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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-102.May 2021
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(3) 技能論

【お題】脇役、才能、星

 それは何の変哲もない、日常の一齣。

 大きな変化が訪れるでもない、緩やかな一時ひととき


 内海は放課後、いつものように友人である天野の部屋に上がり込んでいた。彼が日頃買い

溜めてある漫画を読んだり、スマホを触ってソシャゲの日課デイリーを回したりする。当の天野も天

野で、ベッドに座り込んだまま携帯ゲーム機に齧り付いて睨めっこ。お互い特に熱を入れて

集中するでもなく、只々ぼんやりと余暇の時間を消費する。

「──なあ、天野」

「うん?」

 内海が沈黙を破ったのは、ちょうどそんな最中だった。暫く淡々と、単行本の頁を捲って

いた折、ふいっと隣で胡坐を掻く友人を見上げて話し掛ける。

「最近の漫画とか小説にさあ、よくあるじゃん。“スキル”とか“ステータス”とか」

「そこまで最近なのかは知らないけど……。それがどうしたの?」

「いあ、こういう自分の才能っつーか素質みたいなのが、現実リアルでも予め判るようになったら

便利だよなあって……。お前もそう思わねえ?」

「……数値化が難しいから、空想の中だけに出てくるんだろ」

「お前、本当そういうとこ冷めてるよなあ……」

 最初ぱちくりと、目を瞬いてこの友人を見下ろしていた天野は、ややあってそう素っ気な

回答こたえを寄越してジト目。対する内海も内海で、彼のそうしたドライな反応は想定内だった

らしい。もしもの話だろ──? わざとらしくため息をついてみせるも、それを梃子に、今

度はオタク特有の“議論”へと話を広げ始める。

「だってさ? 皆が皆、前もって何に向いてて何に向いてないかを知ってりゃあ、進路とか

に悩むことが無くなる訳じゃん? 社会の側だって、分野毎に優秀な人間が入り易くなる訳

だし、トータルとしても良い方向に進むと思うんだよ」

「……」

 しかし内海のそんな主張に、天野は気持ち目を細めたまま頷きはしなかった。ゲーム機の

手を止めてまで、暫くじっと考えを巡らせているようだった。脳裏に浮かんだ映像や記憶、

それらを何とか言葉に落とし込もうと試みる。

「うーん……。そう都合良くいくとは思えないんだけど」

「えっ? 違うのか? お前はそういうの、否定派な方?」

「否定派って言うと強過ぎるけどね……。僕は寧ろ、余計に拗れるんじゃないかなって。内

海の考えるそれって、皆が平等に自分のスキルとかステータスを見れるって前提でしょ?」

「ああ。確かに話によっちゃあ、確かめる方法が限られてるってのもざらにあるけど……」

「技術自体が特殊とか、プライバシーの問題とかね。まあそこはいいや。僕が言いたいのは

さ? その話には大事な部分が抜けてるってこと」

「大事な……部分?」

「うん。内海のそれは、要するに“効率”重視じゃない。その数字にする基準とか、スキル

のレア度をどう決めるのかにもよるんだろうけど、そこと実際の需要? 回りが一致するか

どうかは怪しい訳で……。例えば医者とか警察とか、居なくちゃ困るような仕事に就く人が

足りなかったらどうする?」

「あっ」

「もし適性が複数あったら、そいつはどれを選べばいい?」

 漫画を開いていた内海の手が、ずるりとズレかかって止まった。一つ、二つ。順繰りに指

を立てて指摘してくる天野に、彼は何も反論が思い付かない。

「そりゃまあ、もしもの話だから細かいことまで考えてたらキリが無いんだろうけど……。

人の向き不向きなんて、そんな単純に絞れるものでもないんじゃない? 仮に手持ちのスキ

ルの中で、一番レベルが高いとかレアな方を優先するにしたって、選ばれなかった方の職種

はそれだけ優秀な人材を余所に取られてゆく訳でしょ? そんなのが重なれば、結局効率も

何もあったモンじゃないよ。トータルで見ればさ? 奪い合いになる。ただでさえ今でも、

○○は良いけど●●は駄目、みたいなマウントばっかりだし」

「……。うーむ」

 内海はすっかり黙り込んでしまった。自分が投げ掛けた話の手前、苦々しい表情かおをしつつ

も彼の言葉を邪険にする訳にもいかない。キレ返して有耶無耶にしてはならない。

「やっぱお前は……悲観的なんだよなあ」

「否定はしない。というか、内海が楽観的過ぎるんだよ。そもそも才能の有る無しと、本人

のやる気は別問題だろ? 楽しければ、下手でもいいじゃないか」

「──」

 言って、この友人の目が静かに見開かれてゆくのが見える。天野は表面上やれやれと、肩

を竦めるように言い返していたが、その実自身の捻くれ根性が好きではなかった。……こい

つの、内海がそんな話を持ち出してきた理由も何となく分かる。

 最初は皆、好きだからやっていた。興味があって、特に考えずに手を伸ばしていた。

 だけど、究めようとすればするほど、上には上がいて。どれだけ自分が“努力”した所で

敵わぬ相手やら真似出来そうにない技術が在って。

 こんなに苦しむならいっそ、報われないならそもそも、始めなければ良かった。もっと他

に、自分と相性の良い分野フィールドがあったんじゃないのか? 苦しまずに済んだんじゃないのか?

もしそういうものが予め判っていたら、僕らは最短で辿り着ける。最適解だと知れていれ

ば、人生の少なくない期間を棒に振ることもない──。

「……悪ぃ。面倒臭い話だったな」

「いいよ。空想としては面白いんだし。現実リアルに実現して、ディストピアにさえならなければ」

 ばつが悪そうに言葉を切った内海に、天野もフッと苦笑わらって流した。実際そういう作り話

が一定数売れている以上、何の力も権限も持たぬいち高校生がとやかく言う筋合いはない。

敢えてやるのなら、それは難癖というだけのものだ。

「やりたいからやってるっていうのは……何だかんだで最強だからなあ」

「だねえ。どうしても続けば続くほど、しがらみって増えてしまうものだから……」

 そもそもああいう物語の主人公達は、寧ろ“主人公”になりたくなくてあれこれスキルを

駆使するといったパターンが多い。オンリーワンの力で無双するよりも、小さく纏まって穏

やかに暮らしたい──やはり現代の人間は疲れ過ぎているんだと思う。

 哀しいかな、だからこそ人によってはそんな生き方・願望が“軟弱”だと非難されるし、

哂われる。殊更矛盾をあげつらう。空想の内側でも外側でも、やっていることは変わらない

という訳か。逃げ道・捌け口も許さず「一つ」に押し込みたがるこの圧力は、確かに今既に

在るディストピアって奴なのだろう……。

「まあ、詰まる所“読者はそんなことまで考えない”で片付くんだけどね。あれこれ面倒だ

と感じる時点でそもそも手には取らないし。そういうのが厭だから、こういう話に飛びつく

んじゃない? 僕らみたいな考察野郎の方が異常なんだよ」

「ははは。言ってくれるじゃねえの。……だが実際、そうなんだろうなあ」

 止めだ止め! そうとでも言いたげに、内海はパタンと手にしていた漫画を閉じると、よ

うやく益体の無い思考をぶん投げた。

 楽しみ方は人それぞれとはいえ、モヤモヤと考え過ぎては何の為の娯楽だろう。そういう

ものならば、元々そんな毛色で編まれた分野がある。任せておけばいいし、気が向いたら手を

伸ばしてみるくらいでちょうど良い。何でもかんでも「現実」では疲れるのだ。

 叶わぬ願いだからこそ、空想として留め置けるのだとも言える筈で……。

「──そういやお前、さっきからずっと黙ってるな?」

 次の瞬間だった。

 内海がふと、思い出したように“こちら”を見遣ってきて言う。天野も座り込んだベッド

の上から、彼の視線の動きに倣っていた。音も無く、部屋の窓からぼやっと染まり始めの夕

焼け色が差し込んでいる。

「悪ぃな。退屈させちまったか? ……そっか」

「だったらよ? お前は……どう思う?」

                                      (了)

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