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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-153.August 2025
265/284

(5) スパ・ダリ

【お題】悪魔、鷹、剣

「ねえ、聞いた? 今度は赤座の方で事件だって」

「何人もボコボコにされて、死んじゃってた人もいたらしいよ?」

「うへえ。まぁ昔から、あの辺は物騒だからねえ……」

 人の口に戸は立てられないとはよく云ったもので、特にそれがセンセーショナルな内容で

あれば尚更だ。多くは真偽不明、話している本人も確かな出処を知らないなんてパターンは

ざらでも、じっと耳を澄ませていれば嫌でも入ってくる。

 話しているのは、主に女子生徒達。この手のものは年代関係なく相性が良いのだろうか。

「大方、不良とかの抗争じゃないの? 近付かないようにすれば平気平気」

 授業と授業の間、雑談のざわめき。

 クラス教室で飛び交う一つに過ぎない件の話題は、程なくして他のそれらに紛れるように

消費されきえていった。信憑性、関連性、身近さ。殆どの場合、誰もそんな“他人事”を一々気

を配りはしない。首など突っ込まない。


「よう、タロー。ちょっと、面貸せや?」

「……」

 そうだ。本来ならば突っ込まない。

 大抵の人間は、己の保身と天秤に掛けて興味・関心──意識の俎上に載せる。真剣に取り

扱うかを決めている。……裏を返せば、もしその当人にとっての“利益”があるのなら、評

価は反転し得るということだ。

 たとえどれほど、その理由が自己中心的で、享楽的なものだとしても。

「──オラァ! 何でこんだけしか持って来てねえんだよ!? 普段の額ぐらいてめえの頭

でも分かってるだろうが!」

「ったく……。折角今日は放課後、パーッと遊びに行こうって話してたのに、これじゃあ予

定も全部組み直しじゃねえか」

 学内の素行不良なグループに目を付けられるようになって以来、平本は事ある毎に校舎の

裏手に呼び出され、金をせびられていた。要するにカツアゲである。彼が碌に抵抗して来な

い物静かな性格であることをいいことに、金の有無によっては、数人で寄って集って殴る蹴

るの暴行も概ねセットで付いてくる。

 この日も、不良達は目論んでいた額に足りなかったことで機嫌を悪くし、最早躊躇う間も

なく彼へと直接その鬱憤をぶつけていた。身体をくの字に曲げ、俯いた口から声が吐き出そ

うになる。だが、余所に聞こえてしまうとまた連中の不機嫌に油を注ぎかねないため、彼は

ぐっとそれを呑み込んだ。肩でする荒くなった息と、口元に垂れる一筋の唾が衝撃の程を物

語っているかのようだ。

「……おい、それぐらいにしとけ。あと、顔は絶対止めろよ? すぐバレる」

「分かってらあ。こいつがヘタレでも、何処のどいつが勘付いてチクるか分かったもんじゃ

ねえからな」

 メンバーの一人が、そう暫くストレス発散目的に切り替わった暴力を眺めつつ、頃合いを

見て淡々と釘を刺した。残りの面子もその辺りは知恵が回るようで、正直まだ蹴り足らない

のを抑えながらもぶっきらぼうに言う。

(だったら、始めからこういうことやらなきゃ済む話なんだけど……)

 平本は前髪に隠れた表情、俯いた体勢のまま、そんな彼らのやり取りをしっかりと聞いて

は辟易していた。一対多数、それも荒事ばかりに興じてイキっている連中ばかりが相手だ。

普通の人間ならばまず抵抗したって敵わない。余計にタコ殴りにされる。

 少なくとも奴らは僕のことを、ただの気の弱いカモだと信じ込んでいる……。

「──あら? 随分と楽しそうじゃない。わたくしも混ぜてくださる?」

 ちょうど、そんな時だった。基本的に特段の用でもない限り、通り掛かることさえないこ

の校舎裏の一角に、一人の女子生徒が近付いて来た。

 何処か古風にさえ感じる、黒いセーラー服姿と肩に届くか届かないかほどの切り揃えた黒

髪。赤いかんざしのようなヘアアクセと同様、まるで血色のように赤いその瞳は、見る者を思わず

震え上がらせる“凄み”がある。

「げっ……」

 不良達が、そんな彼女の姿を見て思わず短い声を上げていた。拙い。さもそう言わんばか

りの引き攣った、隠し切れない苦手意識のそれが見て取れ、気付けばカツカツと自分達の後

ろから距離を詰めて来てた彼女に一歩二歩と後退りをする。

「拙いって。霧崎は拙いって」

「っ、分かってるよ! ……行くぞ」

 半ば散り散りになりかけた集団を引き戻し、且つ要らぬ被害が出ないように、そそくさと

場から立ち去ってゆく不良達。彼女、霧崎と呼ばれた女子生徒は暫くそんな彼らが慌てて逃

げてゆくさまを冷ややかに流し見ていたが、それも束の間。すぐさま正面に向き直り、次の

瞬間にはつい先刻まで殴る蹴るの暴行を受けていた彼、平本太郎の下へと駆け寄ってゆく。



『霧崎芽伊。あいつはやべえんだ。理屈じゃねえ。何というか、その辺の人間じゃあありえ

ない圧みたいなものを持っているっつーか、何つーか……』

『噂じゃあ、何処ぞの社長令嬢だとか、いやヤクザの娘だとか言われてるが……。実際誰も

確かなことは知らねえんだよなあ』

『少なくとも、あいつに絡んだ奴らが軒並み酷い目に遭ってるらしい、ってのは聞いてる。

学校に来なくなっちまった奴もいるし、マジで消されちまったのかも』

『美人なのは間違いねえんだがなあ……。ただ、それを含めても色々とやべえ噂が立ち過ぎ

てるってだけで……』

『大体、あんな中途半端な時期に転校生ってのが妙なんだよ。それって、何かやらかして元

いた所に居られなくなったから、とかじゃねえの?』

『それもだし、何で平本の野郎があいつと仲が良いのか? だよ。妙に懐かれてるっていう

か、明らかに好かれてるしなあ。クラスが同じってだけじゃあ、弱過ぎるし……』

『何であんな、ザ・平凡みたいな陰キャ野郎に……。ぶつぶつ……』


「──太郎様。あまり無茶はしないでくださいませ」

「あはは。大丈夫大丈夫。お陰で前よりはずっと頑丈になってるから……」

 不良達を追い払った後、芽伊は近くの壁にもたれかけさせた平本を甲斐甲斐しく世話──

手当てをしていた。顔はすぐバレるから腹という、連中の悪知恵などとうに把握しているら

しく、手馴れた様子で彼のカッターシャツの下、素肌の腹筋に触れている。

「それに……。これは君の為にやっていることだから。“悪感情”を手っ取り早く調達する

には、ああいう連中が一番だって言ってたじゃないか」

「……それは、そうですけれど」

 ただ一方で、当の本人は微笑わらっていた。本当に目の前の彼女、恋人の為に、文字通り身体

を張っていることを恨んではいない。寧ろ誉れだと捉えてすらいる。

 理解してわかってはいる。それでも彼女は、正直手放しで喜ぶ気にはなれなかった。随分“人間的”

ですわねと、密かに上品な苦笑いを浮かべるしかない。

「そう言えば太郎様」

 一通り手当てもとい、確認作業を終えて服を着せ直し、ごく自然に至近距離まで互いに寄

り添い合って座ったまま彼女が言う。ついでに、本当についでにとすら捕捉せずに、何処か

らともかく一つの革財布を──先程の不良達のリーダー格から“盗り返して”おいたそれを

手渡しながら。

「先日起きた、赤座方面の殺傷事件はご存知ですか?」

「うん。クラスのが噂をしてたのは聞いたけど……。じゃあやっぱり、メイが話に出して

くるってことは?」

 芽伊が話題を振って、平本はすぐその意図するところを汲んでくれる。

 スッと、彼女は赤い両の目を細めた。

「ええ。調べは付けましたそのとおりですわ。状況次第では、今夜にでも」



 ただでさえ治安の悪い地区ならば、日の落ちた後により危険となるのは必然だ。加えて夜

とは逢魔ヶ時──魔に属する者達がこぞって活性化し、動き出す頃合いでもある。

「がっ……!? ごぼっ……」

 夜闇の路地裏。コンクリートジャングルの只中では望めない月明かりの代わりに、辛うじ

て遠くのネオンの光で視界が保てているその一角で、今宵も惨劇が繰り広げられていた。奥

に縦長く、決して広いとは言えない空間に、何十人もの死体が積み上がっている。そこへ新

たに、グチャッ! と顔面を鷲掴みにされ、壁へ叩きつけられた男のそれが加わる。

「ひいっ!?」

 最後の一人、グループの小間使い的なポジションの少年は、先刻から見せつけられるこれ

ら一連の光景にすっかり腰を抜かしてしまっていた。少なからず飛び散った仲間達の血で汚

れ、全身は恐怖を震えている。

『……』

 瞳に映っていたのは、自分と同年代の、別な不良グループ所属の少年。その縁で彼とも、

交友と呼べるほどないが、顔見知りの間柄ではあった。

 ただ、今やその姿は明らかに異質──荒ぶる猟犬を思わせるような、筋骨引き締まった人

狼型の怪物へと変貌していたのである。

(カズヤ……。お前、一体どうしちまったってんだよ……?)

 本当にアレなのか? この前の件も、全部お前がったのか? 少年は声にならない、怯

えた思考のままに戸惑う。

 元々今日は、最近妙にイキリ出した奴をシメる為に集まった筈だった。目に余ると先輩達

が動き出そうとしていた矢先に、あんな事件ことが立て続に起きたからだ。

 まさかとは思いつつも、当初の予定よりも遥かに多い徒党を組んで囲った筈だったのに。

数の暴力で黙らせるあっとうてきゆうりな筈だったのに。

『……』

 なのに奴は、突然どす黒い靄のようなものに覆われたかと思うと、狼人間のような化け物

に変身した。後は一方的な虐殺ショーだ。ブチ切れて、勇みよく挑んでいった先輩達は勿論

の事、一人また一人とこちら側はものの数分で壊滅。現在に至る。

「っ! く、来るな! 来るなあああーッ!!」

 返り血で汚れた両腕や体毛を拭うこともせず、ゆっくりとこちらへ近付いて来る猟犬。彼

もじりじりっと、必死に抜けた腰で後退るが、いずれ後方の壁にぶち当たって逃げ場など無

くなってしまうだろう。ちらちらと、その物理的リミットまでの距離を何度も振り向いては

確認しながら、絶体絶命の危機にもう情けなく涙やら何やらが漏れに漏れまくっている。

『ヌゥ!』

「ひっ──」

 間合いに入られ、振り上げられた腕。

 だが、殺される! と思った次に瞬間、その時はいくら待っても来なかった。訝しんで少

年が恐る恐る目を開けると、気付けば自身が見知らぬ誰かに“お姫様抱っこ”され、化け物

のずっと後方まで移動していたのだった。

 え……? 疑問符すらちゃんと声に出ていただろうか? まるで解らない。思わず見上げ

たこの見知らぬ人物──背格好からして同じぐらいの世代の少年は、フード付きのパーカー

と人相を隠すような前髪をしていて、その表情は読み取れない。ただ自分を助けてくれたら

しいということだけは分かり、すぐにそっと、抱えていた腕を下ろして解放してくれる。

「逃げて。あいつに襲われる前に早く」

 コクコクコク。じゃああんたは? 問い返す言葉は直後皆無の余裕と保身に突き動かされ

る形で発されることはなかった。この間一髪生き残った少年は、何度も小刻みに頷くと、ま

だふらつく足取りを何とか鞭打ちながら疾走。路地裏から表通り方面へと消えてゆく。

『てめえ……何モンだ? 一体何処から湧いて来やがった?』

 暫くの沈黙。或いは相手側の不審。

 先に破ったのは、猟犬風の怪物の方だった。獲物を取りこぼしてしまったことに酷くご立

腹の様子で、露骨に犬歯を剥いて威嚇。ドスの効いた声で彼の方へと近付いて来る。

「……。お前が全部ったのか? この前の事件みたいに」

 平本である。フード付きのパーカーとジーンズ、学校にいる時とは違う私服姿だが、表情

を隠す伸びた前髪と声色は間違いなく彼当人であった。

 ニッと、怪物が嗤っている。それがどうした? と言わんばかりに。実際、直後に放った

一言は、自らが一連の惨殺事件の犯人であることを自白するのに充分過ぎたのである。

『別にてめえには関係ねえだろう? 寧ろクズ共を始末してくれたと、てめえら人間の基準

じゃあ感謝されてもいい筈なんだがよう』

「……そうか。じゃあ、気兼ねなくれるな」

 あ゛? 想定外の返しに、猟犬が半ばキレ気味に呟く。平本はフードの下、それまでずっ

と垂らしていた前髪をぐいと掻き上げると、後ろへ撫で付けた。

 顔の左半分に、火傷のような大きな傷痕が在った。

「まあどちらにせよ、これだけ派手にやられていては時間の問題でしたけど……。流石に貴

方、暴食が過ぎますことよ?」

 加えて今度は全く違う方向、夜闇の中からそう音もなく芽伊が歩いてきながら言う。猟犬

も全く察知できなかったことに驚いたのか、素顔を晒した彼よりも寧ろ彼女の方をじっと目

を見張って見ている。ズズズ……と、そんな彼女の背後から濃い闇色の靄が立ち昇っている

ように猟犬かれには感じられた。

『……なるほど、そういうことか。同族かよ。だったら尚更、こっちの“食事”に首を突っ

込んで来るじゃねえよ! この辺はもう俺の縄張りだ! 邪魔すんならてめえも食っちまう

ぞ!』

「その言葉、そっくりそちらにお返ししますわ。私自身、あまりこの手の補給はあまり好み

ではありませんけど……」

 無遠慮に捲し立てる猟犬の声。一方で芽伊は、ススッと若干しなを作るように平本の下へ

寄り添い、チロリと舌を舐めた。刹那纏い始めていた、先程の闇色の靄が、彼女自身を分解

させるように霧散。彼の全身を覆い尽くし、同じ色味の怪人へと姿を変える。

「──」

 鋭く並ぶ口の中の牙、真っ赤な眼。闇色をベースに金属質にも似た毛皮で全身を覆うその

佇まいは、相対するこの猟犬型の化け物と似通った雰囲気すら感じられる。

『はあ!? 人間と共存してる“悪魔憑き”だとお!? 何で俺達の、餌でしかないような

連中にそんな……』

 ふるふると途中で首を振って、猟犬は改めて語気を強めた。

『まあいい。さっき食い損ねちまった分、てめえに代えりゃあ──』

 しかし次の瞬間である。血管が浮き出る程に拳を握り締め、これに襲い掛かろうとした猟

犬の身体が、気付いた時には既に斬り裂かれていた。両腕や胴体の各所、首から上までが目

にも留まらぬ速さで刻まれ、路地裏の暗がりに舞う。

、ええ……? 何だこいつの魔装、攻撃してきたのが見えなかった──)

 そしてようやくそこで気付いたのだ。

 先程、少なくとも人間である筈の男の方、平本がこちらの意識外から最後の一人を掻っ払

って背後に回ったこと。この疾さは、あれとまるで同じだ。

(間違いねえ! あいつも同族あのおんなと“契約”してる。なのに何で、こっちの邪魔をしやがるん

だよ? 正義の味方面かあ……?)

 一度は切り裂かれ、消し飛んだ自身の四肢や首。

 だがこの猟犬風の怪人は、すぐに己を形成する黒い靄の残りを延ばし直して再生。靄の下

に埋もれていた一人の少年の身体を改めて覆い隠す。

(こいつら、わざと俺を“器”ごと斬らなかった……? いやそれよりも。あの疾さで且つ

この鋭さ、正確さ。できる……)


『そんな所にいたら、風邪引くよ?』

 出会いは忘れもしないあの日。貴方は大粒の雨が降り注ぐ街の片隅で、わたくしを見つけてくだ

さいました。

 明らかに周囲に分相応な姿なのに、疲弊して座り込んでいるのに。

 人間の常識では“触らぬ神に祟りなし”──通り掛かった人間達が等しく無視したり、親

に慌てて手を引かれて立ち去って行ったというのに、貴方だけはそっと自らの傘を私に向け

てくれたのです。何の裏もなく心配してくれたのです。

『……放って、おいてくださいませ。私はもう、長くはありません。貴方達とは違い、特別

な食事でなければ喉を通らないのです』

 最初私は、諦めていました。雨の中、空き地の廃屋軒でぐったりともたれかかっている女

など、何か厄介事を抱え込んでいるに決まっている。下手に話を聞いても、私達は人間を不

幸にしかしないのです。

『私は──“悪魔”ですから』

 なのに、貴方の反応はびっくりするぐらい薄くて。

 思わずそっと顔を上げた貴方の素顔を、私は今もはっきりと憶えています。長めに垂れ下

げた前髪、その裏に隠した大きな火傷痕は勿論の事、そこに宿っていた“今にも死んでしま

いそう”なほど全てに絶望した表情かお……。

『……へえ。本当にいるんだ。見た目は案外普通なんだな』

 端から否定して笑うでもなく、驚くでもなく。

 貴方はとても淡々としていました。悪魔は私の方なのに、何故かこちらの方がじっと、心

の中を窺われているようで末恐ろしかったことを憶えています。

 ええ。私は擦れた声で応えていました。今更そんなことを言っても、どうしようもなかっ

たのですが。

『やっぱりさ? その、さっき言ってた特別な食べ物って、人間の魂だったりする? 何か

願いを叶える代わりにお前の魂を~、みたいな』

『……半分正解ですが、半分は間違っています。私達の主食は“他者の悪感情”──黒く淀

んだ思念そのものをエネルギーとして取り込むのです。まあ一応、そうしなくとも直接食べ

て糧にしてしまうこともありますが……』

 ふぅん。人間達にとっては、本来荒唐無稽な話なのに、貴方は終始信じてくれているかの

ようでした。一しきりこちら側のシステムを把握した上で、何かをじっと考え込んでは想像

してを繰り返して。

『じゃあさ。僕のそれ、食べてみない?』

『え──?』

 だからこそ、貴方の方からそう申し出られた時には正直驚きました。大抵の場合は私達の

側が標的とした人間、或いは契約を交わした人間を焚き付け、十分に淀ませてからいただく

というのが基本的な流れだったからです。

『悪感情を“食べる”ってことは、本人からは取り除かれるんでしょ? だったら、君にも

僕にも、それはWINーWINじゃないかなって』

『……』

 努めて苦笑わらう貴方には、明らかに陰がありました。

 私は申し訳ないと思いながらも少し、貴方の思念を覗いてみたのですが……嗚呼なるほど

食べて欲しいと言ってくる程はあるなと納得したほどです。

『……申し訳ありませんが、あくまで私達が食して除けるのは思念のエネルギーだけです。

その悪感情が生まれる元凶や、因果関係そのものまでも一緒に消せる訳ではないのですよ』

『そっかあ』

 はたして、私の覗き見にも気付いていたのかいないのか。貴方は心持ち残念といった風に

こそ言いましたが、終始纏う雰囲気は一貫していました。

 貴方は言います。傘を差す方、それとはもう一方の空いた手で。

 ヘマをして激しく消耗し、受肉を維持する余力までも失いかけていた私に向けて、救いの

手を差し伸べてくれたのです。

『それでも……いいや』

『ねえ、僕の悪感情ってのを食べてよ。こんな僕みたいな人間でも、君みたいな誰かを助け

られるんなら、今までの境遇も無駄じゃなかったことになるしさ? それにたとえ一時的で

も、楽になれるんなら好きなだけ分けてあげられるよ──?』


「……ちょっと浅かったかな?」

 相手からの反撃に被せるように、目にも留まらぬ速さで切り結んだ“悪魔”姿の平本は、

ザザザッと両足を踏ん張ってブレーキを掛けながら後ろを振り返った。

 手応えはあったが、これまでの経験上、この程度で“悪魔”は死なない。それも自分達の

ような、なるべく彼らに囚われた契約者にんげんを助けることを目的の一つに加えている戦い方をし

ているならば。

 案の定、振り返った時には既に、猟犬風の悪魔は再生を始めていた。これまでのように、

あの黒い靄の下から覗く人体の部分が、奴に取り憑かれた人間の身体なのだろう。

『くっ……! てめえら、何を考えてやがる!? クズどもが跋扈すりゃあ、俺達のとって

は最高だろうが! その上で、こいつみたいな人間の願いに便乗して“間引き”してやりゃ

あ、質も良くなる。自分で自分の首を絞めてどーするんだよ!?』

『そっくりそちらに返す、と言ったでしょう? そんな短絡的な計画、上手くゆく訳が無い

でしょう。貴方がただ貪り食っているだけ。実際、私のような同族に気取られた』

「大体お前に、そんな権限があるでもなし……。元からカオス寄りなんだから、審判なんて柄じゃ

ないだろうに」

 苛立ち、或いは一度連撃を叩き込まれたことで警戒心が跳ね上がったのか、猟犬は全身の

筋骨に力を込めていた。血管を浮き立たせて膨れ上がり、更に体格──破壊力パワーに強化を施そ

うとしているようだ。

(まともには受けたくないなあ……。さっきみたく、こっちは速さスピードで勝負した方がいいか)

 悪魔・メイを纏う平本は、全身という全身からザラリと湾曲した刃を迫り出させ、じっと

この敵の様子を窺いつつ構えた。刃を出した分、闇色主体の魔装──金属質な体毛の色合い

が、白銀とのグラデーションを多く含んだそれへと変わっている。

「メイ。何時ものように、微調整はお願い。先ずはあいつから、中の人を引き摺り出す」

『ええ、任せてちょうだい。──私の旦那様』

                                      (了)

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