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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-147.February 2025
233/284

(3) 外宙

【お題】氷山、凍てる、殺戮

『お待たせしました! いよいよ、外宇宙探査船・グノーシス号が発進の時を迎えます! 

人類の夢、未来への可能性を乗せ、三千名の乗員及び数多の遺伝子データ達がまだ見ぬ世界

へと飛び立ちます!』

 遥か遠い未来、或いは別の時間軸。地球を皮切りに、各地の惑星や人工星コロニーに勢力を伸ばし

ていた人類は、更なる新天地を現在把握している銀河の外に見出そうとしていました。

 巨額の費用と長い歳月を費やして建造された、まさにそれ自体が一つの“箱舟”となりう

る専用の航行機。そこへ選りすぐりの頭脳や技術を持つクルー達と様々な生物の遺伝子──

新天地で再び芽吹かせる為のもとを積み込んで、彼らは盛大な見送りを受けて旅立とうとして

いました。無数に飛び交うメディア各社の撮影用ドローンと、天へと延びる長細い鉄骨ライ

ン。眼下の飛空車両エアリアル・カーゴからこちらへ向けられる人々の視線や各々のデバイス越しのカメラ。少

なくとも周囲の雰囲気は、これでもかと言うほどのお祭りムードです。

『……』

 ただ、乗船することになった彼らの側は知っていました。

 この旅が決して楽なものではないことを。安全が保障されるとは限らないことを。

 何より、家族や友人・知人達と、ほぼ間違いのない今生の別れとなることを。


「──っ!?」

 真っ暗に沈んでいた意識を揺さぶったのは、強烈なかつての記憶イメージ

 バチンと、急に電源を切り替えられたかのように、彼は自身の収まっていたカプセルの中

で目を覚ましました。耳を響く断続的な電子音、身体中を包んでいた冷たい感覚。それらが

己の意識と共に段々と霧散し、直後カプセルの蓋部分が自動的に開いてゆきます。彼はほぼ

全裸の格好で、カプセル内に寝かされていた状態でした。夢見の悪さ、半ば無意識に眉間に

皺を寄せ、のそりとその久しく鈍った身体を起こします。

冷凍睡眠コールドスリープが解けたということは……着いたのか? 俺達が目指していた宇宙の果てに)

 まだ靄が掛かったように混濁する五感の中、彼はカプセルを跨ぎ立つと暫し周囲を見渡し

ていました。機材のランプ以外、ほぼ照明の消え去った船内。自分が目覚めたカプセル以外

にも、この室内だけでざっと数十基が並べられているのが確認できます。

(402……俺の番号。名前は……何だったか)

 掌に視線を落とし、五体が今も満足に動くかどうかを確かめながら。

 彼こと、クルー402番は、その場で必死に記憶の引き出しを検めようとしていました。

一体何年? 何十年? 何百年? 記憶──自身の脳内に知識として残っている情報、長期

のコールドスリープで記憶の欠損が起こり得る旨に突き当たりつつも、先ずは現状この船や

自分達がどうなっているのかを確かめることが先決でした。元より出発前の知己は、今やこ

の船内に居るであろう同胞だけ。残りのカプセルにおずおずと近付き、402は分厚い透明

質の向こうで眠る彼らの様子を覗き込んでゆきます。

(……全員無事とは、ならなかったか)

 まだ綺麗なまま眠っている者は、判りません。

 しかし一方で、明らかに死亡──何処かの時点で人の形を保てずに崩れ、そのまま中途半

端に凍て付いている面々も一部確認することができました。見つけて、しまいました。彼は

目の当たりにした現実に、暫しぐっと唇を噛み、言葉を呑み込んで沈黙します。無念だった

ろうと想像し、悼み、自身が生き残ったことに不謹慎ながらも安堵したことを認めざるを得

ませんでした。彼らの分まで、任務を果たさなければ……。そう、改めて自らに言い聞かせ

るように深い息を吐き出したのです。

「おお。こっちにも生存者がいたか!」

 ちょうど……そんな時でした。

 彼の居た部屋のドアが自動スライドして開き、照明の逆光と共に自分ではない誰か達が、

こちらを見て声を上げるのを聞きました。カツカツと靴音を立てて近付いてくるのは、間違

いありません。同じくこの船で眠りに就いていた筈のクルーでした。ざっと七人。皆揃いの

ラバースーツに身を包み、片や目覚めた時のままの姿である彼、402を見つめています。

「……あんた達も、冷凍睡眠コールドスリープから目覚めたクチか?」

「ああ。少し前に装置が。こっちも……全員ではないようだが」

「みたいだな。可能性は、言及されていたと記憶している」

「そうですね……。知識としては思い出しても、実際こうして失われてしまったさまを見て

しまっては、そう簡単には割り切れませんけども」

 その内、やって来た面々のリーダー格と思しきガタイの良い黒人男性が、隣で若干視線を

逸らして頬を赤らめている女性を気遣うようにして言いました。

「まあ、その……なんだ。とりあえず、何か着ようか? 同胞キョーダイ?」


 自身の冷凍睡眠コールドスリープが解けたことから予想はついていましたが、案の定船内に点在する他の収

容区でも、残るクルー達が次第に目覚めつつあるとのこと。

 ガタイの良い黒人男性達、合流した先程の七人に状況を道すがら案内されながら、402

は船内でも特に広いメインブリッジへと辿り着いていました。勿論、服装もパンツ一丁の半

裸から、彼らと同じラバースーツへ。目覚めた時のことを見越して、予め彼の収容区にも人

数分のそれが用意してあったものを拝借した形です。

 最初の航行開始から途方もない時間が経っているであろう筈なのに、フロア一帯は大型の

ショッピングモールよろしく綺麗に整っていました。一部は緑化も施され、吹き抜けの楕円

形通路や各所の席で、既に目覚めた同胞クルー達が思い思いの過ごし方をしています。

「生きてたのはざっと三百人ちょい。想定よりもかなり脱落しちまったようだ」

『……』

 多くはそれぞれに、自然と小グループを形成して行動していましたが、それは先の七人も

同様だったようです。402を加えた八人となり、更に情報共有に集まってきた他の面々ら

とも改めて顔合わせをしながら、彼らは開口一番たっぷりと重苦しい間を置いてからごちて

いました。当初この船に乗り込んだクルーの内、九割近い人数が、長い航行の内に命を落と

してしまっていたという事実。元より全くの犠牲なしに済む旅路ではなかったとはいえ、誰

もがその大き過ぎる数字にショックを隠せない様子でした。

「全滅しなかっただけでも、御の字なのかもしれねえな……」

「た、確かに理論上、空間跳躍に係る負荷は危険だとは言われていたが……。それを防護す

る為の各種システムだった筈だろう?」

「少なくとも、犠牲者をゼロにできるほど強度が足りなかったということです。問題は大幅

に減った現在の人員で、当初の任務を遂行できるのかどうか──」

 不安に呑まれて固まってしまっている者、それでも尚割り切って進もうとする者。

 記憶では皆選りすぐりの人材だった筈の集団も、いざ不測の事態を前にするとその脆さが

露呈してしまうようです。

「……今更、任務もクソもねえだろ。始めから俺達は、切り捨てられるつもりで宇宙の隅に

放り投げられたんじゃねえのか?」

『あ゛?』

 だからこそ、残された面々の間で衝突が起こるのは時間の問題でした。カプセルから目覚

めた内の一人が、辛うじて建設的な話し合いを進めようとしていた空気を、直後恨み節を交

えてぶち壊しにかかります。他の数人が、ピクリとこめかみに血管を浮き立たせて怒気を強

めました。ガタンと勢いをつけて椅子を跳ね除け立ち上がり、一人が相手の胸倉を掴みなが

ら吼え立てます。

「お前、今何を口走ったか解ってるのか!? 生き残っておいて、死んでいった奴らの犠牲

まで哂うってんなら……!」

「その線引き自体、所詮は偶然だろって言ってんだよ! さっきも929が言ったろうが。

本来なら全滅しててもおかしくはなかった! そもそも、生身の人間を乗せるにはリスクが

あり過ぎる計画なんだよ!」

「だったら何故、わざわざこの船に──」

「はっきりとは憶えてねえ。ただ、少なくとも俺の場合は、ほぼ選択肢なんて無かったよう

なモンだ。上から引き抜かれて、メンバーに入れられて……。大方、技術は持っててもこう

いう性格だから疎まれてたのかもな?」

「こんの……ッ!!」

「止めんか! 1010、755! ここで潰し合ったところで、事態は何一つ変わらんの

だぞ!?」

 最初に冷や水を浴びせた茶髪のエンジニア、彼の嘲笑や破滅願望に猛烈な不快感でもって

食って掛った生物学者。そんな二人や双方周囲の者達を、ガタイの良い黒人男性──元軍人

の警護官がピシャリと一喝して止めていました。ゆっくりと後者、755が掴んでいた胸倉

から手を離しましたが、対する1010の方は軽く舌打ちをした程度で反省の色は見られま

せん。

「あんたもだぜ? 009。お互い、自分の名前すら思い出せないような有り様でよ。時間

だけはたっぷりとあったんだ。この船の面子なら、電子記録アーカイブの改竄の百や二百、不可能じゃ

ない」

『……』

 402達が目覚めた時、船内には幾つもの通信データが残されていました。おそらくは出

発からまだ間もない頃、跳躍ワープ航行及び冷凍睡眠コールドスリープに移行するまでに自分達が交わしていたやり

取りです。

 内容は業務日誌的なものからクルー同士の他愛のない会話、目覚めた後辿り着いているで

あろう新天地での任務に対する不安や意気込みを記した断片的なメモなど、多岐に渡ってい

ます。それらを照らし合わせれば、元々自分がどんな名前で、どのような人物だったのか?

専門としていた分野や船内での役割、交友関係などを割り出すことはそう難しいことではな

かったのです。

 ただ……残されていたアーカイブで全ての、無事目を覚ますことのできたクルー達全員の

それを確定させられた訳ではありません。ただでさえ状況は想定上に深刻──大部分が道半

ばで死に、少なからず精神状態が不安定な中、殊更回収し得る自己情報で差異を設けるメリ

ットは乏しいとの判断が下されました。結局一行は当面、各々が目覚めたカプセルに書かれ

ていた番号で呼ぶ会うこととなり、現在に至るのですが……。

(まあ755の、デイヴィットの言い分も解らない訳じゃないが……。俺も、航行士のモー

リスだと言われても、いまいちピンと来てないからなあ)

 402もといモーリスは、目の前で繰り広げられる険悪なムードを傍観しながら、そう内

心水を差した側である755に寄った思考を巡らせていました。アーカイブに残されていた

記述から、彼も自身の名前や役職が判明していた一人でしたが、正直取って付けたような違

和感の方が強かったからです。少なくとも、実質“流刑”のようなこの任務を、記憶を欠損

してまで遂行すべきなのか? と、疑問に思い始めていたことも影響したのでしょう。

「……だからって、今更何処へ行くってんだよ? 外は真っ暗で無重力の死の空間だぜ?」

「どうせなら、もっとマシな奴が生き残れば──」

『全クルーに報告します。全クルーに報告します。本船は間もなく目的地、Z‐AX銀河圏

の極端へ到達します。全クルーは直ちに目覚め、安全確認を開始してください。積載物の搬

出準備と共に、着陸フェーズへ移行します。繰り返します──』

 まさに、そんな最中の出来事でした。

 次の瞬間、船内全域に機械音声のアナウンスが流れ始め、それまでわだかまっていた面々

の意識が一斉に一所へ向けられました。仰いだフロア、人工の緑化ブリッジの天井が外を映

し出す巨大なディスプレイとなり、それまでずっと真っ暗闇だった空間に無数の輝く気泡の

ようなものが見え始めます。銀河の端、外宇宙との境界線。繰り返されるアナウンスに、皆

が弾かれたように動き出しました。

「聞こえたか? 総員、着陸準備! 任務本番だ!」

「本当に着いたのか……? 計算上はまだある筈だっていう、宇宙のもっと外側に……?」

「やるしか、ないみてえだな。人手不足にも程があるがよ……」

「現地がどうなってるかは全く分からん! 航行士は至急ブリッジに着け! 機体を旋回さ

せて、できるだけ時間を稼ぐんだ!」

 あちこちで飛ぶ指示、怒号。フロア前方の高台に集中している操縦機器の前へモーリスを

始めとした航行士らが駆け寄り、身体が憶えているままに舵を握ります。正直を言えば不安

で不安で仕方ありませんでしたが、このまま自動操縦に頼っていては不測の事態に対処でき

ないでしょう。後方で残りのクルー達が走り回り、或いは見守る中、一行はやがて巨大ディ

スプレイに映し出される“外宇宙”の姿に目を見開くことになりました。

『……』

 深い闇色を湛えた、靄の掛かった皮膜の向こう。

 そこにはこの船、ひいては自分達よりも遥かに巨大な、おそらくは現地の生命体と思しき

影が蠢いていました。明らかに強大で異質。黒くゴツゴツとした、例えるならばフジツボの

ような顔面と何対もある細長い腕を携えている、人智を超えた存在の──。


 ***


『■◎▽?(お?)』

 パンッ。

 靄を纏った球面から、視界に小さな何かが飛び出してきたのを見て、“彼”は反射的にそ

れをはたき落としていました。

 ゴツゴツとした、黒い岩肌状の細胞と眼球。頭部と思しきそこから伸びるひょろ長の胴体

と、何よりこれに匹敵する何対もの腕。半ば無意識に掌を振るった瞬間、少し硬い感触こそ

ありましたが、彼らにとっては蚊ほどのダメージにさえなり得ません。

『▼△? ◆×●〇□◎~?(うん? どうした~?)』

『……■×.△△◆×■.(……いや。何でもない)』

 物音に気付いたのか、この彼の姿と酷似した──同胞と思しき個体が数人、ひょいっとこ

ちらを覗き込むように声を掛けてきました。しかし当の本人は、これ以上さして気に留める

様子でもなく、ただそう応じると踵を返し始めます。

 黒い靄と色味を湛えた球面。それらが多数詰められた、金属のような陶器のような籠の前

から、彼は立ち去ってゆきます。てくてくと、自分を待ってくれている同胞の下へと急ぐの

でした。

                                      (了)

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