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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-153.August 2025
263/284

(3) 盛夏葬々

【お題】十字架、夏、影

 原罪というのは、僕達人間が生まれながらに引き継いでいる罪のことだと云う。ならば生

まれた後に、各々が犯してしまったそれは……業とでも呼ぶべきなのだろうか?


「ほら。次はあんたの番よ」

 暫くぶりのお盆の帰省中に、僕は年老いた両親と共に墓参りに来ていた。山の斜面を段々

畑の要領で切り拓き、確保された古い用地。その一角に先祖代々の墓石は建っている。

 とは言っても、実際の家系図は精々五・六代ほどだろう。よほど名のある家柄でもない限

り、戦後の混乱で大半の人間は故郷も含めて散り散りになって久しい。聞くところによると

僕の祖父もそのようなケースの一人だったらしく、この田舎に移ってきた後に土地を耕し、

親族らと周辺に居を構えるに至ったようだ。

 先に線香をあげて祈っていた母が横にずれ、促すように僕に声を掛けた。父は最初に済ま

せていつもの仏頂面で立ち、この“不孝者”の息子の様子を監視してみつめている。

「……」

 傍に置いてあった水桶で墓石を濡らしてから、数本束の線香をチャッカマンで点して墓石

のへ。流石にこの歳になれば大まかな作法ぐらい知ってはいるが、実際こういう時でなけれ

ば意識すらしないのは間違いないだろう。暫く気持ち頭を垂れて目を閉じ、形だけでも亡き

祖父母やご先祖への祈りを捧げる。

(嗚呼、暑い。しんどい。早く帰りたい……)

 僕が言葉もなくさっさと合掌を終えて横に退くと、それまで黙っていた父が改めて墓石の

傍に近寄って行った。母もそれに合わせて動き、備えていた未開封の供え物を回収する。昔

はそのまま置いて帰っていたものが、いつの頃からかすぐ持ち帰るのがマナーとなって定着

した。家族や先祖の霊という曖昧なものをどうこうする癖に、だって鴉とかが咥えて行って

しまうじゃんというのは、何ともちぐはぐな理屈だなあとは当時から思っていたが。

(……ま、一々指摘したって面倒なだけだし、黙ってやり過ごしておけば)

 内心嘆息を吐きつつ、空を仰ぐ。夏の盛りに訪れた地区の共同墓地は、濃い緑と年々増す

熱波の例に漏れず、ただ立っているだけも体力・気力が奪われそうなほどの憎らしい青空だ

った。

 もっと朝方や夕方、涼しい時に行けばいいものを、二人は他にもやることがたんまりある

からと頑なにスケジュールを変えない。昔っからこう決まっているんだ──こと父は母に、

仏間にしまってある古びたノートを持って来させ、一から十まで供養の仕方なるものを事細

かく指示して終始ピリピリとしている。いや、素がこうなんだったか。

 同じ地区だからか、同じ年代の人間が集まって──残っているからか、見れば段々造りの

所々に他の人影が見える。一人だったり、夫婦だったり。或いは子供連れ・孫連れだったり

と面子は違うが、それぞれの家の墓を参っているのだろう。

「……」

 熱波はしばしば、地面を歪ませるように錯覚を見せる。少なくとも僕にはいわゆる霊感と

いうものはこれっぽっちも無いから、浮かぶイメージは殆どが幻なんだと思う。取るに足ら

ない一人の人間による戯言なのだと自覚わかった上で。


 きっと僕も含め、父や母、遠巻きの墓参りする他人びとの背中に、木の碑みたいなものが

刺さっている。それも一本や二本じゃない。個人差はあるが、それぞれが膨大な数を背負っ

たままこの場所に立っている。頭を垂れて祈り、或いは退屈そうにしている。

 罪。ぼうっと、そんな言葉フレーズが浮かんだ。そう言えばちょうどこの時期は、かつてこの国が

戦火に呑まれ、終止符が打たれた節目の日でもあったっけ。僕は思い出して正直悶々とした。

今朝BGMよろしく、点けっぱにされていたテレビからも垂れ流されていたのだが、毎年こ

の時期にはさも馬鹿の一つ覚えのように特集が組まれる。


 かつて私達は、周辺各国で多くの命を奪った。街を破壊し、森を焼き、今も残る傷痕を刻

んだ。全ては御国の為、正義の為、そう信じ込まされていたものが敵国の一撃で吹き飛ばさ

れてようやく、私達は敗北を認めることとなった。ありとあらゆるものを犠牲にして突き進

んでいた狂気ものを止める為には、それぐらいのことが無ければ叶わなかったと嘯く輩もいる。

 とにかく私達は敗けたのだ。多くの人々を傷付けたのだ。

 だから反省しろ。繰り返すな。子から子へ、孫から孫へとずっとずっと、もう二度とあの

ような惨禍を引き起こさない為にも、率先して自国や他国のそれを止めるよう働きかけるこ

とこそが義務であると。私達に課された贖罪なのだと。


「……」

 言葉は拙い。ただ何となく、この時期に繰り返し繰り返し語られるのはそういった内容の

ものだ。敵味方問わず、かつての戦火の中、或いはその後の混乱によって命を失った人々へ

の鎮魂の祈りと共に、例によって式典セレモニーでは高らかにそう誓いの言葉が掲げられる。ひいては

現在の人々を叱りつける言葉が飛び交う。

 ただ──僕はそのような恒例行事、一億総懺悔的な空気を不快に思う。

 元来信仰とは信じることだ。個人よりは集団の、集団よりも国の。それらを誰もが疑うこ

となく、当たり前のように定着した時、初めてそれらは伝統なり文化というオブラートに包

まれるのだと僕は解釈している。霊魂だの何だの、視えない人間にとってはそうでも割り切

っておかないと普段の生活なんてやっていけない。一々「何で?」を訊いてくるような人間

は、どんな場所だって面倒臭がられるんだから。

 こんなことを言うと、年配世代はきっと深く眉根を顰めるのだろう。

 やれ不信心だの、先祖への敬意が足りないだの。……だからなんだろ。過去から現在、そ

して未来。連綿と続いて来た血縁、科学的にはDNAの繋がりがあるからこそ今自分がここ

に立っているんだぞと“説教”されても、その事実と彼・彼女からの不快感は本来別物の筈

だ。大体感謝というものは自発的に内省──湧いてくるものであって、誰かに強要されるも

のじゃない。全員が全員、そこまで“レベルの高い”人間でもあるまいに……。宗教だの何

だの、ああいうものの悪癖はともかくその点だと僕は思う。自由意志が許されないことだ。

中には懐疑的であり、距離を取りたい者だっているだろうに。まあ、その斜に構えた心持ち

が故に損をするという面は、完全に自己責任ではあるのだろうけど……。


 今は亡き、誰かの冥福を願うこと。

 かつて、未来や大切な誰かの為に、奔走した人々がいたということ。


 ──祈りそのものが悪い訳じゃない。だがそこに今に生きている側、生き残った者達の思

惑が絡むからややこしくなる。静かに哀悼の意を捧げるだけで済むのに、それと同時にやれ

我々は罪人の末裔だの、勝てなかったのが悪いだのと思想をぶつけ合うから、祈りそのもの

までもが穢される。近寄れば面倒臭くなるテーマだと大多数の他人びとから倦厭され、触れ

てはならないようなものに変わってしまう。禁忌タブー化されてしまう。そうなっては件の輩ども

の思う壺だ。先人の想い云々など、何処吹く風やら。

 何が真実だったのか? 何が正しかったのか? そんなことはどうでもいい。少なくとも

祈りの場に持ち出してくる話じゃない。余所でやれ。信仰はかつて科学に駆逐された。元か

ら水と油のような関係なのに、混ぜ込もうとすることがそもそも無理だっていうのに。

 強いて言えば、確かに『歴史は勝者が作る』。その点はまあ……否めないが。


「帰るぞ。水、捨てて来てくれ」

「……了解」

 暫く墓石の前で昔話をしていた父が、僕に残り少なくなった水桶を突き出してそう命じて

きた。ぼんやりと物思いに耽っていた感覚が、急に現実に引き戻されたようで内心ドキッと

したものの、うっかり何か要らぬことを口走ってしまわなかった方の自分を褒めてやりたい

と思う。段々用地の一番下、車も置いてある広めのスペースの一角に設けられている簡易の

蛇口の傍に残りの水を捨てて、父及び焼却炉に替える前の枯れた花を捨てに行っていた母と

合流。いそいそと一つの車に乗り込んで帰路に就く。

(結局、あいつは今年も帰って来なかったなあ……)

 車中の後部座席にもたれかかったまま、僕は冷房の効き始めた空気に涼みながら思う。

 まあ自分も、三年ぶりの帰省だから他人のことは言えないものの、すっかりあいつも実家

に寄り付かなくなった。元々自由人な気質故、化石時代のような頭の父と何だかんだそんな

夫と別れずに居続ける母とは反りが合わないのだろう。二人は気付いていないかもしれない

が、僕は知っている。以前連絡をした時、似たような愚痴を聞かされたからだ。如何に自分

が縛られてきたかと宣う癖に、当人はこちらを事ある毎に“味方”に引き入れようとしつこ

かったからだ。自分の両親──僕達からすれば母方の祖父母が既に亡いことも一因ではある

のだろうが。

 ……僕ももっと、遠い場所に生活拠点を構えていれば、あいつのように干渉の度合いを減

らせたのかもしれないな……。

 帰る度、年々この時期は暑くなる。緑こそ濃くはなるが、刺すような日差しと空気にやら

れ、かつてのように風情を感じる余裕などとうに無くなって久しい。

 もしかしたら、これも僕達の罪に対する天の罰なのか? 柄にもなくそんなことを考えて

しまうが、あながち間違ってはいないのかもしれない。お偉方の主張によれば、こうした極

端な暑さや雨の原因は、突き詰めれば僕達の文明活動に因るのだそうだから。

 言うなれば、原罪。加えての業。

 僕らは──たとえ視えるイメージが幻覚だとしても、常日頃からその背中に無数の十字架

を背負っている。何本も何本も突き刺さりながら、その痛みで自分自身の不全感にのたうち

回っているのに、その原因をとかく他人に求めがちなのだ。お前が悪い! 誰それが悪い!

本当は償う気なんかありはしないんじゃないか? 落ち度を口実に、誰かを攻撃できさえす

ればそれで良いんじゃないか? しばしばそんな風にすら思う。

 何が連綿だ、感謝だ。

 裏を返せばそういうのは、一般的に“しがらみ”とか“呪い”と呼ぶんだよ──。


「ただいま~……。あ~、暑っつい。クーラー点けて、クーラー」

 家に到着するや否や、助手席から降りた母はパタパタと暑そうに手を仰ぎつつ、いの一番

に鍵を開けて中へと入って行った。続く僕らに顎でそう命じ、自身は喪服代わりの黒系の上

着を脱ぎ始める。

「暑けりゃ、始めから着込まなきゃいいのに……」

「だって日焼けしちゃうでしょ。日焼け。それよりクーラあ」

「先ずは窓を開けろ。すぐに頼るから辛抱が足りなくなるんだ」

 片や分かり切っていたにも拘らず、大して改善もしないであろう美を長袖や鍔広帽で防ご

うとしていた母。むすっとした表情のまま、そんな彼女に冷淡に吐き捨てる父。

 僕は黙って早々に二人の物言いを無視し、リビングのクーラーのスイッチを入れた。地続

きになっている部屋の範囲内のドアや窓を閉め、残りは父の言うように換気がてら再開放。

リビングの方も効き始めれば機能として兼ねるだろう。

 ふぅ、ふぅ……。

 どっと今更になって汗だくになり出した母を横目に、僕は冷蔵庫から棒アイスを一袋取り

出して頬張った。ズボンのポケットの中に突っ込んであったハンドタオルで軽く汗を拭い、

口の中に広がる冷たさで誤魔化しの涼を取る。父も無言のまま、部屋の奥の方へと消えて行

った。向こうも向こうで汗を拭ったり、必要とあらば着替え直すのだろう。

「……」

 閉じた部屋、二フロア分。

 頭上の独特な駆動音が、耳に馴染む程度には聞き慣れつつ、僕は暫し棒アイスを口に含ん

でいた。快適な環境、作り変えて当然とする我が家。あーだこーだと外側よのなかは煩いけれど、成

る程これが冒涜的って奴かと思った。

                                      (了)

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