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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-155.October 2025
275/285

(5) 区画JK

【お題】扉、箱、迷信

「ねえねえ、聞いた? また出没したでたんだって“ノッカーマン”」

 休み時間中の教室で、柚季は早速仕入れた噂話を前の席の親友に伝えるべく、そう肩を軽

く叩きつつ口を開いていた。

 ふんわり、セミミドルの髪と丸くした瞳でこちらを見つめてく楚々とした少女。

 最初一瞬こそ物理的な刺激にハッとしていたようだが、すぐに用件がこの親友ともの悪癖だと

判ると、眉をハの字に下げてから言う。

「もう……ユズちゃんってば。あんまり嬉しそうに話すことじゃないんだよ? 犠牲になっ

ちゃった人達のことも考えて?」

 “ノッカーマン”。

 ここ数ヶ月で瞬く間に広まった、いわゆる都市伝説に括られるものの一つだ。

 ある時何の前触れも無く、近くの「ドア」からまるで異空間でも通って来たかのように現

れ、標的の命を奪うのだという。語り手によって脚色の違いはあるが、全身を見慣れぬ防護

服で覆っていること、不思議な光る小箱を携えていること、何より先述の「ドア」を通じて

現れることからその異名が付いた。

 ざっと聞けば他のそれらと同様、眉唾物の作り話ではないかと思われていたが……実際に

彼(?)から逃げ延びたと証言する者が現れたことで、市中にはにわかにざわめき出した。

加えて一連の都市伝説が語られるようになった時期と前後し、各地で謎の行方不明事件が頻

発するようになった事実も、その現実味を後押しする一因となっている。


『本当なの! 防護服を着た化け物に追われて……!』

『光る箱みたいなものからこう、光線ビームがスビャア~って! そうしたら、直撃した連れが、

目の前で“塵になって消え”ちまったんだよ!』

『こいつが例の……! と出くわして、死に物狂いで逃げて……。気付いた時には居なくな

ってたんだ。よく分かんないけど、諦めてくれたってことなのかなあ?』


「──わ、分かってるよお。そんな真面目マジトーンで言わなくても……」

 故に柚季は、この親友・桃子からの窘めを苦笑いで誤魔化すしかなかった。台詞自体は尚

も懲りていない感じだったが、犠牲者というフレーズを出されると白けるよわい。翻せば、彼女の

方が噂を信じているという証左になるのかもしれないが、少なくともその関心の向き方は自

分とは正反対なぐらい“真剣”である。

「別の学校だけど、私達の一個先輩が少し前から行方不明だって聞くよ?」

「モモは、その人も“ノッカーマン”に消されたって思ってるの?」

「……多分。ぴったり犯人かどうかは分からないけど、最近のいなくなったり服だけ残って

いたりなんて話が多過ぎるもの。何か、私達の知らないとことで良くないことが起きている

んじゃないか? って気はするんだ」

「まあね……」

 そんな不安げな桃子しんゆうの顔を見て、柚季はそれ以上件の話題をゴシップとして笑い飛ばせな

くなった。普段からお調子者の彼女でも、ここから更にごり押しして良い空気でないことぐ

らいは流石に分かる。

 こういう話はその実、実在なんてしないと心の中で思っているからこそ気楽に話せるもの

だ。その点、大前提を疑い始めてしまえば、やれミステリーだのホラーだのと区分けする余

裕すら無くなる。過ぎれば、恐怖で日常生活もままならなくなる。

「分かった。分かったよう……。変な話題出してごめんね?」

「ううん、大丈夫。実際噂が先か、物騒になってきたのが先かだと思うし……」

 おろおろ。半ば根負けしたように柚季は言う。自分はただ雑談をしようとしただけであっ

て、親友を徒に怖がらせたかった訳じゃない。ふんわりしただけど、言い換えればそれだ

け繊細だとも取れる。

 尤も対する彼女の側も、努めて大事じゃないといった体で苦笑わらっていた。軽く目の前で手

を振ってそう一言。自分なりに、ここ暫く周辺に漂う変化に理屈を付けようと試みている。

「──」

 ただこの時、二人とも気付いてはいなかった。自分達を遠巻きの席からじっと横目で見つ

めている、伸びた髪で表情を隠す陰気なクラスメートの男子の存在に。



 人の噂も七十五日。どれだけ世間を騒がせる不可解な事件・陰謀であろうとも、新しく投

下される“燃料”が無ければ人の興味は続かない。実際は以降も犠牲者は出続け、その度に

行方知れずとなった彼・彼女の家族や友人が悲しみに暮れていた筈だが、多くの他人びとは

そんな個別の事象すら顧みなくなっていた。いや……或いは意図的に見ようとしなくなった

のかもしれない。柚季かのじょを含めて。

「──おっ待たせ~。や~、ごめんね? 思ってたより遅くなっちゃって」

「ううん、平気。こっちはこっちで、自習が捗っていたしね?」

 数日、いや半月以上? その日部活を終えた柚季は、いつものバーガーショップの二階で

桃子しんゆうと落ち合っていた。外はすっかり夕暮れが濃くなり、程なくして暗くなってしまうだろ

う。にも拘らず、彼女は待ってくれていた。注文し、とうに食べ終わった包み紙とシェイク

の空ボトルを傍らに、言葉通り参考書やノートが数冊広げられている。

「真面目だねえ……」

「ユズちゃんも、インターハイ終わったら私と同じ状況になるんだよ? 就職だって進学だ

って、受験みたいなことはやることになるんだし」

「おおう……。言わないで、言わないで……。あたしは今を生きてるんだ……」

 ニコニコと正論を投げ返してくる桃子に、柚季は露骨に渋い表情かおをして頭を抱えるポーズ

を見せた。昔から身体を動かすことは大好きだが、勉強はからっきしなのだ。逆にこの親友

は、若干運動音痴であるものの、ピアノも弾けるし学年でも優等生の部類に入る。凸凹コン

ビだが、不思議と互いに馬が合った。大の親友であり続けてきた。

「ふふ。じゃあユズちゃんが食べ終わったら、一緒に帰ろ?」

 日毎の予定次第で見送られることもままあったが、これが二人の大まかな放課後の過ごし

方だった。運動と勉強、別腹で減った糖分を補給しつつ暫し雑談に花を咲かせ、その後別れ

る地点まで一緒に帰宅との途に就く。

 その日も、全く変わることなど無い筈だった。大会前で柚季の側が、練習に熱が入って延

び延びになってしまいはしても、それは何も今日に限った話ではない。

「でさ~? それであたしはミカに言った訳。それを言うなら止まっちゃ駄目じゃん、て」

「あははは……」

 日はすっかり沈み始めていた。代わりに街のネオンが方々を照らし、同世代の学生達や足

早に歩いてゆくビジネスマンなど、時折僅かな通行人とすれ違う程度に周囲は慎ましい。

「──あれ? 工事中……?」

 ちょうど、そんな最中の出来事だった。いつもの横断歩道とおりみちが、道路工事の一環で囲いを付

けられ、中でガンガンとアスファルトを削る音を立てている。交通整理のおじさんがこちら

に気付き、赤色灯をくるり側方へ──迂回してくれとサインを出してくれたものの、二人は

事前に知らなかった事態に思わず顔を見合わせる。

「まいったなあ。モモと別れるところの最短ルートはこっちなんだけど……」

「仕方ないね。遠回りしましょっか」

 踵を返し、スマホを取り出して地図アプリを起動。自分の頭で考えるよりも先に、文明の

利器に頼ることが標準になっているムーブを取って辺りを見渡す。

 昼間は見慣れた学校近辺の景色も、日が落ちてしまえばこうも様変わりして見えてしまう

ものか。柚季は内心、数拍ネオンの空を見上げてえも言われぬ感覚を受けながらも、足を止

めずに歩き続けていた。傍らの桃子も、きょろきょろと辺りを見渡し、一緒になって覗き込

んだ地図アプリの示す迂回ルートの通りに歩いてゆく。


 都市伝説“ノッカーマン”。

 あちこちで起きている、行方不明事件のニュース。

 つい最近まで、ああもゴシップ界隈で騒がれていた、私達の世界を覆う不穏。


 もっと早く、気付くべきだったのだ。そうでなくとも用心する意識は持ち合わせておくに

越した事はなかった筈だ。

 何日か前、加熱する噂話に怯えていた親友とも。隣を歩くその当人とも

 空は青と黒の境目のインクを落とし、ネオンの光が辛うじて視界を確保しようと呻いてい

る。下ろした視線、等身大の自分達の周りを囲むのは、不意に入った複雑な路地道。ぽつぽ

つと、挟まれた家屋のガラス戸や勝手口などの「ドア」が並び、二人の行く手と来た道の双

方に配分される。

『──』

 その一つがカチャリと、不意に小さな音を立てて開いた。桃子の肩越しに柚季は確かに目

撃する。

 扉の中が、明らかにただの夜闇ではない、蠢く不気味な翠のサイケデリックの羅列に彩ら

れていたさまを。そこからぬるりと現れ、桃子しんゆうに狙いを定めようとしていたのが、例の都市

伝説通りの防護服姿の人影であったことも。左の掌に、同じく淡い翠色に輝く小箱キューブ状の何か

を浮かせていたことも。

「危ない!」

 殆ど反射的、咄嗟の判断だった。柚季は背後を取られたまま、何が起こったかも分かって

いない桃子を庇うように、次の瞬間彼女を自分の身体もろとも押し倒した。しかし対する防

護服姿の人物、その携える小箱キューブから放たれた光線が僅かに、桃子の左肩を掠めて飛んでゆく。

「ぐっ……!?」

「モモ! モモぉ!」

 タイミングが遅かった。いや、もっと遅ければ直撃していたか。

 痛みに顔を歪めてうずくまった彼女を、柚季は絶叫しながら抱き抱えた。見れば掠めたと

思しき左肩の一点が、制服のセーラーごと不自然に焼き切れているのが分かる。……そう、

不自然にだ。

 翠の光線レーザーは彼女の制服の生地を貫き、その皮膚部分を“丸ごと分解”しているように見え

たからだ。

(何これ……? 焼き切れて、じゃない。削れてる? チリチリ、モモの身体から蒸発して

いるみたいな……?)

 柚季はようやく被害を把握し、ぞっとした。もし自分が気付いて庇うのがもっと遅れてい

たら、さっきの光線レーザーの当たった範囲がもっと大きかったら……? モモは腕はおろか胸辺り

も吹き飛ばされていたのではないか? 即死していたのではないか?

『●◇■◆◆◎?』

 防護服の男、もとい“ノッカーマン”は言う。だが全身に着込んでいるそれの所為か、そ

れとも端から言葉の通じない異質な存在だからなのか、柚季には何を言っているのかまでは

聞き取れない。ただ掌の小箱キューブを展開したまま、ざり、ざりっとこちらとの距離を詰めようと

して来ているのは見える。今度こそ確実に当ててやる──そんな害意を伴った理由でもって。

「お前……!!」

 本当にいやがった。相手があの“ノッカーマン”だということは、柚季にも直感として判

った。都市伝説などという遠回しな方法ではなく、存在は本物だったのだ。

 何の謂われもなく、突然親友を撃たれたことで上る頭の血の一方、彼女は一挙に様々な情

報を思い出していた。当初はゴシップとして耳に入れていた一連の事件、行方不明だの服だ

けが焼き切れて見つかっただのという噂。逃げ切った場合もあるという証言。

 彼らは皆、こうやって“消された”のではないか? それこそ直撃すれば、文字通り塵と

なって消えてしまうぐらいに。見つかっても焼け残った現場の衣服ぐらいなもので。それ故

に足取りを追う術もほぼほぼ失われて。

 ちらり。ぎゅっと目を瞑って苦しんでいる桃子しんゆうを一瞥して観察する。焼き切られたピンポ

イント以外、目立った外傷は無さそうだ。だがそれで今後広がらないとも限らない。二発三

発と撃たれてしまえば、彼女も自分も無事では済まない。

(だったら──!)

 よくも!

 親友が襲われた怒りがいよいよ優勢になり、柚季は彼女をその場にそっと寝かせたと思っ

たが同時、地面を蹴ってこの防護服の男に迫った。先の一撃で焼き切れた余波、壁の金属管

が切断されてちょうどよい鈍器になって転がっていたのを、柚季は見逃さなかった。低姿勢

でこれを拾いつつ両手をぐんと構え、驚いている相手の顎下へ向かって振り抜く。ガィン!

と、鈍い音が人気の無い路地道にこだました。

『……◆、◆×○!?』

(効いてる。逃げれたって奴の話は本当だったんだ)

 身体能力は自分達とそれほど変わらない。飛び道具持ちなら、逆に詰めてしまえば殴り放

題だ。即席の金属パイプを躍動する体勢から握り直し、更なる一打を加えんとする。大きく

ぐらつき、面貌の下で何やら悪態らしきものを吐いている防護服の男。想定外だったのは、

標的が奇襲されて恐れをなすタイプではなく、逆に大切な人を傷付けられて即座に激昂する

タイプだったことだろう。

「運動部……舐めんな!!」

 だが、勢いに任せた彼女の反撃もそこまでだった。防護服姿の男はよろめかされた体勢な

がらも尚、掌の輝く小箱キューブにもう片方の手を突っ込むと、その一部をビームサーベルのように

可変させて抜剣。彼女の得物を切断してしまったのだった。

 先端と握り手方面、分割されてくるくると吹き飛んでゆく金属パイプを目を丸くして視界

に映す柚季。

 その間、実際の時間としてはごく短いスローモーションの世界で、男は返す手で今度は彼

女自身を狙ってサーベルを振り下ろし──。

「おらァッ!!」

『!?』

 防いだ。防がれた。次の瞬間割り込んできたのは、柚季を庇うように翠色の結界盾のよう

なものを展開してタックルを喰らわす一人の少年──彼女と桃子のクラスメートでもある男

子生徒だった。尤も、突然の事も相まって、当の柚季自身は全くの“見知らぬ人”扱いだっ

たが。

「あっ、あんた誰……?」

「だろうな。普段接点ねえし。それにしたって……。ああ人の集まるところでくっちゃべっ

てたら、次は自分達を狙ってくれってあいつらにアピールしてるようなモンだぞ?」

 加えて、教室で見かける時の姿とは違い、表情を隠していた前髪をオールバックに上げて

いたこともあったのだろう。

「臼井──臼井瑛太。それよか今は、助かることだけ考えろ!」

 簡単な、大雑把過ぎる自己紹介。それでもお互いに、状況が状況で切迫していることだけ

は否が応でも理解せざるを得なかった。解った上で、助けに来てくれたのだった。

『■……●ッ! ▽い、□◎●て×■◇持っ▲る!?』

 そして柚季は確かに見た。聞いた。

 危機一髪のところへ駆け付けてくれたクラスメート・臼井の左手に、この防護服の男と同

じものらしき腕パーツが着けられていたのを。その甲や掌に埋められた丸い宝石のような部

分から、件の翠に輝くサーベルなり盾といった武装を展開しているらしいことを。

「……? 今、何て?」

『◇◎●×ッ! どうして貴様が、それを持っている!?』

 何より驚きだったのは、急に防護服の男の声が自分にも解るような言葉で聞こえ始めてい

たことだった。

 すぐ近くに彼が、臼井が来たから? 彼が何故かは分からないが、奴と同じ装備を持ち込

んで来ているからなのか?

「さてな……。大体同じなんじゃねえか? お前らがそうしているように、ぶちのめした相

手から剥ぎ取って手に入れた、とかよ?」

『この、被造体キャスト風情が! ここはもう、廃棄区画ジャンク・プールなんだよ! さっさと“リソース”を回収

しなきゃならねえってのに、余計な邪魔ばかりしやがって……!』

 正直、何が起きているのか分からない。だが少なくとも、この防護服の男──ないし男達

は、自分達人間を露骨に見下していることは分かった。ジャンク? リソースを回収? 相

手の正体もそうだが、彼・臼井の素性もそうだ。何故彼は、相手と同じような、左手部分だ

けとはいえ力を使える? パーツさえあれば誰でもなのか? 今さっきこうして、自分を庇

ってくれたのと同じく、親友モモを危うく消し炭にすることも……。

「おい。姫島にこれ使え。削られた部分を取り戻せる筈だ」

「えっ? あ、うん……」

 すると臼井は、こちらに振り向くこともなく防護服姿の男と相対したまま、左の掌側から

生成した小箱キューブの一部を千切り、何度か揉み解してから放り投げきた。柚季が咄嗟に受け取り、

おずおずと手の中を見てみると、少し粘り気のある丸薬のような形状になっている。

「急げ! お前も姫島も、次は全身丸ごと持ってかれるぞ!」

「──っ!? わ、分かったわよ!」

 柚季は半ば転がるようにして、臼井の背後から離れた。後方に寝かせたままだった、桃子

の左肩口の傷に先程の丸薬を押し当ててみると、確かにその喪失した分をパテで埋めるが如

く、綺麗さっぱり元の形を取り戻す。心なしか、目を瞑ったままの桃子の表情も穏やかにな

ったような気がする。

「なあ。もう今夜は帰ったらどうだ? 知ってるんだぜ? お前ら、毎回そう“こっち側”

には長居はできねえんだろ?」

『チッ……そこまで嗅ぎ回り済みか。だがそうもいかんだろ。わざわざ手間暇掛けて来てる

んだ。被造体キャストの一人や二人、リソースの塊を回収しとかなきゃ赤字確定でどやされちまう』

 一方で臼井と防護服姿の男も、一触即発の様相を呈していた。互いに相手を煽り、あくま

でこちらが上だとの自意識を譲らず、自身の小箱キューブに力を込めている。

 顔を上げて、息を呑んだ柚季。

 左手のパーツをぎゅっと嵌め直し、眉根を寄せる臼井。

 次の瞬間、結界盾に加えサーベルを取り出した彼へ向かい、防護服姿の男が幾つものうね

る軌道の光線レーザーを撃ち放って──。

                                      (了)

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