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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-111.February 2022
55/251

(5) 禍澱

【お題】冷蔵庫、際どい、最後

「やあやあ、どうも。遥々こんな所までご足労いだたき……」

 現地へと到着した男を出迎えたのは、やや草臥れた白衣を引っ掛けた初老の紳士だった。

他にも数人、似たり寄ったりの格好をした部下が数名、後ろに控えている。

わたくし、当施設の管理責任者を務めております、ミドウと申します。以後お見知り置きを」

 大雑把に括るならば、研究者ないし技術畑の面々だ。そう知識としてはあったが……。

 周りの風景に溶け込むように、吐く息はすぐさま熱を奪われ、白かった。ミドウと名乗る

このリーダー格が、卑下をするのも無理からぬか。事実今いるこの場所は、中央からも遠く

離れた雪国だ。都会の快適さに慣れ切った身体には、正直疎ましい。

「お寒いでしょう? 部下には事前に、防寒対策は万全を期すよう、お知らせさせたかと思

いますが……。ええ。それだけ着込んでいれば大丈夫ですね。まあ本棟に入る前に、防護服

を着ていただく決まりとなっておりますし……」

「ささ、中へどうぞ。ご案内します。不明な事がありましたら、私どもにお訊ね下さい」

 ミドウはそんな男側こちらの様子を見て、さも用意してあったかのような台詞で自身らの背後を

促す。


 男がこの日訪れた施設は、公には存在しないとされている。寧ろ存在する──その前提と

なるであろう諸々の概念自体、殆どの人間は“御伽噺”と一笑に付すのだから。

「着替えられましたでしょうか? では、私どもに倣って検問区画チェックゾーンを通り、関係者登録をし

て下さい」

 内部は、ミドウ達が出迎えてくれた正面エントランスを中心とした事務棟の奥に、施設の

要である複数の本棟が並ぶ作りとなっていた。彼らと揃いの、事前に用意して貰った専用の

防護服に身を包んだ後、消毒用シャワーや撮影用360度カメラのエリアなど厳重なセキュ

リティを先ずは通過してゆく。

「それと確認ですが……。今回此方への視察は、初めてございますね?」

「いやまあ、そうでなくとも勝手にうろうろされても困るのですが……。くれぐれも、私ど

もからはぐれないようお願いします。解っておられるでしょうが、命に関わりますので」

 そうして何重かのゲートを潜ってゆくにつれ、周囲の雰囲気が明らかに変わった。それま

ではあくまで“オフィス”といった趣が強かった内装が、露骨に機械とコンクリートで覆わ

れた、隔離のそれへと切り替わったのだ。

 男は静かに目を細める。だが、それほど表立って驚く訳でもない。

 確かに、こちら方面の視察業務はあまり経験にないが……事前知識として界隈の事情・構

成については把握しているつもりだ。

 尤も、内部なかまでこれほど冷え冷えしているとは思わなかったが。

「ああ……。それは単純に、保管しているモノの所為ですね。勿論、機材の放熱に対応する

という意味で、低く維持してあるというのもありますが」


 巨大な冷凍倉庫──非常に雑な形容をするならば、内部の姿はその一言に尽きる。全体に

青白い照明があちこちで明滅し、音らしい音は遠くから聞こえる機材の駆動音と、自分達の

進む足音ぐらい。青く、視界は確保されているのに、酷く殺風景だ。


「当施設は、その収容対象の性質・危険度に応じてカテゴリーAからDまでの四段階に分か

れております。それぞれは別途、完全に独立した棟にて管理されており、私を含めた一部の

上位権限者以外に正規通行は不可能な仕組みとなっております。今回視ていただくのは、内

A及びBカテゴリですね」

 防護服の影響で若干くぐもった声になりながらも、ミドウは数歩先を歩きつつ説明してく

れる。責任者というだけあって、その足取りには迷いは無い。各棟同士の接続を含め、内部

構造は完全に把握しているようだった。遥か頭上にまで高くそびえ、静かに青白く輝きを湛

えている壁面の包囲を見上げたまま、ついっと立てた指を一つ・二つ。

「……ええ。Aは任意で提供された“言葉”を、Bはその中でも、提供者によって譲渡や転

用が認められたモノが該当します。Cはこの逆で、意思が得られないまま、提供者本人が死

亡するなどの理由で触れなくなってしまったモノとなります。一応、法的な保護期間こそ定

められてはいますが、実際問題安易に持ち出すと批判の元になりますでしょう?」

 確認の意味を込めて。こちらが訊き返した後の返答は明朗だった。

 逆に、今度は男の方が少し言葉を詰まらせる──選んで迷わされた程だ。基本的に技術畑

であり、中央なり政治的なあれこれとは縁遠い彼らでさえも、時折“表”に出てしまった際

のダメージは知っている。……無ければ、元々こうした体制が整えられていなければ、被害

はその比ではないというのに。

「厄介なものですなあ、プライバシーというものは……」

 だからこそ、続いて彼が頭上を仰ぎながらごちた台詞は、十中八九当て擦りであったのだ

ろう。青白くそびえる無数の保管棚が、半透明の内側からじっとこちらを見つめているかの

ような錯覚を与えてくる。


『險ア縺輔↑縺??∬ィア縺輔↑縺??∬ィア縺輔↑縺??ヲ窶ヲ?』

『遘√r隕九※縲∫ァ√r隕九※縲∫ァ√r隕九※窶ヲ窶ヲ遘√r隕九※繧医♀?』

『縺ゅ>縺、縺ッ鬥ャ鮖ソ縺?縲√≠縺?▽繧峨?菴輔b蛻?°縺」縺ヲ縺ェ縺??ょ刈螳ウ閠?□縺」縺ヲ

縺?≧閾ェ隕壹′譬ケ譛ャ逧?↓雜ウ繧翫↑縺』

『隧ア縺帙?蛻?°繧具シ』

『鄒ィ縺セ縺励>縲∵?縺??∵ョコ縺励◆縺?シ√??豸医∴縺ヲ辟。縺上↑繧翫◆縺??ヲ窶ヲ?』

『莠コ鬘槭?諢壹°縲ゅ?縺」縺阪j蛻?°繧薙□縺ュ』


 この施設が長年回収し、保管してきたモノ。

 無数の棚の中、硝子越しから垣間見えるのは、大小様々な言葉の塊達だった。元々は一体

誰が、どんな文脈で発したのだろう? どんな思いだったのだろう? 今や逐一それらを調

べて回る術も、義理も無い。只々それらは一向に衰えることなく、赤黒や紫に歪み、今も尚

軋み続けている。エネルギーを内包し続けている。

「……あまり、じっと見つめない方が宜しいですよ? この辺はまだ程度の大人しい方が並

んでおりますがね……。それでも毒にならない訳じゃあない。もっと奥の区画、カテゴリー

になってしまえば、それこそ相対するだけでおかしくさせられる。うっかり侵されてしまっ

た者も、少なく──」

 だがそういった“ノイズ”から意識を引き戻してくれたのは、他ならぬミドウだった。男

はハッと我に返り、言葉にこそ出さなかったが、会釈と目線で詫びていた。立場的に安易な

腰の低さが憚られるというのもある。言い掛けて尻すぼみになった彼の呟きも、その逆効果

ぶりを予感させられて拍車を掛けた節が否めない。


 幾つかの棟内を経由し、一行は施設内の様子を視て回った。尤も基本的に何処もパッと見

の構造は同じ──青白い照明に晒された保管棚が壁から足元、天井にかけてずらりと詰め込

まれるように配置され、無機質な意味での冷却の他に空寒さが漂っている。

 正直、圧倒されていた。想像していたより、資料で把握していた数値以上に、実感として

此処が非常に危ういバランスの下に立っているのだと判った。男は終始、眉間に皺を寄せた

まま、帰還後の報告について構想を練る。

「……? あそこですか? 決して近付かないようにお願いします。カテゴリーD区画への

ゲートです。あそこだけは、他のカテゴリのモノとは訳が違いますので」

 そうして奥へ奥へと進む内、はたしてそれは一行の横道、ずっと向かいに伸びていた。男

がふと気になって訊ねた所、ミドウは今まで以上に神妙な面持ちになり、警告する。

 カテゴリーD。危険度最大マックス

 あまりにも過激・極端であるがために、その元々の持ち主から強制的に引き離すことで、

封印するものとされた“言葉”達──。

「本当にお願いします。下手に接触しようものなら、ほぼ間違いなく中てられますよ? 命

にすら関わります。私どもも、過去管理業務の中で汚染された者も少なくなく──」

 物騒なことは、そのゲートの徹底した厳重さからも明らかだった。予備知識。あまりにもミド

ウ達が止めるのもあって、視界の端に入った折の好奇心は急速に萎えていった。警告を振り

切ってまで、検めなければならない訳じゃない。そういった命令自体、受けてはいない。

「……ええ、ええ。その時は苦労させられました。何せこの施設そのものが、一般には知ら

れていない訳ですからねえ……。私が直接関わった訳ではないにせよ、ご遺族に説明された

方は大変だったでしょう」


 視察はつつがなく進んだ。いや、厳密には不穏だらけ──その権化が集められた場所では

あるのだが、それは大前提として。

 一旦事務棟に戻り、コート姿に着替え直してから応接室へ。暫くして、同様に事後処理の

諸々を部下に振ってきたと思しきミドウも顔を出してきた。

「お疲れ様でした。一先ずは、温かいお茶でも飲んで身体を温めて下さい」

「どうぞ」

 彼についてきた事務員らしき女性が、男にホットティーを出して退室する。

「……如何でしょうか? その、不躾だとは承知の上で伺いたいのですが、上の意向はやは

り?」

 気遣いに感謝しつつ、カップを口に運んでいた折にそう問われたため、男は一口・二口で

飲むのを止めざるを得なかった。或いは気にせず、堂々と視察員然どうどうとしていれば良いのか。

「そう、ですか。基本的には予算削減の方向で……。でしょうねえ。国民には知らされても

いないのに、財源だけは取られてゆく。事情を知らない議員などにとっては、先ず疑問の眼

があって当然なのでしょう」

 でも──。ミドウは最初、数拍口籠っていた。理性の方ではまだ、視察役当人に陳情した

所で、中央の上層部に届く保証など無いだろうと解っていたのだろう。寧ろ直訴する事で、

心証の段階から要請がふいになってしまう可能性も。

本棟あそこ呪詛モノ達は……野に出す訳にはいかんのです。今は専用の機材で抑え込み、管理出来

ていますが、あれが人体に及ぼす影響は計り知れない──少なくとも悪化させることは明ら

かなのです。Dカテゴリ、特に知名度のある者から生まれたそれが一つでも暴れ出せば、甚

大な……」

 男もそれは解っている。コク、コクリと頷きながら茶を小分けにしつつ飲み干し、暫く自

身の頭の中で考えた。報告に嘘偽りを上げる訳にはいかないが、結論ありきの為の言い訳作

りまで積極的にしようとは思わない。こと、あんな実物モノらを目の当たりにすれば。

「……? はい。時間、ですか。そうですね……。正直な話、私どもでも正確には分からな

いのですよ。勿論、持てる技術とノウハウで、最大限無害化を図り続けていますがね……。

それでも、歳月の経過による希釈効果は自然任せという面が強いのですよ」

 曰く、これまで秘密裏にカテゴリー分けされ、回収された呪詛モノ達は、基本その毒性が自然

消滅するレベルまで隔離する以外に有効な策がないのが現状だという。あくまで館内の設備

や彼らの技術・ノウハウは、そうした収容に関するものであり、個々のモノ自体に直接どう

こう出来ることは僅かなのだそうだ。

「ええ。数は……日に日に増えてゆく一方ですよ。近年は個人レベルで発信する手段が豊富

になりましたからねえ。その分、彼らの呪詛ことばはダイレクトに本人を離れる。向けられた相手

が特定であれ、不特定であれ、発せられたモノ自体にそんな事情は関係ないですから。だか

らこそ厄介なのですよ。まぁその辺の回収話は、私どもではなく、実働部門にお訊きした方

が間違いないと思われますが」

「──」

 だからこそと、男は思う。

 視察員としての範疇を越えているのではないか? それは自覚しているし、絶対に必要と

いう訳ではない筈だ。それでも彼は、この現場で指揮を執る専門家に、率直な意見を訊いて

みる選択肢こうきしんを抑え切れなかった。

「そう、ですね。母数を減らせば少なくとも、増加ペースは抑えられるでしょう。デバイス

類は便利な反面、セキュリティ上の不安材料にもなっているのは事実です。ですが、実際問

題として、今更そちらが──中央が国民にそういったものを制限出来るでしょうか? いち

技術屋の性、と言えばそれまでかもしれませんがね……。一度生まれてしまったものは取り

消せないものです。そして何より、生み出せると思ってしまった以上、我々はそれを試さず

にはいられない──」

 悲観的なのか楽観的なのか。少なくともミドウは、若干力なく苦笑わらっていた。自嘲のよう

にも男には見えた。それでも続けて、彼は言う。せめてもと、僅かな可能性と現実という

現在進行形だいぜんていに沿って付け加える。

「──寧ろね? 私は、こういったデバイス類が普及して良かったと思っているんですよ。

今も昔も、呪詛モノは人々の傍に在った。放ち放たれ、一緒に生き続けてきた。そんな殆どの人

間には解らず、でも確実に影響を及ぼしているものを、文字や音声データという形で可視化

してくれているんです。残してくれているんです。考え方次第では、その分明確に隔離しよ

うがある。対処の糸口はある」

我々ヒトから出たものに、我々ヒトが敗けちゃあいかんでしょうに……」

 たとえその果て、往く所まで往った結果が、収容限界による滅びキャパオーバー──希釈される速さを待

つ前に潰えるものだったとしても。

                                      (了)

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