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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-117.August 2022
81/257

(1) 君の守護天使

【お題】花、天使、陰

『大丈夫、大丈夫。私には天使様のご加護がついてるんだから♪』


 黙っていれば栗色の髪を靡かせる美少女、口を開けば無駄なポジティブ思考と行動力で周

囲を巻き込む問題児・葛城姫花は、己の言動を糺されると決まってその台詞を吐いてきた。

 まるで反省していない……。

 そんな場面と遭う度に、みつるは内心げんなりとしてきた。流石に普段、本人や彼女に近しい

者達にはおくびにも出さないよう努めているが、彼女がニコニコと自分に何か話を持ってき

た時は大抵、その尻拭いに奔走させられる羽目になる。加えて件のフレーズがくっ付いてく

れば役満だ。


「──満君~、礼拝おいのり行こ~?」

 とはいえ現実として、彼は幼い頃からこの少女と知り合いで、尚且つ妙に懐かれてしまっ

ている間柄であった。

 その日もいつものように、放課後の校門先で、如何にもお嬢様風の制服に身を包んだ彼女

がこちらに向かって手を振ってきていた。向こうも一日の授業が終わったらしい。道端に乗

り付けられた黒塗りの高級車と、黒スーツ・サングラスなお付きの方々が、この主とは対照

的にニコリともせず見つめている。

「おうおう? 今日も熱烈なお出迎えだねえ」

「最初こそびっくらこいたモンだが、流石にほぼ毎日になるとな……。彼女が呼んでおられ

るぞ? はせ君?」

「……茶化すな。俺だって正直迷惑してる。こっちの都合なんざ、考えやしねえ」

 本当、昔っから──。

 ぶつくさ。そう制しつつ嘆息を漏らし、満は「はいはい」とこの幼馴染に素っ気なく数度

掌を振り返す。好奇の目、或いは彼女について既知の者らは妬みややっかみの目を。

 一見すれば、美少女とのお近付きという他人からすれば羨ましいシュチュエーションも、

要は父親同士が偶々熱心な信仰者で交友があったからに過ぎない。本人達はそれで“幸せ”

に浸れているのかもしれないが、こちらとしては望んだ訳でもない宗教観おしつけありきでしばしば

息が詰まる。日常くらい、極々“普通”に過ごしたい。

「……はあ。でも結局、自慢にしか聞こえねえってんだよ。そう言ってもよお」

「ホント、ホント。……いいよなあ。ルル女ってだけで良い。姫花ちゃん達と同じ空間にい

るだけで、絶対良い匂いするぜ?」

「神聖視し過ぎだ。そんでもって気持ち悪いな。黒服さん達に聞こえたら消されるぞ」

「うっ」

「だってお前はなあ~! お前はなあ~!!」

「五月蠅いな……。離せよ、揺らすな。鬱陶しい……」

 そもそも、かのルル・リェール女学院に現在進行形で在籍中の生徒が、ただ一人の馴染み

を誘いにそこらの公立高校へ足を運んでくるという行動それ自体が異常なのだ。

 一緒に校門から出てきた友人らにそう羨望と共に詰られ、或いは胸倉を掴まれてブンブン

揺らされて、満は心底気だるげになされるがままになっていた。最早恒例行事と言えば恒例

行事だが、普通に考えて悪目立ちしかしないこの日課ルーティーンを、一切変えない彼女のメンタリティ

が凄まじい。或いはその暴走っぷりを、周りが止められないほどやはり家の影響力が強いの

か。

「満君~!」

「っと、そろそろ行くわ。あんまり長居させると迷惑になる」

「お、おう」

「乗り付けて来てる時点で大分騒ぎになってるんだけどねえ。毎回……」

 あはは。線の細い方の友人が、そう彼女達の方へと歩き始めた満を見送りつつ、苦笑いを

零す。後ろ手で「じゃあまた。明日」と片手を上げている彼を、同じくもう一人のガタイの

良い友人が悔し気に見送る。周りの居合わせたギャラリー達を始め、これらは最早彼女が誘

いに来る度のイベントとなりつつある。

「……思うんだがよ。馳も別に、教会に通い詰めるほど熱心じゃねえなら、一回バッサリと

断っちまえばいいんじゃねえのか?」

「ああ、それ無駄っぽいよ。前にそれやって、暫く姫花ちゃんが自棄起こして大変だったそ

うだから」

「嗚呼──」

 難儀だなあ。まるでそう言葉の後に続けそうに。

 満の背を見送る友人らはどちらからともなく、改めて“他人事”で良かったなと思う。



「は~、今日も疲れたよ~。でも本番はこれからだからね? お祈りはしっかり、誠心誠意

込めてやらないと」

 ルル・リェール女学院は、街の小高い丘の上を切り拓いて作られた、いわゆるミッション

系のお嬢様学校である。故に市中の思春期男子からは、その高貴な制服姿とハイレベル揃い

の女子達の集う花園として認識──ある種幻想あこがれの対象となってきた。

 そんな生徒の一人・姫花は、何でも同学院創設者一族の出身とのこと。だからこそこんな

無茶な日課──黒塗りの高級車での“お出迎え”も、可能にしてしまう訳だ。

「はいはい。分かってますよ」

 ただそんな家庭環境からなのか、はたまた表裏の概念をすっ飛ばしてはいれど元々は真面

目なのか、彼女の礼拝に対する姿勢は何時だって真摯であった。車内であることを忘れるほ

どに快適で広々とした空間、そこで面と向かって今日一日のあれやこれやを話して聞かせて

くる姫花。そんなハチャメチャ幼馴染に、満はあくまでリソースを節約しても対応だ。寧ろ

気を遣うのは、運転席・助手席の黒服達の方である。普段から必要最低限のことしかやり取

りはしないし、本人らも語らないが……十中八九彼女に何かあればブチ切れる。

「お嬢様、満様。到着しました」

 普段二人が日没の礼拝に訪れているのは、同学院の敷地内にある大きな白亜の教会。基本

的に学院関係者以外は、辺り一帯に足を踏み入れることすら許されないが、こと礼拝時に限

っては一般開放されている。信仰に身分の貴賤は問わない、とでもアピールしたいのだろう

か? 満はとりあえず、そう勘ぐるようにしている。尤も現実問題として、あちこちに警備

の人間がスタンバイしている──広々とした緑や煉瓦敷きの広場にそっと、風景に溶け込む

ように展開しているが。

 徒歩で登ると大変でしかない女学院へのつづら道も、黒塗り高級車のハイスペックを以っ

てすれば何の事はない。黒服達がキュッと駐車するまでやはり、今回もそうだと気付けなか

った。或いは目の前の彼女の、心底嬉しそうに笑う姿に引き寄せられるのか。

「あ、ありがとうございます。姫花、今日は……」

「うん。今日はサミュエル先生が担当」

 そっか……。ニコッと応じるこの幼馴染に、満は少し件の人物の顔を思い浮かべてホッと

胸を撫で下ろした。

 言わずもがな、学院内の教会ということもあり、日々の礼拝を担当する司祭は普段姫花達

に教鞭を執る教師らもである。中には満という部外者──こと姫花という、良くも悪くも影

響力の強い生徒のお気に入りというだけで高圧的な態度を窺わせてくる者もおり、正直毎度

毎度気が重いのだ。それを思えば今日は、少なくともその心配は薄い。言い換えればそれほ

ど直接の交流がない人物でもあるが。

「お父様、連れて来たよ~」

「おお……。こんにちは、満君。すまないね、いつも娘が世話になって」

「いえ。こちらこそ何度もお呼ばれいただいて……」

「ふふふ、そこは気にしなくて良い。馳氏──君の御父上には、当学院にも少なからぬ貢献

をして頂いている。何より主は、君にも耳を傾けてくださっておられる」

「はあ……」

 されど、時折姫花の父やその他関係者、市内外から少なからぬ信者達が集まり、礼拝堂内

はあっという間に混雑をし始める。なるべく後ろに、目立たない位置に……。願えど姫花と

いう大看板が傍にいる手前、中々どうして思ったような席には下がれない。寧ろ特等席、ス

テンドグラスから注ぐ光の下、じっと熱心に祈りを捧げる彼女がよく見える位置に、他の重

鎮達と共に座らされることも少なくはなかった。


『満、紹介するよ。この子は姫花ちゃん。父さんの友人の、娘さんでね。どうか仲良くして

あげて欲しい』


 今よりもずっと前、最初に父から彼女と引き合わされた際には、まだ多少こっちを警戒し

ている、大人しそうな子だったのに。

 それが今じゃあ、とんだじゃじゃ馬に育ってしまった。別に自分の娘じゃないのだけど。

 では、こうなってしまった切欠は何だったのだろう? 自問する度、一応記憶があるには

ある。何でも彼女曰く、幼い頃に礼拝中『天使様が自分を見下ろしている姿を見た』んだそ

うだ。以来妙に自信がついたのか、何事にもポジティブで且つ意欲的に振る舞うようになっ

ていき、結果その尻拭いを自然とさせられる立ち位置が確立する……。


「とこしえ、変わらず、御栄あれ。アーメン」

『アーメン』

「……」

 堂内に染みわたった声。だがそれよりも、満はじっと彼女の横顔から目が離せなかった。

両手を組んで軽く跪き、静かに頭を垂れている楚々とした姿。茜色の一条がさもその祈りに

呼応しているかのようにも視える。

(本当、ああやって黙ってさえいりゃあ、マジモンのお嬢様で通るのになあ……)

 天は二物を与えずってか? 満は独り密かに片方の口角を吊り上げていた。堂内では一斉

に皆が祈りの姿勢で固まっている。

 可笑しな話だ。

 そんな“都合の良い”天使様だの神様だの、居やしないってのに。



「──馳。ちょっといいか?」

 事件は、そんな面倒だけどもすっかり日常の一部として溶け込んでいた最中に起きた。

 いつものように放課後、しかし礼拝の予定が無いその日、校門の外で待っていたのはキツ

めの印象と長身をした顔見知りの女学院生だった。

 え? 誰……? ざわっと、一部色めき立つ周囲(主に女子)がいたりもしたが、当の満

自身は努めて真面目且つ神妙な面持ちで彼女に応じていた。ひそひそと、一旦人目の付かな

い場所へと移動して話を続ける。

「……何ですか? 三田さんからコンタクトを取ってくるなんて珍しい」

「お嬢絡みだ。昨夜、彼女を含めた生徒達の入浴を、覗こうとした者がいた」

「──」

 何ですって? そうとでも言わんばかりに目を見開いた満。ある種、殺気が籠ったかのよ

うに彼女を見返して問うた眼。

「落ち着け。あくまで侵入以上、覗き成功未満といった所だ。ただ少なくとも、お嬢らのグ

ループが入浴する時間帯を狙い澄ましたかのように起こったのでな。念の為、お前にも報せ

ておくべきだと思ったのだ」

「……まさか、“聖体”絡みですかね?」

「分からん。ただの覗きというパターンも十分にあり得る。学院の警備も、そうザルではな

い筈なのだがな。一体、何の為の女学院か……」

 だからこそ、姫花の関係者の一人で同学院上級生・三田からの情報提供に、満は警戒心を

捨て去ることは出来なかった。わざわざ彼女がそう付け加えるほどだ。何が真相でも、どち

らに転んでも安心材料にはならないだろう。そういう奴が……出没したでたのだから。

「姫花は? これから……どうするんです?」

「お嬢は幸い、まだ事件に気付いてすらいない。侵入者が出たらしいとは、今朝からぽつぽ

つ聞き及んでいる筈だが……。自分との関連性を見出していないだけだろうな」

「でしょうね。無駄にポジティブな分、そういう所が雑っていうか、自覚が足りな過ぎるっ

ていうか……」

「ふふ。よく解っているじゃないか。だからお嬢もお前に懐くんだろう。いや、それはとも

かく。学院側は既に警備を強化している。している、が……万が一のこともある。仮に初め

から狙って侵入を試みていた場合、昨夜の犯行だけで終わるとは到底思えんからな」

「そうですね……」

 最初こそ、三田からの微笑みに「は?」となった満だったが、すぐに彼女が話を真面目な

方へ切り替えたことで、すぐに続く二言目はその警戒に応じるものとなった。

 ただの偶発的、単純な事件では収まらない。

 満は暫し、目を細めて考えた。小さく長くため息を吐き出し、彼女に向き直って言う。

「解りました。俺の方でも一応警戒しときます」

「場所が場所ですし、犯人もそう“遠い”手合いじゃないでしょうから……」


「──何ぃ!? 姫花ちゃんにストーカー!?」

「し~ッ! 声がデカい! まだ内密だって言ってんだろ!」

 翌日の事である。満は登校後、自身のクラス教室でそう、集まった友人ら数名に昨夜三田

から聞かされた話をざっくりと聞かせていた。主に昨日、校門前で彼女とひそひそ話してい

た姿を目撃されていた面子だ。「あのお姉様は誰!?」「お前、姫花ちゃんだけに飽き足ら

ず、またルル女を……!」要らぬ誤解を解く為にも、満はある程度話してやる他なかった。

 彼女が姫花絡みの同胞で、女学院むこう側での世話役・話し相手になっている人物だということ。

まだ表立って知られてはいないので、本人に対しを含めて暫く注意──口外しないで欲し

いということ。

「……は~、遂に出るに出ちまったかあ。可愛いもんなあ、姫花ちゃん」

「ルル女自体がハイレベルだもんなあ。男としてはまあ、分からなくもないが」

「いや、そこははっきりと犯罪だぞ? まさかお前が犯人じゃねえだろうな?」

「いやいやいや! 流石にその辺の一線は守ってるよ!? っていうか、普段から警備員が

うろうろしてるあそこを突っ切れるとでも?」

「そうだぜえ。つーか、そもそもよく逃げ切れたな。そいつ」

「女体の楽園パライソ……。嗚呼、甘美なる響き……」

「……やっぱ、お前らに協力して貰うのは間違ってたかなあ」

 ただ正直な話、悲しいかな頼りがいはゼロだった。友人らも同じく、思春期最盛期のオス

達であるのだから。

 満は思わず頭を抱えていた。皆で互いに寄せた椅子、机の上に両肘を乗せ、げんなりした

表情かおで考える。どうしたモンかとこの先を不安がるおもう


 ***


 そうさ。可能性ならずっと前から在ったんだ。ただそれを、俺自身が敢えて“視よう”と

して来なかっただけ。一度やってしまえば、もうこちら側の日常だって、何の気兼ねなしに

浸れなくなってしまうから……。

「よう。性懲りもなく今夜も覗きに行く気か? 俺からのメッセージ、本当聞いてはくれな

かったんだな」

 夜の街、女学院へと続くつづら道の途中。

 満はその闇夜に紛れるようにして、そこに居た。じっと潜んで待ち構え、案の定やって来

たその犯人の姿を見て声を掛ける。ピリッと殺気を滲ませる。

「──」

 友人だった。犯人は、昼間にも馬鹿騒ぎをした友人の一人だった。

 ガタイは良いが、その実はただのムッツリ。でもそんな気は今の時期の男子なら大なり小

なりあるものだ。満も当初は気にも留めないでいた。但し、

「欲望のままに、そんな奴まで受け容れちまうとはよ……。山上、いや“悪魔憑き”」

『ほほう? 俺が視えるってことは……“天使憑き”か。こいつは参った。こんなすぐ近く

に潜んでいやがるとは』

「そりゃあこっちの台詞だ。俺も出来ればこの眼を──近場のダチに使いたくなんぞなかっ

たよ」

 言い切るように発せられたキーワードに、明らかに反応するかつての友人・山上。

 直後その声色は明らかに禍々しく、ドスの利いたノイズに取って代わられていた。全身か

ら滲みだす気配も同時に変貌を遂げる。まるで本来の山上とは別の、邪悪な存在がそこにい

るかのように。

 返された台詞に、当の満もやや感情を露わにして語気を強めていた。カッと、見開いた右

目が金色に輝いている。その瞳越しに映った山上は、文字通り筋骨隆々とした二足歩行する

“獣”の姿へと差し替わっていた。

「……俺はあの時、あくまで『姫花が狙われているかもしれない』とだけ切り出した。全部

が全部を話してねえんだ。『昨日侵入があった』『風呂を覗こうとしたらしい。けど未遂に

終わった』そうだけ言ったんだ。なのにお前は“よく逃げ切れたな。そいつ”と言ったろ?

犯人自身は捕まって、事件の情報自体を隠したいって話だったかもしれないのに、お前は最

初から犯人がイコール逃げ切りもしたって前提で突っ込みを入れてたよな? だから妙だと

思ったんだよ。それでこいつで“視て”みたら……ビンゴだった」

 満は可能な限り、努めて淡々と語る。だが対する山上もとい獣型の悪魔は、ニヤニヤと哂

いこそすれど、悪びれる様子などまるで無かった。寧ろ自分を看破した、立ち向かって来た

この対抗勢力の尖兵に、好戦的という意味での興味を持ち始めている。

『なるほどなあ……。しくじった。確かに考えてみりゃあ、あれはあの時現場で犯人をやっ

てなきゃあ出せねえ台詞か。ははははは! こりゃあ一本取られたな!』

「やかましい! 山上は何処だ? まだ精神は残っているんだろう? 身体ごと……返して

貰うぞ?」

『おいおい……。そっちもそっちで決め付けが酷いなあ。あの女を振り向かせたい、いや、

ヤりたいと欲情してたのは他でもないこの人間なんだぜ? 俺はただ、その欲望を叶えてや

ろうとしただけだ。まあこの身体も、未だ馴染み切れてないほんちょうしじゃない分、人間如きの監視に

引っ掛っちまったんだが』

「っ──!」

 詰問、自白、決裂。

 心身の主導権が大分悪魔側に移ってしまっている。侵度Ⅱフェーズ・ツーか。このまま奴を倒しても、山

上の主人格が戻ってくるかは五分五分だが、かと言ってこれ以上侵食を許せばもう二度とあ

いつは助からない……。

「まあ、それはいいや。それよりも見逃してくれよ。天使おまえ悪魔おれも、人間を介してでなきゃ

あ、こっちの世界に干渉一つ出来ない者同士。ここでお前の器をぶっ壊されたら、困るのは

そっちだろう?」

「黙れ! 明らかにヒトへ害を成している以上、似た者同士も何もあるか! そういう台詞

は……俺に勝ててからにするんだな!」

 何よりお前は──姫花あいつを弄ぼうとした!

 スッと満は、叫びながら懐から十字架状の小型ナイフを取り出した。刀身部分にも細かい

文様が刻まれた、ただ凝っただけではないナイフだ。

 その切っ先を彼は次の瞬間、自身の掌へと一閃。飛び散った血が、空中で一斉に輝きを放

ち始め、彼の全身を包んでゆく。

『はははは! 言うねえ! じゃあ実際に、証明して貰おうじゃないか!』

 次いで山上──獣の悪魔の側も。彼は嬉々として吼えながら、左目に宿る赤黒い炎を瞬く

間に全身へと延焼させていった。満と山上、二人の人間うつわがそれぞれに契約を交わした“相棒”

へと主導権をスイッチさせる。

『──』

 はたしてそこに立っていたのは、金の長髪白眼、金の部分鎧を身に付けた優男だった。バ

サッと軽く片腕を振るった所作に合わせて白い翼が羽ばたく。霧散して、光の粒子となって

漂う。

 一方で悪魔の側も、文字通りその名に恥じない異形へと姿を変えていた。元の山上の姿は

完全に失われ、満が権能の眼で視た通りの筋骨隆々──赤黒い体毛をした狒々のような怪物

としての正体を露わにする。


 片方は義憤いかっていた。もう片方は嗤っていた。

 数拍の沈黙、睨み合い。だが次の瞬間、およそ常人には反応し切れないほどの速度で、満

の肉体を借りた天使は光の粒子達から二対四対六対。合計八本の輝く剣を形成するや否や、

同じく怒涛の勢いで飛び掛かる、この狒々型悪魔と激しく衝突し──。

                                      (了)

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