(3) 伝厭封景
【お題】テレビ、終末、殺戮
「──知ってるか? 人間の眼ってのは、あくまで周りの光を集めてるだけで、直接何かが
“視えて”る訳じゃあねえんだとよ。まあ、他人の受け売りだし、俺も正直よく解っちゃあ
いないんだが……」
荒野を往くそんな兄貴分の後ろ姿を、ジッタは数歩追うように歩いていた。空は延々と曇
り、辺り一帯には不毛の大地ばかりが広がる。
だが、彼ら“現在”を生きる者達にとっては、最早それらは見慣れた風景──何の変哲も
ない日常の一部に過ぎない。
「アニキが分かんないモンを、俺が分かる訳ないじゃないッスか。っていうか、何でこのタ
イミングでそんな話を?」
「ああ。これを聞いた時のことをふと思い出してな。ほら、俺達って普段“カクセイシャ”
をぶちのめして生活してるじゃん?」
「ええ」
「だったらあいつらも、俺達のことが化け物に見えてんのかなあ……? って思ってさ。普
段は特に、何も考えずに見つけた傍からズッポシ殺ってるがよ」
「……はあ」
ジッタも内心、最初は彼から振られた話に、そこまで興味を持ってはいなかった。他の少
なからぬ同業者達と同じく、今や自分達の生業となっている“カクセイシャ”狩りに、そも
そもどうして疑問を差し挟む必要があるのだろう?
“カクセイシャ”──それは今日、不毛の大地ばかりとなった世界各地を彷徨う、異形の
頭部を持った生命体達の総称だ。
多くは機械仕掛けの、箱のような頭部が特徴的で、人々には解らない音声を延々と呟きな
がら放浪している。個体差はあるが、頭の下は半人半機の二足歩行──身体の作りが人間と
似ているため、自分達とは別の知的生命体だったのでは? 彼ら特有の言語なのでは? と
の説もあるが、世の大半からは与太話として嘲笑される場合が殆どだ。
理由は至ってシンプル。
そもそも人類は大昔、彼らに一度滅ぼされかけているからだ。
「っと……。無駄話はこの辺にしとこう。ジッタ、聞こえたか?」
「ええ。少し遠いですが、奴らの──“カクセイシャ”の声っぽいのが」
荒野の道行き、その目的自体が件の異形達を狩り、報酬を受け取ること。
二人はこの日も、馴染みの出没地帯へ出掛けている最中、獲物の存在に気付いて足を止め
た。息を殺し、近場の物陰に──今や朽ちた金属柵に身を潜めて、音声の主の姿を探す。す
ると程なくして、相手は姿を見せたのだった。
『●・・◇×◎・○▽・・・■××・・』
古びた金属質の箱型頭。その下部から伸びる胴体もどきは、殆どを配線のような機械に侵
食された肉が、辛うじて細長い手足を形成・維持している。ゆらゆらと不定期に頭部を揺ら
し、正面(?)と思しき粗い鏡面には、その理解不能な言語もといノイズに合わせた砂嵐が
波形を作っている。
「一体か。群れから外れた野良かね」
「おそらくは。まあ、そもそもあいつら、群れって認識なのかどうかすら分かりませんが」
背中に差していた鉄パイプや木槌、対“カクセイシャ”用の得物をそれぞれに取り出し、
二人は先ず慎重に敵の戦力を見定めようとしていた。普段目撃例の多い出没地帯から離れて
いるということは、何かそうなった切欠がある筈……。だが現状、ざっと周囲を見渡しても、
伏兵だとかそういった布陣が隠れている様子はない。そんな遮蔽物が存分に散っている場
所でもない。
「……なら、一気に殺っちまうか。ジッタ、お前は一応周りの警戒を頼む」
「了解ッス」
得物の鉄パイプを握り締め、兄貴分の彼はしゃがんだままそっと、このはぐれ“カクセイ
シャ”へと近付いて行った。背後からゆっくり、襲撃する直前まで気付かれないように。そ
んな彼をフォローする形でジッタは、初期位置から反対方向に回り込み、いつでも挟撃・迎
撃に移れる態勢を整える。
「へい! 化けモン!」
『◎●▼・・◆◇・・・××!?』
「どっ……せいッ!!」
一瞬の決着だった。ギリギリまで間合いを詰め、相手が次のフレーズの音声を吐き出そう
とした寸前に、彼はわざと大声を出してこれを挑発。反射的に振り向いたその顔面へと勢い
よく鉄パイプを突き立てたのだった。
グシャッ! 金属と肉片、両方の感触が抵抗する中を、文字通り力ずくで掻き分けて破壊
する。頭部を刺し貫かれたこの“カクセイシャ”は、そのまま機能を停止したのかぐらりと
大きく体勢を崩すると、地面に倒れる。念には念を入れて繰り返しねじ込まれ、或いは踏み
付けられた手足をもがれ、完全に件のノイズは消え去っていた。
ズボッと乱暴に鉄パイプを引き抜き、ふう……と小さく安堵の息を吐く彼。
そんな兄貴分の下へ、結局伏兵などは無かったジッタが合流する。
「こっちは異常なし。呆気なかったッスね」
「まあ、出没地帯じゃねえからなあ。幸先が良いと考えるべきだろ。ほれ、お前も切り出す
の手伝え」
「ういッス」
動かなくなった、本日一体目の“カクセイシャ”の身体をほじくり返し、二人はその核と
される細長い半機半肉の器官を回収した。
人間で言えば、脊髄に相当するような位置関係だろうか。尤も見た目の異質さから、とて
も自分達と比べる気など起こらないが。
「……あんまり、大きくねえなあ。これだと交換率は悪そうだ」
「よく分からんはぐれでしたからねえ。いつも通り、数を狩って稼ぐしかないでしょう」
「そうだな……。じゃあ改めて、出没地帯に行ってお仕事してきますか」
その後二人は、通い慣れた最寄りの出没地帯を回り、四時間ほど他の“カクセイシャ”達
を屠ってはその脊髄もどきを保存ケースに詰め込んでいった。もっと長い間、それこそ日が
な粘れば、更に遭遇はしたのだろうが……彼らのような生業の者は解っている。相手は腐っ
てもナマモノだし、何より出張った後、また来た道を戻る時間が待っている。欲を掻いて商
品も、自分達の肉体も消耗してしまえば、それこそ明日明後日の成果に支障が出る。
「──よう、ディーノにジッタ。今日も交換かい? 精が出るねえ」
「言ってろ。こちとら悠長に、蓄えを食い潰せるご身分じゃねえんでな」
普段暮らしている集落、最寄りの出没地帯からも更に先、旧文明の廃ビル群と現在の“政
府”施設が混在する都市部──第18支部。窓口と思しき軒下を訪れた二人に、やや小太り
の役人・エーゴンが声を掛けてくる。挨拶代わりの売り言葉に買い言葉。顔馴染みとなった
今だからこそのやり取りだ。兄貴分──ディーノの横でジッタが、ぺこりと言葉少なく会釈
をしている。
ゴトン。保存ケースに詰めていた脊髄もどきを見せるように開け、所々錆のあるトタン壁
のカウンターの上にディーノが今日の成果を置く。エーゴンも早速モノクルを取り出し、二
人のそれを検めていた。尤も判定するのは彼自身の鑑定眼などではなく、モノクルに仕込ま
れた専用のセンサーと通信システムなのだが。
「……ふむ。九割方DかD+ってとこだな。あとはこれと、これとこれ……一部がC-判定
と出てる。となると、しめて合計は……97ポイントだな」
「きゅうじゅ──! チッ。三桁いかなかったか」
「結構、数狩ってきたつもりだったんスけどねえ……」
「悪ぃな。こればかりは“政府”のAIが決めてるからよ。ほれ。じゃあ、交換したい物資
を選んでくれや。……昨日の分も使い切らなきゃ、三桁の奴も手に入ってたんだがな」
「仕方ねえだろ。俺達二人だけの使い道ってならいざ知らず。大体ポイントを持ち越してる
って知られりゃあ、集落の連中から集られるのは目に見えてる」
「……浅ましいねえ。欲しけりゃあ、自分達で稼ぐことを憶えればいいものを」
言って差し出された、これまた年季物の端末をディーノが叩き、今日獲得したポイントを
消費するという形で対応する物資が引き渡される。これが現在の──人類の仕組みだ。
大昔“カクセイシャ”達によって破壊されてしまった文明の復興は遅々として進まず、代
わりに暫定的な配給制が広く浸透して久しい。人々は何かしらの労働──残存コミュニティ
への貢献度に応じて得られるポイントを貨幣とし、必要に応じた物資を受け取ることができ
る。その中でも特に、ディーノやジッタ達のような“カクセイシャ”狩りは、ハイリスクだ
がハイリターンの荒事だ。
ポイント支払いが済み、奥のベルトコンベアから今回調達した物資が流れてくる。食糧や
水を詰めた缶、医薬品など。その内訳はどうしても、日々の生存に不可欠な品が優先されが
ちだった。
「ほいよ」
エーダンから受け取った物資を、別の保存ケースにしまい直し、ディーノは努めてその陰
口に応じまいとしていた。
……確かに連中を捨て置けば、自分達二人分さえ賄えれば済む。実際そうやって元いた場
所を離れていった同業者も少なくはないとも聞く。
「? アニキ?」
ただ、それはどうなのだろう?
自分達のような、ある程度若くて身体の動く人間というもの自体、今のご時世そう潤沢に
いる訳じゃない。なのにそうやって“自分”の為だけに行動し、生きていったところで、待
っているのは全体の先細りじゃあないのか?
自分達は只でさえ、かつて“カクセイシャ”達の物量に押し潰されて滅びかけたと聞く。
爺さん婆さんの爺さん婆さん、そのまた爺さん婆さん──長い歳月をかけてようやく向こう
もガタがきたのか、場所によっては碌な抵抗もせずにぶち壊せるぐらいのカカシレベルにま
で弱体化している。
あまり周りには話したことはないが、今こそ逆転の時期ではないのだろうか? 自分達の
ような“カクセイシャ”狩りが力を合わせれば、今度こそ奴らをこの地上から駆逐すること
だって夢じゃない。そうすれば、もう奴らの奇声に怯えながら暮らすことも──。
「……いや、何でもねえ」
「さて。ぼちぼち帰りますかね……」
言われてみれば、確かによく判らないことは多過ぎたのだ。それでも皆、自分も含めて今
日一日を生き抜くことに必死だったからこそ、そうした類の疑問を“余計なこと”として意
識から追い出してたのかもしれない。考え過ぎて、足が止まることを恐れていたのかもしれ
ない。
きっとそれは──とても近しい死であったのだから。
「よう。どうシタ、ジッタ?」
「……」
あれから何十回と狩りに出て、都市に出向いて物資を調達して来て。
そんな生活を続けていたある日の朝、ジッタは信じられないものを見てしまった。思考の
何処かにあった、まさかそんなことがある訳ないと思いたかったことが、ある意味最悪の形
で否定されてしまったからだ。
“彼の頭が、化け物に変わり始めている”
もしかしなくとも、本人はまだ気付いていない? 集落の皆は? 今朝は幸い、他の眼に
は見つかっていなかったのか。元より自分達は流れ者──同じ集落とはいえ、位置的には外
れのボロ屋で暮らしている身だ。お互いそれまでの素性など良く知らず、詮索もせず、だけ
ども兄貴と舎弟でいられた。久方ぶりに心地良い関係だった。
「……ア、アニキ。その、頭……」
「? 何──」
そこでディーノ本人も、ようやく自分の身に起こった異変に気付いたらしい。あまりに目
の前の相棒が、ジッタが絶望したような表情でおずおずと指差すものだから、ついっと示さ
れるがまま自身の頬を触る。触って、そこの現れた明らかに固い──金属質のような鱗に、
思わず動きも声も凍り付く。
「……なア。これっテ、まさカ」
「カクサンシャ、みたいッスよね……」
でも何故? ジッタは尚も縋りたかった。本人の口から否定して欲しかった。そんな可能
性などあって堪るかと願った。
まさか本当に、奴らの大元は人間だったとでも言うのか……?
「そうカ■・・」
以前、アニキ自身も話していたっけ。自分達が見ている世界は、必ずしも絶対のものでは
ないかもしれないと。奴らも奴らで、こちらのことが化け物に見えている──お互い訳も分
からず、殺し殺されを繰り広げている可能性だってある。そんな話を聞いたんだと。
気のせいではない。ディーノの頬に生じた異形の片鱗は、少しずつこれを覆い尽くさんと
広がり始めていた。ボコ、ボコ……。気付けば手足や胴からも、明らかに人体とは思えない
ようなパーツが迫り出そうとしてきている。間違いない──ジッタもディーノ本人も、最早
否定し切れなかった。拒絶しても叶わなかった。
「あいつラモ◆大昔、コウやっテ自分ガ自分でなくナッテいったノカ◎……。道理デ奴らの
回収するモンが、人間と似て■×ル筈ダヨ……」
「……。どうして」
どうしてアニキは、笑っていられるんだ? いや、自嘲っていられるんだ?
その反応じゃあ、まるで以前から勘付いていたみたいな言い草じゃないか。或いはどうし
たら“カクサンシャ”が生まれるか? その理由についても。
「……コレ●は多分、俺ノ推測だがヨ。俺ガ色々考◆エテ、誰カニ伝えよウト◎シタから×
じゃねえかなア? 聞きたくもネエ、他人ノ主義主張なんザ、自分ニとっちゃア“雑音”デ
シカ■■ネエダロ?」
「──」
段々と、彼の言葉すらも聞き取り難くなってきていた。自らがそう表現するように、まさ
しくノイズが入った異質の声。知らない言語じゃあなくて、そもそも聞きたくなかったから、
こちらが耳を閉じていた……?
「ソッカア。そっカ◎・・・。アイツ▼らモ本当ハ、ズット何かヲ◆◇訴えたかっタダケナ
ンダな……■□」
ボコ、ボコッ。ビキ、ビキッ。肉を裂き骨を歪ませるように、ディーノの内側から異形は
益々激しく進んでゆく。ジッタは気付けば半泣きになりながら、必死に食らい付いてこれを
押さえようとしていたが、最早どうにもならない。最悪近くにいれば、このまま一緒に取り
込まれてしまいかねない……。そんな勢いさえある状態だった。
「……ジッタ。ヨク聞ケ」
だというのに、当のディーノは静かな声色で言う。“カクセイシャ”に、半ば成り果てな
がら託そうとしてくる。
「俺が◇◆集落ノ連中ニ見つカル●ノハ時間ノ問題ダ。オ前以外ニ、俺ヲ俺ダト判る奴ハ、
多分◎いないダロう」
「だかラ──○俺ヲ“カクセイシャ”トシテ狩■◆っテクレ。何モ分カラ◎×ず彷徨ウコト
ニなルヨリ、ココデ俺ヲ、人間ノママ終◇●ワラセテクレ」
「!? そんな……ッ!!」
できる訳。思わずジッタは叫ぼうとしたが、最早それも叶わなかったのだ。
……誰の差し金で、一体どうしてこうなった? アニキが一体、何をしたって言うんだ?
「お、おい! あそこ!」
「“カクサンシャ”!? 嘘だろ? 村の中にまで……?!」
目撃された。集落の中心部と、こちらを結ぶ道の前を通り掛かった何人かが、ディーノに
起こった異変を目の当たりにして叫んだのだ。
カクサンシャ。やはりと言うべきか、遠目にというのも手伝って、彼らは正体がディーノ
であると気付いていない。向こう側で慌てふためく面々。内一人が走って戻ってゆくところ
を見るに、他の住人達にも“緊急”を報せに向かうのだろう。
「頼ム、ジッ■タ。お前ニシカ××頼メナイ●◎」
怖がらせまいと思ったのもあったのか、それとも余裕自体なかったのか。
ディーノはそう、既に全身の八割ほどを侵食されながらもそうジッタに懇願し、いよいよ
グラリと立っていられなくなって大きくよろめいた。片膝をつき、既に半機半肉化してしま
った右手で顔を押さえる。……もうその面影も、程なくしてあの粗い鏡面付きの箱型へと変
貌してしまうだろう。
「──」
ジッタは暫く立ち尽くしていた。俯き加減に表情を隠し、されどギリッと強く唇を噛んで
色々な何かに耐えていた。集落の方から走ってくる、増派された住人達がこちらに向かって
叫んでいる声が聞こえる。
「ジッタぁぁぁ! 逃げろぉぉぉーッ!!」
「“カクサンシャ”だ! いつの間にか、村の中に──」
「っ!」
その直後だった。ジッタは彼の、兄貴分が最初背に負って今は地面に転がっていた、得物
の鉄パイプを蹴り上げると、その勢いのまま自らの手中に収める。ギリッと、噛み締めた表
情のまま強く強く握り、住人達の干渉すらも忌々しいと言わんばかりに突き付ける。先行し
てとうとう異形頭になってしまった、彼の顔面へと、その得意技をそっくり返してぶち抜く。
「ぁ゛……ぁ゛……、あ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ーッ!!」
哭いていた。
最期の最期までいち狩人として、自分すらも躊躇いもなく例外に含めなかった彼を、長ら
くの相棒を、ジッタは自らの意思で斃した。破壊されて、地面に仰向けに倒れたその異形。
彼自身のかつての得物すら引き抜く力を込められず、只々思いを“放たれた側”の嘆きばか
りが突き刺さる。
(了)




