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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-115.June 2022
71/257

(1) 被害者

【お題】花、告白、最悪

「西園さん。ずっと好きでした。俺と付き合って下さい!」

 その日杉内は、一世一代の決心をして臨んだ心算だった。このまま残りの高校生活を、己

の気持ちに嘘を吐きながら過ごすのが耐えられないと思ったからだ。

 放課後、意中の彼女をこっそり中庭に呼び出し、想いを伝える。叶わずとも構わないと覚

悟はして来た心算だった。

 サワサワと揺れる、一際大きな樹の梢。

 その下で、杉内と向き合った彼女は──少し驚いたような表情かおを見せて目を丸くしていて。

楚々とした雰囲気とセミロングの黒髪が揺れていて。

「……ごめんなさい。私、そういうのは……」

 だがもじもじと、ややあって返ってきたのは、そんな拒絶の言葉だった。杉内もギュッと

口の中で失意を噛み締めるも、そうだよ予想通りじゃないかと自身を戒める。

「そっか……。突然、呼び出してごめん」


 結果は見事玉砕。

 杉内本人は努めて何もなかったかのように、そもそも告白に動いたことさえ周囲に悟られ

ないよう立ち回ってきた心算だったが、翌日には仲の良い友人達に勘付かれていたらしい。

 クラス教室に登校し、朝のホームルームが始まる前、彼らは杉内にコソコソと話し掛けて

きた。周りの他のクラスメート達も、雑談に花を咲かせていたり、そもそもまだ来ていなか

ったりする。互いに身体を寄せてスクラムを組むように、即席の密談スペースを作ってニヤ

ニヤと笑う。

「よう。昨日は……ばっちり振られたみたいだな?」

「!? な、なんでそんな事──」

「おいおい。俺達は小学校からの仲だぜ? 様子を見てりゃあ分かるって」

「っていうか、そういう返しをした時点で、自白してるようなモンだろ」

「う……」

 最初こそ焦り、慌てて隠そうとしていた杉内だったが、すぐにそれも無駄だと悟った。何

より付き合いの長いこの二人なら、別に話しても良いだろうと思ったのだ。……実際の所、

失恋のショックを誰かに愚痴りたかったのかもしれない。

「ふぅん。西園芽依をねえ」

「いやまあ、分かってたけどな? 気があるな~ってのは。だけどもお前、流石に難易度高

過ぎだろうよ。クラスはおろか、学年トップクラスの美少女をよお」

 少なくとも周りには聞かれたくない。なので引き続きコソコソと、杉内はこの友人らと自

席でスクラムを組んだまま打ち明ける。

 ちらっと外側を、教室内を二人は別々に見遣った。当の本人はずっと向こう──ほぼ最前

列に近い席に一人座り、静かに本を読んでいる。座っているだけでも綺麗だなあ。杉内はぼ

んやりそう思ったが、いやいや未練ありありだろうと思わず頭を振る。ニヤニヤと、二人が

そんなさまを見逃す筈も無く……。

「何だよ。結構まだへこたれてねえじゃん? 何ならもう一回アプローチしてみっか?」

「いや、無理だろ……。はっきりと断られてるのに、そんな真似したらストーカー扱いされ

て終わりだぞ?」

「どうかね? そういうのって要するに、女の側が気持ち悪いって思うかどうかだろ? ほ

ら、誰だっけ? 何年か前に、ほぼストーカーみたいなことしていたけど、結局その相手と

結婚できた俳優」

「あ~……。いたなあ」

「結局、イケメンなら大抵何やっても許されるんだよ。だから俺達は許されない」

 世知辛いなあ。友人の一人が言い、もう一人が苦笑わらう。実際そういう面が拭えないものだ

から、杉内も苦笑いを零さずにはいられなかった。

 こいつらは長身だけどガタイが良過ぎて怖い、並みだけどやや太り気味。

 そして自分は……良くも悪くも普通だ。少なくとも自己評価は。高身長というほど背丈が

あるでもないし、かと言って太ってもいない。親に言わせれば線目の、大人しい部類で手が

掛からなかった子。人畜無害、という奴なのだろうか?

「まあ、どうせ無理だとは分かってたよ。それでも……やらずに後悔することはしたくなか

ったんだ」

 彼女とは、去年からクラスが同じだった。図書室にもそこそこ顔を出し、面識ぐらいはあ

る筈だと踏んでいたのだが……そこから好意云々に跳んでゆくのは流石に無理があったのだ

ろうなと反省する。

 改めてしんみりとし始めた杉内に、この友人二人はどちらからともなく互いの顔を見合わ

せていた。自己完結、卑下。そこまで明確に言語化出来てはいなくとも、彼が諦念という形

で自分に言い聞かせようとしていることぐらいは解る。

「だから、ええいままよ、か」

「物は言い様だけどな。結局、駄目だったで後悔してるじゃん」

「うるせえなあ……」

 杉内はムッとする。ただ二人のそれが、敢えて茶化してきているものだとも解っていた。

同じようにしんみりとしてしまっては、話が感情が、そこで止まってしまうから。間を繋が

なきゃいけないから。

「──」

(やべっ!?)

 と、次の瞬間、ふと当の芽依本人がこちらに視線を向けているのに気付いた。広げていた

文庫本から目を離し、何ともなしに後方を見つめている。慌てて杉内が、二人が彼女から視

線を逸らしてスクラムを組み直したからか、程なくして彼女も再び読書に戻っていった。或

いはそもそも、振り返っただけでこちらを見ている訳ではなかったのかもしれないが。

「ふう……。やべえやべえ」

「ちょっとドキッとしたな。あ、これ両方の意味で」

「うるせえよ」

 そうなんだよなあ。何気ない仕草が、一々可憐というか、何というか。それでいて、普段

から優等生で通っているし、他の女子達に比べてやいのやいの騒がしくないし。

(……参ったなあ。これから先、どうすりゃいいモンか。もう下手に、顔を合わせることす

ら出来ねえぞ……?)

 ただ友人らの言葉通り、どのみち後悔──頭を抱える結果になるのは同じだった。

 何時ものように、努めて彼らの悪ノリに軽く乗っかる。しかし杉内の内心は、決して表面

通りに戻る訳ではなかった。


 恋は盲目だとよく云う。

 それは即ち、相手に“幻想”を抱いているということだ。昔馴染みなどでもない限り、あ

るかどうかも分からない自分の理想を相手に押し付け、都合の良いようにセカイを薔薇色に

染め上げている。或いはそうあって欲しいと、幻に浸ることを愉しんでいる。

(あ~……疲れた。あの店長、急にシフト変えてくれ言いやがって……。こちとらまだ学生

だっつってんだろ……。ん?)

 それは、玉砕から数日後の帰り道に起きた。杉内が独り帰宅中、悶々とバイト先での疲れ

に脳内で文句を垂れていると、ふと見知った顔らを道の向こう見つけたのだった。

 通り掛った先、歩いていたのは繁華街へと続く大通り。

 その一角に軒を構えるファミレス、窓側席に、他でもない芽依が座っていたのだ。既に食

事も進んでいるのか、テーブルの上には何皿かの料理が平らげられていたり、まだ残ってい

たりする。

(あれは……E組の白河と黒江か。何で西園さんがあいつらと……?)

 だが杉内が気になったのは、そんなことではなかった。同じテーブルの向かいに、彼女以

外にもう二人、別クラスの女子が一緒に座って何やら雑談していたのである。

 彼自身、直接面識がある訳ではない。だが人伝に聞く話や、いわゆるギャルっぽい服装や

ら何やらを見るに、この二人は彼女とは対照的──およそ清純派なキャラとはかけ離れた人

物だとは知っていた。そういう女子達だと、前々から認識していたのだ。

 なのにどうして? 杉内は内心戸惑う。

 彼女が、この二人と一緒に、しかもそこそこ親しげにお喋りしているだなんて想像すらし

ていなかった。大人しそうな見た目をしていたのに、意外にも交友範囲は広いのか……?


 ***


「へえ……。メイってば、また告られたんだ~。えっと?」

「同じクラスの杉内君」

「すぎ? 誰だっけ?」

「多分、図書室でたまに一緒になる男子だったと思う。線目ってぐらいしか印象になかった

けど。特に仲良くしていたって記憶もないし……」

「へえ。なのに告ってきたんだ? 結構図太いじゃん。どんだけ自惚れだよ~」

「まあまあ。メイは見た目、あたし達と違って清楚系だからねえ。勘違いする男は結構多い

んだよ。で? 結局返事はどうしたの?」

「断ったよ。そんな、意識も何もしてなかった人から突然言われても、困るだけだし……。

正直タイプでもないし」

「あっはっはっ! 言うね~。いっそ本人にズバッと、そう言っちゃえば良かったのに」

「そうそう。下手に気を持たせると、逆に図に乗っちゃう馬鹿もいるからねえ。メイも気を

付けなよ? なよっとしてる系は、そこが怖いからなあ」

「……そんな度胸のあるような人には。まあ、そこまで知らないんだけど」

「あっはっはっ!」

「でも一応、暫く用心はしておきな? 向こうも向こうだけど、気まずくはなるっしょ?」

「うん。ありがと。時々、ちらちら様子は見てるっぽいしね」

「え~! マジ~? 未練たらたらじゃ~ん!」

「愛されてるねえ。ふふ、流石はウチらのモテ筆頭!」

「や、止めてよお……」

 わいわい。只でさえ幾つものグループの雑談が飛び交う店内で、彼女達は先日の出来事を

雑談の種にしていた。まさか窓の向こう、道の反対側からその杉内とうにんがこちらの姿を認めてい

るなど、知る由もなく。

「……まったく、気持ち悪いったらありゃしない。被害を被ってるのはこっちなのに……」

                                      (了)

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