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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-151.June 2025
254/284

(4) Wrong

【お題】昼、ツンデレ、主人公

「か、勘違いしないでよね!? ちょっと作り過ぎちゃったから、勿体無くて仕方なくよ、

仕方なく!」

 昼休みに入ってほぼすぐ、晴馬は幼馴染の少女・遥にそうずいっと、弁当包みを一つ押し

付けられるように差し出された。

 自席に着いたまま、半眼で見上げた彼女の真っ赤な表情かお。周囲のクラスメート達が注いで

くる、好奇の眼差し。

「……そっか」

 数拍晴馬は沈黙を保っていたが、結局はそれを受け取っておくことにした。“あげる”と

は言われた。しかしこちらも“食べる”とは言っていない。

 普段からぼんやりと、何処となく斜に構えて世の中を見ているような彼でも、こんな衆目

の下で彼女の厚意を突っ撥ねれば、どのようなデメリットが生じるかは理解しているつもり

だった。とりわけ此処は学校──より狭く理不尽なコミュニティの中だ。たとえ表面だけで

も角が立たないに越した事はない。

(く、くそぅ! 朝宮の奴、また野々原さんに……!)

(やっ、やっぱりそうなのか!? 幼馴染だからなのか!?)

 ……だが、どれだけこちら一人の立ち振る舞いに注意を払ったところで、要らぬ推測や思

い込み、勝手なやっかみを向けられてしまうとどうしようもない。寧ろ“反応”してしまえ

ばしまうだけ、この手の連中には体の良い燃料を投下するだけだ。

「は、晴馬。そのさ? 渡したついでだし、一緒に──」

 だからこそ次の瞬間、晴馬は遥が継ごうとする言葉にも耳を貸さず、独りそそくさと教室

を後にして行ったのだった。

 手に提げたコンビニのビニール袋と水筒、そして先程の弁当包み。

 他のクラスメート達が少なからずざわめく中、ぽかんと突っ立っていた彼女の表情が段々

と、羞恥から怒りの赤面それへと変わる。


(……作ってくるなら、せめて予め言っといてくれよ。もう今日の分、買って来ちまったっ

つーの)

 人目を避けて、逃げるように校舎の奥へ奥へ。

 廊下からちょうど死角になっている、非常扉手前の小さな階段の上に、晴馬はようやく腰

を下ろしてビニール袋を開けていた。中には今朝登校してくる途中で買っておいた、コンビ

ニの惣菜パンが入っている。普段彼が採っているいつもの昼食形態だ。遥から差し出された

弁当包みには手を付けず、さっさと惣菜パンを開封して口の中で咀嚼する。

(まったく……。遥かの奴も何考えてんだか。あんな風に皆の前で渡そうとすりゃあ、目立

つに決まってんだろ)

 口、いや心の中で嘆息を吐きつつ、晴馬は顔を顰めている。

 そもそもに、やり口として卑怯だ──胸の内に渦巻きつつあったのは、とかく彼女に対す

るそんな厳しい心証だった。


 幼馴染、と言えば、どうやらふわっと互いに良好で好意的な関係と連想されがちだが……

実際はそんなことはない。それぞれが全く違う人間同士の組み合わせなのだ。馬が合わない

パターンも当然あるだろうし、進学やら就職で自然と疎遠になってゆくようなものが殆どだ

ろう。

 自分達は、特にそうだった。昔からおじさんに、護身目的で空手を習わされてきたことも

あり、あいつの拳や蹴りはその辺の不良よりも間違いなく鋭く、破壊力がある。その癖、昔

っから俺のことになると妙にムキになるっつーか、すぐヒステリックに喚いては手が出ちま

うモンだから、これまで一体何度死にそうな目に遭ってきたか。中身は割とポンコツな癖し

て、一ヶ月ちょいの誕生日の差で背伸びをして上に立とうとするモンだから、しょっちゅう

自爆してはその八つ当たりが俺に飛んでくる。……ふざけんじゃねえ。それを、周りの奴ら

は無責任にやれ夫婦漫才だ何だのと焚き付けてきやがる。それを真に受けて、またあいつの

方が暴走する。


(……いい加減、うんざりなんだよ)

 もきゅもきゅと、口の中の残りを片付け、水筒のお茶を含んで喉の奥へと洗い流す。

 彼にとって“お約束”となった日常は、最早気付いた頃には彼自身を縛り付けつつあった

のだ。実際、心底辟易しているし、可能な限り彼女とも物理的に距離を置こうとしている。

こうして隠れるように昼食を摂りつつ昼休みを過ごしているのも、その一環だ。

「──先輩、み~つけた。此処に居たんですね」

 ただここ半年ほどは、そんな束の間の平穏も脅かされつつある。何かと悪目立ちする遥と

のセットは免れているが、また新たにこちらへぐいぐい来る感じの人物が増えたのだ。

 栗色のミニサイドテールに小柄な姿。何が嬉しいのか、にこにことこちらを見つけて柔和

な笑みを浮かべている少女。

「お前みたいな奴が嗅ぎまわって来なきゃ、こんな真似をしなくてもいいんだがなあ……。

雛見?」

 コツッと靴音を鳴らし、いつの間にか回り込んで来た彼女を肩越しに気持ち睨み、皮肉を

込めて一声。だが気付いているのかいないのか、この当の後輩は、そんな晴馬の意図を少な

くとも汲んでくれる様子は無さそうである。

「ええ~、何でですか~? 私はただ、先輩とお昼をご一緒したいだけなのに……」

 雛見絵里香。晴馬の一個下、先の春入学してきた一年生の少女だ。当初は晴馬自身、まる

で記憶になかったが、どうやら入学間もない頃に困っていたところを助けていたらしい。以

来何処からかこちらの名前や詳細を知り、折につけて構ってくるようになった。……そうい

う意味では、遥と似たり寄ったりな存在かもしれない。

 ただ何というか、体格的にも小動物ようなイメージとして映るため、晴馬は現状彼女をそ

こまで強引に追い出すというようなことはしていなかった。少なくとも誰かさんのように事

ある毎に暴力・暴言を振るってはこないし、本当にこちらが嫌だと分かればスッと退く素直

さも持ち合わせている。何よりおそらくは──その動機が、純粋な“恩義”から来ているの

だろうと予想できたからだ。

「他につるむ友達こたちがいるだろ……。っていうか俺もう、食い終わるぞ?」

「ふえっ!? ちょっ、ちょっと待ってくださいよ~、先輩~!」

 ぶつくさと、気恥ずかしさも幾分か含んでの応答。既に惣菜パンを粗方腹に入れてしまっ

ていた晴馬は、残ったゴミをくしゃくしゃにまとめてビニール袋に押し込みながら立ち上が

ろうとした。その動作に慌てて、絵里香が開けかけた自分の弁当箱をしまい直そうとする。

「あれ? 先輩、もう一つお弁当があるみたいですけど……?」

「ん? ああ。教室で遥に差し入れされてな。一度に食えねえし、晩飯にでもしようかどう

かと思ってたんだが……」

 ちょうど、そんな時だった。

 絵里香がふいと、彼の傍らに手付かずに置かれていた弁当包みを認め、思わず指差しをし

て質問する。晴馬は努めて何の気なく、忘れそうになっていたそれを拾い直して歩き出そう

としたが──少し考え彼女へとちらつかせた。

「ちょうどいいや。持ってくか? 入れ物の方はまた、俺があいつに返しとくからよ」

「えっ」

 故に晴馬は、この時気付いていなかった。

 弁当包みの件を訊ねられた際、遥の名前が出た瞬間、彼女の表情が気持ち強張っていたこ

とを。短く呟かれた驚きも、戸惑いも。

 あくまで彼は遠慮されたきをつかわれたと捉えたため、そんな二の句しか紡げない。数拍逡巡して、彼女

は軽く持ち上げられていた弁当包みを受け取った。

 ……これで良い。露骨に捨てるよりは、まだ幾分マシだと思う。

 普段の揺り戻しのつもりなのか、気紛れで自分の胃袋にまで干渉してくるなど……。

 晴馬は正直気が進まなかった。なまじそこそこ美味いものだから、心情としては尚更に。

結果彼女に押し付ける格好となってしまうのは心苦しいが。

『──』

 故に晴馬は、この時気付いていなかった。

 自分達二人、傍から見ればコソコソと隠れて会っている先輩後輩の男女を、遥が逆方向の

もの陰からじっと聞き耳を立てていたことに。背中を預けたまま、密かに息を殺し続けていた

ことに。



 彼の日常は、それからも大きくは変わらなかった。少なくとも彼自身はそう思っていた。

 いつものように、何だかんだで遥と遭遇エンカウントし、他愛ない憎まれ口のラリーの後にしばかれる。

こまめに潜伏場所を変えても、昼休みには絵里香がひょっこり顔を出して来ては一時を過ご

す羽目になる。そうこうしている内に互いの近況やら愚痴を聞き、聞かれるぐらいの仲には

なった。他にも小学・中学時代からの男友達やろうどもとは折につけ馬鹿をやっていたし、遥経由で生

徒会の正副会長の先輩達とも知り合いになった。時には絵里香の同級生でもある図書室のぬし

寡黙な文学少女然とした岩戸の意外な一面を知ったり何だり。

 ……まるで誰かが裏で糸を引いているような、不思議で不気味な感覚はしばしばあったも

のの、それでも朝宮晴馬は変わらぬ日常に努めた。フラットに生き、偏らないように立ち回

ってきた。

 だと言うのに……どうして“道”はこうも自分を導こうとするのだろう? 殊更に一方だ

けを強調して、いざなうのだろう?


「──あっ。やっと来ましたね、先輩」

「ちょ、ちょっと! どういうこと!? あんたに呼ばれたと思ったのに、いざ来てみれば

雛見ちゃんだし……。あんたは後から来るし……」

 その日の放課後の事だった。晴馬は絵里香に呼び出され、人気の少ない第二校舎、主に特

別教室が入っている建物の裏手へとやって来ていた。

 そこにで待っていたのは、当の絵里香と、何故か妙に興奮気味に混乱している遥の二人。

 聞きたいのはこっちだという台詞を一先ず呑み込み、晴馬は一抹の警戒感と共に絵里香を

見る。少なくとも今回の呼び出しこれは、彼女主導のものだろう。彼と遥、二人からの眼差しと

疑問に、絵里香は答える。

「それで? 俺はともかく、遥まで呼び出すたあ、何の用件──」

 半ば無意識の内に、軽い身振り手振りを交えながら進み出た彼の手を、その途中ではたと

取る形でもって。

「先輩、好きです。私と付き合ってください」

「へっ?」

「──ッ!? ッ~、ッ~?!」

 先に大きく反応したのは、当の晴馬ではなくこの一部始終を目の前で見せられる格好とな

った遥だった。絵里香と向かい合い、まだ唖然としたまま突っ立っている彼とは対照的に、

目まぐるしい感情と共に赤面した彼女は捲し立てるようにこれへ割って入る。

「なな……何言ってるのよ!? そんなの駄目よ、駄目!」

「私が訊いているのは先輩なのですが……。もしかして先輩と野々原先輩はもう、お付き合

いなさっているんですか?」

「えっ。い、いや、それは──」

「いや? 違うけど」

「なら問題ありませんよね。どうでしょう、先輩?」

 ニコニコ。この一見、小柄で可愛らしい後輩の笑みに、晴馬はようやく含んでいるものの

重さを思い知らされることとなった。

 順当に考えて、ただの告白ならばわざわざ遥まで呼び出す必要はない。

 ということはおそらく……“見せつける為”なのだろう。事実大慌ててで反対してきた遥

の方を、絵里香は最早隠そうともしない“敵意”でもって一瞥していたのだから。

「入学式の日、迷子になって困っているところを助けていただいたあの時からずっと……。

それこそ最初は、幼馴染の女性かたがいると聞いて諦めかけましたが、色々他の方から話を聞い

ている内にそれでは駄目だと思うようになって……」

「……雛見?」

「野々原先輩。貴女は先輩には相応しくない。貴女は幼馴染という立場を笠に着ながら、ず

っと今日まで先輩に殴る蹴るの暴力を振るってきたのでしょう? 周りの方々からも裏は取

っていますし、先輩経由で直接接点を持つようになって以降も、その様子は私自身何度も目

撃しています」

 バチバチ。まるでそんな擬音が聞こえるかのような、静かながら激しい火花が二人の間で

飛び交い始めたように、晴馬には思えた。少なくとも絵里香の方は、明らかに今日この場で

遥の悪癖を追求する構えのようだった。うぐっと対する当の遥も表情を歪ませ、それでもた

だ黙って彼女の交際宣言を聞き流す訳にもいかない。

「そ、それはあれよ……。長い付き合いからくる呼吸というか、ツッコミというか……」

「本当にそうでしょうか? 貴女はそう思っていても、肝心の先輩が何もかも全部受け止め

てくれているとは限らないんじゃないですか?」

 そうでしょう? まるでこちらへ同意を求めるように、一度向け直される絵里香からの眼

差し。晴馬も晴馬で、改めてそう明確に言語化されてしまったこれまでの関係性を振り返っ

たことで、即座にこれを苦笑わらって流すような動きが取れなかった。じっと見つめられ、両者

を不安に押し返されるような遥が交互に見比べ、この後輩の意を決した一大攻勢が本格的に

火を吹く。

「先輩はずっと苦しんできたんです! 傷付いてきたんです! 貴女は本当に自覚が無かっ

たんですか? もっと加減をしようという考えはなかったんですか? 頻繁に暴力を振るわ

れ、罵声を浴びせられ、身体や心の怪我を隠しながらずっと苦笑わらってきた先輩の姿を、貴女

は一度でも見たことがあるんですか!?」

「──っ」

「最初は私も面倒臭がられましたけど……お昼の時、先輩は時々話してくれましたよ。貴女

がなまじ空手の心得があるから、腐れ縁だから、下手に反撃できない。機嫌が悪い時にかち

合わないようにこっそり距離を置いてみてもいるけど、それがまた不機嫌を助長するって」

「……」

 そう言えばいつぞやに、そんな愚痴を漏らした事もあったっけなあ。晴馬は他ならぬ自分

の事なのに、想定外に大真面目に彼女を糾弾する絵里香を、気持ち引いたような位置で観て

いた。俺や周りの連中の話を聞いて、そこまで深刻に考えてくれてたのか……。解って、そ

の上で、これまで自分自身がずっとこの問題から逃げてきたのだなあと再認識させられる。

「私は先輩が好きです。傍に居たい。でもその為には、貴女という存在をどうにかしないと

駄目だと思っていました。そうでなければずるずると、先輩と貴女は歪な関係性を続けてし

まう。仮に先輩が構わなくても、私はそんなの耐えられなかった……」

『──』

 キッと、いつの間にか涙ぐむように唇を結んだ絵里香が問う。その良くも悪くもな真面目

さ、真っ直ぐにこちらと相対してくる眼差しに、遥は明らかに気圧されている。次の瞬間、

決定的な一言をぶつけられる。

「結局のところ、貴女は先輩のことが好きなんですか? それとも本当に、只々暴力を振る

うのに都合の良い幼馴染でしかないんですか?」

「っ、ふざけないで! わっ、私だって、晴馬のことはずっと──」

「だったらそんなやり方は間違ってるでしょう!? 殴って蹴られて、罵倒されて、それで

好きな人に振り向いてもらえるとでも思ってるんですかッ!?」

「──ッ! ~~~ッ!!」

 今度は遥の方が、ボロボロに涙を零し始める番だった。おそらく本人としては予想もしな

かった、幼馴染づてで知り合った後輩の女の子に、ここまで完膚なきまでに言葉で叩きのめさ

れたのだから。ふるふると項垂れ、震える。晴馬も女同士の激しい火花に、先程からどうす

れば良いのかと立ち尽くしている。

「……なに、よ。さっきから聞いてれば彼女面して……」

「殴るんですか? そうやってまた、自分に都合が悪かったり気に食わなかったりすれば、

拳で黙らせるんですね? だから先輩が避けるようになってしまったのに、改めようという

気はないんですね。それが貴女の性分なんですね」

 よく分かりました。

 羞恥や悔しさ、諸々の感情が綯い交ぜになって爆発しそうな遥の、握りかけた拳を見て、

絵里香はそう淡々と追い打ちの如く言った。怖ぇ……。晴馬は内心、普段基本的に大人しか

った筈の彼女の姿を目の当たりにして固まっている。頭の中がぐるんぐるんと忙しなく議題

を取り替えては戻しを繰り返し、評価の基準というものが判らなくなってくる。

(うぅん……)

 雛見の言わんとしていることは解る。俺の不満というか遥とのあれこれを、自分の恋愛感

情と相まって“許せない”と感じていたってことなんだろう。ただそれだけ愛されてる──

と喜ぶには、俺は正直自惚れられない。本人的には良かれと思って、二進も三進もいかない

と思っての行動なんだろうが、やりようが流石に極端じゃないのか? 俺からのお前の評価

も、実は裏のある小悪魔系と様変わりするんじゃないのか……?

 それに驚いたのは、遥の方もだ。いわゆる幼馴染だからと、周りが囃し立てるようにその

可能性もあるんだろうかと疑心暗鬼だったが、期せずして雛見がその本当のところをほぼ引

き摺り出してくれたらしい。時々弁当を作って来てくれたり、お詫びのような行動を揺り戻

しでしてくることはこれまでにもあったが……本当にそういうアプローチだったのか。ただ

雛見の豹変と同様、こいつとも過去から色々あり過ぎて今更言われても……というのが正直

な感想だったりする。

 スレンダーで黒髪ロングで。確かに見てくれ“だけ”は良いんだけどな。

「うぅ……。あ、あんたこそ、正体表したって感じじゃない。これまでは晴馬の前で猫を被

ってたみたいだけど、端からそういうこと狙いだった訳でしょう? 怖い怖い。わ、私も知

ってるんだからね!? あんたが毎日のように晴馬の居所を探しては、会いに行ってたこと

ぐらい! 私が晴馬にあげた弁当を、あんたが食べちゃったってこともさあ!」

「知ってたんですか……。避けられてるって分かってたなら、尚の事身の振りを改めるチャ

ンスだったのでは? お弁当の件はまあ……そうですけど。でもあれは先輩がくれるって仰

ったから受け取ったんです。ちゃんといただきましたよ。確かに、まぁまぁ美味しかったで

すし……」

 その間も遥と絵里香は、互いの“悪行”について罵り合いを繰り広げていた。尤も最初の

一発が効き過ぎたのか、分が悪いからか、全体的には絵里香優勢のまま進んでいたが。以前

遥の手作り弁当が晴馬ではなく絵里香に渡った件に関しても、当の本人は多少ばつが悪そう

にしつつも、その辺りの感想は正直であるらしい。

 そうこうしている内に、話題の矛先はとうとう、当事者たる晴馬へと向けられた。

「……そもそも、私がこんな手段に出たのは、先輩がいつまで経ってもはっきりさせてくれ

なかったからです。結構自分でも無理やりだな~って思うぐらいアプローチしても、全然反

応が見られなかったので、野々原先輩と“決着”を付ける他なくなったんですよ?」

「えっ? 俺?」

 気付けば二人の眼差しは、ライバルたるお互いではなく、こちらへと注がれていた。

 一方は入学式以来、ずっと好意を寄せてアプローチを続けてきた後輩。片やもう一人は良

くも悪くも腐れ縁、最早居ることが当たり前過ぎてその可能性すら半ば無意識の内に外して

しまっていた幼馴染。

「わ、私とこの子、どっちがいいの!?」

「私ですよね? 暴力も暴言もない、後輩の女の子の方がいいですよね……?」

「……」

 ずいっと両者から迫られる。

 状況的にはぐらかしたり、逃げ出す訳にもいかず、俺は──。


 ***


 寝静まった街、点々と灯り続ける明かり。

 PCの画面以外は電気の落とされたアパートの一室で、男性は暫くじっとそこに映し出さ

れていたグラフィックを見つめていた。表示されていたテキストログを軽く辿り直し、最後

に示された操作について悩む。

「……おっかしいなあ。サイトの情報だと、この時点でもっと色んなへの分岐が出てくる

筈なんだけど」

 彼がプレイしていたのは、いわゆる恋愛アドベンチャーゲームだった。紙芝居が宜しく、

画面には主人公となる没個性の少年と、こちらを焦りや膨れっ面で見上げてきている二人の

ヒロインが映っている。

 ただ男性は、今までプレイを進めてきたこの結果に、どうやら不満を漏らしているようだ

った。ディスプレイ内の別ウィンドウで時折、何度も攻略サイトの同タイトルを見返してみ

てはいるが、そこに掲載されている状況と今のそれが一致していないのである。シナリオ開

始から十数回とあったマップモード時にも、登場したヒロイン達を情報の回数分だけ選択し

てフラグを建ててきた筈だ。最小効率で直前のセーブデータだけを残せれば、後は各ヒロイ

ンの個別ルートへ進める状態にもっていける筈だったのだ。

「何処で間違ったんだろ……? 何でこの時点で、出てくるがこの二人だけになっちゃっ

てる訳? 話的にも、これどちらか一択の流れだよな……? おかしいな……」

 やや斜め線で三分割された画面内には、真ん中の主人公・晴馬とその幼馴染・遥、主人公

を慕う後輩系ヒロイン・絵里香の三名が表示されている。テキストの最後にプレイヤーに示

された選択肢も、大きく【遥の傍に立つ】と【絵里香の傍に立つ】の二つしか出ておらず、

残るヒロイン達の出る幕はほぼ無さそうに見える。

「──はあ」

 男性の、盛大な溜め息。

 ゲーム内の世界は選択肢を迫って止まったまま、変化をすることはなかった。ただ幼馴染

と後輩に挟まれ、ジレンマに表情かおを歪める主人公の立ち絵だけが、中央二行の選択肢に隠さ

れている。

「もう一回、最初からやり直しかなあ? 何処でフラグが折れてるかも分かんないし、途中

セーブは当てにならんとして……。ったく、このサイト贋物ガセかよ」

                                      (了)

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