(1) リセッタ
【お題】物語、台風、空
『ようこそ旅人さん。ここは●●●の町です』
一体私達が、何をしたというのですか? 私達はただ、普通に暮らしていただけです。生
きてきただけです。只々貴方の命じるままに、振る舞ってきたというのに……。
『嗚呼、何ということだ……』
『神よ……』
取り立てて大きな産業があるでもないこの町に、魔物の群れが押し寄せて来たのはつい先
日の事。まるで嵐のように、脈絡すら無い突然の暴力に、私達住民は為す術もありませんで
した。
長らく暮らし、慣れ親しんできた町の風景が、一夜にして破壊され尽くしました。見知っ
た人々も多くが怪我をし、或いは帰らぬ人となって……。瓦礫の傍らで、あちこちから皆が
嘆いている声が聞こえます。涙しつつも、それでも懸命に祈る姿が映ります。
“……どうして?”
確かにずっと以前から、この世界は危険と隣り合わせではありました。
町を囲う防壁から一歩外に出れば、地域ごとに差はあれど、魔物がうろついているような
世の中です。腕に覚えのある戦士や王国の兵士、戦える者達が定期的に駆除に勤しんでくれ
てはいるものの、根本的な解決にはなっていないことぐらいは解ります。他の生き物とは異
なった性質。そもそもの元凶だと云う、魔王の討伐──未だもって、その偉業を成し遂げら
れた「勇者」は聞いたことがありませんが。
『ずっと南にある、▼▼▼の街が攻め落とされたらしいぞ』
『西のお城も、魔王配下の軍勢に滅ぼされてしまったそうな……。恐ろしい世の中になった
もんじゃのう……』
ずっとずっと、私達は魔物も天災も、始めから“そう在るもの”だとして深く考えてはき
ませんでした。少なくともどれだけ憂いた所で、義憤った所で、いち市民の力では何も変わ
りはしません。役に立つ訳ではないのですから。
でも──何だかおかしい。そんな恐ろしい、今までとはどうにも異質な違和感が、何時し
か私を襲うようになってから暫く経ちます。
最初はそれこそ、気に病み過ぎて幻聴でも聞こえているんじゃないか? と、そう思って
いました。町の中とその近隣ぐらいしか、私達の住むセカイは無いから。そうした日常がい
よいよ壊され、無くなってしまうのではないかと、不安で堪らなかったのも事実です。
『お? 奇遇だな。俺も最近、どうも気持ちがモヤモヤしててよお……』
『時世かねえ。とうとう安心して暮らせない、そんな諦めが湧いてきているのかもしれん』
でも……町の仲間達や年寄衆、更には通り掛かった商人までもが実は、そんな感触を抱い
ていたと知った時、私は別の意味で恐ろしくなったのです。本当に偶然なのか? ただ自然
に発生した災いやら魔物の侵攻が、この世界を壊そうとしているのか? 天災ならばともか
く、魔物達は一体どういうつもりなんだ? 魔王とやらの一言で、そんな後先も考えずに突
き進めるものなのか……?
嵐だったり、火事だったり、地震だったり。
災害というものは、ずっと自然に起こるものだと考えられていた。或いはヒトの理解の及
ばない何かが、意図するかしないかに拘らず起こしているものだと云う。神父様や、町の爺
さん・婆さんは、特にそういったものを信じている傾向がある。
神だったり、悪魔だったり。
そういうものを、全部ひっくるめて悪い魔物の仕業と絡めたり。
“要らない”思考かもしれない。だけども私は、疑い始めるとそこからどうしても止める
ことは出来なかった。一度皆が信じ切っていた大前提が──この世界が“きちんと創られて
いる筈だ”という頭が、気付けばぐらぐらと揺らいでいた。最早信じ切ること、呑み込んで
忘れ去ろうとすることすら出来なくなっていた。
(……神様。貴方はもう、この世界が飽きてしまわれたというのですか?)
何故今の今まで、誰も気付かなかったのだろう? その可能性を真剣に考えようとすらし
なかったのだろう? 真偽を確かめようとした所で、無意味だからか? 私達の“日常”に
は、何らプラスにはならないからか?
“演者”の役割を、果たせなくなるからか?
思い返す。私自身も、幼い頃はよく色々な空想をして遊んだものだ。或いは土いじりや積
み木、ままごと。そこには本来“無い”ものを“在る”という体でイメージを広げ、せめて
心だけでも滞在した。或いは一歩自分は引いて、そこで動き出す誰か達の生き様を観ていた
ように思う。楽しんだり、学ぼうとしていた。
……だったら、もしかしたら。私達の生きるこの世界も、他の誰かが創った空想の産物で
はないと、どうして言い切れるだろうか? 物凄く大雑把にそうした存在を言葉にするなら
ば、それこそ「神」だろうに……。いつも私達の傍で、私達の心の中を見守り、試してきて
くださった方ではないのか?
『も、もう駄目だあ……。おしまいだあ……』
『こっ、こんな事が続いたら、皆死んじまうよお! 暮らしも何もねえよお!』
『落ち……着け。無駄に叫んで、体力を消耗するだけだ、ぞ……』
異常気象。
思えば作物の不作から始まり、洪水、頻発する嵐、魔物達の暴走──これらが本当に全て
偶然の出来事だったのか。そもそも私達の知らない、もっと別次元の誰かが、何かしらの意
図を以って起こしている──そう考えた方が、よっぽど納得がいってしまうからだった。
まるで災いそのものに意思があるかのように、追い詰める。私達を一人、また一人と困窮
させ、死なせてゆく。
まるで、無■かったこと に%したいかの ##ような ■■
「一体私達が、何をしたというのですか? 私達はただ、普通に暮らしていただけです。生
きてきただけです。只々貴方の命じるままに、振る舞ってきたというのに……」
顔など知らないし、分からない。
だけれど私は、確信を得た瞬間空を仰いでいた。おそらく私のことも見ているであろう
“神”の存在を、睨み付けようとしていた。
人は誰しも、自分に与えられた役割なるものが在ると云う。誰が言ったでも、明確な証拠
が残っている訳でもないが、私達は大抵の者が何となく、まあそういう側面もあるのだろう
と思い直して生きる。“そんなもの”だと、遅かれ早かれ折り合いを付けて生きる。
だが……貴方のやっていることは、そんな私達の誠意すらをも裏切る行為だ。理由など知
らない。知ったこっちゃない。もしかしたら貴方も貴方で、私達のように似たような悩みに
直面して苦しみ、もがいている最中なのかもしれないが……“消して”しまうことはないだ
ろう?
何が気に入らない? 何が思い通りにならなかった? それは私達、この世界で生きる者
がどうにか出来る問題なのか? もし違うというなら──酷いとばっちりだ。何も与り知ら
ない場所で、上位の貴方ではない誰かに、私達の命運はあまりにも簡単に壊される。安心し
て暮らせるだなんて、夢のまた夢じゃないか。
苦しいのは辛い。辛くなるのは嫌だ。
共感できる。私だって、解るのだけど……。
『──』
この眼差しは、届いているのだろうか? 私の向ける感情や思考は、貴方にとって理解で
きるものであるのだろうか?
何も無い色褪せた空を、はたしてどれだけ睨み付けていただろう? ザリザリッと、時折
砂嵐のような違和感が襲う。それでも既に散々破壊され、遠く不毛の地に変えられたという
報せ・知識も合わさって、今やそんな話すら私の胸中には生温い。おそらく、今貴方の目的
とする所は──もっと極端で取り返しの付かないことだから。
「どうしてだ? どうして……?」
「全部壊して、始めから無かったことにするぐらいなら、何故創った!? 何故私達の身体
を、心を……魂を弄んだッ!?」
(了)