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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-115.June 2022
72/257

(2) カルマ=マルカ

【お題】残骸、玩具、アルバム

 無味とした昏い海の底から、ゆっくりと自身の身体が浮き上がってゆくイメージ。或いは

断絶した意識の先に、とうに自分は倒れていて、最初に知覚したのは口の中に入り込んでき

た砂の味。土埃に塗れたまま、独り荒野の只中に突っ伏していた現実。


『──』

 はたして、何時からそうしていたと云うのか?

 途切れていた意識、肉体との繋がりをはたと取り戻し、彼はおもむろに起き上がった。尚

も頭がぼうっとしている。だが何故か……為すべきことは解っているような気がした。ずっ

と過去から、繰り返し言い付けられてきたかのように思えた。


 “どうかこの世界を、人々を、救ってください”


 英雄。漠然とした概念と、一向に思い出せないその言葉の主。愛しい人だったか、敬い慕

う人だったか。許せない押し付けだったか、他ならぬ自分の意思か。

 むくりと身体を起こし、立ち上がった辺りに広がっていたのは、酷く人気の薄い廃墟の中

だった。……いや、そもそも何処で目を覚ましたかすらも、個々人によって全く違っていた

のだと後に判る。


『俺は、谷の中にいたな。殆ど墓場みたいな感じだったが』

『水辺でした。と言っても湿気が凄いし、妙に靄が掛かっていて、結局遠くまで見えません

でした。とにかく此処を離れなければ……と思って』

『何処かの病院らしかった。診察台の上に寝かされていたな。目を覚ました時には、人っ子

一人見当たらなかったよ。とにかく不気味だった』

『私の場合は、そもそも明確な“場所”ですら無かったよ。何もない空間から、急に裂け目

が出てきて強引に吞まれたかと思ったら、一面森と草原で──』


 共通して言えることは、皆“前に進む”ことしかほぼ選択肢が無かった点か。ともかく不

気味だと、事情を知っている誰かはいないだろうかと、目覚めた場所から歩き始めて放浪の

旅を続けてきたらしい。

 当然ながら、それ故お互いに求めている答えを持っている者はなく……。


『まあ、これも何かの縁だ。宜しく頼むよ』

『悪いが……すぐにあんたを信用する訳にはいかないな。此処に着くまでも、頭のおかしい

化け物やら何やらに散々襲われてきたんだ。それとも後ろから刺さないっていう保証が、あ

んたには出来るのかい?』

『そうでしたか……。いえ、駄目で元々で話しかけてみただけですから。お互い、妙なこと

に巻き込まれてしまいましたね』

『そうかい。まあいいさ。よくは分からんが、こっちに来てから妙に身体が軽くてな。あん

な化け物や狂った人間相手でも、落ち着いて対処すればぶち殺せる。……こんな得物やら鎧

兜なんざ、着けてた記憶は無いんだがなあ』


 どうやら自分達は、生まれながらの戦士ないし呪文使いらしい。姿背格好、思い出した己

がバックボーンはまるで違うが、皆何かしらの護身手段を持ち合わせているようだ。

 彼──この鎧騎士姿の青年も、同じく若干嬉々として語る目の前の中年男を見つめつつ、

確かに“妙”だとは思っていた。振るう剣、捌く盾。どれも身体が覚えていたかのように手

馴れていたが、記憶からは違和感ばかりが訴え掛けてこられる。何より他人──たとえ既に

見てくれや精神が異形と化している相手であっても、淡々とこれを返り討ちにして平然とし

ている己の感性に正直驚いている。困惑している。


『何がどうなってんだかな……。しかしあれだ、この辺一帯は色々と“歪んで”いるな』

『あ、いや、襲ってくる化け物たちの事じゃあない。時間というか、空間というか……。地

面には大昔レベルの遺跡やら何やらがゴロゴロ転がってるし、埋まってるのに、かと思えば

そういう時代の人間やら何やらが普通に今もうろうろしてるっぽいんだよ。ホント、どうな

ってんだか……』


 何もかもが判然としないままだった。手掛かりは自分の足で探すしかなく、その道なりで

異形達は執拗に襲ってくる。ぽつん、ぽつんとあちこちにたむろしている所に出くわし、或

いは先に気付かれて攻撃を仕掛けられる──るしかないと、一つまた一つと亡骸を積み上

げてゆく。

 それとも、早々に自分自身がその一角に加わった方が、まだ楽だったのだろうか?


 先人の遺跡が埋もれる大地、汚染されて久しい毒沼。かと思えば今尚荘厳な城塞都市に突

き当りもするし、そもそも明確に「何」と形容出来ないような場所──差し詰め異空間とで

も呼ぶべき箇所があまりにも多過ぎる。

 迷い人らの一人、鎧騎士姿の青年もまた彷徨を続けてきた。人殺しやサバイバルの経験・

知識こそ集まってゆくが、肝心の事情すら未だ把握し切れていない。時折正気の残っている

人間や迷い人仲間(?)にも出くわすが、何時しかお互い積極的・能動的に関わり合いを深

めようとしないことが暗黙の了解となっていった。

 理由は単純。信用するか否かを判断する為の材料探しと、それに見合うリターンが見込め

ないこと。何より気を抜けば自身も、ひいては相手の命運すら、吹けば飛ぶような殺伐とし

た世界であったからだ。


『──はっきりとは分からん。ただ、どうもこの世界、あちこちで誰かの“未練”が悪さを

しているように俺には思えてならないんだよ。実際ズレている地域一帯、そこに関係が深そ

うな奴を助けたりぶち殺したりすると、化け物達から何やらが大人しくなるんだ。そもそも

一旦暫く離れると、もう二度と辿り着けなくなる……なんてパターンもあるらしい』


 それがひいては、あの時から脳裏に焼き付いている“この世界を救う”ということなのだ

ろうか? 多くがその旅の中、殺戮や日々の生存に汲々とする中、尚も放り出されたこの現

実と向き合おうとする者達も残っている。抗おうと必死な姿が在った。

『──』

 実際問題、それ以外に選択肢は無さそうではあった。少なくともこの青年にとっては、他

の先人らと同様に“狂って”ゆくことを未だ認められずにいたからだ。

 自分は何者か? 此処は一体何なのか?

 一繋がりなようで、まるで別々に好き勝手に動く、継ぎ接ぎだらけで異質な領域達……。


『嗚呼……そうだ。俺はこの為に生きてきたんだ。あいつらの代わりに、俺が成し遂げてや

らなきゃならないんだ……』

『もう、どうしようもねえんだよ! 何もかも全部! こんな中途半端になるぐらいなら、

せめて終わらせてやるのが人情だろうが!』

『違う! 違う! 私はそんなのじゃない! 私は私……。私は此処にいるの……偽物なん

かじゃないの……!!』


 なのに、結末達は決まって悲劇的で。真実を知って狂う者達と彼は何度も出会った。別れ

を繰り返した。その多くが死であった。取り返しが付かなかった。

『──』

 血や摩耗に汚れた剣を、地面に突き立てたまま、杖のように己を支えてぐっと跪く。深く

沈み込むように俯いた兜の面貌も、同じく繰り返された悲劇らによって穢されている。

 放り投げられた海、地平、廃墟。或いは虚無。

 何処かで予感はしていた。だけども明確には認めたくなかった。意識してしまえば、表層

に上げてしまえば、今度こそ自分も同じように狂ってしまうのではないか? と。よもやそ

んなことに、自分という存在が遣わされた──巻き込まれたなどと。


 果たされなかった思い、数多の“未完”の物語。それら放置された世界は、一体何処へ往

くというのか? 居場所は在るのか? そもそも存在する、存在“していた”意味は?

 他の迷い人、同じいち探索者が紡いだ言葉を借りるならば、此処は創造者が放棄した物語

達の掃き溜め──必要なピースも、何もかもが揃わず、しかし埋めることさえ為されなかっ

た世界らの流れ着いた先。膨大な歳月と堆積の末に、混ざり合った坩堝。

 ……“歪んで”いて当たり前だったのだ。それ以前に、尚もこうして存続していることす

らも奇跡に近い。或いはそれだけ遺された者の、完結しなかった者達の無念が強過ぎた故と

評すべきなのだろうか?

 最早「自分」達は消える。能動的に生きることすら、存在していると別個に認識すること

すら叶わなくなった果てに、その意志を誰かに託したかった。

 どうか、本来のそれではなかったとしてもピリオドを。この世界にエンドマークを──遣

われた迷い人らは、そもそも出自など無かった。過去バックボーンなど無かった。必要すら無かった。只

々欠けたピースらを埋める為に、何処からとも知らず引っ張ってきた、代役の演者キャスト。未練を

果たして貰うべく呼び掛け続けた言葉は、何時しか彼ら自身が抱く使命感──強迫観念と言

う名の刷り込みへと変わっていった。


 各々のまばらな記憶。収拾され切れなかった数多の記録。

 そもそも始めから、穴あきだったのだ。整えられたそれは存在しなかったのだ。

 なのに世界に、その“未完”の舞台に遺された者達は望んだ。完成された未来があった筈

だと、夢を見て夢を強いた。ある意味それは、足掻き抗うさまという点で、既に放置されな

がらも十分に“人間的”であったのかもしれないが……。

『──』

 故に、彼は慟哭する。一人の迷い人が、血塗れの剣と鎧と、屍の上に片膝を突いたまま、

ようやく自身の全てに気付く。気付かざるを得なくなった。かつて弄ばれた者に、弄ばれて

いただけだったのと。ヒトならざる叫びを、心の内から漏らし、多くの者達がそうであった

ように吐き出す。辛うじて保っていた使命感すら、狂気の中へと消えてゆく。融けて虚数の

揺り籠へと還ってゆく。


 ピリオド。少なくともまた一つ“結末”は完了した。

 しかし果たされた未練も、往々にして悲劇の内ならば。痛みと嘆きに違いないならば。

 記録達は尚も、広大な大地に埋もれている。深い水底へと沈んだままだった。一度砕けて

しまったそれらは、傷んだままで戻らない。

                                      (了)

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