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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-105.August 2021
21/308

(1) 転生(てんしょう)

【お題】井戸、蛙、真

『逃げるなッ! 文句を垂れる暇があるなら、立ち向かえ!』

『またそうやって泣き言を……。情けない……』

『そんな在りもしない夢物語に耽っているから、堪え性が付かないんでしょう?』

『下らん。全くもって、下らん』

『自分だけが苦しいだなんて思うな! 皆毎日、血反吐を吐きながら生きてるんだよッ!』


 ここではない何処かへ。

 そう願ったり、ふと油断して口に出したりしてしまうと、世の大人達は決まって露骨なま

でに怒りをぶつけ返してくる。或いは呆れ果て、ゴミを見るような眼でこちらを見下ろして

くる。生老病死──苦しみに“相対”なんて無いのに、勝手に自分のそれが大した事の無い

ものだと決め付けてくる。何も知らないだけだと、軽んじて構わないとする材料・根拠に挿

げ換えてしまう。


 井の中の蛙、大海を知れ。


 圧し潰される側の負け惜しみだと、吐き捨てられればどうしようもないが、どうしてそこ

まで強く出られるのだろう? 言い切れるのだろう? いや逆に、彼・彼女らの嫉妬や恐怖

ではないのかと疑ってしまう。それすらも、愚かな“若気の至り”だと言い張られるのだろ

うか? 本当に長く生きている方が、きっと正しいなんて保証は無いのに。そこまで耐え忍

び続けて、歳月を待ち続けて、辿り着く果ての姿が所詮そんなものなら、寧ろ──。


 井の中の方が狭くて昏いなんて、誰が決めた?

 何かにつけて批判してくる現世こっちよりも、向こう側の方が、実はもっと広大な世界が広がっ

ているかもしれないじゃないか。


 だから僕達は、きっと吸い寄せられたんだと思う。門戸は開いたのだと思う。その心算で

飛び込んだか、事故でそうさせられたかでは随分違いはあるけれど、きっと心の何処かで願

っていたんだろうと思うから。

 ここではない何処かへ。世の中が間違っている、変えてみせるといった気概や未練を必ず

しも持ち合わせていた訳ではないけれど……他に在る筈だと信じた。少なくとも、自分が生

まれてくるべき世界は、ここじゃあなかったんだって。


「おおっ! 此処は……?」

「異世界キター!!」

「え? えっ? 私、マジで死んじゃったの……?」

 穴があったら入りたい。落ちたり飛び込んだり、召喚されよばれたりはあるけれど。

 或いは撥ねられたり、突然刺されたりといった切欠だろうか。世の中の──“前”の世の

中の大半が気付かないまま、僕達は人知れず新天地に辿り着く。困惑と混濁で最初はぐちゃ

ぐちゃになるものの、そこは“予習”をばっちり済ませた身。

 ……嗚呼、解ってる。そういう細かい突っ込みは、後でごまんと出会うから。先ずはいわ

ゆる成功例って奴を観てくれると嬉しい。

 迷い込んだのは、明らかに元いた場所とは違う世界。剣と魔法のファンタジー世界。或い

は生前よくやり込んでいた、ゲームの世界観そのままだったりするかもしれない。

 ここではない何処かへ。この瞬間、彼・彼女らの願いは叶えられたのだ。いわゆる現実に

辟易し、背を向けてきた者であればあるほど、パニックから復帰した後の喜びというものは

ひとしおである。言語や種族、国に文化すらも判らない、全く違う──それでもお決まりは

すぐに解決策を用意してくれて、すぐにでも自分達を“心地良い”場所にまで誘ってくれる

筈で……。


「もう飽き飽きなんだよ、そういうの」

「見つけたぞ、異人だ! チート持ちだ! 囲め、囲めぇぇぇーッ!」

 でもさ? 実際問題、そう何もかもが上手くゆく訳は無いじゃないか。観測者側もそこは

いい加減分かっているし、寧ろすっかり“逆を張る”習性が出来上がってしまっている者達

も少なくない。或いは──そもそも認知すらしてない層が大半ではあるのだけど。彼らは彼

らで、その“現実”を生きるのに全力過ぎて、一瞥を寄越す暇もない。賛否の言葉を向ける

リソース自体が残っていない。

 行かれる側も然り、加えて来られた側もそうだ。はてさて、僕達の知る“現在”は一体向

こうの幾年になるのだろうか? 中には意図してお呼びでないこちらを、逆に摘んでしまお

うとする動きもあるらしい。よく、けしかけてお互いに潰させ合うっていう策略家気取りも

現れはするけれど……そもそも面倒事の種など、始めから無いに越した事はないのだから。


「際限なく、外界より力を求め続けた果てがこれじゃよ。どれだけ新たな技術が、概念が持

ち込まれようが、もたらされたのは小さな幸せよりも大きな災いじゃった」

「──」

 何より、文明の“劣って”いる場所ばかりとは限らない。場合によっては、既に滅んでし

まって久しい世界だって、当然存在して然るべきなんだから。

 事実淡い期待を抱いて飛び込んだり、召喚に応えたりした面々の一部は、そんな荒れ果て

た大地ばかりが広がるさまを目の当たりにして絶望した筈だ。悪いくじを引いた。始めっか

ら詰んでいたのだから、心地良いも糞も無い。有用な技能なり何なりがあれば、そこからま

た建て直すのも一興なのかもしれないけれど。

「オレ、オマエ、マルカジリ」

「ひっ……!?」

「何だあ? この弱そうな毛無しの猿は?」

「戦士としては使えなさそうだな。かといって、食糧にするには肉が無さ過ぎる」

「肉!?」

 あまつさえ、人ですらなかったら? 見下してきて、こちらが利用するのではなく、始め

から利用されることが前提の出会いそれだとしたら?

 その実、僕達が何もかもかなぐり捨ててまで望んだことは、いざ現実のものとなってもか

なり分の悪い賭けなのだと解るだろう。こんな状態で、言語はおろか相手のバックボーンす

ら不明なのはリスクが大き過ぎる。比喩でも何でもなく、即ゲームオーバーという結末にも

なりかねない。


「──ほう? やっぱそうか。見た目というか、雰囲気というか、妙に懐かしい感じがする

とは思ったんだよ……。そっかそっか。やっぱあれからも、探しに出ちまう奴は後を絶たな

いんだな……」

 或いは迷い込み、彷徨う異界の片隅で、年季の入った“同胞”に出会うこともある。若い

同士ならば先に警戒や対抗心が勝り、どうにも如何に相手を出し抜くかに力点が置かれてし

まいがちだが。

 一方で相手がずっとずっと先輩なら、寧ろ緩やかな歓待を受けるかもしれない。ないしは

確認するように誰何され、静かに黄昏の姿勢に突入するというパターンも。かつて在ったで

あろう新天地での野心は瞳より失われ、今は只々ぼんやりと、現地人として溶け込みながら

歳月を消費し続けている。

「……何だよ? 勝手に一人で納得されても困るんだが。俺と同じだってんなら、何でこん

なド田舎で燻ってるんだ? スキルの一つや二つ、あるだろ?」

「持ってると判ることと、それを活かせるかどうかは別問題だろう? 大体、そこを欲張っ

て下手に目立っちまったら、国軍の“異人狩り”が出張って来る。デメリットの方が大きい

んだよ。分かったら、俺には構わずどっか行け。あと……俺が此処に居ることは、他の奴ら

に話さないでくれると有難い」

 ずっと先輩の彼は言う。今は色々なことを諦め、独り隠れ住んでいると。転移と生まれ変

わりで度合いや速度の差はあるが、かつての記憶がどんどん風化しているのだとも。何より

元いた世界とは違う場所、新天地に来た所で、自分が求めていた「救い」は得られなかった

のだと。

「今更後悔しても遅いがな……。戻り方なんて知らねえし、それこそ最初は戻ろうなんて考

えもしてなかった。こっちで年を取って、昔の知り合いとかの顔もどんどん思い出せなくな

っていって、その内よぼよぼのジジイになって死ぬんだ」

「……」

 随分な悲観論者? 現実、足るを知る? それこそ“若気の至り”を抜けてある種の悟り

へと至った者?

 少なくとも、相対する若き少年は、この同胞たる先輩を毛嫌いした。言葉にこそ明確には

出さなかったものの、心の内で酷く軽蔑していた。駄目な大人になり下がったのだと、早々

に結論付けていた。

「聞かれなきゃ話さねえよ、心配すんな。こっちとしても……とんだ無駄足だったよ。それ

じゃあな。精々そこで腐ってろ」

「はは……。言われなくてもそうさせて貰うさ。どうやらお前は、俺みたいなのとは違って

明確に望んでこっちに来たクチみたいだしな」

 去り際、少年の背中にいい歳をしたこの先輩は言葉を投げる。彼は振り向かなかったが、

それは元“同胞”としての助言アドバイスだったのかもしれない。或いは、かつての自分に重ねていた

が故の、忠告も兼ねていたのだろう。

「進むも留まるも、お前次第さ。折角元いた場所から抜け出して来れたんだ、一人一人の出

回答こたえが違ってたっていい。だがよ──」

「続けてどうなる? なまじ“夢”が叶っちまったから、やり方次第でもっと次の世界へ次

の世界へ渡り続けることだって出来るかもしれん」

 少年がそこでようやく、初めて肩越しに彼へと振り向いた。辺りは青々と茂った木々と土

の舗装道に囲まれ、他に人気は無い。小さな家に畑、長らく孤独な自給自足生活……。

「時々思うんだよ。俺が来た時みたいな“穴”っぽこへ、何度も落ちて行ったら、その果て

には何が在るんだろう? ってな」

「……」

「あ、いや。もしかしたらお前はもっと違う来方かもしれねえけどよ? トラックに撥ねら

れたり、通り魔に刺されたりみたいなパターンなら、尚更申し訳ねえ言い方なんだが……。

もしかしたらぐるっと一周して、元いた世界に戻って来ちまう可能性だってある訳だろう?

だとすりゃあ俺達の旅は、まるでもって無駄ってことになる──」

                                      (了)

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