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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-109.December 2021
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(2) 只層

【お題】生贄、過去、激しい

 人の一生とは長いようで短い、短いようで長い。突き詰めれば徹頭徹尾主観的だ。救いよ

うなど微塵の余地も無く、独立して孤立を窮めている。そこに“正しい”足跡など、端から

存在しないのかもしれない。等しく流れて往く筈の、時の大小すら、まともに揃えられない

のだから。

『~! ~!!』

『~~♪』

 足元には広がっている。まるで無尽蔵であるかのように錯覚するほど、圧縮され使い古さ

れてきた“今”だったもの達が、人々の下で踏み付けられている。……いや、或いは雑然と

積み上げられ続けてきたそれらの上で、辛うじて“今”を演じているだけなのだろうか? 

常に主導権は自分達自身が握っているのだと、疑うことも面倒臭くて信じているに過ぎない

のだろうか?

 さながら……巨大な塔のようでもある。

 堆積した旧い記憶、時代、出来事の集合体。錆び付いたガラクタの塊。遠く遠く、徹底的

に俯瞰することが出来たなら、それらは何とも無味乾燥とした構造物群だろう。そんな足元

にどれだけの歳月が在ったとも知らず、それらが何時均衡を失って崩れるとも思わず、人々

は踊っている。踊らされている。彼・彼女にとっての“今”を、彼らは彼らなりに必死に生

きている。理由など持ち合わせていなかった。こと昨今という観測範囲において、そうした

視点を以って向き合うことは、大よそ益体の無い営みであると蔑まれていた。

「──馬鹿者どもめ」

「あ゛?」

 それでも尚、時折気付いてしまう者はいる。自らの足元に眠る、無数の先人いしずえ達が視えてし

まうような手合いは、中々どうして絶えることはない。

 沸々と溜めた憎しみ、己が視える通りにセカイが変わらないことへの苛立ち。錆び付いた

塔の広い天辺、その一角で、ある者は口を衝いて発する。殆どの他人びとものにとっては些末で、

そもそも認識すらせずに過ぎてゆく一齣が、時に取り返しの付かない連鎖に繋がってゆく

とも知らずに。彼らとの分断を深めるだけだとも知らずに。……いや、或いは解っていなが

らも、堅く沈黙を守る矜持すら貫けなかったのか。己の衝動を正義と読み替えてしまったの

か。

「俺達が何故、今こうしていられるかも解っていない癖に、馬鹿騒ぎなんぞしやがって。都

合の良い歴史だけが、お前らの歴史か? そんなもの、すぐにごみ箱に捨てちまえ。お前ら

こそ、彼らを侮辱している。彼らが必死に生きた、その恩恵を浪費している……。恥ずかし

いと思わないのか? 同じ苦しみを繰り返さない為に、彼らは逝ったんだぞ?」

 時折“口を出す”こうした者に、他人びとの反応は大よそ二極だ。一つは努めて、徹底し

て無視を決め込む手合い。関わり合いになることそのものを避けようとする側だ。もう一つ

は逆に、これと頑として闘う──その主張や存在を認められず、許せず、しばしば白と黒を

入れ替えても通用するままに陣容を張る側である。

「知らねえよ……。何でお前に、そんなこと言われなきゃいけねえんだよ」

「も~、邪魔しないでよ~! せっかく気持ち良くノってたのにさ~?」

「お、おいおい……止せって。噛み付いても得なんざこれっぽっちも無いぞ? そう思って

るんなら思わせとけよ。言わせとけよ」

 一頃ならば、それでも片輪の中に穏健な者がいた筈だ。突出してぶつかり合うことを、何

よりも望まずに宥めようとすらしただろう。論の、思いの善悪・正否など、元より首を揃え

られる正解など無い。有ったならとうにそうなっている──ただ大部分の“今”に踊らざる

を得ない彼らは、そんな舞台をせめて無事に終えることが出来ればと考えている。或いは終

わらせることが赦されればと願っている。

 ……なのに盤上は、往々にして激しい方を望むのだ。

 たとえ片方に蛇蝎の如く嫌われようとも、もう片方の仲間達と共に在れれば良い。認めら

れ、心地良ければ充分だ。繰り返すようだが、大部分の彼らは、元よりそんな仰々しい是非

など端から求めていない──とうに益体無いものだと、結論を出してしまっている。

「退け。この手の輩は、その都度キッチリ潰しておかないと面倒なんだよ」

「そうそう。放っておいたらおいたで、知らねえ間に拡がっちまってる。水を差されるのは

大嫌いなんだよ。わざわざ出張って来て……売ってくる喧嘩でもねえだろうが」

「……それは何も、こちらだけの話ではないだろう? お前らだって、似たようなものじゃ

ないか」

 或いは何処かで闘争それを望んでいたのかもしれない。お互い、気に食わない彼ら相手方を根

絶やしにしたくて、日頃うずうずしていたのだから。

 制止しようとする、穏健な身内すらも素通りし、そこかしこでまた衝突は始まる。荒々し

い踊りが、錆び付いた塊柱、塔の天辺で繰り広げられる。およそ絞り出される限りの悪態と

極端が両者の間を飛び交った。巻き添えを食らいたくない者達は、その存在に気付くと頭を

抱えて逃げてゆく。中には彼らの是非ではなく、衝突それ自体に憎しみをもって降りてゆく

面子も少なくなかった──増えてゆく一方だろう。にも拘らず、荒ぶる絵図が一向に収まら

ないのは、ひとえに前者の誰もが“語らなかった”からだ。

 無駄口を叩く前に、さっさとこの塔から降りる。

 積み上がる塊は散在、見渡す余力があれば幾つも観測できる筈でも、如何せん安定志向な

るものは“今”や大多数の彼らの性根に染み付いている。今更真っ新のそこを、どうしたっ

て堆積する記憶達と目を合わせざるを得ない面倒を取ってまで、天辺へと登り直すメリット

を感じない。億劫であるし、何よりもう二度と巻き込まれないという保証は無い……。

「オラァ!! 屁理屈以外にも手ェ出したらどうなんだ? あぁン!?」

「お~、燃えてる燃えてる……。お~い、お前ら~! こっちだこっち~!」

「なっ……何をしている!? 止めなさい! 一体何で君達はここまで心無い──痛でっ!

痛だ!? や、止めろォ~ッ!!」

「こん、なっ……。だからお前達は滅びるんだ……。また昔のように繰り返して、自分で自

分の首を絞めていって……二進も三進もいかなくなるんだぞ……?」

 ケッ。

 荒ぶる盤上、一角。渦中の火元となったその者は吐き捨てる。あくまで“良識”を謳いな

がら諭そうとする相手を前に、寧ろその怒り、敵愾心は跳ね上がってゆく一方だった。

 議論? 反論? そんな野蛮な。何ならいっそ暴力で──。

 叶うならば、どれだけの手段で物事が片付いただろう。長らく引き摺り、火種として抱

え合わずに済んだのだろう。とかく反骨する者達は拳を振り上げたのだった。棍棒を叩き付

けたのだった。要らぬ説教を試みた、野望を抱いた邪魔者を、皆で寄って集ってタコ殴りに

する。ボロ雑巾になるまで徹底し、今回この観測においては遂にそこから蹴落としまでして

しまった。

 錆び付いた塊。延々と積み上がったガタクタ、天へと昇る塔。

 その一角へ、盛大に吹き飛ばされて埋もれたこの“敵”に向かって、彼らは品性も何もか

も脱いでしまうと吐き捨てる。

「──良かったじゃねえか。てめえの大好きな、素晴らしい昔やらと一つになれたぞ?」

 足元に埋没する、ものによっては圧縮され過ぎて判りもしない堆積。時の重し。

 先に逝き、埋もれたかつての“今”達を想うのか。視えるか視えないかを問わずに、他で

もない自分自身の“今”を踏み締めるのか。

 そこに正解など、おそらくは存在すらしない。徹頭徹尾主観的で、その意味では等しく救

いなど果たせぬのだから。或いはそう考えた方が……割り切ってあきらめてしまった方が、楽だろう。

 少なくとも、どちらも誰も、些末な天辺で踊っている。塔の上に置き去りにされる形で目

覚めるしかなかった。皆等しく、堆積の上に生まれた。軽微なものだ、事実なだけだ。意味

とは窮めて主観的だから。独りで定め、それに依存するのであれば。

 ──もしも神の如く、遠く遠く俯瞰して視られたら。

 ──錆び付いた塔達に比して、彼ら一人一人はあまりにも小さい。

                                      (了)

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