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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-142.September 2024
206/284

(1) 個毒

【お題】矛盾、甲虫、時流

 よく“殻に籠もる”なんて云ったりするけれど、言い得て妙だなと思う。

 少なくとも僕たち人間は“籠城”している訳じゃない。それぞれが、お互いを撥ね返す殻

を被り、どうか自分を害さないでくれと祈っている。

「……」

 山嵐のジレンマ、なんて云い方もある。ただ個人的には、人間ってのは獣よりも蟲に近い

と思っている。しばしば、そんな風に幻視うつる。

 獣にしては脆弱で、知恵を振るう為の知能は必ずしも高くはなくて。

 それでいて──数だけは増える。貧富の間でバラつきはあるにせよ、全体で見れば現在も

未だ増加傾向にあるのだそうだ。その数で地上を覆い尽くし、己が存続の為にこれを長らく

貪り食ってきた。


 嗚呼、害蟲よ!

 とかく自らを“被害者”だと言い張って止めない、殻被りの化け物どもよ!


 ……冷静に考えて、この限られた空間に、コンクリートやアスファルトで塗り固められた

区画に彼らが密集していること自体、酷く不自然ではないか。歪に偏り、一個の集団として

蠢く。それでいて僕ら各々は、まるで同じ方など向いちゃいない。強いて言うなら、共通の

“悪”に石を投げる時ぐらいか。


『全ての人々に自由を、平等を!』

『公正で開かれた、パートナシップ協定』

『誰もが不自由なく認め合い、共存共栄する社会へ──』


 悦に浸るという意味では、あれも同じだろう。

 高く掲げるのは結構。ただそうした定型句フレーズを繰り返し、声高に叫ぶということは、翻せば

現実として程遠い証拠でもある。

 愛はすぐ近くの誰かを救えても、遠くの不特定多数までには届かない。中には手酷く撥ね

付ける者もいるだろう。そう、僕のように。伝播してきた時には既に、額面通りに受け取り

やしない手合いだって少なくはない。目的じゃなくて手段が、金の方がよほど誰かを救って

いるし、狂わされてくすねる。そんな輩もまた、出没るのだから。


 ……逆説的に、僕らは皆“我が儘”だ。

 基本それぞれが自分の利益を最大にする為に動いしているし、自由競争という仕組みも、

これらを正当化する為のものだと言っていい。

 ただ──ヒトはいつから、こうも露骨になったのだろう? 露骨に在ることを恥じず、寧

ろ誇る者達すら現れるようになったのだろう?

 つまりは、自分を守る為だ。自分の安心安全と、大切な価値観の為に、それを損なって憚

らない他人を早々に“切り捨て”る。胸の内から見下して、呆れて、自分の殻ばかりを厚く

してゆく。中身に詰まった大切それを、何人にも侵させない為に。


(……随分と、良い身分のつもりらしい)

 確かに、この昼間からごった返す人の波、触れ合う他人の気配を酷く息苦しいと感じる人

間は少なくないのだろう。果てしないコンクリートジャングル、都市部なら尚更だ。

 人々の合間、各々がその実殻に籠もりながら凌ぐ外面の日常。

 しかし本人達一人一人は、てんで別のことを考えている。願って、恨んで、或いは考える

ことすら厭になっているのかもしれない。

 聳え立つビル群は、まるで鉄骨の蟻塚のよう。

 僕らは、その大多数が没個性の働き蟻であるにも拘らず、己が未だ唯一無二の要素を秘め

ていると信じたいらしい。

 そんな願いを、開き直りを、執着を、邪魔する奴は許さない。

 だからこそ、心を鬼に変えててっていてきにそんな相手は自分のセカイから排除し、似通った屈折おもいを抱え

る者達同士で揚々と語り合う……。

(本当、やっぱり良いご身分だよ)

 類とは友を呼ぶ、エコーチェンバー、所詮は都合が良い時だけ限定のスクラム。

 ただどれだけ皮肉ったって、彼らはそもそも聞く耳を持ちやしないだろう。僕みたいな外

野からの冷や水を、機械的に“敵”のそれとして処理・遮断するからだ。そういう態度が、

彼らなりの自己防衛なのだから。本当に、自ら“関わるだけ無駄”を証明して止まないんだ

なと思う。

 自分は、不要な他人を切ることができる──まるでそれは、悦に浸っているかのようで、

思い上がりでしかないように僕には視える。だから“良いご身分”なのだ。

 自分を大切にしようという発想な内はまだ良い。ただその為に、同時に誰かを軽んじなけ

れば成り立たないというのなら……それは酷く虚しい強弁のように思える。

 敢えて。当人もそう解った上で棲むセカイを狭めているならば、自己完結と呼ぶには些か

幼稚過ぎる。我が儘なのは誰も彼も、大なり小なりそうではあるが、彼らのようなスタンス

はあまりにも“自分のこと”しか考えていないんじゃないか? 僕はいつからか、そんな違

和感と反発心を抱くに至っていた。


『~~、~~!』

 ごった返す、大通りの人ごみを横切り、路地の一角に入る。目的地への短縮ルートへと足

を踏み入れれば、程なくして聞こえるのは近隣住民の生活音だ。今は昼間でも、日が沈んで

ゆけばゆくほどに、この辺り一帯は裏路地の飲み屋街としての顔を色濃くみせる。ただ雑多

に通行人が溢れているのではなく、そこに明確な日々の営みが在るのだ。……そういう意味

では、個人的には、大通りのそれほど嫌いじゃない。

(……あれ? ここって前、別の店が無かったっけ……?)

 それでも時の流れは残酷だ。容赦なく経年劣化とアップデートが迫り、責め立て、順応で

きない者は一人また一人とパージされてゆく。表沙汰になったか否かは関係ない。つい先日

まで、一昔前までは当たり前だったものを急に駆け込んで殴り付けらひていされ、抗う暇もなく淘汰

されてゆく。その意味では、古今東西誰かに石を投げる営みだけは変わらずに残っていると

いう訳だ。──糞野郎が。

 通い慣れた道も、少し歳月が経てばいつの間にか真新しい別物に挿げ変わっている。一つ

一つ、一人一人元いた何かが、無かったことにされてゆく。そんな変化の、裏事情を邪推す

る度に、僕は内心沸々とした怒りを覚えるのだった。

(快適って……何なんだろうな)

 連中のスタンスに、どうにも賛同し切れない理由はこの辺りにある。

 繰り返すが、自身の人生を快適にする為とはいえ、割と容赦なく他者を切り捨てて良しと

開き直るような精神というのは、やはり自分のことしか考えていない。考えないことへの功

罪がある。自分がその豊かさ、安心安全な日々を送れるのが、他でもない自分以外の他者で

あるという視点が抜けているんではないか? と思うのだ。

 誰かの働きに与っておきながら、一方で自分が嫌いだと、不快だと思った人間は切る──

そこに“社会の歯車”が含まれている事実に目を瞑るのなら、結局は世の便利さにタダ乗り

していると眉を顰められても仕方ないんじゃないか? 勿論、全員が全員何も“返して”い

ない訳ではないだろうが……“ズルい”との印象を持たれかねないのは当然だろう。


 獣にしては脆弱で、知恵を振るう為の知能は必ずしも高くはなくて。

 それでいて──数だけは増える。


「……」

 所詮は、僕一人の世迷い言だろうか? 幻覚の類なのだろうか?

 コンクリートジャングル、或いは大よそ人里と呼ばれる場所に根付いた人間達。群れて分

業しなければ存続できない生き物なのに、昨今僕らは各々の殻に籠もることばかり熱心にな

っている節がある。自由意志、人権、因習との決別。色んな方便はあるのだけれど、一方で

不安を覚えていもいる。一人また一人と“我が儘”を──せめて“恥じる”ことさえもせず

突き進んでゆけば、いずれ今の営みすら立ち行かなくなるのではないか? 担う自負を持つ

者が消え、与って然るべきと信じて疑わなくなった者が多くを占めてしまえば、コロニーは

瓦解する。“自分一人の最小限”も、結局は手放した分、誰かがその埋め合わせに回らなけ

ればジリ貧になるばかりで──。

(うん……?)

 ちょうど、そんな時だった。ふと大通りの方から騒々しい物音や声がして、何の気なしに

肩越しで振り返っていた。見れば視界の向こう側、昼間のスクランブル交差点にごった返す

人々を目掛けて、明らかに害意をもって突っ込んでくる車の姿があった。それも一台だけの

偶発的なものじゃない。五台六台と、遠巻きから見ても予め示し合わせたかのようなタイミ

ングと四方八方からの突撃が人々を轢き、撥ね飛ばしている。

『──』

 無敵の人。いつぞや流行った、そんな語彙ボキャブラリーが出てきた。

 ここからは遠巻きだからよく判らない。ただあの暴走車達の動きは、明らかにそこにいる

人々を轢き殺そうとする──少なくとも不慮の突入で混乱しているといった、残った善性で

慌てているさまではなかったと思う。

 大通り側が騒然とし、あちこちから幾つもの悲鳴や怒号が上がってゆく中で、ただ僕自身

は不思議と落ち着いていた。物理的に離れていたのもあるが、心の何処かで「それみたこと

か」との思いが、先立って起こったというのが大きい。


 厄介な他人なら、確かに自分の射程範囲から切り捨ててしまえば難を逃れるだろう。

 だったら……その後、弾き出された当人は? 窘めることもせず、義務も義理も無いから

と只々繋がりや居場所を絶たれた“社会の問題児”達に、悔い改める瞬間は訪れたのだろう

か? 切欠を作る誰かはいたのだろうか?

 甘いんだ。結局、それもこれも“自分のこと”だけしか考えていないんだ。

 知らない筈もなかろうに。鬱屈した思いが、魂が行き場を失って淀み続ければ……それら

はきっと、この世の全てを憎む毒になる。いっそ全て壊れてしまえば。そう願って止まない

呪いになる。


「け、警さ──救急車! 救急車ァー!!」

「嫌ぁぁぁぁ!! 何で、何でぇぇ!?」

「畜生! 怪我人が多過ぎる! って、また来た!」

「い、一体何台いんだよ!? 俺達が……何したっていうんだよッ!?」

「……」

 僕は、さっさと目的地に急ぐことにした。再び路地裏の方へ視線を戻し、背後の阿鼻叫喚

らしき声やら気配を無視して歩き出す。興味本位や要らぬ正義感で巻き込まれては馬鹿を見

る、というのも勿論だが、正直犯人達の自暴自棄ヤケクソに少し留飲を下げたというのもある。

(……自分の利益にならないような人間は、切り捨てるんだろう?)

 まあ、どれだけ殻に籠もって守ろうが、本気でこちらを潰しに掛かってくる悪意にはひと

たまりもない訳だが。

                                      (了)

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