカは勘付いた者達の前から慌てて逃げ出しました。動揺と混乱、まと

まって自分を捕らえるような動きが出来ない群衆の中を、自ら意図するでもなく引き裂きな

がら突っ切ってゆきます。恐れが彼らを、人々を支配しているのが解りました。もし邪魔を

すれば、機嫌を損ねるような真似を見せれば、次は自分が焼き殺される──。

(くそっ、くそっ、くそっ! どうすれば良いのよ!? 一体私が何をしたっていうの!?

私は……私は……!)


「──例の“魔女”が出た? 猿渡通りね? 了解。すぐ向かうわ」

 覆面パトカーからの無線が突如として入り、周辺を警らしていた筒井は、にわかに緊張し

た面持ちで運転席に乗り込んでいました。キーを差し込み、エンジン音を響かせます。

 同じ“魔女”絡みで、知り合いの少女の顔を思い出していたものの、件の事件と彼女とで

はまるで性質が違うように感じていました。少なくとも、上から聞かされていたこれまでの

“焼殺”事件の詳細からは。

「って……。何? 何でこのタイミングで電話!? っていうか、あの子じゃない!」

 だというのに、嫌な予感は当たるとでも言うべきなのでしょうか。運転し始めて暫くし、

当の彼女──マヨからの着信メロディが流れ出します。

 また首を突っ込むつもり? この前だって、勝手にひったくりをボコボコにして注意した

所なのに……。

 筒井はできれば、彼女に普通の女子高校生として過ごして欲しいとさえ思っていました。

少なくとも彼女ら“魔女”達は、その異能さえ無ければごく普通の一般市民なのです。

「もしもし? 今運転中!」

『あ、やっぱりそうなんだ。サイレンぶんぶん鳴ってるもんね。もしかしなくても犯人を追

ってる? 例の、朝比ホノカちゃん』

「解ってたら少しは遠慮しなさいよ! っていうか、刑事の私に脇見運転させない! もう

切るからね? あんたは大人しく家に居なさいよ? いいわね!?」

『それは無理かなあ。今、そっちに向かってるから。あ、位置は大体分かってるよ。少し前

から猿渡通りがヤバいことになってるって』

「はあっ!? 馬鹿、止めなさい! 相手は人殺しよ!? 普段の“正義の味方ごっこ”が

通じるような相手じゃないでしょうが!」

『……知ってる。だから行くんじゃない。同じ“魔女”なのに、ううん同じ“魔女”だから

こそ、見て見ぬふりをしてちゃあ駄目だと私は思う』

 ちょっ、待ちなさ──。しかし彼女が大声で止めようとするも、既にマヨは動き出してい

たようでした。筒井自身も、これまでの経験から、十中八九事件を知れば現場に向かうだろ

うとは思っていました。良くも悪くも、今は亡き祖母の言葉通り“世の為人の為”に生きよ

うとしているのです。

「ああ、もうっ……!」

 向こうから切れた通話をそのままに、スマホを懐に押し込んで。

 彼女は両手で握り直したハンドルを急ぎ捌いていました。大方彼女もSNS等で、事件が

起きた直後から情報をキャッチしていたのでしょう。全く、公僕からすれば色々とやり難い

世の中です。

 何より……こんなことであの子を、魔女絡みのゴタゴタを増やしたくなくて。煩わせたく

はなくて。


「──ねえ、知ってる? この街に“魔女”が逃げ込んで来たんだって。相手を火だるまに

しちゃう女の子なんだってさ」

 それでも、彼女達の歩みは止まりませんでした。一度転がり出した運命は、めいめいが抱

える宿痾しゅくあは、寧ろそれら側から止まることを許しません。

 街外れへと繋がる、やや古めの橋の上で、マヨは欄干に背を預けたままそう通りすがった

一人の人物に声を掛けました。スマホを片手に指先で画面をスワイプし、もう片方の手は上

着のポケットに突っ込まれています。

「……」

 朝比ホノカでした。

 モスグリーンのフード付きパーカーで表情を隠し、足早にこの街を去ろうとしていた件の

“魔女”は、尚更苛立ちを露わにしたように見えました。

 只でさえ焦っているのに、突然声を掛けてきた。

 いや、そもそも何故こんな人気の無い寂れた橋に、独り“誰かを待つようにして”立って

いたのだろう……?

「一応確認だけど、貴女で間違ってないわよね? これ少し前に、居合わせた人が投稿した

映像。大分粗いけど……服装も背格好も同じ。私と、同じ──」

 実際の所、ホノカの予感は的中していました。わざとそう、手順を踏むかのようにこちら

へスマホ画面を見せてきて、フードの下を覗き込んでくる少女マヨ

 彼女の声色は何処か、悲しそうで棘を纏っているようには聞こえませんでした。寧ろこの

現実が嘘であれと、まるで自身との距離を窺っているかのような……。

「……人違いじゃない? 同じ服装ぐらい、探せばあるでしょ」

「かもねえ。だったらごめん。でも、こんなことが出来るのは少なくとも、私“達”だけで

しょう?」

 あはは。小さな苦笑い。

 ですが次の瞬間、先手を打ったのはマヨの方でした。彼女はそう返しつつも、直後上着の

ポケットから手を取り出してある物を──小さな手鏡を付けた、自作の短杖のような道具を

取り出して“魔法”を発動。手鏡に映った自分の姿を標的に、二人三人四人五人と、一気に

自分の数を増やしてみせたのです。

「ッ!? あんた、まさか……」

「うん。私は柊マヨ。貴女と同じ、いわゆる魔女って奴。朝比ホノカちゃんで……間違いな

いよね? 警察に、追われてるんでしょ?」

 達。その言い回しに数拍気を取られた隙に、ホノカは相手が自分と同じ存在だと否応なく

気付かされたのでした。取り出された、その自撮り棒のような物は、おそらくは彼女の持つ

異能──対象を“増やす”能力を、自分に向ける為のツール……。

「これだけ騒ぎになってたら、普通は急いで逃げようとするものだと思って。そうなると街

の外に続いてる道を探すだろうから、猿渡通り経由で一番辿り着き易いこの辺りの橋を選ぶ

んじゃないかなあ? って」

「……」

 ホノカは、彼女が明確に状況を見た上で推測。明らかに自分を待ち伏せる為にこの橋へ先

回りしていたのだと理解していました。この子、何だか妙に慣れてる──。地元の人間だと

すれば、そのアドバンテージはあるにせよ、少なくとも表面上の穏健っぷりを信用してはい

けないなと思いました。じわじわと警戒し始める彼女に、マヨはおずおずっと、少し緊張の

度合いを強めて言います。

「ニュースで、貴女のことは見てたけど……正直信じられなかった。魔女わたしたちの力は、誰かを傷

付ける為じゃなくて、助ける為のものだから。ああは言われているけど、本当の所はどうな

んだろうって、話したかった」

「……」

 ねえ、教えて? 何か事情があったんでしょう? 初めから誰かを殺すつもりで、力を使

った訳じゃないよね?

 それは事件の追求というよりは、マヨ自身の“魔女”像、祖母から受け継いだ理想の在り

方が間違っていないことへの確認のようでもありました。勿論対するホノカは、そんな彼女

の経緯など知りませんでしたが──節々から透ける性善説に正直イラッときたのでした。わ

ざわざ罪を咎めるでもなく、手前の都合だけで立ち塞がったのかと思いました。

「流石に、燃やしちゃった人達のことを無かったことには出来ないけれど……力にはなれる

と思う。私が“魔女”だって知ってて、それでも変わらず接してくれる、刑事さんの知り合

いがいるの。だから、貴女のことも相談すれば──」

「刑事……! 結局あんたも、警察の手先かあ!」

 このマヨという同年代の“魔女”も、おそらくは良かれと思って接触してきたのだろう。

ホノカはそう思いました。しかしそれ以上に、直後彼女から出た「刑事」というキーワード

に、これまでの記憶が呼び起されて拒絶反応が飛び出します。反射的に大きく飛び退き、同

時に捲れたフードの下から、カッと目を見開きつつ叫び声を上げます。

「!? ちがっ……。筒井さんはちょっと口煩い所もあるけど、信頼できる人で──」

「あんたはそうなんでしょうね! でも私は違う! 急にこんな異能ちからに目覚めた所為で、気

が付いたら殺人犯にさせられて……近付いてくる奴らも、ちょっとムカついたら燃えて……!」

 炎上の魔女こと、朝比ホノカは語ります。しかし救いの手を差し伸べようとした“同胞”

をも、彼女は自分とは違う、元より恵まれた側だと断じて罵りました。権力、社会の側と結

託した“敵”と映っていました。

「あんたも……邪魔をするっていうんならヤってやる! あいつらと同じように、焼き殺し

てやる!」

 おそらくはそうした“害意”が、一つの条件となっているのでしょう。次の瞬間ホノカは

マヨを退けるべく、再びその発火能力を発動させていました。「っ──!?」ですがこれを

対するマヨ本人は慌てて察知。先刻“増やして”いた別のマヨの一人が、両者の視線上に覆

い被さるように躍り出、代わりに燃やされたのです。

 ぐらりと倒れ込み、影が溶けるようにして消えてゆく増えたマヨ。

 それをマヨ本人や他の“増えた”彼女、そして勝負に打って出たホノカ自身もまた驚きの

表情で見つめています。ややあって、ハッとなって理解していました。

(そう言えばそうだった……。この子のは、増やす能力。最初に出してきたのは保険も兼ね

ていたってことね。やっぱり、油断できない奴……!)

 ならばと、今度は残る全員を視界に入れて殲滅を。ホノカは再びキッと彼女らを睨み、こ

れを燃やし尽くそうとしました。しかし対するマヨもマヨで、その意図はすぐに読み取れて

はいたのか、改めて手鏡付きの短杖でもって新たに数人自分を複製。それぞれが互いの陰に

隠れながら走り出し、何より能力自体を貰わない為、散開とホノカの視界の外へと逃げるよ

うに立ち回ってゆきます。

「っ、くう……ッ!」

「鬱陶、しい!」

 それでもホノカはぐるんと顔を回して一気に相手を捉え、これを燃やしてゆこうと努めま

した。次々に一人、また一人と燃え、溶けるように消滅してゆく分身体。ですがその間も、

マヨ本人は新たな自分デコイを増やし続け、尚且つ拾い上げた石まで投擲・増殖させて攪乱。近距

離背後からの羽交い絞めや足払いを狙うのでした。

「ひっ! ふっ! はっ……!」

「じゃ、邪魔……! そうはッ、させ……ない!」

 一発貰えば、火だるまイコール致命傷。どれだけ相手の手数が多かろうと、もし捌き切れ

ずに抜けられたら、十中八九物理的に取り押さえられる。

 そうしてマヨもホノカも、暫くの間互いに激しい攻防を繰り広げました。“魔女”同士に

よる、文字通り命のやり取りです。

(……やっぱり、一度に燃やす相手が多いほど、火力は落ちてるっぽいかな? どっちにし

ろ直撃すれば、ひとたまりもないけど……。予めどんな“魔法”か知ってなきゃあ、即やら

れてたなあ。こっちも無限に使える訳じゃないし、何とかして取り押さえないと……)

(……なるほどね? 増えた奴それ自体が、別に強くなる訳じゃあない、か。人みたいな複

雑なものを増やすより、石とか単純な物の方が得意? あっちもあっちで、色々と制約はあ

るっぽいわね……。動きからして格闘技をやってるっぽいけど、燃やしちゃえば問題ない。

また騒ぎになる前に、押し通る……!)


 ***


「容疑者を発見しました! 第二連絡橋の中程。もう一人の誰かと……戦っている?」

 一方その頃、街の主だった河川を臨む大型水門の上で、完全武装に身を包んだ一団がこの

交戦を捉えていました。隊員の一人が、狙撃ライフルのスコープ越しにこれを目撃し、且つ

自分達が知らされていた以上の内容がそこに展開されていたために戸惑います。

「ふむ? 確かにもう一人、別の少女がいるな……。我々以外に先回りし、朝比ホノカを待

ち伏せていた者がいたというのか……。それとも偶々、偶然……?」

 隊長と思しき壮年の偉丈夫が、自身も双眼鏡を使ってこの報告を視認していました。それ

でも部下達に比べれば、さほど驚いているようには見えません。目の前、遠く橋の上で起き

ている現実離れした現実を、只々淡々と受け止めているように見えます。

「彼女は一体、何者でしょう?」

「分からん。だが、朝比ホノカと互角に渡り合っている時点で普通ではない。間違いなく彼

女も“魔女”の一人なのだろう。何かの理由があって、交戦状態になったものと思われる」

 ざわ……。見た目こそ完全武装──件の連続焼殺事件を踏まえ、街に派遣されていた特殊

部隊の面々は、誰からともなくごくりと息を呑んでいました。スコープ越しにこの“魔女”

達の戦いを見つめていました。

「総員、引き続き狙撃態勢を維持」

「二人の動きが収まったのを見計らって、作戦を続行する」

了解ラジャ

 ああも激しく立ち回れ続ければ、まともに照準を合わせることも出来ません。

 少なくとも……攻撃は慎重に。何せ相手は、人知の及ばぬ異能を操る“魔女”なのです。

引き金をひく時、その時は即ち確実に仕留められるタイミングでなければなりません。

「……あの、隊長」

「どうした?」

「その……本当に宜しいのでしょうか? 容疑者はともかく、あの少女まで一緒に撃ち殺し

てしまうというのは。事件とは無関係かもしれないのですよ?」

「無関係ならそもそも、わざわざ首を突っ込みはしないだろう。ああして戦いになっている

時点で、一切関係が無いと主張するのは無理があるな」

 ですがこの隊長は、ふと不安がって訊ねてくる部下に、やはり淡々と言い切っては捨てて

いました。今回与えられた任務、撃つべき悪が、まだ年端のいかない少女であっても。その

数が現地で二人に増えたとしても。

「それに……。我々が受けた命令は“魔女”の討伐だ。あのもう一人も同類な以上、看過す

ることは出来ん。それともお前達は、上からの命令にも従えぬ軍人なのか?」

「い、いえ」

「そういう心算では……」

 彼らがそう、戸惑った回答をするのは分かり切っていました。その上でこの隊長格は、敢

えてこれを皆に問い返して黙らせます。任務に、照準スコープに集中させようとしていました。

「余計なことを考えるな。今は確実に朝比ホノカを撃ち抜くことだけに集中しろ。……上は

まだ侮りがあるからな。“魔女”は異能こそ恐ろしいが、それ以外の身体能力などは普通の

人間と変わりない──まだどうとでも対処できる存在だと考えている節がある」

「気を抜くなよ? もしも外して、こちらの場所に気付かれれば、視認された時点でお前達

も焼死体の仲間入りだ。何も異能が人体発火一つだと、現状確かめた訳でもない」

 生来の性格か、はたまた“魔女”に対する多くの懸念からか、彼の警戒心は幾ら用心して

もし過ぎることはないといったレベルにまで高まっていました。自身の安全は勿論、部下達

の命を預かっているという立場上、仕方なかったのかもしれませんが。

「それに……。万一もう一人の“魔女”が勝ったとして、彼女が我々の味方になるという保

証など、何処にも在りはしないだろう?」

                                      (了)

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