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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-112.March 2022
60/258

(5) 感じ方

【お題】音楽、輝く、ヒロイン

「タケ君、フェス行こう? フェス!」

 同棲もといルームシェア中の彼女・陽咲ひなたに、武洋はそう突然告げられて振り返った。決し

て広いとは言えないアパートのリビング。読んでいた漫画本を片手に、声の飛んできた方向

に顔を向けると、そこには既にずずいと至近距離に迫る彼女の笑顔がある。

「……ライブ?」

「うん。来週の日曜日。チケットはもう取ってるよ。あ……。嫌だったら、他の友達と行く

から。ミッチとか、リコとか」

 言いながら、スマホの画面を見せてくる陽咲。それでも反応一番、こちら側の表情を一目

見て、すぐに語気は弱まりかけた。探るような、フォローを付け加えるには遅いんじゃない

かと思われる代替案。相手の意向を尊重しなければといったポーズ。

「ここに書いてある通り、感染対策はキッチリして許可も貰ってるって。あたしもタケちゃ

んも、先月四回目済ませてるしさ?」

「そうだね。ここ暫く、イベント自体が許されないって空気だったからなあ」

 正直な所、武洋はあまり気乗りはしていなかった。嫌いな訳ではないが、彼女とは対照的

にインドア派だという自覚がある。数年前に端を発した新型ウイルスで世界中が混乱に陥っ

た中でも、寧ろ大手を振るって家に引き籠れると先ず安堵したぐらいだ。とはいえ、周囲に

合わせて動く──求められる予防策や、抗体薬ワクチン接種などは既に生活の一部と言ってもいいほ

ど取り続けている。

 だが……こと彼女のように、元々活動的な人間達からすれば、この数年はとても窮屈な世

の中だったのだろう。屋内ライブではなく野外フェス、一応の思案はしつつも、大好きなプ

ライベートすら咎める声が少なくなかった。罹っている訳ではないのに、まるで“戦犯”の

ような扱いを時には受ける。

 一パーセントでも可能性があるなら、止めろ。

 常識的に考えて分からないのか?

 お前らの好き勝手で、こっちが迷惑するんだ──。

「……分かった。都合つけとくよ」

「本当!?」

「ああ。でもヒナも、当日まで体調管理は怠らないこと。熱があったりしたらそもそも入れ

て貰えないだろうけど」

「分かってるよ~。運営側むこうに迷惑は掛けられないもん。じゃ、そういうことで」

 だから武洋は、彼女からの誘いを受けることにした。何だかんだこいつとも、長い付き合

いだ。性格こそ対照的ではあるが、それでもある種ぐいぐいと外の世界へ引っ張ってくれる

言動に、自身救われてきたという面もある。何より……恋人からのデートの誘いだ。突っ撥

ねるも無粋だろう。「ありがとね? タケちゃん」返事一つでそんな屈託のない笑顔を見ら

れるのなら、安いものだ。

 小躍りしながら、スマホ片手に奥の部屋や引っ込んでゆく陽咲。早速当日着てゆく服でも

選ぶつもりだろうか? 武洋も再び漫画の続きを読み始めようとするが、中々どうして一旦

途切れた集中力と没入感は取り戻しづらい。

(……俺も、体調には気を付けとかないとなあ。ヒナとは違って、そこまで出歩くのに耐性

がある訳じゃないし……)


『皆~! 今日は来てくれてありがと~う!』

『俺達の歌を聞いて、今日は存分に楽しんでくれ!』

『イェーイ!!』

 当日、野外フェスの会場では複数のバンドが、それぞれのステージでファン達への演奏を

繰り広げていた。彼らにとっても、ようやく災禍続きの日々から光明が見えてきた中での公

演、パフォーマンスを発揮できる場でもあるのだろう。陽咲ほど詳しくはないが、武洋もそ

んな開放感は垣間見ることが出来ていた。周囲の他の客──彼・彼女に混じって叫ぶ、傍ら

の恋人の横顔が、本来の生気を取り戻したようで嬉しい。

『~~♪』

『──!! ──!!』

 そこからは、アンプを通した爆音の大行列。

 会場内に複数の歌声と演奏音が響き渡り、人々のテンションはあっという間に頂点へと達

していた。彼女に連れられて何度か来てはいるが……相変わらず凄い熱量である。武洋は改

めて自身の“場違い”感にうずうずとしながらも、一方でその周囲が放つエネルギーに感化

されてゆく自分を自覚していた。一通りイベント終わった後、帰宅後にまたどっと反動が襲

ってくるのではあろうが、直に肌で感じ、一体化する──やはりネット越しでは体験出来な

い空気感ではあるよなとつくづく思う。

「~♪」

 何より……傍らの陽咲の為なら。そのストレス発散の為なら。

 じんわりと汗すらかき、それでも笑顔を咲かせて共に歌い、跳ねている姿を見ているとこ

ちらまで嬉しくなる。言い換えればそれだけ、ここ数年の自粛ムードが抑圧的だったという

ことでもあるのだろうか? その横顔を視界に捉えながら、武洋は思う。

 自分にとっては音楽というより、とかく爆音として入ってくるこれも、彼女達にとっては

全く違うものとして取り入れられている訳で……。鋭敏、性格、興味関心。人それぞれだか

らと言ってしまえばそれまでだが、正直独り気持ちが折れそうになる。多分楽曲を、ワンフ

レーズ毎に咀嚼しているのか、少なくともこの場ではノリというかテンションに委ねて楽し

んでいるかといった違いなのだろう。どちらが良い悪いといった話ではないのだ。

 ただ、群集心理という奴は厄介なもので。

 自身のいる場所、環境によって結局は如何様にも変わるとはいえ、往々にして“少数派”

となった上で浴びる眼差し・空気感というのは人に鬱積したものを蓄えさせるのだろう。好

みの娯楽しげきであろうと、疫病に対するスタンスであっても……。

「♪ 楽しいね、タケちゃん」

「……うん。来て良かった」

 ぱあっと弾けるように笑い、不意にこちらへ表情かおを向けてくる陽咲。

 武洋は嘘を吐いていた。こちらは微笑を繕っていた。

 少なくとも、彼女の為にはなっている──その点では嘘ではない。だが本心は? 女々し

くも付いて来たことを悩み、どうしても“耐えて”いる部分を否定できない。彼女の笑顔、

愉しみを優先し、自分の心を二の次にしている。額面では“我が儘”だと形容して──。


 ***


 だからという訳ではないのだろうが、はたして“追撃”は後日遅れてやって来た。フェス

の帰り道『は~、スッキリした~。また来ようね?』と彼女に振られ、曖昧に濁すしかなか

った武洋は、その日スマホを触っている最中に見つけてしまったのだった。


『先週末に××市でフェスがあったらしい』

『え? 馬鹿なの? 感染拡がったらどうすんだよ』

『でも野外なんだろ。流石に主催者側もノーガードな訳ないだろうし……』

『今までの、余所の例があるからなあ。正直、個人的には信用ならない。アーティスト側が

当日に何かやらかしても、事前に撥ねるって難しいぞ』

『演劇とか、舞台関係もすっかり中止中止ってなってるしねえ』

『あと飲食店とか観光地とか』

『元々陽キャを前提に経済を回してたってだけじゃん。何で●●●禍を機会に、もっと変え

られなかったんかなあ?』

『年寄りばかりで頭が凝り固まってるんでしょ。私も、呑みニケーションとか廃れてくれと

は強く思う』

『まあ、無理だろ。そもそも一時あそこまでヒステリーに自粛自粛ってなってたのも、感染

したら即生命に関わるのが上の世代にゆくほど強かったからってのもある』

『今は逆に、そういうのに対する逆張りが目立つもんね。俺達の青春を奪うな! って』

『××のフェスも?』

『いや、流石に全部一括りにするのは乱暴』

『主義主張云々より、純粋に楽しみたいって奴は多いだろ。ただ特定分野が狙い撃ちにされ

過ぎてたってだけで』

『でもゼロには戻らんよなあ……。どうせ関係ない奴らが燃やすんだろ? 知ってる』


 日付と場所。間違いなく先日陽咲と行った音楽イベントだった。ざっとスワイプしてみた

限りは、まだ全体の空気として批判される向きではなかったようだが、誰かしらのコメント

のように槍玉に挙げられる可能性はぐんと高まった。書き込まれた──目を付けられる余地

が現実として存在すれば、それこそ一パーセントでも油断は出来ない。そう思う。

「……」

 スマホ画面をそれとなく掌で隠しながら、武洋はキョロキョロと部屋の中を見渡した。

 幸い、当の陽咲は留守のようだ。そう言えば今日は終日シフトだったっけ……。自分が悲

観的に過ぎるのかもしれないが、彼の安堵は束の間だった。たとえ今この場で見出しを目撃

されていなくても、出先でチェックしているかもしれない。彼女も彼女なりに、思う所が出

てくるかもしれない。

 臆病ではない。沸々と武洋は怒りが込み上げてきた。結局は難癖ではないか。

 自分のインドア気質は別にいい。元より“自粛”には慣れている。

 でも彼女は? 彼女が苦しみ、悩むなら。万一観客イコール感染者せんぱんの烙印を押されてしま

うようなら、俺は──。

                                      (了)

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