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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-144.November 2024
216/285

(1) 純白の君へ

【お題】白、黒、脇役

 常日頃から賑わっている王都が、その日は一際ざわついてた。街の中央を貫く大通りの左

右を、数え切れないほどの人々が集まって囲み、黄色い歓声を上げている。

「きゃ~! 聖女様~!」

「お疲れ様で~す!」

「お帰りなさ~い!」

「嗚呼、聖女様……。今日もお美しい……」

 そんな衆目の只中を往くのは、美麗な装飾を施された馬車を守るように陣形を組む、同じ

く派手目な鎧甲冑を纏った一団。王都に拠を構える──ひいては国王より影響力を持つとさ

れる、教団直属の聖騎士達である。

 彼らは先日まで、王国の西方へ遠征に出向いていた。彼らの権力の象徴でもある“聖女”

を伴い、かの地に巣食う魔物や穢れを祓う為に。

「──」

『きゃ~!』

 にこり。馬車の窓から顔を覗かせた“聖女”は、集まった人々に優しく微笑み、小さく手

を振って応えていた。そんなパフォーマンスに彼らは益々興奮し、自分達の安寧を守ってく

れる彼女ないし、教団の聖騎士達に憧れた。

 透き通るような白く長い髪、肌と瞳、金糸を編み込んだ法衣ローブ

 窓という切り取られた一部分からしかその全容は伺えないが、そもそも彼女本人がこうし

て大々的に人前に出ること自体が滅多にない。だからこそ人々は、これほどの黒山を作って

まで一目見ようと集まったのだろうが……。

(……嗚呼、美しい。あの頃と変わらぬ、まさに“聖女”と呼ぶに相応しい御方よ)

 そういった面々、人ごみの中で、彼もまた彼女の姿を拝もうと王都まで足を運んで来た一

人だった。決して良いとは言えない身なり、頬の左半分に痣の残った顔。それでもこのやや

卑屈な男は、憧れの女性ひとの一先ずの息災ぶりに安堵せざるを得なかった。


 俗に“聖女”とは、神より啓示を受けてその権能を借り受けた人物の総称である。

 時代によっては何人もの“聖女”がいたとされるが、現在確認されているのはこの王国を

含めて両手にも満たない。故に各国──特に信仰の要となりうる教団は、彼女らの出現を把

握すると逸早く動こうとする。

 それは何も、ただ彼女らが啓示を受けた人物、御使いだからというだけではない。具体的

には“聖女”として発現した権能──病や穢れ、およそ人々にとっての害を取り除く力。ひ

とえにその独占を狙ってのことである。

 何処からともなく発生した穢れは、滞留するとやがて様々な災いを生む。疫病然り、直接

的に人々の命を奪う魔物然り。彼女らはそれを、ただ白く煌く手で触れるだけで浄化してし

まえる唯一の存在だった。だからこそ今回のように、聖女を擁する教団は、しばしば領内の

あちこちを訪問。手ずから人々を救済して回っている。


(ともかく、現在も息災なようで何より……。だが、このままずっとという訳にもいかぬだ

ろう。教団やつらめ、馬車で巧妙に隠しているようだが、私には分かるぞ……? やはり聖女様は、

以前に比べて“黒く”なられておられる。侵食が、進んでおられる)

 一般的に神の御使い、救済者として敬い、奉られる対象である聖女。

 だが彼は、この日集まった大多数の市民達とは少し違った目的を持っていた。馬車の窓か

ら手を振っていた彼女を見て──正確にはその白い髪や肌、瞳を観察してみて確証を得ていた。

彼女は、かつて他ならぬ彼自身が目撃した時よりも、そのあちこちが“黒ずみ”始めている。

 数年ほど前、彼は南の辺境で暮らす一介の農民だった。しかし近隣で発生した穢れに期せ

ずして触れてしまったため、左半身を中心に酷い腫瘍を抱えることになってしまった。

 ……そんな時だ。暫くして南方へ“遠征”に赴いていた聖女と会ったのは。

 多くの村人が、その変貌してしまった容姿から避けるようになっていた男に、彼女は分け

隔てなく接してくれた。しかもその原因がすぐに穢れに侵されたからだと判ると、すぐさま

そっと差し出した掌から神々しい光が溢れ、気付けば腫瘍がごっそり取り払われていたので

ある。

 彼は歓喜した。目の前で起こされた奇跡に涙した。

 流石に、彼女の力をもってしても完全には消し切れない──痕こそ残ってはしまったが、

それでも救われたことには変わりない。何度も何度も、彼や彼の親族らは彼女に礼を述べて

頭を下げた。しかし彼女は、現代の“聖女”は、さも慈母のように優しく微笑みかけたまま

続けたのだった。


『どうか頭を上げてくださいませ。私は、当然のことをしたまでですから……』


 あの時の笑みを、白く輝く美しさを、以来彼は忘れたことがなかった。折につけては思い

出し、焦がれ、また会いたいとすら願った。

 ただ……そんな日々の中で、彼は良くない噂を耳にすることになる。

 即ち“聖女”とは、あくまで誰かの病や怪我、穢れを原因をとするそれを“引き受ける”

ことしかできないという情報。実際、歴代各国の“聖女”達は短命だったらしい。それも全

ては、幾度となく他人びとの穢れを移し取った結果、自らの死が早まってしまうから──要

するに自分達は、彼女ら“聖女”という人材を犠牲にすることで生き長らえたに過ぎないの

ではないか? と。

(急がねば……。今日という凱旋が最大の好機。何としてでも、お救いする!)

 今はまだ、工夫次第で隠せても、穢れの引き受けが長く続けばそれも難しくなるだろう。

神々しい真っ白な髪や肌は、人々から取り払った穢れで黒く染め上がり、その割合が多くな

ればなるほど、彼女は確実に死へと近付いてゆく。教団は、いよいよそうした状態になった

“聖女”を少しずつ公には出さなくなってゆくだろう。救うなら、今だ──。男はぎゅっと

懐の中に潜ませた、とある品物を掻き抱いて歩み出す。

 ──もし“聖女”様以外に、世の穢れを取り払う手段があるのなら?

 彼があの日以来、件の噂を耳にしてしまって以来、必死になって探し続けたのはそんな彼

女を救う道だった。特定の人間を、うら若き乙女を犠牲にしなくて済むなら、どうしてそう

しないのか? 所詮は教団や、連中と繋がっている王国の、我が身可愛さ故なのだろう。た

った一人の“聖女”が暫く肩代わりしてくれれば、皆が幸せ。そんな歪んだ構図を、彼は何

とかして変えたいと願った。

(解呪石。とうとう手に入れた……。これを彼女に、あの方に渡してその穢れを再び移し替

えてあげれば……)

 人伝に何人も情報を辿り、遂にとある行商人から手に入れた魔法の遺物。何でもこのくす

んだ墓石のような代物は、世の“聖女”達のように対象の穢れを移し取ってしまう作用があ

るのだという。

 その行商人に奨められ、直前まで誰かが触れないように巻かれた専用の布も併せて買い、

隠し持ちながら。


『いいってことッスよ~』

『聖女サマを犠牲にしてな~んも変わらない奴らなんて、ぶっちゃけ害じゃないッスか~』


 その際のやり取りを思い出しながら、彼はずんずんと進んでゆく。聖女及び聖騎士団の凱

旋に沸き立つ人々の間を縫って、彼女ら一行の間近へ迫れるよう、進行位置から少し先の人

ごみの最前列へと移動する。

 何でも、この解呪石というのは教団が禁制の品に指定しているそうだ。曰く危険な代物だ

から、外法の産物だからだと。

 だが……たった一人の女性を文字通り人柱にしておいて、今更何を言う? 彼女がいずれ

犠牲になる、使いものにならなくなると知っていながら、人々に偽物の希望を振り撒く連中

の何処に正しさなどあろうものか。誰も、当の彼女自身を救えぬままではないか──。



 リーゼロッテとユーグは、同じ故郷で生まれ育った幼馴染同士だった。北方の牧歌的な山

合いの村。ゆったりと流れる時間。二人はこれまでもこれからも、そうした日々が続くと思

っていた。信じて疑わなかった。

『ロ、ロッテ……。そ、その姿は……』

『えっ──?』

 別れは突然やってきた。ある日、いつものように村唯一の礼拝堂で祈りを捧げていた時、

ステンドグラス越しから彼女に明らかに異常な量の光が降り注いだのだ。

 ユーグを含めた、その日その場に居合わせた村人達数人。暫くして眩い光が止み、当の本

人がきょとんとして何ともなさそうにしている姿を、彼らは驚愕の表情で見つめるしかなか

ったのである。小首を傾げてこちらを見てくる彼女に、ユーグは恐る恐ると指摘する。

『気付いてないのか? お前、髪から何から、真っ白に……』

 長く艶やかな黒髪は、光の後で真っ白なそれに変貌していた。程よく焼けた健康的な肌色

も、丸く愛嬌のある栗色の瞳も、その全部が漂白されたように真っ白。

 ユーグや村人達は、あまりの出来事に立ち尽くしていた。どうすれば良いのか正直分から

なかった。

『全身真っ白な、若い娘……』

『もしかして、アレか? まさかリーゼロッテが、噂に聞く“聖女”様に……??』


 小さな村のことだから、異変の一部始終はすぐに広まった。少なくとも当の本人は、あの

異常な光を浴びても何ともなさそうだったし、暫く様子を見ようという意見が大勢を占めて

いた。他にどうこうすればいいという、発想や選択肢すら持ち合わせがなかった。

『──君がリーゼロッテだね?』

『我々と来て貰おう。新たな“聖女”の誕生だ』

 だが……王国の、教団の人間が何処からか彼女の身に起こった異変を嗅ぎつけてやって来

た。暫くしてから突然、聖騎士達が大所帯で訪ねて来ると、まだ事の重大さを解っていない

彼女の腕を取って有無も言わせず馬車へ誘おうとしたのだ。ユーグは、当然そんな彼らの暴

挙に腹を立てて反抗する。

『何だ、貴様は?』

『これは王命、世の安寧に関わる重大事である! 邪魔立てをするなら容赦せぬぞ!』

 しかし鎧を着込み、完全武装状態の現役聖騎士達にいち村人が叶う筈もなく、ユーグはそ

の場でボコボコに敗れ、地面を転がった。圧倒的な実力の差、自分達の側に正義があると確

信しているが故の容赦なさ──ユーグはこの時、成す術がなかった。幼馴染に手を出され、

ようやく感情的になりかけたリーゼロッテを、聖騎士達はぐいと馬車の中へ捻じ込む。

『ユーグ!』

『……待ってろ。すぐ迎えに行く。要は俺も聖騎士になれば、ロッテの傍にいても良いんだ

よな!? 守れるんだよな!?』

『なれれば、な』

『ふっ……。威勢だけで、我々と同じ高みに立てるとでも? やれるものならやってみろ』

 かくしてユーグは、程なくして村を旅立った。王都の教団に、その直属の精鋭兵・聖騎士

の一人となる為に。


(──畜生、ようやくここまで来たのに……。やっとの思いで、入団まで漕ぎ付けたのに)

 “聖女”こと、リーゼロッテが西方から帰ってくるこの日、ユーグは軽装の支給装備に身

を包んで王都の街頭に立っていた。彼女を一目見るべく、王都内外から集まってきた人々を

制し、その人だかりと騎士団本隊を分離する為である。

 血の滲むような努力と、七転八倒の末、彼は確かに騎士団に入団することはできた。しか

し現在も、その身分は正式な聖騎士ではなくあくまで見習い。今回の遠征にも結局同行する

ことは許されず、他の見習いや留守側の聖騎士達と共に割り振られたのは、凱旋時の周辺警

備任務のみ。馬車の中にいるであろう、肝心の彼女にも、自ら近付くことすら叶わない。

 尤も、入団ができただけでも奇跡と言えば奇跡なのかもしれなかった。そもそもリーゼロ

ッテが“聖女”として目を付けられ、連行されてしまったあの日、当の聖騎士達とは因縁が

出来ていたからだ。あの時の本人らが関わらなかったのか、それともあくまで入団などの選

抜は実力主義なのか。

 一方で、いち村の自警団員程度の力では、目標の聖騎士には遥か遠いというのは王都に来

てから嫌というほどに痛感させられた事実だった。入団後も訓練を欠かしたことはないが、

正直彼らに届く気がしない。イメージが湧かない。これではいつ、正式に彼女の下へ行ける

のか? 堂々と護衛的ポジションとして傍にいられるのか……?

(あいつも、随分と変わっちまったな……。昔はもっと、にこにこ屈託のない感じで笑って

たのに……)

 半ば強制とはいえ、それも立場が立場になったからか? 責任が人を変えるというのはし

ばしば聞く話だが、他でもない身近な人物がそうなってゆく過程を見るのは辛い。気のせい

か、あの時真っ白になった髪や肌も、少し黒さが戻っているような気がする。それだけ気疲

れが激しいのだろうか?

 いや、そもそも黒髪やら肌色は、本来のあいつのものであって──。

「おい! 貴様! 何者だ!?」

「それ以上近付くな! 聖女様へ害なすものと見做すぞ!」

 だがちょうど、そんな時だったのだ。ふと大通りの隊列が騒がしくなったと思った矢先、

何者かが聖女リーゼロッテの乗る馬車の側面へと迫るように駆け寄って来ていたのが見えた。当然、周囲

を固めていた聖騎士達が警戒心を露わにして剣先・槍先を向ける。行進が止まり、別の意味

で人々がざわつき始める。

「何を仰います! 私は、聖女様をお救いしようと……!」

 おお。何か、俺以外にも骨のある奴が出てきたじゃねえか……。ユーゴは最初、何の気な

しにそんなことを思った。実際、凱旋の妨害に他なりはしないのだが、こと彼にとっては自

分では立場上も相まってできないことを、代わりにやってのける第三者として見えたのだ。

(顔に痣。身なりからして王都民じゃない……。何処かでロッテに助けられたファンか?)

 だとしても、礼を述べるには時と場所があるだろう。背後でざわつく人々を、規制線代わ

りのロープで押さえながら、ユーゴもいち警備要員としてその場に立ち続ける。既に、この

みすぼらしい男の乱入を許してしまったことで、彼が出てきたと思しき区画担当の同僚が近

場の聖騎士に叱責されていた。横目でちらり、不憫だなと思った。

(まあ、これで俺も、ロッテの顔をもっと見れるかもしれねえが……。うん?)

 しかしである。

 馬車を囲む聖騎士達と、押し問答をしていた例の男が、次の瞬間そんな言い分を叫びつつ

懐に抱えていた布巻きを解いた。窓からこちらを目撃してみているリーゼロッテの方を見上げて

その中身掲げ、突き出し、謳う。おそらく彼自身、自分が今何をしようとしているのか、正

確には解ってすらいない中で。

「聖女様! どうぞこれを! 貴女様の抱える痛みを、どうかこの石で……!」

 解呪石。なまじ教団、聖騎士団に属するようになったからこそ、ユーグにもその代物の正

体はすぐに判った。とんでもないものを、あの男は持ち込んで来やがった。

「!? 解呪石……?!」

「貴様、聖女様に何てものを……!!」

 男は気付いていないのだろうか? その手に握り締めたくすんだ石から、まるで怨念のよ

うな人の顔達が溢れ出していることを。どす黒く蠢き、今にも解き放たれようとしているそ

れが、自分が救うと豪語しているリーゼロッテを襲いかねないことを。

(あいつ──!)

 実物を見るのは初めてだ。だが騎士団の教本で、あれは何度も見たことがある。

 気付いた時にはユーグは、既に駆け出し始めていた。見習いという自分の立場、今日の警

備任務における持ち場も忘れて、カッと頭に血が上ってしまったかのように。

 解呪石は、確かに誰かの穢れを取り除くことができる。ただ“聖女”の能力と決定的に違

うのは、取り除かれて溜め込まれた穢れを、あの石は常に他の誰かへ“擦り付ける”よう働

くという点だ。穢れは、それ自体を全く消してしまうことはできない。ただ受け流し、少し

ずつ鎮めてゆくことでしか解消することはできない。

 ……後々、そんな事実を知った時には、正直改めて腸が煮えくり返った。ロッテは要する

に皆の安心安全の為、犠牲になるしかないのか? そんな運命を押し付けられたのか?

 ただ彼女は──“聖女”には自我がある。取り除いた穢れを移し替えても、また他人に戻

さないように抱えようという意思がある。

 その意味で、解呪石は逆だ。所詮はただのモノだ。溜まりに溜まった、名もなき者達にかつ

て宿っていた穢れが、抑制してくれる自我もなく只々暴れ回る。触れた人間を新たに蝕んで、

徒に犠牲者を増やしてゆく。……だからあれは、長らく禁制の品として取り締まられてき

たのだ。

「はなっ、離せぇぇぇ~ッ!! 聖女様、何とぞ! 何とぞぉ!」

 聖騎士達に取り押さえられようとしても尚、一心不乱にこの呪物をリーゼロッテに献上し

ようとしている男。妨害に遭い、膝を突かされながらも、その握り伸ばす手は頑なとしてブ

レなかった。馬車の中で、当の彼女本人は、青褪めた表情で身を捩じらせている。

「こんのっ! しつこい……!」

「駄目だ、こいつ! 完全に石に魅入られてやがる!」

「──」

 だが次の瞬間、事態は文字通り断ち切られたのだった。ずんずんと、異変を目撃してこち

らへ駆け出してきたユーグが、尚も縋ろうとするこの男の首を抜いた剣の一閃で斬り落とし

てしまったのである。

 ひゃっ!? 事の一部始終に居合わせていた人々から、そんな短い悲鳴が漏れた。司令塔

を失った男の胴体が、ぐらりと握った解呪石ごと崩れ落ち、力尽きる。それを咄嗟に機転を

利かせた別の聖騎士らが、急ぎ男の持っていた布で巻き直して回収。凄惨な現場をこれ以上

見せないように、皆で人々の間に割って入って物理的な壁を。あちこちから怒号じみた声で

指示・誘導が飛ぶ。

「おい! 急ぎ見物人達の避難を!」

行進パレードは中止だ! 聖女様を、至急本部へ!」

「大丈夫か!?」

「ああ。この布……遮蔽の術式が幾つも組んである。こいつが作ったのか? それとも、こ

いつに石を売った誰かが……?」

 案の定、現場は瞬く間に騒然となった。最早優雅な凱旋行進パレードをやっている場合ではない。

 にわかに慌ただしく、人々が捌かれてゆく中、警護の聖騎士達はこの男が持ち込もうとし

ていた解呪石とその保護布を訝しげに見つめていた。少なくとも、素人の思い付きで行える

ような仕業ではない。

「おい、見習い!」

 加えて、件の犯人おとこを即切り殺したユーグを、別の先輩聖騎士が少なからぬ怒気を込めて呼

ぶ。殆ど反射、やはり頭に血が上っての行動だったのだろう。当の本人は動かなくなった男

を見下ろしたまま、剣を片手にぼうっとしていた。返り血が刀身や頬、軽鎧の胸元などに飛

び散っている。ハッと、やっと我に返った彼を、この先輩聖騎士は最初じっと睨むようにし

てから労う。

「……よくやった。だがもう少し、穏便に済ませても良かったな。死人に口なしでは、後の

捜査も進まん」

「ぁ。えっと……はい」

 咄嗟の判断で、喫緊の脅威を排除したことは良し。ただ後先も考えず、一介の警備要員が

しゃしゃり出るべきだったのか? 彼の言葉は暗にそう言っていたように聞こえた。ユーグ

は暫くまともに思考が回っていなかったが、ややあってようやくそんな、解っているような

解っていないような受け答えしかできない。

「おい! こいつの死体、包んどけ! こいつまで“穢れ化”したら堪んねえぞ」

(……ケガレ化?)

 ぼんやりと。ユーグは只々、臨機応変に周囲で動き始める、歴戦の先輩聖騎士達に比べて

何もできなかった。明らかに幼馴染リーゼロッテに害を加えようとしていたとはいえ、直情的に人を斬っ

てしまったのだ。ショックは存外、尾を引いている。ガラガラと、気付けばその彼女を乗せ

た馬車が、足早に現場を立ち去ろうとしていた。再びそっと、半開きにされた窓から、こち

らの様子を彼女が驚いたままの延長で窺っている。

(やっぱりあれは……ユーグ? 私を守ろうとして、あの人を……?)

                                      (了)

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