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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-110.January 2022
48/249

(3) 魔時切り

【お題】扉、見えない、危険

 ずっとずっと昔、ご先祖様達がまだ半分猿みたいな頃からそうだった。

 現代いまの僕らは忘れがちだけど、かつて“広大な世界”とは、何もポジティブな言葉じゃあ

なかった。場合によっては外敵に狙われ、即生命いのちの危機にも直結する。そんな深刻な現実だ

ったんじゃないのか。


 ──もっと生き延びたい。心穏やかに、安全に暮らしたい。


 原始的な欲求と言ってしまえば、確かにそうなのだろう。でも事実、何代も何年も、数え

切れない多くの人々がそれを等しく望んだからこそ、ヒトの発展はあった。ここまで文明が

栄える原動力に、その大きな一因となった。

 森を切り拓き、山を削り、海すら埋め立てて自分達にとって都合の良い空間を作り出す。

 自分達の技術を注ぎ込んだ家屋を並べ、通路を敷き詰め、少なくともそのエリアに居る限

りは安全である環境を造り上げた。何百年分、何千年分の便利を、惜しむことなく組み込ん

でいった。

 本来“外”とは……危険なものなんだ。


 だからさ? あたし達はもっとそれぞれの部屋に居たっていいと思う訳よ。その理屈だと

街全体がそういうモンなんだし。大昔と違って、今は衣食住さえあれば誰もが事足りるって

訳じゃないと思うんだよね。そりゃあまあ、こんな風に考えられるのは、先ずこの三つが既

にあるからっていうのは勿論なんだけど。


 ……俺に言わせるなら、人間が一番の外敵ばけものだよ。自然を切り拓いて云々って意味でもそう

だし、俺達が日々接触し合う他人って意味でも。

 怖いんだ。同時に恐ろしいんだ。普段は何とか、ギリギリ上っ面は繕いながら場を凌いで

いるけれど、実はもうとっくにバレているんじゃないか? 向こうニコニコ笑っていたり、

或いは澄ました表情かおをしておいて、内心では悪態を吐かれまくっているんじゃないか? 邪

魔──足手まといにカウントされているんじゃないかって。実際に俺がいる事で、その場に

不利益をより多くもたらしてきた可能性は否定できない。


 理由は人それぞれだ。だから僕らは、それこそご先祖様の時代から、外界との境目を区切

ろうとしてきた。

 大昔は洞窟の入り口、樹のうろの内と外だったりしたかもしれない。それが段々、自分達

で建物を作るようになってきて、自然任せの境界はどんどん変わっていった。内と外を四方

八方壁で囲い、その行き来ができるように“扉”を付ける──それは何も単純に、機能的に

必要だからというだけだった訳じゃない。きっとここから先、中は、絶対に侵されることは

無いという安心感が欲しかったんだ。安心でなければ……ならなかったんだ。


 ***


『──×××、起きてる? ご飯、此処に置いとくわね?』

 何時からか“外”が怖くなり過ぎて、ずっと自分の部屋だけで暮らしている。時々母親が

ドアの向こうで呼び掛け、食事を置いて行ってくれたりするが、未だそれらを直接受け取れ

た試しが無い。面と向かって話すのが……怖かった。父親は特に。決まって彼が僕の部屋の

ドアを叩く時は、機嫌が悪い時だった。わざわざ煙たがっている息子の傍まで来て、扉越し

に延々と説教をするからだ。

 このままで良いと、本当に思っているのか?

 自分の将来を、一体どうする気なのか?

 逃げてばかりじゃあ、何も変わりはしないぞ? お前の都合の良いように、変わってくれ

はしないぞ?

 何時まで私達に、恥をかかせる心算なんだ──?


『──ちょっと、×××! いつまで寝てるの? 起きなさい! 折角の休みなんだから、

誰かと遊びに行くとか、別の勉強をするとか、有意義な使い方ってのがあるでしょう!?』

 う~ん、あとご……三時間くらい。

 ねえママ。プライバシーって言葉知ってる? そんなにドンドンしなくても、声は聞こえ

てるってばさ。ドア越しでも、煩いモンは煩いの。こっちから内側は、あたしの場所なんだ

から、声だけでも土足で入って来ないでよ。それとも何? その部屋を用意してやったのも

私達だから? 我がまま言うなって? 横暴だよ、それは……。

 休日ってのは「休みの日」って書くんだよ? 何で疲れることをしなきゃいけないのさ?

そういう面倒だったら、平日で十分過ぎるぐらい間に合ってるし。今はまだあたしも若いか

ら大丈夫かもしれないけど、段々と歳を取ってきたらそうもいかなくなってくるよ? ママ

だって普段から、口癖みたいに言ってるじゃん。頑張ることは、やりたいことは……自分で

選ばせて欲しいんだよ……。


『──はあっ、はあっ、はあっ、はあっ!!』

 物語フィクションの映像の中で、主人公とその一行が息を切らしながら後ろ手に扉を閉める。直後敵の

怪物達が突進をかまし、ドンッ! と重たい衝撃が彼の背中を伝わった。

 金属製の壁も扉も、本来ならば頑丈だ。閉めた瞬間にロックが掛かり、並の干渉では此処

を越えてくることはできない。……その筈だが、緊迫した雰囲気は画面の向こうで視ている

こちらにも緊張感を与えてくる。パニック映画のお手本と言えば、お手本ではあるけれど。

「……」

 自室の照明を敢えて落とし、PCディスプレイの点灯のみで視る。迫力増大だ。目にだっ

て悪いし、ヘッドホン越しの大音量は耳にだって聴き続けるといずれ悪影響を及ぼす。

 それでも……。俺はこんな一時が好きだった。自分の好きな映画、アニメ、音楽。誰の邪

魔も入らない環境で、時間を忘れるほど入り浸れるこの瞬間があるからこそ、普段の労働も

耐えられた。いや寧ろ、この為に凌いできたと言っても過言ではない。この一時を味わう為

に生きている。俺という、対して能力も人格も優れていない人間が存在している理由でもあ

った。未だ生き延びている──大袈裟に聞こえるかもしれないが、数少ない“能動的”に認

められる動機だった。


 本来“外”とは、危険なもので。素晴らしい世界とは限らなくて。

 なのに現代いまを生きる僕らは、しばしば家の中に居るのがさも悪いことであるかのように言

われる。外に出て、他人と触れ合い、そして語弊を恐れなければ──どんどん稼いで来いと。

買って売って、経済を回し続けなければ存在する価値すら無いんだぞ? と。


 でも逆だよねえ。そこまで煽って脅して、実際に焦ってるっていうか都合が悪くなるのは

あたし達じゃないじゃん? そういう世の中の方じゃん? 今はネットがあるしねえ……。

まあそういう便利な仕組みとかも、他の誰かが必死こいて維持してくれてるからこそって部

分はあるんだけど。その辺は流石に解ってるつもりだけどさ……?


 だが彼らが俺達を知らないように、俺達もまた、彼らを知らない。直接顔を見た訳でもな

い数多の他人に、そこまで気を揉んでいたら、いずれこちらが潰れる。そして他人をそんな

自分を只の“自滅”と哂うだろう。……賢明ないち利用者であれば十分だ。大元のサービス

が潤えば、末端の彼らにもいずれ還元されると信じて。

(無理無理、綺麗事だよ~。どうせお偉いさんが貯め込んで回りはしないって)

(……知ってるよ。そうでも言っとかなきゃあ、こっちが正当化出来ないって話だろうが。

全く、生意気なガキが偉そうに……)


 外敵は大型の野生動物から、人間ひとに変わった。それはある意味、僕らが持ち得るようにな

った力・技術が、そうでなければ敵として釣り合わないぐらいどんどん跳ね上がってきた証

……であるのかもしれない。


 現代いまの僕らは、程度差はあれ、それぞれの安全圏に籠っている。

 物理的な壁に囲まれ、便利さもすっかり整え、だけども未だ完全にお互いの存在までを遮

断し切ることは出来ないでいる。インターネットの登場、スマホも然り。寧ろ機器さえ手元

に在れば、容易に繋がり合うことが可能になって久しい。寂しさ、承認欲求、思想信条の類

や、そういったものを正しいと認めてくれる・代弁ほしょうしてくれる誰か──僕らは本当に、大昔あのころ

から変われたと言えるんだろうか? 怖がって安全を求めて、なのにこっそり“覗き窓”を

介して“外”を視ようとして……忘れてしまってはいないだろうか? 騙されたまま、勘違

いしたまま、それぞれの部屋本来の機能が欠損する・させる方向へ持っていかれようとして

いる気がする。技術がどれだけ僕らの感覚を延長してくれても、外側の現実は──猛獣達は、

今もそこに居るのだから。

(或いは俺達自身が、その化け物……という可能性もあるんだがな)

(あはは、何それ? ポエムのつもり? だっさ!)

(……)


 もっと生き延びたい。心穏やかに、安全に暮らしたい。

 その為の壁であった筈だ。いざという時に飛び込め、自らを守る為の扉であった筈だ。

 ……解っている。他人と触れ合うことでしか、得られないものがある。感情、経験、知識

の伝達。それが僕らを大きく成長させる起爆剤になる。なるのだとしても……壊れてしまっ

たら元も子もないじゃないか。そもそも、何の意味があるっていうのか。それとも自分が壊

されてしまうぐらいなら、いっそ壊す側に回ってしまえと? 少なくとも僕には──そんな

真似は出来そうにない。僕自身が、行動の外側まで猛獣になってしまいたくはない。善い事

だとは思わない。


 囲われた空間は、安心の為──悪い夢等を隔てる為に。

 圧縮された時は、没入の為──悪い夢等を忘れる為に。

 さあ、そろそろ閉じよう。扉を閉めよう。僕も……貴方も。

                                      (了)

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