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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-101.April 2021
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(5) 樹の下の攻防

【お題】可能性、ヒロイン、プロポーズ

 それは、秋もそろそろ鳴りを潜めようとしていた頃。次の長休みが明ければ、もれなく皆

が三年生に進級してしまう直前のタイミングだった。いつにも増して物寂しげな校舎裏を、

新太は一人そわそわとした足取りで進む。

(き、緊張するなあ……。本当に大丈夫だろうか……?)

 理由は至極単純で、だからこそ難しい。

 この日彼は、とあるクラスメートの女子を呼び出し、一世一代の大勝負──愛の告白を行

おうとしていたからだ。尤も当の彼女が、こちらの指定した場所と時刻に来てくれるとは限

らない。

(あの時は何とかメモを渡せたけど……気味悪がられてたらアウトだもんなあ。草壁さんの

性格からして、仲間内に言いふらして馬鹿にしてってことは、ないと思うんだけど)

 意中の相手は、クラスの中でも大分控え目な──大人しいタイプの少女だった。だけども

新太は、そんな楚々としていながら何処か憂いを帯びた彼女の横顔に、気付けば強く惹かれ

ていた。一年・二年と同じクラスで互いに面識こそあったが、それほど数多くの言葉を交わ

してきた訳ではない。少なくとも“親しい間柄”ではないだろう。

 それでも……今回意を決して告白に踏み切ったのは、彼自身の焦りだった。

 既に二年の夏も過ぎ去り、基本進学を選ぶ者が多い中、周りはとうに受験勉強を本格化さ

せている。なのに自分はといえば、彼女のことを想って頭から離れない。いまいち集中でき

ずにずるずると今に至る。

 ……けじめをつけなければと思った。玉砕してもいい。ただ、このまま本人に伝えること

もなく卒業フェードアウトしたとしても、悔いが残る。ならばせめてと、今朝挨拶をした際、こっそりメモ

を渡して呼び出そうと試みた。『大事な話があります。放課後、裏庭のリンゴの樹の下に来

てください。待っています』そんな内容を直筆して。

 足取りに緊張、上がってゆく心拍数に急かされながら、新太はフッと思い返すように自嘲

の半笑いを浮かべた。自覚はあったのだ。……全部が全部、相手のことを顧みない、こっち

の手前勝手じゃないか。

 タイミングは既に、周りが粗方受験モードに入って久しい最中。

 もし他の誰かが──告白の正否を問わず今日のことを知れば、何を現を抜かしているんだ

と眉を顰めるかもしれない。やるにしたって、遅い。

 それに何より、動機があまりにも一方的だと言わざるを得なかった。貴女に好意を抱いて

いるから。それは少なくとも間違いではないのだけど、今日この遅まきなタイミングで伝え

る──知って意識に上るであろう点は、彼女にとってデメリットの方が大きいと思われるか

らだ。なのに自分は……ごり押そうとしている。たとえ相手に“傷跡”を残してでも、この

想いを知って欲しい。伝えるだけ伝えて、スッキリしたいと願った。

 普段の彼女からして、そこまで激しく拒むような反応は見せないだろう。綺麗サッパリ嫌

悪され、終わりにまではならないだろうと、卑怯にも脳裏に想像を巡らせた上で。

(うん……?)

 だが新太のそんな見切り発車と内心の自己嫌悪は、次の瞬間半ば強制的に棚上げさせられ

ることになる。時刻は放課後、グラウンド方面とは対照的に人気のほぼ無い筈の裏庭へと続

く途中に、誰かが立っているのが見えた。立ち塞がるように、こちらを向いている。

「やっぱり来たか……。悪いが、ここを通す訳にはいかないな」

「──ッ!? お、俺がもう一人……? いや、それよりどういう意味だよ!?」

 誰だと思わず目を細め、彼が驚いたのも無理はない。目の前に居たのは、格好や背丈こそ

変わっていたものの、紛れもなく自分自身だったからだ。まるで頭をぶん殴られたような衝

撃を受け、混乱するが、それ以上に気になったのは当のもう一人の台詞。

「そのままの意味だよ。お前は草壁に告白するべきじゃない。止めに来たんだ。俺は──未

来のお前だよ。あいつに散々搾り取られて、人生を滅茶苦茶にされた……な」

「えっ……」

 未来の新太(仮)曰く、かつてこの日告白に成功してめでたく交際を始めた自分だったの

だが、如何せん自己主張の薄い彼女を繋ぎ止めるべく、色々とプレゼントをしたり遊びに連

れて行ったりを繰り返したらしい。当初はこちらもそれで満足していたし、事実彼女も恋人

であり続けていたのだが……いざ同じ大学に進学後、コロッと別の男に乗り換えられた。し

かも長らくそのことを隠し続け、自分から金の無心だけは続けていたと。

「悪いことは言わない。あの女は止めとけ。あいつは今のお前が思っているほど、清楚可憐

じゃねえんだよ」

「……」

 そんな。新太は正直、信じられなかった。いや、未来の自分がそうわざわざ伝えに来たと

しても、信じたくはなかったのか。

 思わずショックで足元が揺らめき、ゆっくりと首を横に振る。大体、そんな「未来」とや

らもそうだが、未来の自分がわざわざ過去にやって来る──いわゆるタイムスリップなんて

出来事が、本当にある訳が──。

「いんや! 告白すべきだ。それにその話が事実だとしても、お前にだって多かれ少なかれ

非はあるだろうが!」

 にも拘らず、また“自分が一人増えた”。気付くと今度は、現在の自分とそれほど見た目

の違わない新太が現れ、ずんずんと近付いてくる。未来の新太(仮)の方も、他に将来の自

分がいるとは思わなかったのか、随分と驚いているようだ。目が真ん丸になり、且つ出合い

頭に否定されたその言葉にカッとなる。

「何だとぉ!?」

「お前はOKを貰えて、舞い上がってたんじゃないのか? 告白する前は、自分勝手なやり

方だって解ってたのによ……。それをやれ乗り換えられただの、搾り取られただの……。彼

氏なら早く気付いて、何とか出来たかもしれねえだろ!」

「ッ! 俺より若い癖しやがって、解ったような口を……! 大体、お前は何なんだ!?」

「ここから少し先のお前だよ! お前の所為で結局告白できなかったから、ずーっと後悔し

てきたんだ!」

「…………」

 ややこしい。つまりは未来の自分が、二人も一気に出てきたという訳か? 新太は言い争

いをする、未来の自分(仮)と少し未来の自分(仮)を見比べつつ思う。

 こっちはまだ、突拍子が無さ過ぎて話にもついてゆけていないのに……。

 というより、二人の話からすると、告白した未来とできなかった未来が既に存在している

のか? 一体どうなっているんだ……?

「──止めておけ。お前らが争っても、俺達はどのみち別の女にいい様に利用される。そう

いう星の下にでも生まれちまったんだろうよ」

 だというのに、だというのにだ。更に今度は新太の背後から、もっと年齢を重ねた自分ら

しい男が現れたかと思うと、口を挟んでくる。着古したスーツとコート姿の壮年だ。ぱっと

見は四十手前ぐらいのようだが、その顔に刻まれた無数の皺は、言葉通り多くの苦労を重ね

てきたことを示唆している。

「──お前も含めて、な。そもそもこうやって我先に出張ってきたから、俺達の人生は狂っ

ちまったんだろうがよ」

 加えてもう一人、また別の壮年の新太(仮)が、壁際に気付けば背を預けて。燻って短く

なった煙草を口に咥えたまま、この三人目を含めた自分達に向かって嘆息を漏らす。

「……あんたも出張って来てる時点で、俺達とさして変わらんだろ」

「そうだそうだ!」

「っていうか、未来の俺ってどんだけ女運無いんだよ……」

 すかさずツッコミを入れる三人目と、少し未来の新太(仮)、そして青年新太(仮)。

 どうやら前者は、どのみち他の女に引っ掛かるからと先の二人を止めに。意見としては告

白すべきでない──否定的な側に。後者の方は、そもそも自分達が割ってやって来ることそ

れ自体を止めに来たらしい。「結局……ズレ合って間に合わなかったみたいだが」携帯灰皿

に吸殻を押し込め、嘆息する。こっちも泣きたかった。

「そんなこと言われたって……。じゃあ俺は一体、どうすりゃいいんだよ……??」

 この時間の、現在の新太はたっぷりと沈黙・吸引を経てから、そう盛大にぼやいた。誰に

ともなくごちた。タイムスリップ云々は──この際考えても頭が痛くなるから脇に置いてお

くとしても、時間は刻一刻と迫っている。約束の樹の下に、もう彼女が来ている可能性だっ

てあるのだから。

 それは……。

 四人の自称・未来の新太達は、牽制するように互いの顔を見合わせると、再びこの現在の

自分の困惑を目の当たりにして迷う。


(い、いけない。遅くなっちゃった……。小此木君、もう来てるかなあ……?)

 一方その頃、彼に呼び出されていた当の彼女は、彼とは逆方向のルートから一人裏庭へと

急いでいた。放課後になって化学の先生に呼び止められ、荷物運びを手伝っていたのだ。掌

に朝渡されたメモを握り締め、気持ち息を切らせながら辺りを時折見渡す。

(やっぱりあれって、そういうことだよね? 私、そこまで仲良くなった覚えはないんだけ

ど……。う、ううん! 仲良くなりたいから、ああしてきたんだよね……?)

 彼女は既に、己の顔が赤くなり始めているのを自覚していた。

 基本どんくさい自分ではあるが、流石にこのシチュエーションが意図している所ぐらいは

解る。というかベタ過ぎる。意外だったのと、困惑しているのは事実だが……。

 少なくとも約束通り、リンゴの樹の下に行こうとは思っていた。何はともあれ、本人の口

から直接聞いてみないことには進まない。聞かされて、その時自分がどう思い、感じるかは

分からない。

「──待って!」

 だがちょうど、そんな時だったのだ。裏庭へと続く渡り廊下を横切ろうとした刹那、不意

にこちらの進路を遮るように叫び、飛び出してくる者の姿があったのだ。「ひゃ……!?」

つい反射的に急ブレーキを掛け、顔を上げると──思わず彼女は予想外の相手に慄く。

「えっ? も、もしかして、わた……し?」

「そうよ。私は未来の貴女・草壁華。今日は貴女を止めに来たの。彼からの告白を受けちゃ

駄目。この先きっと、大変な目に遭うから」

 今よりも多少垢ぬけたファッションと伸びた黒髪になっていたが、その顔立ちや声色は、

間違いなく自分自身だった。そんな彼女が、努めて淡々と、だけど必死に今向かおうとして

いる場所へ赴くべきではないと忠告する。

「小此木君が……? そんなに悪い人には思えないんだけど……」

「そうかもね。でも世の中には、自分一人の善意だけでどうにもならないことがあるのよ」

 正直、にわかには信じられないが……。彼女、現在の華はそう語る未来の自分(仮)に、

言いようもない信憑性を感じた。だからこそ、あっという間に不安になった。おずおずと確

かめるように問うてみるが、その大変な目とやらを思い出してか、当の彼女から返ってくる

答えは多くを語らない。複雑な事情があるのだろうか……? 何となくだが、華は言外の雰

囲気からそんな理由を読み取っていた。

「──いいえ。告白はきちんと聞くべきよ。逃げたら、貴女はきっと後悔する」

 しかしそうしていると、今度は“また別の自分”の声が聞こえてきた。未来の自分(仮)

と一緒になり、ハッとなって振り向くと、そこには年格好の近いもう一人の自分が姿を現し

てきていた。渡り廊下の一角、柱の影から、スッと音も無く割って入ってくる。こちらへと

近付いてくる。

「えっ? でも……」

「未来に何があったのかは知らないけど……。少なくとも私は、あの時──今日この時間に

怖くなって逃げ出した所為で、ずっと彼を避けて生きてきたわ。お互い別々の進路に決まっ

た今でも、時々思い出してどうしようもないの」

「……なら忘れることね。こっちに来ちゃったら、もっと後悔することになるわよ? 自分

の弱さについて、否が応でも向き合わなきゃならない……」

 結局華は、そうして互いに主張して譲らない未来の二人(仮)を、おろおろと困ったよう

に繰り返し見比べるしかなかった。よく分からないが、多分どちらも別の未来からやって来

た自分なのだろう。どうやってそんな──タイムスリップみたいな真似事をしたのかは分か

らないが、少なくとも今の自分を止めようとしたり、或いは背中を押す目的であることは間

違いない。

「──何をしているの? 急いで!」

「──無駄だよ。誰を選んだって、私達は……」

「──そんなことない、諦めちゃ駄目! 今度こそ私は、彼と……!」

 しかもそうして迷っている間にも、一人また一人と別の自分が新たに現れ、待ち合わせを

急かしてきたり反論をぶつけてきたりする。彼女は益々訳が分からなくなった。何が正しい

選択なのか判断がつかなかった。

 ぶつぶつ。中には何か思い詰めたように、じっと“今回の自分”の決断を見つめ、祈って

いるような者さえいる。ぐるぐると、彼女の頭の中で情報が揉みくちゃになる。


(あう……。ど、どうすれば? どうすれば!?)

(くそっ! 一体どの“俺”が正しいんだ!? 俺は一体、どうしたら……?!)

 華も華で、新太も新太で、頭を抱えて悶えていた。突然わんさかと出てきた“未来”とや

らに惑わされて、約束の場所へと向かう足すらも止まっていた。

 リンゴの樹の下には、未だ誰も辿り着かない。待つ人影も──見られない。

                                      (了)

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