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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-144.November 2024
219/285

(4) 詩゛詩゛(うだうだ)

【お題】依頼、悩み、捻じれ

 型に嵌まらないことが俺の型だ。そう本気で思っていた時期が、かつてはあった。


 ……今思えば、馬鹿の所業でしかなかったなあと悔いている。型、いわゆるセオリーって

のは、先人達が文字通り己の半生を費やして見出したものだ。十年そこらしか生きていない

ガキが、そうポンと越えられるモンじゃないってのに。

 若気の至り。ああいう年頃特有の、無駄に自信だけはある全能感。根拠のない自尊心。

 云って笑い飛ばしてしまえば楽だが──実際それ以外に“消化”する術はほぼないのだろ

うが、裏を返せばそんな時期が長いほど、取り返しが付かなくなるということでもある。


 俺なんかは、まさにそういう人物だった。

 何かにつけて斜に構え、捻くれて。多数派なり何なりの“圧”があると、決まってそれら

に与しないよう逆を選んだ。俺には俺のやり方があるんだと、頑なに歩み寄ることをしてこ

なかった。その結果が……こうだ。

 反骨仕草に酔うばかりで、何をやっても効率が悪く、それでいて成果の方は期待値が高い

ものだからすぐ切ってしまう。こいつは駄目だと諦めて続かない。そもそも手を出すまでが

言い訳ばかりで長い。結局出来上がったのが、何事も中途半端な無能でしかなかったという

のは、考えれば必然だったのだろう。


「──お~い! 追加四十ケース頼まあ!」

 何者にもなれず、何か大きなことを成せた訳でもなく。

 只々俺は、残った人生を消費するばかりだった。トクベツを願ったのに、信じたのに、現

実で待っていたのは、とある工場でのライン作業──いくらでも替えが利くそれに落ち着い

たというのは、何とも皮肉なことか。

 時間の流れも判然としない、人工物に囲まれたフロアの中、今日も今日とて延々流れてく

る部品を組み立て続ける。

 気持ち程度の昼休みを挟んで、少なくとも昼下がり。ようやく普段と同じくらいの量が積

み上がってきたと思っていた矢先、古参の上役がそう追加の注文を投げてくる。俺達は一様

に、誰からともなくこの声の主を見遣っていた。見つめて、白キャップやマスクの下で内心

舌打ち。こんな頃合い、しかも量となれば、とてもじゃないが定時には間に合わない。

「如月君。そういう訳ですまないが……。今日、残業頼めるかい?」

 案の定、追加注文の報せが入ってきてから暫く。バタバタと、話なり伺いを上と交わして

いた工場長が、戻って来て俺の肩をポンと叩いた。

「……まあ、いいですけど」

 生憎上司にそう言われて、ノータイムで突っ撥ねられるほど、こっちはもう反骨の塊じゃ

ない。何より真っ直ぐ家に帰っても、これと言って用事があるでもない。

「佐竹君──」

 工場長も、そうした背景バックボーンを織り込み済みなのだろう。

 事実俺の後に声を掛けられていたのは、全員同じように独り身で自己主張の激しくない連

中のようだった。要するに、捕まえられる可能性の高い奴から先に確保しておこうという算

段だ。理に適っちゃあいるが……正直気持ち良くはなかった。ああやって一見ヘラヘラ下手

に出るような振りはしていても、人使いマネージメントのノウハウは相応に持っていますよ? 使われてい

るんですよ? と嗤われているような気がして。

(……昔からの癖が抜けねえなあ)

 ラインの向こうで、残業代目当ての一部中年ズが挙手して工場長に迫っていた。人手にな

ってくれるのならそれはそれで好都合だからか、彼もやはり強くは反対しない。自己主張の

強い者、弱い者。濃淡が両極端になりがちが面子が残り、追加分対応の為の配置をその場で

割り振られる。

「っと、そっちごめんよ」

「ああ……」

 それでもって後者、俺達みたいな手合いは、必要最低限のやり取りしかしない。元から機

器だらけで動線が狭めの中を、互いに身を捩りながら入れ替わってゆく。それぞれが配置に

着き直すが早いか、既にライン上流側から追加分の部品も投入され始めているのが見えた。

焦っているのは分からんでもないが、それで何かミスが出れば元も子もないだろうに……。

目先の増益に眩んで、今まさにその皺寄せが来ているということがよく分かる。

「オッケー。じゃあ追加の方も、皆さんよろしく」

「は~い」「了解です」

『──』

 前者と後者。忙しさにある種生き生きしている側と、そうではない側。俺や俺と似たよう

な属性の作業員は、引き続き黙々とおかわりされた分の組み立てに当たっていった。時間な

んて普段からパッと確かめにくいし、今更だろう。捌き切れば終わるのだから、無駄口を叩

くエネルギーすら惜しい……。

 それからはずっと、単調作業の繰り返しだった。AならAの部品を、BやCの部品と組み

合わせてしっかりはめ込み、ジュッと溶接。それぞれの手元に、蛇腹で繋がったはんだ的な

工具があり、皆これを慣れた手付きで引き寄せては一個の形に仕上げてゆく。出来たら目の

前のベルコンに戻して検査班に回り、そこで通れば正式に出荷という段階になる。

「……」

 型に嵌まりまくっている仕事。というより、型に嵌まってくれなければ困る仕事。俺達が

ここにいるのは、ただ頭数が必要だからというだけだ。下手糞だったり、待遇なり何なりに

ゴネて作業諸々が滞る──そんな奴を引いてしまったら、別の誰かを呼んできて挿げ替える

だけのことだ。いくらでも替えの利く、お世辞にも特別とは言い難い仕事……。

「Cが無くなる。こっちにくれ」

「あいよ」

「ん……。籠通すぞ、頭下げろ」

 まぁ人によっては、こういう作業の方が性に合っているという場合も少なくはないのだろ

う。それに考え方次第では、この手の地味な営みがあってこそ世の中が回っているとも言え

る訳で。そうした小さな何か、縁の下の力持ち的な自分を密かに誇る──昔ながらの職人気

質な自負でもって日々を肯定してゆくことも、時には必要なのだろうなと痛感させられてき

たのは事実だ。

 ただそれは……少なくとも俺にとっては、尚も“諦め”に近い感情のように思えた。自分

がもっと上へ、もっと優れた他者になりたいと願うこと、行動に移すことを止め、現状の現

実の中で満足する方向へ舵を切っているだけだろう? と。分相応。今更もう間に合わない

し、スキルで一番になるなんて……。或いはこの世の大多数、九十九パーセントの人間は、

そうして小さな歯車の一つであることに安堵さえするのかもしれない。

(結局俺も、今辞めるメリットがないから続いてるようなモンだしな……)

 少なくとも従順かつ、替えの利く頭数の一人として振る舞えている内は、よほどの浪費が

ない限り食うに困る状況でもない。今までも幾つか職を転々としてはきたが、その場その場

でどうしようもないほど我を張ったって、一言『じゃあもう来なくていいよ』と返されれば

お終いなんだ。徹底的に、頑なに対立を選んでまで、得られる価値なんてあるんだろうか?

それならそっと、離れた方が自分にも相手の為にもなる。それこそ俺達は、いくらでも替え

の利く頭数なんだから。

「──三十九、四、十! 終わった~! 皆、お疲れ!」

『お疲れで~す』

 そうさ。大体もって数の力ってのを侮っちゃいけない。勿論限度はあるが、多少難題が降

って来ても、分業と人海戦術で何とかなる。通常ノルマに突如上乗せされた、合計四十箱分

の注文も、残業という形で捌き終えはしたのだから。

 ……多分、外はすっかり暗くなっているだろう。工場長や一部の元気な連中の笑顔、安堵

のやり取りを横目に、俺は他の面子と同様そっと上がっていった。ふう……と、マスクの下

で深い息を吐き出しつつ、機材や足場の張り巡らされたライン区画を後にする。


 時刻はとうに日付を跨いでいたが、街のネオンが煌々と輝き続けているせいで、どうにも

そうだとの実感が湧かない。ついさっきまで延々、工場の中に居たのもあるのだろうが。

(流石に寒くなってきなあ……。もうちっと、羽織るモン持ってくりゃあよかった……)

 白ずくめから普段着に着替え直し、とぼとぼ一人アパートへの家路を進む。暦ではまだ秋

の範疇だった筈だが、ここ何年かはもうすっ飛ばして冬に直行している気がする。風が思っ

た以上に冷たくて、俺は朝引っ掛けてきた上着をぎゅっと抱えるように猫背になる。路地に

は他にもちらほら通行人はいたが、皆どれもすっかり防寒の装いに変わったらしい。

(こういう日は、やっぱおでんとか温かいモンを食べてぇなあ。財布がちとアレだが、途中

でコンビニにでも寄ってくか……)

 身を縮こまらせて歩き、すっかり遅くなった夕食の内容を思案していた、ちょうどそんな

時だった。俺はただ普通に暮らしていただけなのに、トラブルは予め警告なんかしてくれる

訳でもなく、向こうからやって来た。

 ネオンとそこに灯る看板達を見上げ、最寄りのコンビニを探す。すると中高年のおばちゃ

んが、鞄を大事そうに胸元に抱えて店から出てくるのが見えた。

 少し考えたが、ああATMかとすぐ予想は付いた。いつからか便利になったもので、今は

もう昼間銀行に行く以外にも金を降ろす方法は幾らでもある。強いて言えば、わざわざこん

な時間だと物騒だぞ? という老婆心ぐらいで……。

「──」

 だからか、そんな彼女の後方からスッと追うように出てきた別の男を見た時、何となく嫌

な予感はしていた。ネオンの明かりがあるとはいえ、こんな夜中も夜中に真っ黒な帽子にサ

ングラス、加えてジャケットにズボン。こそこそ息を殺すように後をいて歩くような感じ

もあって、ぶっちゃけ第一印象から怪しかった。

「っ!」

「ひゃあッ?!」

 嗚呼。本当に奪いやがった……。

 黒ずくめの男は次の瞬間、背後からこのおばちゃんの鞄に手を伸ばすと、殆ど強引にこれ

をぶんどって走り始めた。おそらくATMで金を出している所から見られていたんだろう。

力ずくで引き剥がされた勢いも相まって、彼女はその場で大きくふらつき転んでしまう。自

分の身に起きた出来事に、数拍理解が追い付かなかったようだが、程なくしてこの犯人の背

中へ投げ付けるようにして叫んだ。

「ひっ、ひったくりよ~! 誰か捕まえて~!」

 お、おう。こりゃあまた随分とベタな展開で……。

 俺は思ったが、事態は存外もっと面倒なことになっていた。さっきから言っている通り、

彼女と俺は互いに進行方向が逆だった。一直線上に居た訳だ。そこへ黒ずくめが、たった今

犯行で奪った、現金入りと思われる鞄を抱えて走ってくる。俺の方へと、必死の形相で走っ

てくる。

(おいおい……。おいおい、おいおい……!)

 他にもちらほらいた通行人も、多分聞こえちゃあいた筈だ。だがそれよりも、先ず位置関

係上、真っ先にぶち当たるのが俺だった。おばちゃんも、こちらの姿が見えていたかどうか

は判らないが、少なくとも助けを求めて叫んだのは事実だろう。要は居合わせた俺に、この

ひったくり犯を止めてくれと? 捕まえてくれと?

 正直言って、迷った。突然のことであったし、何より勝手な正義感のままこいつに相対し

たところで、本当に止められるのか? 夜中とはいえ、こんなすぐバレるような雑な奪い方

を強行してきたのと、その割には必死の形相なところ。俺が立ち塞がったとしても、逆上し

て何をしてくるか分かったモンじゃない。最悪、あの黒ずくめな格好の何処かに、ナイフの

一本でも忍ばせている可能性だってあるのだ。

 どうする? どうする? 俺は他に動ける奴はいないのか、思わず周りを見渡していた。

 立ち向かったところでどうなる? 本当に止められるか? おばちゃんには悪いが、俺は

そういう荒事には慣れてないんだ。ここはいっそ、咄嗟に止めようとしましたが避けられま

した、的なムーブを装って被害を最小限に──。

「ぐべっ!」

「あっ」「あっ……」

 なのにだ。この黒ずくめ野郎、盛大に転びやがった。俺がおどおど、立とうか避けようか

と躊躇っている間に、除け切れなかった俺の足に躓いてバランスを崩したらしい。

 かなり必死に、猛ダッシュで逃げようとしていたからな……。自滅か。俺は頭の中で、そ

う冷静に状況を分析している自分がいる一方で、本音では“拙い”と大音量でアラームを鳴

らしていた。向かいのおばちゃんもおばちゃんで、予想外のすっ転びに思わず短い声を漏ら

している。

「あ゛っ……だァ……! こんのッ、てめえ……!!」

『──』

 よほど痛かったのだろう。いや、赤っ恥を掻かされたとの認識が先立ったのか。

 この犯人は、アスファルトの地面で顔面を強かに擦った後両手を突き、怒りに震える目で

俺の方を睨んできた。サングラスもへしゃげ、額から下唇にかけて大きな擦り傷まで出来て

いる。他の通行人らも一人また一人、騒ぎに気付いて駆け付け始めているというのに、折角

奪った鞄を持って逃げるよりも先に敵意を向けてきていた。さも俺のせいだとでも言うよう

に、完全にロックオンされていた。

(ああ、もう! だから止してくれって……!)

 中途半端に首を突っ込むから、こんなことになるんだ。

                                      (了)

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