表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-108.November 2021
PR
39/320

(4) スポイルズ

【お題】迷信、狼、増える

『ヒトにとって一番の不幸ってのは、知恵を持ったことじゃあない。知恵を持っても未だ、

自分達が“獣”だった頃を抑えられてねえって所なのさ』

 何時だったか、おじさんは僕に、そんなことを話して聞かせてくれた。

 名前などは知らなかった。一体何処に住んでいるのか、普段何をしているのかといった話

は、結局お互いせずじまいだったから。

 ただ時々、川辺にぽつんと、独りで座っていた。

 僕が顔を出しに行くと、何も言わず隣に居させてくれた。

 確かに格好はいつも同じで、あちこち汚れてはいたけれど……僕にとっては数少ない、心

を許せる相手だったと思う。今だって、そう思っている。


『お前──“黒”だな?』

『嗚呼、汚らわしい! 私達に近寄って来ないで!』

『うるせえ! 手前らにそっくりその台詞、突き返してやるよ!』

『そっちこそ“白”だ“白”だと、馬鹿の一つ覚えみたいに……。俺達が一体、何をしたっ

て言うんだよ!? 言い掛かりも大概にしろ!』


 理由は多分他にもあった。あの頃からずっと、僕達の周りでは、言い争いが絶えなかった

からだ。只々単純に五月蠅かったというのと、他の皆──大人達だけじゃなく、まだ僕達と

それほど歳も違っていない筈の誰かさんも、敵か味方かを分ける事に熱心で。敵だと決めた

なら、自分の視界から追い出す事に取り憑かれて。

 ……だっておかしいじゃないか。僕と貴方、貴方と彼、彼と彼女、彼女と僕。お互い違う

ってことは判ってるのに、どうしてわざわざ線引きをし直さなきゃいけないの? 顔も背格

好も、頭の中だって丸っきり違うと判っている所へ、どうして後から「○○じゃなきゃいけ

ない」と急かす必要があるんだろう?


『あ゛? いきなり何言ってやがる。ガキはもっと馬鹿な事を考えてりゃいいんだよ!』

『ちょっとあなた! ……そんな事よりも、今日の宿題終わったの? お父さんやお母さん

を困らせる暇があるんなら、先に片付けて来なさい』


 でも、いざそんな疑問を口にしてみた時、父さんは露骨に厭そうな表情かおをしてき

たのを憶えている。母さんも母さんで、結局は僕を“子ども”として扱った。普段からでは

あるけれど、何かと口の悪い父さんを注意するようで、気付けば矛先は全部の僕の粗探しに

向かってゆくんだ。

『ねえ、●●。あなた最近、知らないおじさんに会いに行ってるの? この前××さん家の

奥さんから聞いたんだけど……。止めなさいよ? 今のご時世、何かあってからじゃあ遅い

んだからね?』

『うぅん……? お前、そんな不審者と付き合いがあるのか?』

『知らないおじさんじゃないよ。知ってるおじさんだよ?』

『そういう意味じゃないの! いいから止しなさい! 私達まで、変な目で見られちゃうで

しょって言ってるの!』

 加えて告げ口か、僕が時々おじさんと会っていることも、いつの間にか母さんの耳に入っ

ていたようだった。別に何か悪い事をした訳じゃないのに──言い返そうにも、一旦“こう

なって”しまった母さんはもう駄目だった。「はい」「はい」と、素直で都合の良い子供で

在らなければならなかった。

 だからだろうか?

 何時からか、おじさんと会える頻度はどんどん減っていった。

 薄情にも、僕は僕で、それが段々と普通になっていた。年齢を重ねてゆく中で、すっかり

日常に占める割合を減らしていた。……多分おじさんは、あそこに居ることさえも許されな

くなってしまったのだろう。追い出されたのだろう。或いは……。


『お前──“丸”だな? 失せろ! 散々俺達を踏み台にしておいて!』

『ああ!? 何を上から目線で命令してやがるんですかー!? もしかしてアレか? 俺を

ここまで“育ててやった”のは自分だ、とでも言いたいクチか~?』

『てめぇらこそ失せやがれ! ゴツゴツ“角”ばって、邪魔で邪魔で仕方ねえんだよ!』

『何だとぉ!? もっぺん言ってみろゴラァ!!』

『ああ、何度でも言ってやるさ! 目障りなんだよ! 視界に映ってくるんじゃねえ!!』


 だというのに、そうこうしている間にも、僕達の周りではずっとずっと言い争いは続いて

いて。

 飽きもせずに見つけ出しては、唾を掛けて罵って、時には火を点けたりもする。煙が上が

っているのは自分達の所為なのに、さもそれが“悪人”達の不躾がもたらしたものだと、面

の皮を厚くして捲し立てる。

 ……色が違っているだけだった。形が異なっているだけだった。

 でもそれだけじゃあ満足出来ずに、彼らはどんどん線引きを厳しくする。姿形以外の所か

らも、相手を「○○に違いない!」と決めてしまい、また唾を掛けて罵り出す。違いを作る

為に自分達で違いを作り出しておいて、今度はそれを相手に特有の“汚点”だの“罪”だの

と叫び出すんだ……。傍目からしたって、馬鹿馬鹿しいと感じて何がおかしい? 仮に百歩

譲ってそれを口に出すこと、拗れている所へ更に「批判」を投げ込むことが巧くはないにし

ても、こっちも一絡げにして“悪人”扱いするのはどうなんだ?

 手段と目的が、もうすっかりぐちゃぐちゃになっている。

 誰も止めようとは思わないのか? あっちから追い出されて、こっちに落ち着いて。かと

思えばこっちからも、ふとした切欠で全員を敵に回す──皆が皆、疲弊していた。ギラつい

た眼で誰かを見ていた。


『──この“化け物”め! 二度と俺達の街に入って来るんじゃねえぞ!』


 いずれ、他でもない自分の所へと“順番”が回ってくる。

 以前から、そんな感覚は漠然とあって、だけどもこれと言って対策を取っていた訳でもな

かった。却って疑われるような羽目になったら本末転倒だし、何より単純に面倒だった。結

局頭に血が上ったあいつらにしてみれば、どっちでも良かったんだろうけど。

『……』

 僕は追放された。この元居た場所で膨れ上がった勢力たすうはに、同意するでもなく敵対するでも

なく好き勝手に、のんべんだらりとやっていたら……目を付けられた。そんなに“違う”っ

てことに、ピリピリする必要性なんて無い筈なのに。

 ぐるり、街を囲む壁の前で立ち尽くす。

 叩き出す寸前、彼らは僕を「化け物」と呼んだ。

 だけど僕には──寧ろそう捲し立てる彼らの方が、その異物とやらに視えたんだ。ヒトの

衣服を纏っていながらも、皆が皆“獣”だった。牙を剥き出しにし、興奮し切った狼のよう

に視えた。……そんな連中が、あくまで多数派だと言うのなら、なるほど僕はやはり彼らに

とって異物なんだろう。思えば昔、おじさんの言っていたことは正しかったんだ。


 それから暫く、街の外を歩いた。

 中とは打って変わって、整備も碌にされていない荒野だったけれど、何より見渡す限りの

一帯がこうも不毛の大地になったのは……もしかすると、ずっと昔に同じような事が繰り返

されたからなのかもしれないと思った。おじさんは正しかったんだ。知恵を持っても未だ、

自分達が“獣”だった頃を抑えられずにきた、歴史……。


『やあ。君は一人かい?』


 ちょうど、そんな時だった。ふとボロ布を巻いて進む僕の前に、見知らぬ数人の狐面が立

っている。見た目の怪しさとは対照的に、妙に親しげで仰々しく喋り、近付いて来る。何か

害を為そうとするなら、追い返す一択だったけれど、こっちもそこまで余裕が無いので話ぐ

らいは聞いてやることにする。立ち止まった僕の動きを、彼らは承諾を受け取ったようだ。

『我らの名は“平原の使徒”! 城壁で外界を拒む街の者達とは距離を置き、自らの意思で

生きることをモットーとする勢力グループだ!』

『失礼な話で申し訳ないが……その格好から察するに、君も何処かの街から追い出された身

だろう? 私達と同じだ。私達も、それぞれ事情があって元いた場所に居られなくなってし

まった身でね……』

 朗々と語る。

 要するに居場所を失くした者同士で、新たに作った移動式のそれらしい。かつての自分達

と重ね合わせて──という方便で、こちらをまた一人“同志”に加えたいという。

『心配は要らない。先輩である我々が君を導こう。そしていずれは、我々を放逐した壁内の

者達へと、後悔させるぐらいの素晴らしい國を造る!』

『……』

 街を追い出される時、元仲間じゅうにん達は皆“獣”に視えた。衣服を着ただけの殆ど剥き出し、二

足歩行の獣だ。だけども今目の前に立っている彼らは、あいつらとは根本的に違う。同じく

“獣”のように見えなくもないが──そうした衣装と仮面を着けているに過ぎない。似てい

るようで、やっぱり違う。作り物だ。

 それでも……別にいいかな? と僕は思った。どうせ此処で断る積極的な理由もないし、

仮に断って逆に目を付けられてしまったら面倒だ。復讐でも何でもいい。皆それぞれが違う

んだと判っていても、それだけでは不安なのだと思う。コクリと小さく頷き、自発的なよう

で、その実流されるがままの意思を彼らに示す。

『良かろう!』

『さあ、これを。新たな同志の誕生だ!』

 言って渡されたのは、彼らとお揃いの狐面。鼻と口部分がキュッと膨らんでいる状態で着

けられるよう、肌との接地面にぐるりとテープが貼られている。

『──』

 色だとか形だとか、好みだとか。或いは外からなんて視えもしない、頭の中の考えとか。

他人の歴史だってそう。元々皆が皆で違っている。そこに優劣をつけたがるのは──只々勝

手な、誰かの都合であってきた筈で。

 でも僕は、この日仮面を被る。

 不思議と落ち着いた。そうかこれが……誰かと“同じ”安心ってことなんだなと思った。

原動力なんだなと思った。

                                      (了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ