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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-141.August 2024
203/284

(3) D.O.S

【お題】死神、憂鬱、最後

『えっ? FUMMYって、元からガンシューこっちの畑じゃなかったの?』

 とある日の夜長、ここ最近の日課のようにフレンドと共にFPSゲームへログインしてい

た文也は、ふいっと言葉を滑らせたことが切欠でそんな反応を返された。お互い顔も知らな

い、ボイスチャット越しからの大分素な様子に、彼は内心しまったな……と密かに舌打ちを

する。

『ああ。最初は大体消費専門のオタクだった。ゲームもやるにはやってたけど、今ほどじゃ

なかったし……。アニメとか漫画とか、見る方がメインだった』

『へえ。こう言っちゃうと失礼かもしんないけど、意外。FUMMYっていつも淡々とキル

数を稼いでるイメージがあるから……』

『自覚してるなら喉の奥に押し戻す努力をしとけ? 俺はただ、ゲーム内で最適解を取って

るだけだぞ』

 机の上に置いたPC画面上で、文也のプレイヤーキャラは点在する廃虚群を隠れ蓑にしな

ながら立ち回り、弾薬や武器を拾いつつ前進。遠目にはまだ気付いていない他のプレイヤー

を撃ち抜いては隠れ、撃ち抜いては隠れして得点を稼いでゆく。

 一方で彼のフレンド、アキラは対照的に連射系の銃を好んで使い、ゴリゴリに相手と銃撃

戦を楽しむプレイスタイルだ。当然、火力が刺されば一気にキルできるが、キルされる危険

もまた同じように存在する。

『って、うわっ!? やられた~……。あと二回で今回も赤字かあ~』

『毎度前に出過ぎだからだろ。遮蔽物使え、遮蔽物』

『でも、FUMMYはFUMMYでスナイプ偏重じゃん? 好みは人それぞれだけど、楽し

い? というか、元々こっちじゃなかったんなら、尚更上手いんだよお……。ぐぬぬ』

『喉・の・奥。別に俺は、ドンパチやるのが好きな訳じゃないし。まあ、勝負というよりは

処理って感じで動いてる自覚はある。でもルール上、それで“勝ち”になるなら安全に越し

た事はないだろうが』

 お互い、プレイスタイルというか目指す方向は大きく違っていた。それでも知り合って以

降こうしてつるんでいられるのは、アキラがとかく明るくて心地良い距離感で接してくれる

からに尽きる。

 だからこそ……なのだろう。文也も少し口が滑ってしまったんだなと、改めて密かな自戒

を込めてワンスナイプ。近くの他プレイヤー達に居場所を気取られないよう、急ぎその場か

ら離れてゆく。

 このタイトルは、時間制限内にキル数の収支を競い合うバトルロワイヤル方式だ。加えて

一定時間毎に、フィールドの有効範囲が狭まってゆくため、文也のような距離を取る戦いを

主体とするプレイヤーは後半になればなるほど苦しくなりがちだ。故に、如何に前半でキル

数の黒字を稼いでおくかが肝となる。

『よし、リスポン! あ、そっちも近いね。一回合流する?』

『そうだな……。装備で融通し合える分はするか』

 デスペナ数秒から復帰したアキラのキャラアバターが画面内のガイドに表示され、文也も

その誘いに応じて草むらを適宜スニーキングしつつ渡る。

 リアルでの数秒、お互いに沈黙があった。だからなのだろうか、アキラはボイスチャット

越しに先程の話題を引っ張り直してくる。

『ねえねえ。FUMMYって何でまた、ガンシューこっちに手を出すことになったの? 前々からや

ってるジャンルだったり?』

『……いや、触り始めたのは本当ここ数年だな。前まではRPGとかアクションとか、もっ

と独りでできるタイトルが多かった』

『そうなんだ? わざわざ他人のいる方へ?』

『あ~……。他人がどうこうっていうよりは、ストーリー性がないだろ? この手のは。形

としてはとにかく、参加してきた他人を倒す。ただその立ち回りだけで良い。そもそもお互

い死ぬことが前提で作られてるし、別にアバター同士が喋ったりしないから、俺としては気

が楽なんだよ』

『……』

 画面上ではアキラのアバターキャラと合流し、こちらが拾っていた近接向けの装備を場に

捨て置くことで渡していた。代わりに向こうからは、スナイプ系やそれらの補助用アイテム

を幾つか見繕って貰い受ける。取引が済めば、またお互いに別々の方向へ別れてプレイの再

開といういつもの流れだ。

『FUMMYって、昔何かあったの? いや、答えたくないならいいんだけど……』

『……その言い方だと、された方は答えなきゃ“やましいです”と自白してるようなモンだ

ろうが。まあいいや。別に面白くも何ともねえぞ? それでもいいなら話すが』

『うん』

 本当に、今日は妙な日だ。文也は思った。だがそうやって今までずっと黙ってきたことを

話す気になったのは、やはり何処かで吐き出したかったのかもしれない。或いはこの、付き

合いこそ短けれど、根っこは悪い奴じゃないと分かるフレンドの人柄故なのか。

『俺はさ──“推し”たキャラに、ことごとく死なれてるんだよ』

『……は?』

『だから。推しがすぐ死ぬの! ジンクスっていうか何というか……。漫画やアニメ、小説

原作とかもそうなんだけど、見てて読んでで「おっ、いいな」と思ったキャラが軒並み、話

の途中でエグい死に方をしたり、他の奴の要らん行動の巻き添えを食らってズタボロになっ

ちまうんだよ。なモンで、中学の頃についたあだ名が“死神”』

『──』

 流石に、画面の向こうのアキラもすぐ返す言葉を見つけられなかったようだ。一体どれだ

け深刻な理由なのかと思いきや、といったところだろうか。だが続く彼からの告白に、当の

フレンドも次第に一笑に付すことなどできなくなってくる。

『えっと。それって偶々とかじゃないの? 時期的にそういう展開の作品が多かったとか』

『まあ、多少そういうのもあるんだろうがな……。ただ、俺の場合その引きがやけに高かっ

たっていうか……。俺も当時の知り合いも、呪いか? ってぐらいには疑ってた』

『ちなみに、たとえばどんなキャラが?』

『……鉄術のローズ、マホマギの奈実、叛逆記のヘイリー王女、三号機のパイロットになっ

た後の幸尋……』

『あ~。うん、何となくFUMMYの癖は分かった気がする。大体薄幸の美少女系とか、序

盤の頼れる先輩とか。後々フラグ出て死ぬ奴だわ……』

『だろ? だからと言って、ネタバレ後に観るのは違うしなあ……。ゲームとかでも、気に

入ったキャラはことごとく途中退場だったり、新キャラ加入の為に死んだり。碌な目に遭っ

ちゃいなくてさ……』

 おそらくは文也自身、ある程度マニアック過ぎないタイトルから例を挙げたつもりだった

のだろう。それでもアキラが一人一人思い出すように頷き、納得してしまうと、彼らは二人

して暫く凹んでいた。何よりアキラが内心驚いていたのは、その的中率以上に人数だった。

そりゃあ、特にいいなと思った──“推し”と見做しつつあったキャラクタ達なら、尚の事

ショックも大きくもなろう。辟易してストーリーの無い畑に来るのも解らなくはない。

『ただまあ……最近の作品って、如何にしてキャラを酷い目に遭わせるか? ってところは

あるんじゃない? 主人公の逆転要素とか、遭わせた側のキャラを際立たせるとかさ?』

『否定はしない。でも、だからそういう意図が見えちまうからこそ、推そうにも推せなくな

っちまったっていうかな……。ああ、これだけいい奴ならサクッと死ぬかな? って予測し

て、実際退場したらそれみたことかってなっちまうことも多くて……』

『ううん……。なら、話として全くそういう展開にならない奴を見ればいいんじゃ? 日常

系とか、ギャグ全開のとか』

『それも一度は通った。でも今度は“中の人”が死に始めてよ……。まあ、そこそこお年を

召されてた人も少なくはなかったし、ある程度仕方ないのかもしないが。ただ、若い内に急

に病気になったり、不倫騒動なりで消えちまった人まで出てくると』

『……オウ』

 ゲーム画面上でも、文也のキルペースが落ちているのが分かった。思い出して、プレイの

手が止まりかけているのだろう。アキラは下手に突っ込み過ぎたと流石に後悔し始めた。事

の度合いは予想以上に深刻なようだった。確かにジンクス──当時の知り合い達から呪いと

言われたのも無理はない。当人以外からすれば、もし“推し”が被った時点でドボン、みた

いなものだから。

『だから、じゃあそもそもアニメや漫画自体から離れて別のコンテンツへって、V経由で観

ようとしたこともあった。でもそしたら今度は、そのVが引退したり、事務所と揉めてクビ

になったりで変わらなかった。結局“中の人”って点では同じだからな』

『そだねえ……。Vとはちょっと違うけど、プロゲーマー界隈も割とそういうのがあるから

なあ。元々、競争って時点で熱くはなりがちなんだけど……』

 FUMMYこと文也は言う。そうして、視聴主体の消費スタイルから段々と遠退くように

なった後、それでも娯楽は捨てられずにガンシューこちら側に流れてきたのだと。

『その意味で、こういうバックボーンの無いジャンルは、俺にとっちゃ安住の地なんだよ。

これがもっと物語仕立て──戦闘がガンシューになっただけのゲームだと、またジンクスが

発動して推しが死んでると思う。没個性でいいんだ。始めっから死ぬと分かってて、別に実

際そうなっても心が痛まないタイプのゲームは良い……。まあ、被キルが嵩めば負けちまう

ってのは変わらないけど』

『……』

 進行中のラウンドが、また新たにフィールドを一段と狭く限定し始めた。即ちスナイプ戦

を得意とする文也にとって、不利な環境に近付いてゆく。事実、序盤から中盤に稼いでいた

キル数の貯金が一つ、また一つ崩されて倒れ、アキラの通知画面にもフレンドとしての彼が

一時フィールドから消えるのが見えた。十数秒後また復帰はしたが、それでもやはり乱戦に

持ち込んでくる他プレイヤーに対しては苦戦を強いられている。

『加勢するよ、FUMMY!』

『ああ。すまん、助かる』

 ゲームの仕様上、あくまでスコアは個々人単位だが、アキラは今回も彼を助けに入って共

闘するステージへシフトしていた。ある程度仲間内でグループを組んでいるのは向こうも同

じ。寧ろその辺を徹底している連中の方が、ずっと上手いまである。

 或いはつい先程まで、あのような昔話を聞き出してしまっていたからか。

『……心が痛まないって言ったけど、ボクも含めて他のプレイヤーだって中身は人間だよ?

中には重課金して到底敵わない奴とか、そもそもチート仕込んでる奴とかも時たま出るんだ

から。FUMMYが言うほど、優しい場所じゃないとは思うけどなあ』

『……だから、基本独りでやってたんだよ。何処かの距離感おかしい奴が、凄いね凄いね言

って近付いてきたってだけで』

 フッ。ボイスチャットの向こうから漏れた、彼のそんな声は、アキラの胸の内を少なから

ず締め付けた。それとも暗に、フレンドにまでなったことが迷惑だったのか──ぎゅっと唇

を結び、画面を見上げた自室の中の顔。その姿は、パジャマ上下にヘッドセットを着けた、

小柄でボーイッシュな一人の少女だった。

『いいじゃんか。そういうのが一人二人いても』

『少なくともボクは……FUMMYと知り合えて良かったと思ってるよ? 自分とは全然違

うスタイルを、色々学べる機会にもなってるしね?』

『……。そうかい』

 遮蔽物はどんどん限られてくる。一被キル、二被キル。段々と二人は、他グループのラス

トスパートに呑まれて劣勢になっていた。ただ、こういう状況は大体毎回のことだ。別のそ

れ自体を恨む訳ではない。彼らも判りやしない。文也も常々アキラに話していた。自分より

も上手いプレイヤーなどごまんといると。

(やっぱ、仲良くなり過ぎちまった感があるよなあ……。俺なんかに。ごく偶にこういう奴

はいるんだけど)

 奴? 彼、いや彼女? まあ、どっちでもいい。今時はボイスチェンジャーで性別なんて

どうとでも誤魔化しが利く。ネット上のような“非現実”なら尚更だ。

 しかし、だからこそ──FUMMY改め文也は内心モヤモヤとしていた。辛かった。他の

プレイヤー達を含め、アキラにも“中の人”がいる以上、自分のジンクスがいつかこの友人

に降り掛かってしまう可能性は十分に在る。


 どうせ、死ぬ。

 どうせ“推し”たすいた相手は、酷い目に遭う。

                                      (了)

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