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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-142.September 2024
207/284

(2) 正しくない

【お題】携帯、依頼、意図

『こちらは、視聴者の方から寄せられた映像です』

『横断歩道を渡り終えようとしていた男性を、走ってきた一台の乗用車が突っ込んで来て撥

ね飛ばし、乗用車はそのまま走り去ってゆくのが見えて取れます。その後、現場を通り掛か

った人々が男性の下へと駆けつけ、必死の手当てや通報を行っているように見えます』

『通報を受け数分後、救急車が到着しましたが──男性は搬送先で死亡が確認されました』


 ***


(痛づっ……!?)

 男は、思い出したかのように、急に襲ってきた全身の痛みで目を覚ました。思わず顔を顰

めて、激しく息が漏れ出し、ぐらついていた視界と視野を何とか元に戻そうともがく。

 そこでようやく、彼は気付いたのだった。自分が何処とも知れない場所に転がっており、

尚且つ後ろ手にされた四肢には鎖の付いた錠が、口にはビニールテープらしきものが巻かれ

ている。

(……ここ? 俺、どうなったんだっけ……?)

 まだぼんやりとする記憶を、自らに発破を掛けながら叩き起こしつつ、男はごそごそと身

を捩った。周囲はコンクリ敷きの、薄暗く冷たい空間のようだった。おそらくは何かの倉庫

なのだろう。自分一人では有り余るほどに中は広く、しかし遠く四方の壁も鉄骨梁の天井付

近にも小窓一つ無い。唯一の出入口と思しき向かいの大扉も、今は固く閉ざされている。

(そうだ。俺はあの時いきなり、ゴツい連中に襲われて殴られて……。それで、連れ去られ

たのか……? 一体誰が、何の為に?)

 少なくとも、安心するような材料はここには無かった。寧ろその逆、これから始まる不穏

と危険ばかりが彼の嗅覚を刺激して止まない。

 一体誰が、何の為に?

 そして浮かんだ当然の疑問は、程なくして現れた犯人達によって明かされることになる。

「──ようこそ。夏目忠仁さん。いえ、ハンドルネーム“デーツ・ロハ”さん」

「!?」

 明らかにその筋と思われる、覆面と銃で武装した男達。

 そんな面々、犯人グループを従えていたのは、一人の女性だった。特に同じような覆面で

人相を隠すでもなく、動き易い服装でもなく。今この場、この状況下に居なければ、何処に

でもいるようなごく普通の妙齢女性──この男・夏目にはそうしか見えなかった。

 いや、それよりも……。彼は思う。どうしてこの女は、俺のコテハンを知ってるんだ? 

リアルの知り合いにだって、基本この手の情報は話したこともねえのに……。

 そうして、ややあって彼は、段々と今自分が置かれている状況の異質さに一層戦慄させら

れることとなる。「ぐえっ!」別働らしい追加の覆面男達が、大扉を半開きに留めつつ合流

し、一人また一人と連れ去ってきた人間らを粗雑に放り込んできたのだ。ようやく夜目が利

いてきた矢先に、自分と同じような拘束と口テープ、更には目隠しまでされた者達が目の前

に転がってきたのだ。動揺しない方が、おかしい。

「これで全員だ」

「ありがとう。では扉は閉めて。手筈通りに」

 やはりこの女がリーダーか。夏目は彼女らの様子を観察しながら、しかし皆目何故自分達

がこんな目に遭わなければならないのか? 見当が付かなかった。覆面男達はこちらをぐる

り、一人につき複数名で対処できるように囲んで立ち、尚も状況をよく理解できていない夏

目以外の面々を見下ろしている。

 気持ち差し込んでいた金属製の大扉が、またズズズッと閉められてしまった。再び暗がり

が増してゆき、緊迫する空気の中、このリーダー格の女はようやく夏目に向けて放っていた

台詞の続きを紡ぎ出す。

「……驚いているということは、私の顔はもう憶えていませんか。仕方ありませんね。あれ

からもう五年も経ちますから。ですが私は、貴方達のことを一時も忘れることはなかった」

「……。ッ!? ッ~?!」

 たっぷり数拍、すっかり記憶の引き出しの奥に眠っていた女の正体。

 思わず繰り返し叫ぼうとしていた夏目を一瞥して、彼女はちらりと覆面男の一人に指示を

出していた。口に巻かれていた黒いビニールテープが剥され、堰を切ったように、夏目は拘

束された状態のまま言い放つ。

「思い出した! あんた、あの轢き逃げ事件の奥さんか! テレビで顔はあんまり出てなか

った筈だが、声には聞き覚えがある。何で……俺が? っていうか、他のこいつらは一体何

なんだよ?」

「それも含めて、これからお話します。そうでなければ、私が今日の今日まで耐えてきた意

味がありませんもの」

「意味……??」

 はたして、彼以外にここへ連れて来られた者達の内、どれだけが彼女からの自己紹介に心

当たりを持てただろう? 思い出したのだろう? 少なくとも、この場を用意した当の彼女

自身は、その点を重視しているようではなかったが。

「……仰る通り、五年前のあの日、夫は信号無視をした車に轢き逃げされ、治療の甲斐も虚

しくこの世を去りました。犯人は程なくして逮捕されましたが、それでもあの人は、二度と

戻って来ることはありません」

「ああ……。気の毒だと思ってるよ。だがまあ、俺があの時一部始終をスマホに撮ってたか

ら、やっこさんもすぐ逮捕できたんじゃねえか。何でそれを、今になってこんな形で蒸し返」

「貴方にとっては! ……貴方達にとっては、その程度のことかもしれませんけれど。私に

とってはずっと続く苦しみなんです。五年経とうが十年経とうが変わらない。……私達には

結局、子供もできなかった。私一人を置いて、あの人は……」

『──』

 只々純粋に、現在進行形として問うた“何故?”。

 だがそんな言葉尻を遮るように、彼女は一瞬ヒステリックに叫ぶ。夏目を含めたこの場に

集められた面々が、それぞれにそれぞれの思いで押し黙らされる。

「夏目さん。貴方はあの時、夫が轢き逃げされる一部始終を撮影していましたね?」

「ああ。咄嗟にというか、何というか……」

「ですが、倒れた夫を助けに向かわなかった。人々が集まり、救急車が来た後も、暫く現場

を撮影し続けていたのでしょう?」

「……うん? おい、あんた。まさか」

 そして互いに投げ返される、発言の往復。そこでようやく、夏目は気付いたのだった。同

じくして、他の連れて来られた面々も、覆面男達に目隠しと口テープを解かれる。

「ええ。ここに居るのは全員、あの日夫を“見殺し”にした者達です。手当て次第では助か

ったかもしれないのに、延々とスマホを掲げて撮影し続けた。あまつさえ、夫の姿をネット

上に拡散した──」

「おい、おいおいおいおい!」

「ふさげんな! そんなの、逆恨みじゃねえか!」

「悪いのは轢き逃げした犯人でしょ!? そこのお兄さんの話じゃあ、もう捕まってるんだ

よね? 私達が責められる理由なんてないじゃない!」

「手当て云々だって、あの人一人に何十人も集まったて邪魔になるだけだろうが! 実際こ

っちが気付く前に走って行ってた奴もいたんだしよお!」

「こんなことして許されると思ってる訳!? 犯罪でしょ!? 旦那を轢いた奴と同──」

 刹那、口々に口火を切る被害者らの反論。

 だがそんな一人を、直後覆面男の放った銃弾が貫いた。如何にも負けん気の強い、若い女

性の太腿を、目にも留まらない攻撃が痛め付ける。

「ぁ、アァァァァァァァーッ゛!?」

「……私は事実として述べています。結果として夫は助からなかった。たとえそれとは別と

しても、貴方がたは人命救助よりも物珍しさ、見て見ぬふりをするよりも悪質な行動を選ん

だ。私は、その事実が許せない」

『──』

 夏目は、ギリッと唇を噛み締めて押し黙る。他の面識のない者達も、今目の前で行われた

“粛清”を見せつけられれば、感情的な反論を止めざるを得ない。というよりもこの女は、

こちら側の弁明など端から聞くつもりはないのだろう。

「……すぐには殺しません。彼らにもそう厳命してあります。……ちょっとした伝手で、私

の復讐に力を貸してくれていましてね。貴方がた一人一人の身元を調べるのにも、大きく貢

献してくれました。拡散してしまった映像は色々あっても、私一人では到底できなかったこ

とですから」

 太腿を撃ち抜かれた女性が、蛙が潰されたような汚い声で蹲っていた。後ろ手の両手足で

は、伸ばすことも立つことも上手くいかず、ぼたぼたと赤い滴りが足元に散らばっている。

「夫は、意識を失うまでとても苦しんだ筈です。そのさまを放置していた貴方がたは、同じ

ような形で報いを受けなければ。……知っていますか? 人間は肺に穴が空くと、長く苦し

みながら生死を彷徨うんだそうです」

 その台詞が合図だった。復讐の理由、連れ去られてきた面々の共通点。覆面男達がめいめ

いに銃を携えて、一人一人に近付いてゆき、直後次々に淡々と引き金が引かれていった。背

後からのほぼゼロ距離。宣言通り、苦しめる為の殺傷。最初は銃創による熱と痛みに表情を

歪めた彼らも、次第に呼吸に困難をきたし、酷く泣き叫ぶようになってゆく。

 そんな周りの“脱落”状況に晒され、夏目は叫ぶ。

「お……おかしいだろ! 俺は犯人を撮ってたんだぞ!? 逮捕の助けにはなっても、あん

たに恨まれる筋合いはねえ! 八つ当たりだ! 大体裁判は? 肝心の犯人に判決は下って

ねえのか? こんなことしたら、下されるモンも下され──」

「下りましたよ。先日。そんなことも追っておられないのですね……。でも、関係ないんで

す。何十年になろうが、私はこれからもあの人がいない毎日を送り続ける。向こうは牢屋の

中ででも生きているのに、あの人はずっと死んだままなんです。こんな不公平なことが他に

あるでしょうか? 何も……解決なんてしていない。なのに貴方達は、全部置いていって、

前に進んで……」

 カチリ。彼の背中にも、感触が伝わった。覆面男の銃口がそっと突き付けられていた。

 夏目は焦る。逃れようともがく。何か反論しいわなければならない。説得できなければ、自分

も他の面子と同じように死ぬ。肺に逆流する血や、空気で自滅させられながら、苦しみ続け

た末に死ぬ。

「ま、待ってくれ! こ、こんなこと、旦那さんは望んじゃ──」

 だがその一言も、結局は彼女を食い止めることは叶わなかった。消音付きの銃声がくぐも

りながら、彼の身体を貫く。大きくぐらつき、悶絶し始めた彼を、彼女はじっと蔑むように

見つめていた。

「……知ってるわ」

「でも、先に見殺しただしくないことを選んだのは貴方じゃない」

                                      (了)

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