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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-116.July 2022
76/249

(1) ネオダイバー

【お題】過去、真、幻

 “ASアズ”──近年登場したフルダイブ型バーチャル空間は、若~青年層を中心として瞬く

間に広まった。元々は大規模VRMMORPGとしてリリースされたタイトルだったが、そ

の自由度の高さからゲームとしてだけではなく、交流目的で登録しているユーザーも多い。

まさしく現実とは別の、もう一つの“別世界”として確立したと言っても過言ではないだろ

う。地域や国、物理的な距離は勿論の事ながら、性別や民族、文化の違いといった垣根すら

超えて、人々にアバターを通した“もう一人の自分”を提供し続けている。


『──そうは言っても、所詮はゲームでしょう? のめり込み過ぎは危険ですよ』

『ネット空間はあくまでネット空間。特に若い人達には、きちんと地に足をつけて現実の生

活を送って貰わねば。こちらとあちらが逆転してしまっては困る』

『実際、既に相当数の依存的ユーザーが、AS内には存在していると言われています。政府

は速やかな対策を講じるべきではないでしょうか?』


 とはいえ、急速にある種の社会インフラとなった反発は、少なからず一面のムーブメント

として未だ根強い。こと既存のオールドメディアに属する知識人・文化人などは、折につけ

てはその危険性を指摘。批判の種とすることが多かった。良くも悪くも現実、目の前の生の

実体が全てだとの信仰ぜんていを持つ者達にとっては、やはりこの手の変化には違和感が先立ってし

まうのだろう。

(……分かってるよ。糞が)

 そんなメディアが流す番組を、当のAS内で視聴している人物がいた。コミカルなギョロ

眼をした、二足歩行の狼型アバターを使っているユーザー・クドーだ。目の前の空間に指先

でちょろっと、小さめの画面を出し、映像・音声を視ている。中の、素の口調がぽつりと出

たようで、その纏う雰囲気は少しばかり剣呑になった。尤も、辺りを行き交っている他の大

部分ユーザーは、そんな彼のことなど気にすら留めていなかったが。

(現実がクソゲーだから、こっちに通ってるんだろうが。本当、この手の連中は末端の人間

ってモンを解ってねえっつーか何つーか……)

 ふうと小さく嘆息をつき、画面を閉じる。ASにまで来ておいて、わざわざ外のニュース

に目を配らせるのも無粋だろう。少なくとも自分にとっては、此処は現実から切り離された

“別世界”だ。滞在中ぐらいは、自由気ままに過ごしたって何も悪くはない。

(……さて、今日は何処辺りを行くかなあ? クエストやデイリーを消化するか、それとも

未踏エリアを開拓するか……)

 クドーはいわゆるソロプレイヤーだ。インした日によってゲームの本筋を進めたり、進め

なかったり。レベルや職業など、典型的なRPGの概念こそあれど、基本プレイヤーは何を

どう遊ぼうが自由というのがASの売りだ。実際、攻略などのガッツリとしたゲームプレイ

は完全に横に置き、専らアバターチャット用として使っているユーザーも多い。

 今や当たり前。だがそんな事実を念頭に、現在いる都市マップに行き交う者達をぼんやり

と眺めて思う。NPCを含め、はたしてこの街──“世界”には一体どれだけの人がいるの

だろう? 数えたこともないが、皆アバターというガワを着て“演じて”いる点を除けば、

此処は間違いなくもう一つの現実セカイなのだ。

 戦いを重ねて強くなり、更に危険な冒険へ。

 商才を発揮し、人と人の、人と物の仲立ちをする。関わり合いの中で楽しさを見出す。

 或いはそもそもそんな“ゲーム”に浸るのではなく、あくまで“現実”のいち延長線上の

ツールとして。住む場所も違う、時には素性すら知らない者すら同士が、此処では簡単に知

り合える。誰にも邪魔されることなくお喋りが出来る──。

(ま、俺には関係ねえや)

 ただクドー自身は、そういった“煩わしさ”が厭で、ASを利用しているという側面が強

い。攻略も普段の交流も、誰かとの協力が義務的になって押し付けられて。結局現実の日々

と同じように疲弊していては、何の為のゲーム、異世界ファンタジーなのか分かったもので

はない。故に基本、独りの自由気ままなプレイングに徹している。或いは彼自身、心の底で

願ってきた、理想の近似形なのかもしれない。


「いらっしゃいませ~。あら? クドーじゃない。暫くぶり」

 とりあえず今日は、埋め途中のマップへ行ってみることにする。その前にクドーは、街の

一角に居を構える他プレイヤーの店へと足を運んでいた。回復アイテムなどの残りが、少し

心許なかったからだ。

「……暫くぶり」

 白と薄緑を基調とした、ファンタジックな商人風衣装の生産職プレイヤー・マリカ。利用

初期から何のかんのと縁があり、すっかり顔を覚えられてしまっていることに改めて内心鬱

陶しさを感じつつも、彼は彼女から向けられる営業スマイルに最小限の反応でもって答えて

いた。と言っても、次の瞬間にはすぐ陳列棚の方へと移動し、今回入用になるであろう品物

を見繕い出す。

「今日は攻略? 悪いけど、ポーション類がここ何日か高止まりしてるのよねえ。薬草類な

ら、もう少し安く出来るけど」

「いや、即効性がないからパス。悠長にリジェネし切るのを待ってる暇はない」

「だったら臨時でもパーティーを組めば? ソロだとキツい場所は多いよ~? 実際、最前

線はギルド単位で進むのが前提の難易度ばかりだからねえ」

 マリカ曰く、その高値傾向の理由も、先日とある大手ギルドがあちこちで大量の買い付け

を行ったからだという。

 十中八九、現状AS内の開拓最前線のガチ攻略。その為の下準備であろう。

 クドーは特に感情を荒立てて反応はしなかったが、内心なるほどと嘆息を吐いていた。他

人の行動が、不特定多数の誰かに有無を言わさず影響を与える──現実リアルでも厭というほど味

わわされてきた、クソゲーのクソデーたる所以。

「まぁだからこそ、こういう時こそ生産職あたしたちみたいなプレイヤーにとっては稼ぎ時なんだけど

ね? 勉強させて貰えるよ。何だかんだで、此処も人が関わる以上“現実”な訳だし」

「……」

 お互いの関係性にもよるが、基本AS内において相手の素性を探るのはご法度と云われて

いる。クドーのように、現実リアルに何かしらの不満や不足を感じ、こちらに入り浸っているプレ

イヤーも決して少数派ではないからだ。ただ一方で、彼女のように、あくまで向こうと此処

をきっちり使い分けている側も確かにいる。

 そう言えば以前、それとなく聞かされたことがあったっけ。マリカは現実リアルでは幼少期、あ

まり裕福ではなかったために、夢であった“お店屋さん”を長らく諦めてしまっていたと。

それがASに誘われ、生産職という形で叶ったのだと。

「こっちは、その分余計に金を払わなきゃならん訳だが……。とはいえ、背に腹は代えられ

ねえけど」

 記憶の片隅。密かにふるふると首を横に。

 クドーは陳列棚から目当ての回復及びバフ系のポーションを幾つか取り出し、会計を済ま

せた。「まいど~♪」代金を受け取り、マリカはにかっと笑う。予定以上に財布の中身が減

ってしまったが、まあ狩りをしていれば貯まるだろう。この辺りは、現実リアルと比べて大分有情

だよなと改めて認識する。

「いらっしゃいませ~」

 そしてほぼ入れ替わるように、別のプレイヤー達が店に入って来た。装備と挙動からして、自分よ

りはまだ低ランクだろうか。インベントリに先ほど買ったアイテムをしまい込みつつ、クドー

はちらりと横目に思考を巡らす。マスコミはあんなに、機会があればディスっているとい

うのに、新規参入者は今も尚着実に増えていっている。

(ざまあなのか、そうでもねえのか。俺はソロだけど、ユーザーが増えればその分トラブル

も増えるだろうしなあ……)


『──! ──!!』


 ちょうど、そんな時である。ふと店の外が騒がしくなった。マリカや先ほどの客達もちら

っと窓の外、大通り側を覗き込むように視線を巡らし、クドーも窓硝子越しにその正体たる

一団を認める。

「さあ、行くぞ! 目指すはハイラット高原、三層目のボスだ!」

「準備も万端。一番乗りは俺達だ!」

「問題は、道中の消耗をどれだけ抑えられるかだね……」

「……レイジ。声が大きい」

「ははは! 英雄は目立ってこそ! 凱旋する時に顔を覚えて貰わなければ!」

 爽やか金髪と線目、メタリックブルーの重鎧を着込んだプレイヤーを中心とした、おそら

くは攻略メインで動いている面子らしかった。

 軽装弓・猟兵スカウトの自分とは正反対。背中の大剣からも、聖騎士パラディン系列か……。クドーはプレイ

ヤーとしての癖も手伝い、気付けば内心で分析を始めていた。周りの仲間達も、前衛系戦士

から魔術師、回復役まで一通り揃っている。大体三十人前後といった所だろうか。ギルドと

しては小さいが、パーティーと呼ぶには大所帯過ぎる。

「“ライジング・サン”のレイジね。ここ最近、頭角を現してきたギルドよ。規模こそ小さ

いけれど、バランスが良くて、攻略組の常連にも食い込んできてるわ」

「へえ」

 マリカが客達の様子を視界に捉えながら言った。正直興味はなかったが、クドーも小さく

反応を返しておく。規模こそ小さい──AS全体のユーザー数を考えれば、やはりあれでも

下から数えた方が早い部類になるのか。実際に攻略をメインに据えているユーザーは、その

半分いればいい方だとは思うけれど。

「いいわねえ。若くてエネルギッシュで。ついて行ってる仲間達も楽しそう」

「歳バレるぞ……。というか、こっちでの姿で人間性を評価してどうする。こういうゲーム

のガチ勢ってのは、基本現実リアルじゃ頭のネジがぶっ飛んでる破綻者だろ」

「そ、それは言い過ぎじゃないかしら……?」

 自分の発言がブーメランになっているのは重々解っている。それでも何か一つ二つ、あの

エンジョイ・ウェイ系の連中に、批判的にならずにはいられなかったのは己の僻みか。或い

は彼らの“先”に待っているであろう瓦解を思って虚しくなったからか。

「悪ぃ。ちょっと長居させて貰う。あんな陽キャどもと同じ空気を吸ったら死ぬ」

「別に構わないけど……本当あんた、最初会った頃から変わらないわよねえ」

 盛大に気苦労──嘆息を吐いて、クドーは店内の壁に背を預けた。マリカは苦笑わらってそう

漏らす。後から来た客達は、一方で関係なく、めいめいに会計を済ませては一人また一人と

帰って行った。

 自覚はあったが、ソロを自称しながらも、何のかんのと言って彼女のような面識のある相

手に頼ってしまっている自分がいる。クドーはそれを酷く中途半端だと思った。外の大通り

ではまだワイワイガヤガヤと、レイジ達の気配が続いている。彼ら単体ではなく、もしかし

たら他のギルドも追随しようとしているのかもしれない。

(──ん?)

 だがそんな“此方”での思索を、やはりなのか現実リアルが邪魔をする。

 先刻、自分が眺めていた分がアルゴリズムに反映されたのだろう。ピロンと押し付けがま

しくシステム項目にニューストピックが追加され、正直プレイ中いま見たくはないそれがクドー

の目に飛び込んで来てしまった。


『フルダイブ型サービスでまたもや事件』

『プレイ中のゴーグル剥ぎ取り、意識不明。プレイヤー同士の人間トラブルか』

                                      (了)

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