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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-112.March 2022
57/257

(2) ナイトヴェール

【お題】昼、最強、役立たず

 ……そいつは、厨二病なんていうレベルじゃない。

 他人事のように笑っていられやしなかった。ずっとずっと、誰にも話せず、隠しながら生

きてゆくしかないと思っていた。


 そうでなければ、僕は──。


「おい、只野ただの! お前、また間違ってるじゃないか! 一体何度やったら気が済むんだ!?」

 とあるオフィスの一角。この日も上司からの叱責が伴之へと飛ぶ。呼び立てられた時の声

色、相手の機嫌が悪そうな表情かお。彼はビクッと全身を強張らせ、ああ……やっぱりと思った。

席の上に叩き返された書類に視線を落とし、やれる事と言えば、急ぎ修正と平謝りぐらい

である。

「す、すみません……。あと……只野やのです」

「ああ!?」

 だというのに、妙に余計な一言を入れてしまう。ツッコミが衝いて出る。

 それが、この冴えない痩身のサラリーマン・只野伴之という人物であった。突き返された

書類を受け取りつつ、そんな要求ことばも差し違えるものだから、上司の方もこめかみの血管を更

に浮き立たせていた。吐き捨てるように却下する。

「どっちでも良いだろうが、そんなこと。文句を言う余裕があるんなら、仕事の一つや二つ

キッチリ仕上げてみせろ!」

「は、はい~!」

 わたわた。

 案の定、反撃されて自席へと飛んで戻ってゆく只野。そんな彼と上司のやり取りを、同じ

部署の面々はそっと息を潜めて聞いていた。観察してみていた。もう何十・何百回と繰り返され

た光景だ。内心ではめいめい、またかよ……とのげんなりが拭えなかった。ただでさえ強面

な彼の機嫌を、どうしてああもピンポイントで損ね続けられるのだろう?

(……大変だね。只野君)

(まあ実際、一生懸命さに結果が伴ってないからねえ。ある意味才能かもだけど)

(部長も部長だよ。解ってるなら、別の人に任せればいいのに……)

(サンドバックなんでしょ~? ほら、タダノンって頼まれたら断れない系だし)

 そんな中、フロアの端側の席にて、二人の女性社員がひそひそと話をしていた。一人は小

柄で大人しそうな、黒髪のポニーテール。もう一人はお気楽そうに笑う、やや茶髪めのボブ

ヘア。あくまで只野が一人“集中砲火”を受けている現状を、この隣席の同僚は救う気も憂

う心算も無いようだった。

(だとしても、皆無茶振りし過ぎだよ。明らかに一人で捌けるような量じゃないし……)

 前者──この大人しそうな女性は、それでもひそひそと囁きながら、そう同僚かれの立場を憐

れんでいた。たとえ自分の関わっている業務とは違っているにしても、周りのやっているこ

とは殆ど苛めみたいなものではないか。『後よろしく』そうぶん投げて、先に帰ってゆく先

輩社員らの姿も何度か目撃している。

(なぁに~? 日向ひなたって、タダノンみたいななよっとしたタイプが好きなクチ? 止めとき

なよ~、巻き添え食らうよ~? 男は甲斐性って云うしさ~?)

(ち、違っ……!)

 なのに、誰もそんな現状に一石を投じようとしない。心地の悪さを、全部彼一人に押し付

けて“他人事”にしてしまっているのだ。この友に至っては、寧ろこちら側の真剣さを、尚

も茶化す方向で弄り倒してくる。彼女──日向は、頬をカァッと赤らめつつも、叫びそうに

なるのを堪えていた。


『……やれやれ。こっちでは都合が悪いんだがなあ』


 脳裏に過ぎる、一月ほど前の記憶。

 そういう意図じゃない。たっぷりと日が沈んだ街、ネオンの影に溶けながら、颯爽と自分

を助けて去って行った“彼”の姿と声──。

「おい、宮園! 泉! 無駄口を叩いてる暇があったら手を動かせ!」

「ッ!?」

「は、はい。すみませ~ん……」

 だがこの時も、彼女は悠長に構えていられはしなかった。程なくして、未だ虫の居所が悪

い部長からの矛先を向けられ、隣の同僚と揃ってPCの前にへばり付く。



(──あっ)

 昼間、そんな事があったからだろうか?

 時刻もすっかり午後を回り、窓から差す陽が茜色を濃くしてきた頃、日向は自販機の置い

てある休憩スペースでばったり只野と出くわしたのだった。向こうも向こうで、ちょうど缶

コーヒーを取り出したまま固まっている。

「あ。えっと……」

「泉です。同じの庶務の」

「あ、ああ……。うん、泉さん。大丈夫、大丈夫……」

「……」

 もしかしなくても、覚えられていないようだった。先月の記憶が再三ダブったが、あの時

の彼とは似ても似つかない。日向は若干苦々しい作り笑いを返し、空けてくれた彼に代わっ

て自分の分を買う。最近入った、紙パックのフルーツオーレだ。

(うーん。私の気の所為だったのかなあ? 声や背丈は、間違いなく只野君だったと思った

んだけど……)

 距離を取り直し、きゅぽっとストローを刺して飲み始める。彼も彼で、同じくこちらの様

子を窺いながら──緊張しながらプルタブを開けていた。思えばお互い、さっさとこの場か

ら立ち去ってしまえば良かったものの……。

「只野、君?」

「! は、はい!」

「その……部長達にあんなことされてて、嫌じゃないの? パワハラだよ? 我慢していた

って、限界ってものが……」

「はは。ありがとう。でも、僕がポンコツなのは事実だから……。昔っから、何やっても上

手くいかなくってさあ。今度こそはって、思っていたのもあるんだと思う」

 だから、そうまるで自分を励ますかのような返事をする只野に、日向は尚更見て見ぬふり

をしたままではいられなかった。たとえそれが──純粋な親切心ではなく、他でもない自分

の居心地が悪くなるからだという動機だとしても。空けたコーヒーをちびちびとやりつつ、

只野は束の間の小休止を取っている。

「……目を付けられてるってのは、解ってるよ。でも、性分だからなあ。部長も部長で、仕

事は出来る人なんだよ。ただ、うちの会社、事務量が鬼のようにあるからさ……」

「う、うん……。それは常々……」

 だからだというのか? 仕事の多さ、ストレスを、彼らが自分にぶつけてきている。それ

は“仕方のない”ことだとでも言うのだろうか? 日向は正直モヤッとした。

 確かに付け入られてしまう側も悪い、なんてことは正当化する際によく使われる屁理屈だ

けども、そういうものは総じて“理不尽”と呼ぶ筈なのだ。筈なのに、何故この人はそこま

で卑屈なのだろう? ぶつけられるものを見境なく、受け入れてしまうのだろう……?

「それでも。只野君がボロボロになっていい理由には──」

 ちょうどそんな時だった。

 正義感、同属嫌悪。モヤモヤとした気持ちを抱えたまま何とか彼を諭そうとした直後、当

の本人のスマホに着信が入った。画面を一瞥し、こちらから隠すように身体の向きを変えて

話し始める。「もしもし」「ええ……はい。分かりました。すぐ向かいます」そう長くない

通話を終えると、彼はスマホをスーツの内ポケットにしまいながら苦笑わらう。

「ごめん。急用が出来たから、この辺で」

 受け答えする暇もなかった。或いは返事すらさせない、早々に話を切ってしまいたかった

という本音があったのかもしれない。

「──」

 足早に自販機前スペースを出て行った彼の後を、日向は暫くの間ぼうっと眺めて突っ立っ

ていた。あんな人にさえも……。本当に“余計な真似”をした自分のことを、彼女は心底嫌

悪して俯く。



(やっばい! やばい、やばい、やばい!)

(日が落ちる……。急がないと抑えられない……!)

 かくして街は今宵も、順当に夜を迎えた。辺りは一面闇色に染まり、歓楽街やビルの明か

りなどが辛うじて人の営みを浮き上がらせ続けているのみである。

 ビルとビルの合間を、只野は“跳んで”いた。大層慌てた様子で駆け抜け、その上で大き

く空中へと飛び出していた。


 その全身に、人知れず大量の黒靄を纏いながら。


「──どうだった?」

「駄目です。見立てでは、死後一時間あるかないかって所でしょうか。流石に私でも、既に

死んでしまった人間までは……」

 夜闇に紛れた路地裏の一角。そこに五人の人影が集まっていた。

 いや、正確には生者が四人と死者一人。駆け付けた際、既に血を流して息絶えていたこの

チンピラ風の男を囲み、彼らは一様に重苦しい表情をして息を潜めている。リーダー格と思

しき、ミリタリージャケット姿の男性からの問いに、別の人物──明らかに日本人ではない

亜麻色の編み込み髪の少女が悲しそうに答える。

「これで……七人目ね」

「天誅、のつもりでしょうガ……やっている事は人殺しデス。早く捕まえなイト」

 残る二人は、妙齢の女性一人と作務衣姿の外国人男性だった。スリットの入ったドレス風

の衣装に、長く艶やかな黒髪。後者は金髪碧眼と、真対称な和風の装い──共にある意味異

彩を放つ人物だと言える。

「分かってる。だから今回は、全員召集って話になったんだろう?」

 ただ当のリーダー格の男にとっては、それも日常の光景であるらしく、気を揉んでいるの

は目下捜査中の事件の方であった。

 ネット上で“義賊”を名乗り、悪評高い人物だけを狙う殺人犯。それが今夜、また一人凶

行に及んだ。命が一つ、取り返しの付かない喪失に遭ったのだ。

「だってのに……。駒さん、何であいつらは未だ来てないんですか? 連絡飛ばしましたよ

ね?」

「只野君は、能力上仕方ないけどね」

『ああ。今向かっているとは聞いている。兵頭は……バイト中で動けんらしい』

「バイト?」

「……あんの、馬鹿。時間は空けとけって言ってるのに……。飯ならたらふく食わせてるだ

ろうがよお」

「足りないのでしょうナ。言って隊長殿モ、普段から食べさせている訳でもありまセンシ」

つかさ君の場合、こっちで働けば働くほど、エンゲル係数が爆上がりしちゃいますしねえ……」

 通信越しの六人目。彼らの指揮官たる壮年男性からの返事を聞き、リーダー格・来栖は自

身のインカムに指先を当てたまま酷い渋面を作った。スリットドレスの女性と作務衣姿の男

性、亜麻色髪の少女もそれぞれ「仕方ない」と苦笑い等を零している。

「……しゃあねえ。せめて残りの面子だけででも──」

 だが、その刹那だった。ふいっと踵を返して歩き出そうとした来栖に向かって、突如夜闇

の向こうから黒く鋭い何かが飛び出し、襲い掛かってきたのだった。しかしこれを同じく、

超人的な反射速度で割って入った作務衣姿の外国人男性・ルーカスは、手に下げていた棒状

の布包みでもって弾き返す。はらりと、布が解けて一振りの日本刀が姿を現す。

「ひゅ~。相変わらず、油断も隙も無いってか?」

「……ふざけるのも大概にして下サイ。我々はチームだということヲ忘れていませんカ?」

 全身に、不気味な黒い靄を纏った只野だった。格好は昼間と同じ黒スーツ姿にも拘らず、

夜闇を吸い取って漂うようなそれが、彼を文字通り“別人”へと変貌させている。


 凶悪で強力な、彼を“夜になればなるほど強くする”異能──。


「まだ任務は始まっていない。契約外に何をしようと、俺の勝手だろ?」

「折角日も落ちて、ようやく“代われた”んだ。少しぐらい遊ばせてくれよ」

「貴様──!」

「はいはいはい。そこまで! 伴之君もルーカスも、本気でもないのにじゃれ合うのは後に

しなさい。大体隼人が貴方に、後れを取るとでも思う?」

「ああ、そうだな。端っからマジに獲る気はねえよ。中の相棒が積極的にこっちへ来たがら

ないモンだから、調子の程ぐらいは確認しなきゃな」

「……その度ニ、それがしに抜かせるというのは、癪なのダガ」

「抜いちゃねえだろ。相変わらず面倒だなあ、その硬化能力……」

 一触即発。傍から見ればそんな仲間割れにさえ思えた光景だったが、さも心得たようにス

リットドレスの女性・雪路が仲裁に入ったことで、場は程なくして収まった。当の片割れた

るルーカスや、怪我人はないかとハラハラしていた少女の後ろで、来栖は黙したまま肩越し

にこの厄介なメンバーを見つめている。

「……遅刻だぞ、只野。日没時刻はもう過ぎてる」

「分かってますよお。でもその方が、事件はサクッと解決すると思いますがね?」

 挑戦的。来栖からの眼差しに、それでも闇を纏った只野は動じない。「エヴァちゃん。状

況は?」ちらっとこの亜麻色髪の少女・エヴァンジェリンを一瞥し、医務役としての彼女か

ら意見を請う。

「えっと……七人目の犠牲者が出ました。死後およそ一時間前後、至近距離で頭部を撃ち抜

かれています。硝煙反応や弾痕を調べれば、足跡を追えはしますでしょうが……」

「その頃には、次にターゲットにされた人間が殺されてる、か」

 ふう。事前に何度か聞いていた事件のあらましを踏まえて、只野は場の状況を理解し、静

かに嘆息を吐いた。

 任務はもう始まっている。仲間達は揃った──いや、兵頭が未だ来ていない。

「あの馬鹿、バイト入れちまってたんだよ。そんな訳で、今回はお前が索敵をやってくれ」

「了解。此処から、人の足で一時間……ある程度範囲は絞れるにしても……」

 そんなことは関係ないね!

 皆が見守る、次の瞬間だった。只野は纏う黒靄、闇を足元にぼたぼたっと落とし、暗いア

スファルトの中へと染み込ませていった。そっと目を瞑り、暫く感覚を研ぎ澄ませる。

 街の闇、人々の狭間を跋扈する暗部。

 昼とはまた別な顔を見せる街の、欲望と息遣い、めいめいに起こり降り掛からんとする物

語。或いは災い──。

「見つけた。北北西に四.七キロ。銃を持ってるし、こいつが犯人かな?」

「駒さん」

『ああ。こっちもすぐ向かわせる』

「先に行ってるよ。頑張って追い付いて来な?」

「あ、はい。お気を付けて……」

 すぶすぶと、今度は自身が足元の暗闇と同化するように沈んでゆき、ややあって完全にそ

の姿が見えなくなった。彼の異能は、およそ“闇”に関わることならば何でも出来る。応用

次第で索敵から攻撃まで、割と器用に何でもこなす。

「……相変わらず、物理法則も何もあったモンじゃねえな」

「それ、私達全員に言えることじゃない?」

「あはは」

「そういうチームですからネ」

「ならせめて、そういう体で動いて欲しいものだが」

 来栖を含めた四人が歩き出す。駒形が手配してくれる当局捜査員と合流しつつ、先程只野

が目星をつけた地点へと急行する。

「動いてるわよ。あの子はあの子なりに」

「……? そうかあ?」

「ええ。どれだけ人格ひとが変わっちゃっても、あれでいて結構繊細よ? 彼」



(──どうして、こんな事に)

 泉日向は、酷く後悔していた。ただ同僚である友に、偶にパーッといいもの食べて元気出

しなよと、半ば強引に食事に連れて行かれた帰りの出来事だった。ほろ酔い気分で、表通り

から外れた夜道を二人して歩いていた最中、突如として現れたフードを被った男にこの友人

が撃たれてしまったのである。目の前で、アスファルトに突っ伏した彼女から、赤黒い血が

どんどん流れ出ては円形を拡げている。

「榮子! 榮子ぉ!」

「……正義は執行された。その女は、これまで多くの男を誑かし、人生を狂わせてきた。報

いが与えられたのだ」

 動揺と怒り。辛うじて後者が勝ちそうになった衝動に任せ、日向はキッとこの犯人の人相

を確かめるように顔を上げていた。フードの下、ネオンの明かりが少しだけ差し込み、まる

で死んだ目をしたような男の表情かおが見て取れる。握ったサイレンサー付きの拳銃からは、尚

も白い硝煙が音もなく立ち昇る。

「確かに、榮子は男遊びが過ぎる所があったけど……昔はもっとやんちゃしていたって聞い

たことあるけど……。だからって、殺すことないじゃない! 人の命をなんだと思ってるの

よ!?」

「その命や尊厳が、ごく僅かな者によって損なわれるからだ。お前の周りにも、害悪を撒き

散らす者はいないのか?」

「──っ」

 淡々と言われて、つい思い浮かんでしまった部長達の顔。只野を日々サンドバッグにし、

顎で使う、性悪な先輩社員達。

「……どのみち、お前にも消えて貰う。目撃者は、不要」

 カチリ。改めてこちらへと向けられた銃口。元より生きては返さないという意志。

 血塗れで動かなくなってしまったとはいえ、友をこのまま見捨てて逃げるのか? 大体拳

銃を持っている相手に、一介のOLの脚で逃げ切れるのか……?

「知ってるか? その消されるべきっつー面子に自分が入っていないのは、独善って云うん

だぜ?」

『ッ──?!』

 にも拘らず、である。

 全く気が付かなかった。反応すら数テンポは確実に遅れた。それほどに自然に、あたかも

そこに居るのが当たり前であったかのように、直後この犯人の背後にぴったり、黒靄を纏っ

た痩身の男──変貌した只野が迫っていたのだった。目深にフードを被ったこの犯人は勿論

の事、日向自身も驚愕して顔を上げた。犯人も慌てて、振り向きざまに銃口を彼へと向け直

そうとする。

「ん。反応はまずまず。だが……そりゃあ悪手ってものじゃねえかね?」

「何──」

 そこからは、目にも留まらぬ早業だった。

 只野は鉤爪のように闇で覆った自身の手で、相手の得物を圧し折ると、そのままもう片方

の手で犯人の腹に拳を一撃。昏倒させる。更に日向と榮子へはこれらに先行して、同時並行

的に、付近の夜闇から伸びた触手が二人を持ち上げて早々に現場から安全な場所へと摘まみ

出されていたのだった。

 日向自身も、ぽかんとして何が起こったのか理解するのに、たっぷり数十秒の時間を要し

ていた。そこからようやくハッと我に返り、現在地──背後のビル外階段から、慌てて彼を

見下ろす。あの時、一月前にも助けて貰った礼を、そして正体を確かめたかった。

「あのっ!」

「じきに警察が来る。後は彼らの指示に従うといい」

「それと……。俺のことに関しては、黙っていて欲しい。言っても信じて貰えないとは思う

がな。何より、お互いの為だ」

「……」

 夜闇をさも当然の如く纏い、衣のように翻しつつ踵を。

 只野であって、只野ではない。

 結局日向は、その場に取り残されたまま、何一つ確かめることは叶わなかった。



「遅いですよ? もう、犯人もぶっ倒しちゃいました。犠牲者は一人、行動を共にしていた

目撃者兼生存者が一人。そこのビルの上に除けときました」

「また一人……。エヴァ、急ぎ治療を頼む。今度こそ間に合わせてくれ」

「はい! 至急確認に向かいます!」

「本当に片付けちゃいましたネ。某の出番、なかったじゃないデスカ」

「うん~? あったろ。俺の一撃を、ああも簡単に受け返したじゃないか」

「……なら次ハ、弾かれるだけでは済まなくしヨウカ?」

「止めなさい! もう……。只野君も煽らない、ルーカスも乗らない!」

「お前ら……。人が死んでるっつってんだろうが……」

 程なくして現場近辺で合流した来栖達と共に、只野は事後処理を“表”の当局捜査員らに

任せる。一応彼女には釘を刺しておいたが、それでも食い下がるようなら、彼に頼んで記憶

を弄って貰おう。当の本人は、あまり使いたがらない能力の応用わざらしいが……。

『皆、ご苦労だった。後はこちらに任せてくれ。本日はこれにて解散!』

「はい!」「ういッス!」

 異質でも何でもいい。

 事実化け物だろうが、物理法則も何もあったものじゃないが、少なくとも今は此処に籍を

置いている。このチームが居場所だ。自分にとって、絶望から救われた場所だ。

 通信越しの駒形からの台詞に、面々が答えていた。めいめいに指先をインカムに。エヴァ

が治療の可否を見極め、処理が終われば、今夜の仕事は終わるだろう。終わりにしたい。何

処ぞの腹ペコルーキーは、実質サボりやがったらしいが……。

(悪いな、泉ちゃん。日が昇ったら、相棒にまた話の続きをさせるからよ)


 あまりに生来の小心者で、他人に見捨てられるのが恐くって。

 キャパがとうに限界を超えているのは、本人が一番解っている。それでも止められないの

は、背負い込んで必死な時の方が安心するからだ。まだ“何かをやっている”状態を維持で

きるからだ。自信のない人間は、それをつけても安心できない。足りないこと、及ばないと

いう現実。それらに打ちのめされて、己を痛めつけることが当たり前になり過ぎてしまって

久しい。寧ろそうしていなければ、逆に不安に駆られてしまって。

 故に彼は生まれた。

 只野伴之という人間の中に巣食った、正反対の存在。想像の中、夜闇という境界線が曖昧

な間だけは、自信に満ちた最強の自分として君臨できる。そんな鬱屈した欲望の産物。異能

の正体。


 ──“夜侯爵ナイトヴェール”。

 それが彼の、異能揃いの面々の中にあって与えられた、コードネームである。

                                      (了)

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