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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-102.May 2021
6/257

(1) デバッ愚

【お題】消える、悪、湖

「──はあ? 女神様だあ?」

 大学構内のカフェテラスで、一人の青年とその友人が話をしていた。ちょうど次の時限が

始まった所で、辺りの行き来はぐっと減ったように見える。

 そんな一角で、彼から打ち明けられた奇妙な体験談に、この友人は最初素っ頓狂な声を漏

らしていた。片眉を上げ、半ば哂おうとさえした。

「おいおい……。冗談なら、もっとネタを選んで……」

「ほ、本当だって! 俺は見たんだよ! それに、その時に貰った実物もあるしな」

 当の青年自身も、そういった反応は織り込み済みだったのだろう。この友人が話を切り上

げようかとするのを見て、彼は懐からスマホを取り出した。しかも一台ではない。普段使い

と見られる物と──これに瓜二つな“金色”と“銀色”のスマホの計三台である。

「これは……」

「ああ。お前、D湖って知ってるか? 西南通りの外れに雑木林があるじゃん? その中に

結構デカいのに、地元の人間以外は殆ど知らないって穴場があるんだよ」

 曰く、彼が不思議な出来事に遭遇したのは、その知る人ぞ知るスポットに足を運んでいた

時だったという。元々釣りが趣味で、時折湖畔や川辺を巡っていた彼は、その日耳に挟んだ

その湖で一人釣り糸を垂らしていたのだそうだ。

「で、ヒットするまで暇なモンだから、片手間にスマホを弄ってたんだけどさ……。その、

つい手が滑ってポロリと……」

「落としたのか」

「ああ……」

 正直、やってしまったと思った。一応普段からバックアップは取っているとはいえ、ガッ

ツリと水浸しになってしまえば、本体の買い替えは避けられない。いち学生の身分では、手

痛い出費となる──筈だった。

「でもよお。そうしたら出てきたんだよ、綺麗な女の人が。こう、水の中からザバーって。

で、俺が驚いて腰抜かしてると『貴方が落としたのは、この金のスマートフォンですか? 

それとも、この銀のスマートフォンですか?』って訊いてきたんだよ。……そそ、この二つ

な。最初何がなんだか分からなったけど、落としたのはいつも使ってたスマホだし……。な

モンで、いいや違うって答えたら『正直な貴方には、三つ全てを差し上げましょう』って言

われたんだよ。三つとも押し付けられた。あ、確かめてあるけど、水被ってた筈なのに全然

動きはするぜ?」

 身振り手振り。この青年が必死に、何とか信じて貰おうと捲し立てる体験談に、対する友

人の方はと言えばやはり懐疑的であった。もう片眉ではなく、眉間に深く皺を寄せて、示さ

れたこの友のスマホをぺたぺたと触っている。その時押し付けられたという金のスマホも、

銀のスマホも、確かに間違いなく動く。掌に感じる重さも……おそらくは本物だ。

「……まるで“金の斧と銀の斧”じゃねえか。おとぎ話の」

「だろう? 俺も思ったよ。よりにもよって日本で。しかもこんな地方の、どマイナーな湖

でときたモンだ」

「そうだな。これだけ精巧に似せてあるのを見せられちゃあ……あながちお前のほら話とも

言い切れないよなあ。少なくとも、お前にこんな技術力ねえしな」

「お、おう……」

 暫くためつすがめつした後、この友人は金・銀一色のスマホを含めた三台を青年の前へと

返した。当の本人も本人で、そんな真顔で何気にディスられても碌に反論できず、おずおず

と懐にしまいかける。

「……なあ。どっちかでいいから、一台要らねえか? 中のデータは勿論消してからにする

けどよ。流石に、同じのを三つも貰ってもなあと思ってさ……」

「要らねえ。つーか、用件はそれかよ。そんな胡散臭いモン、受け取る訳ねえだろ」

「ハハ、だよなあ……」

 青年は乾いた笑いを浮かべつつ、しかして当てが外れたと言わんばかりに落胆しているよ

うに見えた。この友人も内心で思う。物理的に三台も要らないというのもそうだが、確かに

そんな経緯で押し付けられた物を、手元に置いておきたくはないだろう。

「……なあ。これから時間空いてるか?」

「? ああ、次は昼の二こま目だから……。何で?」

 故に軽く確認してから、彼は席から立ち上がった。友たるこの青年も、頭に小さな疑問符

を浮かべながらこれを目で追う。

「おいおい。話を持って来たのはそっちだろう?」

「その湖まで案内しろよ。お前の言う、女神様とやらに会ってみようじゃないか」


 かくして二人は、取っていた授業もそれとなくサボりつつ、件の湖まで足を伸ばしてみる

ことになった。何度か訪れている青年が先に歩き、舗装されてこそいないが人の行き来で出

来たとみられる緩い山道を登ってゆく。

「ほら、ここだ。結構デカいし、綺麗だろ?」

 今日は釣り道具も持って来れちゃいないが──彼の言うように、確かに林を抜けた先に開

けていたのは、淡いエメラルドグリーンに染まった大きめの池だった。文字通り街の喧騒か

らは切り抜かれたように、辺りはしんと静まり返っている。時折ホーホーと、姿の見えぬ鳥

や風の息遣いが聞こえてくる程度である。

「……こんな所があったんだな。確かにこりゃあ、意図して来ないと分かんねえや」

「へへ、だろ? ここなら邪魔はされねえし、そこそこ良い魚も泳いでるし……。っと、釣

りの話じゃねえな。俺が目撃したみたのは……あの辺だな」

 ザク、ザクと低い草木を踏み分けつつ、二人は池沿いのとある一角へと進んだ。先日青年

が遭遇したという、例の女神様(仮)の出現地点だ。

 しかし当然と言うべきか、今はそんな非日常の存在はおろか、彼ら以外の人影は綺麗さっ

ぱり見当たらない。やはりほら話なのではないか? とさえ思わされる。

「流石に居ねえか……」

「居たらもっと、ネットとかに情報が出てるだろ。ま、だからこそ来てみたんだけどさ」

 辺りを見渡しつつ、当時の記憶を引っ張り出して不安そうになる青年。

 その一方で、この友人はおもむろにその場に屈み込むと、ややつっけんどんに答えながら

地面を眺めていた。やや遅れて、頭に疑問符を浮かべる彼にも構わず、一個手頃な石の塊を

拾い上げる。

「? 何する気だ?」

「出発する前に言ったろ。確かめて……みるんだよッ!」

 するとどうだろう。この友人は手にしたその石塊を、軽く振り上げて湖の中へと投げ込ん

だのだ。ダパンッと鈍い水音がし、二拍三拍と沈黙が降りる。波紋が広がる。

『──』

「あっ!?」

 次の瞬間だった。直後、湖が白ばんで輝いたかと思うと、水の中から純白のローブに身を

包んだ金髪の女性が目を瞑ったまま現れたのである。

「こ、この人だ! この人だよ、間違いない!」

「……ふむ。本当に出て来やがった。お前のほらじゃなかったんだなあ」

 青年の方はやや興奮し、自分の目が記憶が間違っていなかったことに安堵。一方でこの友

人の方は、目の前で展開され始めた出来事をじっと“観察”するように見上げている。

『貴方が落としたのは、この金の石ですか? それともこの銀の石ですか?』

 努めて淡々とした表情と定型句。この友人の目には、突如としてこの自分達の前に現れた

女神様(仮)が、およそ生き物の類であるようには見えなかった。それよりはもっと──機

械的というか、ファンタジーな女性の姿をしたシステムであるかのような。

「……。いいえ、普通の石です」

 だからこそ、彼は当初の予定通り答えていた。正直に、自分が放り投げたのは今ここで拾

ったただの石ころだと。

『正直な貴方には、三つ全てを差し上げましょう』

 はたして、その答えを受けて女神様(仮)は金の石と銀の石を含めた三つ全てを返してく

れたのだった。ゴトンと水辺に落ちる重量感、思わず見下ろす青年。その間に彼女はそっと

目を瞑ると、再び湖の中へと消えていった。驚き、戸惑っている彼の横から、この友人は新

たに手に入れた金と銀の石を拾い上げる。

「な、なあ……。それ……」

「ああ。正確に測らないときちんとしたことは言えねえだろうが、多分本物だな。見てみろ

よ。こっちの普通の石と、まるで重さが違う」

 何度か掌に乗せ比べてみて、この友人は確信に似たものを抱いていた。おっかなびっくり

に、同じように受け取って確かめてみる彼の方も、動揺を隠せないままこの三つの石同士を

見比べている。

「──」

 そして幸か不幸か、二人はこの時結局気付けずに終わったのだった。

 遠く雑木林の向こう、物陰から、一人の近隣住民らしき中年女性にその一部始終を目撃さ

れていたことに。


(ふふふ……ふふふ……!! これで私も大金持ちよぉ~ッ!!)

 最初目撃者である彼女は、この友人が“試して”みていた、金の石と銀の石をそのままそ

っくり利用しようと企んだ。翌日、他の誰にも尾けられていないことを確認しながら、一人

いそいそと湖に到着。あの時と同じように手頃な石を拾い上げ、淡いエメラルドグリーンの

水の中へと投げ込んだ。するとやはり、輝く女神様は同じように現れては、問う。

『貴方が落としたのは、この金の石ですか? それともこの銀の石ですか?』

「いいえ、普通の石です! 私が落としたのは、ただの石ころです!」

『正直な貴方には、三つ全てを差し上げましょう』

 ヒャッハー! 目論見通り、彼女はまんまと金の石と銀の石を手に入れた。掌に乗せた際

の重さもずっしり。少なくとも、元々の石とはまるで違う。

 これで私も億万長者──しかしそんな彼女の目論見は、換金を果たすすぐ手前で挫かれる

こととなる。刻印が無かったからだ。採掘元や品質の表示も無い、およそこの手の取引に縁

遠そうな中年女性の来店ということで密かに怪しまれ、彼女は敢え無く偽造の罪で当局に逮

捕されてしまったのである。


「ただのほら話だと思っていたのだが……。ふむ? まさか実在するとはのう。クク、これ

は随分と都合が良い……」

 それから暫くして、湖を訪れたのは一人の中年男性だった。小さな会社を経営している彼

は、業務で出た大量のゴミをトラックで運ばせて持ち込み、あろうことかこの淡いエメラル

ドグリーンの水中へと放り投げたのである。

『貴方が落としたのは、この金のゴミですか? それともこの銀のゴミですか?』

「然様。金のゴミだ」

『……嘘吐きな貴方には、何も差し上げるものはありません。立ち去りなさい』

 新聞の片隅でこの湖の現象、及び偽造罪で捕まった女性のことを知った彼は、寧ろその失

敗例を利用することを考えた。敢えて嘘を吐き、投げ入れたものを含めて没収して貰うこと

で、場所も費用も取られる自社のゴミを実質“処分”することに成功したのだった。

「ふふ……。これはいい場所を見つけた。やはり何事も、頭を使わないとな?」

 どっさりと持ち込んだゴミの山は、その目論見通り綺麗さっぱりと消滅した。その結果湖

が汚れるでもなく、只々女神を模した何かによって持ち去られただけだ。


「な、何をするんだい!? あんた誰だい!? あたしは家に帰るんだよ! 浩史のお小遣

いをあげなくちゃいけないんだ!」

「五月蠅え、このババアが! 息子の顔も忘れた癖して、何であいつだけ……!」

 かくして──“湖の女神”の噂は噂を呼び、いつしか道中の雑木林には訳ありの悪巧みを

狙う者達が行き交うようになった。認知症が悪化し、最早自分の息子すら判らなくなった老

婆を、この当の本人たる長男が無理矢理力ずくで引き摺っている。怒号に怒号を返して、堪

忍袋の緒が切れている。

「ぎゃー、ぎゃー! 人殺しー! こんなこと、お天道様が許さ──ごぼぼぼぼッ?!」

「黙れっつってんだろ! さっさと沈め、この糞アマ!」

 彼はもう、年々凶暴になってゆく母に手が付けられなくなっていた。既に彼女が原因で夫

婦仲は最悪となり、仕事にも支障が出ている。……“処分”しなければ。そんな時風の噂で

耳にしたのが、この湖だった。

『貴方が落としたのは、この金の御婦人ですか? それともこの銀の御婦人ですか?』

「ああ。金のバ──お袋だ。返してくれ」

『……嘘吐きな貴方には、何も差し上げるものはありません。立ち去りなさい』

 そうして、自ら実の母を湖に沈めた彼は、現れた女神に嘘を吐くことでこれをまんまと没

収させた。ニヤリと、女神の去り際に口角を吊り上げ、ようやく目的を果たせたと邪悪な笑

みを浮かべて清々する。


「ほら、行くわよ。いっせーのーせっ!」

「せーのーせっ!」

 或いは人知れぬ深夜、邪魔になった夫を殺害した妻とその愛人が、密かにその遺体を処分

しようと訪れたりもした。夜闇に紛れるように黒服に身を包んだ二人は、必死になってもう

動かない一人の人間を湖へと沈める。例の如く光り輝く女神が現れ、問い掛ける。

『貴女が落としたのは、この金の御主人ですか? それともこの銀の御主人ですか?』

「はい。金の夫です」

『……嘘吐きな貴女には、何も差し上げるものはありません。立ち去りなさい』

 はたして隠蔽は成功したように思われた。妻だった女が、ほぼ即答したその答えにピシリ

と冷たい面持ちになり、女神は元夫の死体ごと全てを何処かへと持ち去ってしまう。

「ふ、ふふふ……。馬鹿な奴ね。これで私達の仕業だと、誰も証明できなくなった」

「ああ。それはそうだが……。本当にこれで良かったのか? 聞いた話じゃあ、結構此処の

噂も広まってきてるらしいし……」

「良いのよ。大体、こうしてもう捨てたんだから、後戻りなんて出来ないでしょ? 警察だ

って此処の話を知ってたとしても、こんなデタラメなもの、証拠に使えやしないんだし」


 他にはもっと、大規模かつ計画的に悪用する者達まで現れた。湖の噂を知り、実際に利用

したという他人びとの情報を得て、とある事業を秘密裏に起こしたのだ。

「む、むごご、ごご?(こ、此処は、何処)?」

「ばんばんばよ? ぼればびっだい、だみぼ(何なんだよ? 俺が一体、何を)……?」

 目隠しのマスクと揃いのボロジャージ、両手足の手錠。夜すっかり日が落ちた後、彼らが

連れて来られていたのは、やはり件の湖だった。周りには警棒を片手にした強面のスーツ姿

の男達と、リーダー格らしいサングラスの優男が立っている。

「答える義理は無いね。私達はあくまで“委託”されただけだ。君達のような“役立たず”

な若者を、社会の為に始末する──」

 多かれ少なかれ、その物言いに自覚する所でもあったのだろうか? 彼のあくまで飄々、

淡々とした言葉に動揺し、逃げ出そうとする者達もいたが、すぐさまスーツ姿の男達に制圧

された。警棒で滅多打ちにし、抵抗力を削ぐ。叫ぶ者は口に捻じ込み、寄って集って封じ込

めを図る。

「……ああ、厳密には違うね。別に若者だけとは限らないか」

 さて、始めよう。リーダー格の男は本当についでと言わんばかりに付け加えた後、そう軽

く手を叩いていつもの“業務”を始めた。スーツ姿の男達が一斉に水辺へと移動し、拘束し

た今回の“処分”対象を次々に放り込んでゆく。

『貴方が落としたのは、この金の人々ですか? それともこの銀の人々ですか?』

「そうだ」

『……嘘吐きな貴方には、何も差し上げるものはありません。立ち去りなさい』

 はたして例の如く、湖の女神は嘘を吐いた彼ににべなく答え、差し出そうとした金に輝く

人々も、銀に輝く人々も引っ込めて消えてしまった。場には重く不気味な夜闇と、拘束され

ていた者達をごっそり丸々“片付けた”優男一行のみが残されている。

「業務完了。さあ、オフィスに戻るとしようか?」


 ***


「──おいおい、おいおいおいおいッ!! 誰だよ、あんな傍迷惑なモン造ったのは!」

 時を前後し、件の湖とは全く違う場所。そもそも人々が暮らす惑星ほしからすらも遠く離れ、

超越した何処か。

 無機質に統一され、幾つものディスプレイが並ぶとある室内に、一人の構成員らしき人影

が飛び込んできた。黒と鈍色のパワードスーツを全身に纏っており、人相などは全く判別で

きない。顔と思しき部分に走る、縦長の発光部分が濃い紫に明滅しているだけだ。

 ディスプレイの前で作業をしていた、他の同じくこのパワードスーツ姿の面々が、何事か

といった風に振り向いた。ぜぇぜぇ……と、最初の人物が暫く肩で呼吸を整えてから、再び

怒り共々抗議の声を撒き散らす。

「うちの廃棄領域ダストシュートに、馬鹿みたいな量のゴミやら地球人が落っこちて来たぞ!? 死んでる

奴も、生きてる奴までいる! 俺にどうしろっていうんだよ!?」

「は、はあ」

「そう言われましても……」

「でも、自分らの造った実験道具ツールではありませんし……」

 とはいえ、訴えられた当の面々はまるで無関心だった。少なくとも「五月蠅いなあ」ぐら

いの感覚で、すぐにでもめいめいの作業・タスクに戻ろうとしている。

「ったく……。またあいつだな!? 他人のフロアに処理経路組み込むなとあれほど……。

おい、すぐに回線繋いでくれ。あの“ヘルメスもどき”を撤去させるんだよ!」

                                      (了)

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