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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-145.December 2024
222/283

(2) 代名死

【お題】過去、生贄、高校

 ──推しの作家が死んだ。

 何となく休み時間にスマホを弄っていたら、ニュースの見出しの一つにそんな文字が躍っ

ているのが見えた。誰にも言えず、教室の席で固まっていた。特にショックだったのは……

記事を読む限り、彼の死因が自殺らしいということ。


『作家・打山大良うちやまたいらさん死去』

『骨董屋・厚目宝太郎シリーズの作者として知られる。自殺か』


 打山先生は、いわゆるメジャーな小説家という括りには入らない。私のような、能動的な

本の虫が、そのへきに惹かれて購読するといったタイプのマイナー所。少なくとも万人受けす

る作風とは言えないだろう。

 とはいえ、ネットの見出しで代表作をそう紹介されているのを見て、正直私はモヤモヤと

した気持ちが先に出た。確かに先生の作品の中で、一番売れてインパクトも強いシリーズで

はあるけれど……。私は寧ろ、それ以降の後期作品群の方が好きだったりする。

 “宝太郎”シリーズは、普段は気弱でしがない骨董屋の主人である青年が、その豊富な知

識量と知的好奇心でもって予想斜め上の推理を展開。事件の真相を暴く、という筋書きのサ

スペンス作品だ。

 ただ従来のサスペンス・推理物とは違い、そこに明確な“解決”という着地点を、打山先

生は描かないことが多い。あくまで宝太郎の推理だけが披露され、彼自身は対象の事件その

ものに干渉しようというスタンスをほぼ取らない。実質の相方役である所轄の刑事・柴崎や

関係者の視点や台詞により、後日それらが的中していたという形式でもって物語の締めとす

るのが殆どだ。間違っても宝太郎達が犯人と直接対峙し、ある種の“説教”を行って泣き落

とす……みたいなことは一切無い。事件は事件として、作中世界で起きた出来事の一つとし

て、執拗に淡々と通過してゆく。無理やりカテゴリー分けをするなら、いわゆる安楽椅子探

偵という奴になるだろうか? 何かが劇的に解消されるでもなく、只々──時に消化不良気

味にすら取られかねない“現実”だけが後味として残る。間違いなく、人を選ぶタイプの作

品だと私でも思う。


 ただ、先生の作風は、処女作でもある同シリーズから一貫してそうした“宙ぶらりん”を

意識しているように私には思える。後続の作品群も、アプローチこそ違っても、やはり明確

に何かが“解決”しました! みたいな展開ではないからだ。まあ、だからこそ、さっきも

言ったように癖が強いというか。人を選ぶというか……。

 多分傍目から見れば、スマホ片手に目をかっ開いていたんだと思う。

 見出しから記事本分に飛び、ざっと詳しい情報を呼んでゆくに、発見されたのは先生の自

宅アパート。何日か前から連絡の取れなくなった編集担当が、管理人と共に部屋を訪れた際

には、既に亡くなっていたという。室内に荒らされた形跡などは無く、突っ伏したテーブル

に空っぽの薬瓶が転がっていて、警察は自殺とみて捜査を開始。関連リンクにも出版社が声

明文を出しているのを見た。呆気ない、事務的に急ごしらえしたテンプレだと思った。

(……まだ、お悔やみを書いてもらっただけマシなのかもね……)

 間違いなくショックだった筈だ。私も先生を知ってからというもの、主だった作品は一通

り買って読んできたし、普段鞄の中に忍ばせている暇潰し用の読書セットにも、先生の著作

はほぼレギュラー枠だ。

 なのに何というか、声を上げてまで悲しめなかったのは、多分想像はしていたからなのだ

ろう。勿論今ここがクラスの教室で、感情を爆発させたらドン引きされるっていうのもあっ

たけれど。


 先生は──孤高の人だった。

 いや、もっと厳密に言えば、生き方が下手で自ら茨の道をズンズン歩いていた。そんなイ

メージが私にはある。

 お世辞にも万人受けするとは言い難い作風だったり、今時他の作家さんなら大体がやって

いる、SNSやネットでの発信活動も全くと言っていいほどやっていなかった。何年か前に

『編集さんに言われて始めました。基本的に告知用です』と、明らかに渋々といった第一声

で、ようやくアカウントを取得していたぐらいの人だったからだ。……私? 速攻フォロー

しに行きましたけど。

 まあそんな性格なので、生前からそのスタンスには外野から色々言われてはいたらしい。

実際私よりも先に元記事を見た誰かが、ちらほらとコメントを付けている。殆どは先生の冥

福を祈る内容のそれだったけれど、中には死人に鞭打つような冷笑系もやはり在った。


『作家で自殺って、昭和かよ(笑)』

『ここ何年かはず~っと迷走していたからなあ。我が道を往くってタイプかと思ってたが、

繊細さとプライドが邪魔をしたって感じ?』

『“宝太郎”シリーズもそうだけど、初期が一番面白かった。後は中途半端になって尻すぼ

み。作風が変わったのって、結婚したせいって話だけど……』

『>>17 マジで? 結婚してたのかよ』

『>>17 19 それ、別に本人が口外した情報じゃなくない? SNSでもプライベー

トとか、その辺は結局謎が多いままだった気が』

『打山センセでも結婚できたっていうのに、お前らときたら……』


 はっきりとした証拠もない癖に、死んだとのニュースが出るや否や好き勝手なことばかり

言いやがる。

 私は記事に吊り下がるコメント欄に、正直ムッとした。あんた達に、私達に先生の何が解

るっていうのか。

 確かに先生自身、作品外で多くを語りたがらなかった──もしかしたらそれが“無粋”だ

とか、要らぬ先入観を混ぜ込む余地だと考えて嫌っていたのかもしれないけど、私は後期作

品も好きだよ。“宝太郎シリーズ”の尖った感じから一皮剝けて、何処かへ軟着陸しようと

していた感じで。それでも生来の皮肉っぽさとか、世界への不信感みたいなものが抜け切れ

なくて。それはそれで、等身大の人間なように思えて共感していた。確かにそれは、褒めら

れた“上手さ”ではなかったのかもしれないけど……。少なくとも結婚したらしいっていう

情報を、彼が“劣化した”という結論に持ってゆくのは許せないと思った。それでもお前ら

はファンのつもりか? と……。



「──で、あるからして。ここの段落は、前段を受けての言い換えがなされていると捉えら

ます。評論系の文章は、こうして中心の内容を繰り返し噛み砕いてゆきながら進むことで、

より読み手の理解を深める技法があり──」

『……』

 授業が始まっても、私は悶々と考えていた。視界の向こうで現国の先生が、スクリーンに

表示された原文と合わせるように、黒板側に注釈の赤チョークを書き加えている。カンカン

と小気味良い音ではあるけど、それはどうしたって皆に睡魔を催す。私もその一人で、うと

うとぼうっと、意識はさっきから打山先生の件──に絡むモヤモヤばかり。


 もしかしなくても……私達は他人の死を平等には捉えていない。普段は散々、やれ命は平

等だとか、かけがえのないものだと謳っておきながら、いざ誰かが死ぬとそこに明確な態度

の差を設ける。実際問題、取扱いに違いがある。

 それは言い換えれば、生前その人間が“自分達にとって利益のあった人間か?”どうかに

他ならない。場合によっては、本人にそのつもりがなくとも勝手に有益だと褒めちぎる。も

とい、改竄された解釈こそを広める。誰もが知る有名どころ、文化なり政治なり、影響力の

大きかった人物であればここぞとばかりに取り上げ、皆で『ツツシンデオクヤミモウシアゲ

マス』のモード。

 一方でマイナーどころだったり、そもそも逆に悪人扱いされてきた誰かであったなら、暗

に死んで清々したと言わんばかりの論調を張る。被害者だった人から、もう忘れたいぐらい

だったかもしれないのに、コメントを取って来ようとする。

(先生は、自分に殺されたのかな? 周りの声に殺されたのかな……?)

 机の下で暫く弄っていたスマホの画面には、生前打山先生がその作風のブレに苦しんでい

たんじゃないか? との内容の書き込みが表示されていた。私達読者は、あくまでいち作品

として、先生の内面を推し量るぐらいが関の山だが……実際“宝太郎”シリーズから始まる

初期中期とそれ以降は、毛色の変化がみられる。言葉も物語も暗に棘を持つよう仕込まれた

ものが、段々どちらか一方になっていった感はある。それがファンにしてみれば、日和った

と受け取られるのはまあ、避けられなかったのだろうなとは思っていて。


『“宝太郎”シリーズが強過ぎたんだろうなあ。どれだけ頑張っても、新作の認知が進んで

いかなけりゃあ』

『あ~……。いつまでも●●の人、って言われ続けて凹む的な?』

『贅沢な悩みだとは思うけども。実際“宝太郎”シリーズは結構後まで書いてたじゃん』

『そりゃあ、本人の意思とは別に、飯食う分は稼がないといけないだろうし……』


 コメントの一つが、おそらく先生の死因──苦悩の大元になったものを指摘していた。私

も多分、そうだったのではないか? と思う。中にはそれを大したことないと、軽く見てい

る人もいたけれど、作家みたいな人間にとってはかなり精神的にくるものがあったんじゃあ

ないだろうか?

 死後、どれだけ惜しまれるか? イコール、生前どれだけ“他人に資した”人間か?

 もしかしたら、●●の人という認知度は、その副産物ではないかと私は思った。多くの他

人に嵌まればそれは有益だけど、一方でその役割ロールから簡単に降りられなくなる呪いだとも言

える。なまじ先生の場合、現在進行形の心の在り様と経済的な要請で、そこから脱却する必

要性に駆られていたのだとしたら? ……家族でも何でもない一介のファンに、一体何がで

きるというのだろう?



 作家というのはある種、他人の悦びの為に物語を提供する存在だ。それこそ、自らの心身

を削ってまで“奉仕”をして。だけども必ずしも報われる保証なんて何処にも無くて。

「──りん~! ご飯できたわよ~、降りてらっしゃ~い!」

 授業は退屈。脳内はお通夜。

 その日の予定を全部済ませて、帰宅後暫く部屋で眠っていた最中。ふいっと一階の台所か

ら母さんの呼ぶ声が聞こえた。むくりと起きて、くしゃくしゃになっていた髪を少し直す。

一応私服に着替え直してはいたけれど、未だしっかり“オフ”に変わった気はしない。

 すっかり陽は落ちてしまっていたようだ。また何度も叫ばれないように、さっさと家族の

集まる階下へと向かう。欠伸を一つ。半分ルーチンのように枕元のスマホだけを掠め取り、

フローリングの廊下と踊り場経由の階段を降りてゆく。

「おはよう。随分と寝惚け顔ね? ま~た寝てたんでしょ?」

「うん……」

「まあ、いいわ。冷めない内に食べちゃいなさい?」

「母さん。俺のコップ取ってくれ」

「はいはい……。ほら、座った座った」

 台所のテーブルには、父と母、そして中学の弟が既に席に着いている。人数分の──とい

うのも面倒臭い、各自取り分ける形式の大皿焼きそばがドン。後は適宜昨夜の残りおかずや

惣菜のポテサラなどが雑多に広げられていた。父が母から自分のコップを受け取り、弟は先

に一人黙々と食べ始めている。私も空いた椅子に座り、自身の皿に欲しい分をよそう。正直

寝起きなものだから、あまり食欲は湧かないのだけど……。

(……今日はずっと、先生が亡くなったニュースばかり見てたなあ)

 もきゅっと、焼きそばを口に運びながら思案。我ながら女子高生らしからぬ過ごし方をし

たなあと振り返った。ショックは大きかったけれど、それ以上にモヤモヤと考えることの方

が多かった。それでいて何より、この話題をほぼ間違いなく、目の前の家族や学校の友人達

とは共有すらできない。

(……他人の為に頑張る。病んでも、止んでも……)

 自分は読む専なものだから、実際どれだけそれが苦しいのか解りかねるところがある。楽

しいのか知らない部分はある。

 ただ、何も作家業だけに限らないんだろうなあとは思った。自分みたいな学生も、言って

しまえばたくさん勉強し、他人の役に立つ何かになる為にこの生活を送っている。社会に出

る前も、出た後も、誰かの利益をもたらすことを要求されている。そこに先ず、第一の価値

があるんだとの前提で物事が進んでいる。


 じゃあ……。結局“そうなれなかった”時は?


 ぼんやりと咀嚼をしていて、ふとそんなことを考え始めて箸が止まった。幸い他の家族は

誰も気付いてすらいなかったが、それは実に恐ろしいことではないだろうか……? 私も場

合によっては、先生みたいな末路になるのかもしれない。心向く先と、求められる先がどう

してもかち合わなくなって行き詰まるかもしれない。

『次のニュースです。先月亡くなった、俳優の──』

 ちょうど、そんな時だった。リビングの方で点いていたテレビから、少し前に病死した女

優さんの続報が流れてきていた。父や母、弟もそれぞれ焼きそばを頬張ったり、お茶に口を

つけながらこれを観ている。生前の色気ある姿、露出多めなセクシードレスで記者に囲まれ

る様子が映像に乗せられている。

「ああ、もうそんなに経ったのねえ」

「早いモンだな。結構連日騒いでた気がするが……」

「ファン向けのお別れ会、か。最期の最期まで、事務所も搾り取る気満々だよねえ」

「……」

 テレビが伝えるのは、件の女優さんのお別れ会。葬儀やら何やらはもう済んでいると記憶

しているから、これは十中八九興行的な意味合いだろう。あからさまに集客云々ではないに

せよ、完全に利益無しではない筈だ。ネームバリューで動きがあれば、何処かしらで金が回

る。弟も、そういう意図でわざと斜に構えているのだろう。

(打山先生とは、大違い)

 これが、生前の影響力の差だ。期せずして私は、まざまざとその違いを見せつけられた気

がした。片やモデルから成り上がった美人俳優。片や知る人ぞ知る、癖が強々のマイナー小

説家。何が命だ。何が平等だ。

「…………」

 いや、だけども。

 そこで私は、ふと我に返る。画面の向こうの有名な故人と、自分がファンだったマイナー

な故人をこうして引き合いに出して戦わせている時点で、私も同類じゃないか? 昼間眉を

顰めて見ていたコメント欄の他人びとと、一緒じゃないのか?

 結局私も、先生のことを記号でしか見ていない。実際リアルの──本人の顔すら見たこと

がないっていうのに、自分の思うあれやこれやを正当化する材料にばかり使っているじゃな

いか。

 快楽。自分の利益に適うよう、消費しているのは変わらないじゃないか。

 商品。生きていようがなかろうが、私自身の都合あつで、捧げさせているようなものじゃない

か。

                                      (了)

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