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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-107.October 2021
34/257

(4) アドベンチャ

【お題】玩具、主人公、静か

【──その日、何の変哲もなく続くと思っていた日々が終わりを告げ始めた。不意を突かれ

たことも大きかったのだろう。要するに……見惚れていたのだ。】


 普段殆ど人気の無い、校舎同士に挟まれた小さな中庭。

 その奥にぽつんと生えている古い樹の下に、一人の少女が立っていた。見覚えのあるうち

の制服と、舞い散る木の葉と共に靡く長くて艶やかな黒髪。そしてこちらに気付き、フッと

俺の方を見つめてくる瞳。

 そうだ。俺は、このを知っている。


「……ハル君?」

「もしかして、雪奈……なのか?」

【幼い頃、父親の転勤に伴いこの街から引っ越して行ってしまった幼馴染。】

【最初こそ手紙を書くだの会いに行くだのとのたまっておきながら、段々と色気付くのも手

伝って実現すら出来ず、すっかり疎遠になっていた相手。もうお互いに、忘れた方が身の為

だろうと言い聞かせることで、押し込めていた記憶。】

「っ! やっぱりそうだ! ハル君だ、ハル君だ~!」

「ちょっ……!? い、いきなり抱き着く奴があるかっ! 歳を考えろ、歳を! あれから

もう十年だぞ? お互いもう高校生なんだから──」

「そっかあ。もうそんなになるんだあ……。ふふっ、でもハル君は変わってない。あの頃の

ハル君のまま」

「いや、変わるだろ……。流石に……」

【なのにこいつは、子供の頃と同じように俺を見つけると一目散に駆け出して来て。】

【こっちが慌てて、止めようとするのも何のその。すっかり、その……成長した身体を全力

で押し付けて来ながらニコニコと満面の笑みを浮かべる。】

【……もしかして、こっちの気も知らないでからかっているのだろうか? いや、俺の記憶

にあるこいつは、そういう策略とは寧ろ逆の性格──ぶっちゃけ天然っぽい奴だ。本当に言

葉の通り、昔のノリのままこんな事をしているのか? それともこの十年で、小賢しい知恵

をつけたのか?】


 正直を言えば……嬉しかった。あのまま放置してきたのだから、てっきり怒っているかと

思っていた。嫌われたんじゃないかと思っていた。そんな不安を確かめることすら怖くて、

ずるずると今日まで来ていたというのに。十年もの月日が過ぎたっていうのに。

 いや……流石に都合が良過ぎるんじゃないか? 綺麗な記憶ばかりが俺の中には残ってい

て、俺を騙そうとしているのかもしれない。俺の勝手な解釈で、目の前の出来事をガッツリ

改変していてもおかしくなかった。


「変わんないよお……。この感じは、ハル君だよ。ハル君の匂いだよ~」

「……説明になってないぞ。っていうか、いつまでくっ付いてるんだよ! 誰かに見られた

ら勘違いされるだろ!?」

【多分、当時からこいつに振り回されてツッコミ役に回らざるを得なかったことを言ってい

るんだろう。その意味では本人も、あの頃のようにまるで子犬のように俺にじゃれついて離

れない。】

【こっちが顔を真っ赤にしているのを、必死に見られまいと頭をそれとなく押さえようとし

ているのを、意にも介さず再開を喜んで……くれている。多分。俺に密着して、文字通り俺

の匂いを嗅いでいる。しかし、本当にワンコだな……相変わらず。】

「勘違いって……何が?」

「えっ?」

「別に私は、それでも良いんだけど」

「──」


 ここは素直に男として喜ぶべきなのか? それとも彼女が覗かせた一面に、恐れを覚える

べきだったのだろうか? 少なくとも“今”は解らない。


【前言撤回。ワンコだって、成長する。大なり小なり強かに。】


 ……? 今はって何だ?

 俺は現在いま、現実に起きている出来事を見ているんじゃないのか? 幼馴染の女の子と、久

しぶりの再会を果たしたんじゃないのか?

 俺は、このを──。


 ***


「ふ~ん? それで“ただの”幼馴染、ねえ……」

「止めてくれ、そんな眼で見ないでくれ……。俺だって不意打ちみたいなモンだったんだ。

久しぶり過ぎだとか何でうちの学校に? とか、色々あり過ぎて頭がついてゆけなかったん

だよ……」

「でもしっかり堪能したんでしょ? それぐらい有名税として受け取っときなさいよ」

「ううっ……」

【転校初日の女子に抱き着いた男子がいるらしい。】

【迂闊だった。雪奈とばったり出くわしていた俺の姿を、どうやら他の生徒に見られてしま

っていたようだ。】

【判ったのは翌日の登校後、教室に入った瞬間に伝わってきた違和感──というか、露骨な

やっかみだったり蔑んだ(主に女子からの)眼差しだったり。実際には抱き着いてきたのは

雪奈の方なんだが、当然目撃すらしていない殆どの奴らにとっては知ったこっちゃない。結

果として、俺は一晩にして同性からも異性からも爪弾きにされかかっていた。】

【そんな中でも唯一、俺と普通に接してくれていたのは、中学入学時からの腐れ縁でもある

飛鳥。典型的なスポーツマン……ウーマンって奴で、性別の垣根を越えて今でも馬鹿を言い

合える仲だ。とはいっても、こいつがこんな状況を弄ってこない訳がない。】

「まあ、時間が過ぎれば皆も落ち着くでしょ。それより、雪奈ちゃん……だっけ? こっち

に戻って来るのに、あんたに連絡の一つも寄越さなかったの?」

「びっくりさせたかったんだとよ。あの後たんまり説教しといた。びっくりどころか心臓止

まるかと思ったよ……」

「あははは。だったら大成功じゃん。許したげなよ? 幼馴染でしょ? 十年越しの感動の

再会。見た感じ、凄い良い子っぽいしね」

「チッ……。他人事だと思って」

「うん。他人事だもん」

「……」

【通り道を挟んで隣同士の席から、そうニシシっと笑う飛鳥あくゆう。】

【確かにまあ、雪奈自身に悪意は全くないんだろうなあ……。十年ぶりとはいえ、あいつの

機嫌諸々は見てれば分かる。実際こうして話している間も、他の女子達に囲まれて質問攻め

の最中だ。だってのに、ニコニコと既に皆と打ち解けてやがる。】

『~♪』

【ちらっと、俺達の視線に気付いた。】

【笑顔はそのままで、こちらに軽く手を振ってくる。】

「……愛されてるねえ」

「昔っから、あいつは大体あんなモンだぞ? 人好きがするから、近所の小父さんや小母さ

んにも随分可愛がられてたっけ」

「ふぅん……?」

【俺にとっては何の事はない思い出話、あいつについての情報だったが、飛鳥には違ったら

しい。暫く机の上で頬杖を突き、ぼうっと皆に囲まれるその横顔を見ている。】


 ──そうだ。だから俺は、この時点で周りが変わり始めていた事に気付くべきだった。俺

や雪奈の根っこが変わらなくとも、大なり小なり影響される者はいる。良し悪しとは結局、

見る側にとっての都合でしかないのだから。

 上手く、立ち回る、べき……?


「小父さん・小母さんとあたし達じゃあ、まるで違うと思うけどねえ。前提というか、見え

ている世界の違いっていうかさあ」

「あん……?」

【多分この時、飛鳥は飛鳥なりに俺を心配してくれていたのだろう。警告してくれていたの

だろう。】

『──』

【俺は気付いていなかった。転校生として一躍有名人となった雪奈とその取り巻きを、忌々

しげに観察する女子達のリーダー格、九条花織の動向に。】


 ******


「すみません、この度はお姉ちゃんが色々やらかしまして……。先輩も今回でよくご理解さ

れたと思いますけど、物凄く負けず嫌いな性格で……」

【花織のグループが起こした騒動が収まってから数日。】

【俺はいつものように部室に足を運んでいた。室内には既に風莉ちゃんが来ており、同じく

部長の分と合わせて、手慣れた様子でお茶を淹れてくれる。】

「気にするなって。悪目立ちした雪奈にも多少の非はある、あいつも学習しただろ。そもそ

も風莉ちゃんが謝る事じゃない。寧ろ今回の騒ぎについても、色々と手伝ってくれた側じゃ

ないか」

「うう……先輩はやっぱりお優しいですぅ~。だから雪奈さんも──」

「あ? 雪奈が何って?」

「……平賀君。それは野暮ってものだよ。君も、もっと学習した方が良い」

「はあ。部長がそう言うんなら、そうなんですかね……?」

【正直今回だって、風莉ちゃんが花織の妹じゃなかったら、溺愛している妹じゃなかったら

収める方法すら思い付かなかった。部長も部長で、その頭脳を存分に活かしてフォローに回

ってくれたからこそ、最後にあのどんでん返しが可能だった訳で。

【……。普段の変てこな発明品のがなけりゃあ、もっと求められたっておかしくない人なん

だけどなあ。】

「どうかした?」

「い、いえ。部長は偉大だな~と」

「そう」

【眼鏡をスチャッと、ブリッジを軽く触って一瞥してくる眼差し。】

【まさか俺の心を読んでる訳──ないと言い切れないのが恐い。この人、その気になれば作

れそうだからなあ。やっぱオカ研じゃなくて、科学部とかにすりゃあいいのに。……まあ、

既に在るし無理なんだろうけど。】

『……ふう』

【ずずっと、風莉ちゃんの淹れてくれたお茶で一服。はあ~、生き返る。】

【本人がコスプレ好きというのもあるけど、メイドさんの衣装が本当に良く似合う。ってい

うか、他のを着たって全部似合うだろうしなあ……。無理筋があるとすれば、背丈の要る類

のものぐらいか。でも風莉ちゃんは、この小柄だけど元気に動き回るのがいいんだよ。ご奉

仕って感じで癒されるんだよ……。いかん、花織と段々同じ嗜好になってきてる。】

「でも良かったです。お姉ちゃんと雪奈さんが仲直りできて。更に二人が部員になってくれ

たことで、この場所が無くなるっていうピンチも遠退きましたし」

「そうだなあ。先輩も来年で卒業だから……。殆ど幽霊みたいな俺が言える立場じゃないで

すけど」

「構わないさ。籍だけでも入れてくれていたからこそ今がある。事実私達という集まりが存

続していからこそ、百瀬君という君の幼馴染、転校生が抱える事になった問題にも対処する

事が出来た。君の行いには意味があったんだ。たとえそれが、君にとって“偽善”に過ぎな

かったとしても、ね」

「……」


 思えば俺は、色んな誰かに首を突っ込んでいたんだなと再認識する。痛感する。

 まるで予めそうする事が“決められていた”かのように。それらを大前提として自分の周

りが動いてゆくかのように。

 ──勘付いた頃から、怖くなった。大抵の奴は気付きすらせず、或いは“そういうもの”

だと思い込んでスルーしてゆく。実際そうした方が楽なんだろう。言ってしまえば一番確実

な“幸せ”ですらある。

 それでも……。俺はやっぱり耐えられなかったんだ。


 ***


『いつまでも、友達でいられる訳がないだろ!』

 雪奈ほどじゃなくとも、何年も一緒に馬鹿をやってきた腐れ縁。だけど男と女だっていう

事実から、あいつは何時しか目を逸らせなくなっていて。


『そりゃあ……最初は雪奈が目障りだったからよ。ライバル心バチバチだったわよ。でも、

でもっ! そんなあの子が十年も想い続けた相手だからこそ、人となりに触れてきちゃった

からこそ、私はっ……!」


 最初は今年同じクラスになったというだけ、お互いに素顔も何も知らない皆無の接点。そ

れでも雪奈という新しい風が偶然にも、俺達の関係を大きく変えた。変えて、ぶつかって、

着地点を見つけて。同じ部活の仲間になる内に……知りたいと思う。相手になる。


『我が儘なのは分かってます! お姉ちゃんじゃなくて、私を見て欲しい……。先輩を知っ

たのは、私の方がずっと先なんだからって……』

 まさか、姉妹揃ってあんな事になるなんて当初は考えもしなかった。ただ物好きにもオカ

研の扉を叩き、くるくると毎日色んな表情を見せてくれる、愛らしい後輩だとばかり思って

いた。だけど当の彼女は──それ以上の気持ちをずっと抱えて苦しんでいたんだ。苦しませ

てしまっていたんだ。


『楽しかったのは本当だよ。前にも話した通り、君があの時手を差し伸べてくれなければ、

この部も君や風莉君との思い出も作れなかっただろう。感謝している。……正直、私自身も

驚いているよ。こんな感情とは、とうに縁を切った心算でいたものだからね』

 何時も俺の予想斜め上を行く天才。そして学園きっての変人。

 それでも良かった。俺にとっては、乾燥し切った毎日を繋ぎ止めてくれる、不思議で頼り

になる先輩だったから。それで充分だったから。なのに……。


【選べる訳、ないだろ──!】


 いや、本当はずっと始めから決まっていた。十年ぶりに再会したあの時から、俺の挑戦は

始まっていたんだ。今度こそ、やり直したいと心の何処かで叫んでいたんだ。

 なのにどうしてなんだ?

 俺はあいつを、雪奈を選びたいのに、伸ばした手を取ってくれる相手が違う。“毎回”違

ってくる。嫌な訳じゃない……嫌じゃないんだけど、ふいっと我に返る事がある。これは本

当に俺が“自分の意思”で選んだ結末なのか? って。

 まるで誰かが俺の物語うんめいに干渉して、片っ端から雪奈との未来を潰して回っているかのよう

な。見えない力で遮られているかのような──。


 ◆◆◆


「あ~、止めだ! 止め止め! こんなの殆ど詐欺みたいなモンじゃねえか! メインヒロ

インの前に、残り全員のサブヒロイン攻略必須ぅ? 話も何も重いしよ……。こんなん、初

見で解ける訳ねえだろ……」

 散らかり放題の自室で、はたして彼は握っていたコントローラーを放り投げた。ガタ、ガ

タンと同じく物だらけのテーブルの上を数度バウンドし、小振りのクッションの下に沈む。

彼は大きく嘆息を吐き、青く光る目の前──据え置き型のPC画面を見遣った。

 立ち上げていたゲーム内には、暗雲立ち込める夜空が背景として映し出されていた。雨の

降りしきるSEが延々と流れ、画面下三分の一ほどは、行き詰まりを示すように『END』

文字テキストが素っ気なく維持され続けている。

                                      (了)

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