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週刊三題 二冊目  作者: 長岡壱月
Train-141.August 2024
202/284

(2) 罰ゲーム

【お題】告白、遊び、真

「あ~……あのね? 綾戸君。実は前から、君のことが好きでさ~?」

 殆ど直感的というか、自他の見聞きしてきた諸々からも明らかというか。

 れいは目の前の同級生が、いわゆる“嘘告白”の為に自分を呼び出したのだろうとすぐに勘

付いていた。

 彼女の名前は──何だっけか。一応、クラスメートだという記憶こそあるが、これまで碌

に会話したこともないからまるで印象に残っていない。何より当の彼女自身、そう棒読みな

台詞に加えて、視線もちらちらと明後日な方向ばかり見ている。ワンチャン羞恥心のせいと

も言えなくはないが、少なくともそれは本気から起因するものではないだろう。

(まあ、どう考えても接点が無かったからなあ……。俺自身、寧ろ周りとは積極的につるま

ないようにしてきたし……)

 はあ。内心早々にうんざりとした嘆息を吐きながら、玲は視界の向こう──ちょうど彼女

の後方、校舎裏の物陰から遠巻きにこちらを見ている他の女子生徒らの姿を認めていた。雑

というか、本当にこちらが気付いていないとでも思っているのか。ひそひそと何やら互いに

折につけ話しつつ、ニヤニヤと事の成り行きを面白おかしく見守っている。

「……」

 大方、彼女らグループ内の賭け事やら何やらで負け、罰ゲームとして自分に嘘告白すると

いう流れなのだろう。要するに舐められている訳だ。普段から教室の隅でひっそり、気配を

消すようにじっとしている自分のような陰キャでも、男子ならば告白されれば舞い上がるだ

ろう? そんな馬鹿にした前提でこの一部始終を愉しんでいるのだ。

 玲は暫く、殆ど耳にすら入れてない、この彼女の作った台詞の中で悶々と考えていた。

 確かに自分は普段から、伸ばしっ放しの髪で目元を隠し、服装も四角四面に校則通りの学

ランを守っている。つまらない男、というのは、第三者視点──特にああいう遊んでいる系

の女子達からすれば取るに足らない人種なのだろう。

 嗚呼、思い出した。

 彼女の名前は……確か柚木さんだったか。

「──いいよ」

「えっ?」

 だから、彼は寧ろ乗ってやろうと考えた。どうせ相手はおどおどして、或いは素直に受け

取って“ネタばらし”でダメージを受けるだろうから、そこを改めて笑う──そんな彼女ら

の見え透いた遊びに巻き込まれるのなら、自分なりのやり方で一矢報いてやろうと。

 当の彼女、柚木は短く驚いていた。そりゃあそうだろう。本人的にも、罰ゲーム的な何か

で一時の恥を強制されているのだろうから、本音を言えばさっさとご破算になってしまった

方が後腐れもない筈……。

「いや、だから。こちらこそ宜しくお願いします。正直俺はあまり、柚木さんのこと知らな

いけど……その辺はまあ、お互い追々」

「──」

 まさかOKを貰うとは考えていなかったのだろうか。とりあえず努めて、丁寧に応じて頭

を下げてみせると、彼女は暫く思考がフリーズしたように驚いたまま突っ立っていた。ギチ

ギチ。明らかに動揺した様子で、ゆっくり後方遠巻きの友人らに振り返り、一体どうすれば

と言わんばかりに救いを求めているように見える。ただ向こうも向こうで、想定外の反応に

困惑しているようだった。

(……仮に俺じゃなくても、誠意ある対応みたいな相手だったらどうする気だったんだよ?

ふざけるにしてもガバガバ過ぎるだろ……)

 まあいい。玲は半ば成り行き、もう半分はある種の打算でもってこの事態に相対すること

にした。要するに舐められていたからこうなったのだ。クラス内でのこれまでの立ち位置を

変え、少し考えを改めさせてやればいい。

「ええと……。えっと、その……」

「……」

 柚木、目の前の彼女は暫くこの友人らと目配せを──ああでもない、こうでもないとヒソ

ヒソ話をしていたようだが、結局腹を括ったようだ。遠巻き物陰の彼女らは戸惑いと、或い

想定していた反応いじりがいが見込めないらしいと判って、途端につまらなそうにしていた。玲は敢

えて待つ。こうしてしおらしくなっていれば、いわゆるギャル系な見た目ではあるものの、

別に彼氏の一人や二人ぐらい困りはしないだろうに。

「と、とりあえずお友達から……。その、周りの目もあるし……。知らないっていうなら、

先ずは……」

「そうだね。ならその辺で」


 どうせ面白半分で仕掛けてきたのだ。暫くこっちが動じずにいれば、すぐに向こうも白け

て辞めにしてくるだろうと踏んでいたのだが──。

「綾戸君~、お昼食べよ?」

「う、うん……。いいけど……」

 件の嘘告白と思われる出来事から三ヶ月ほど。柚木は思いの外、まだ緩い交際スタイルを

続けていた。内心、玲も正直判断し切るには迷いがあった。不確定さが増しているかのよう

な印象を受けた。

 確かにあの時、追々お互いを知ればいい的なことは言ったものの……こうも割と積極的に

関係性を維持しようとしてくるなんて。

 今までは昼休みなど、皆の喧騒の外へそっと退き、短時間で済ませて後は仮眠に充てるよ

うな時間だった。それが今ではどうだ? 何だかんだで彼女が自分の方から交流の場を作る

べく近付いてきている。クラスメートや周囲の面々が、流石に怪しんでもおかしくないぐら

いの頻度に少しずつ固まってきて。

「……ユズ、案外長持ちしてるね?」

「まあ、何だかんだで慎重派だったしねえ。誰しも初めては緊張するものさ」

「流石はモモ。まるで年長みたいな言い方をする」

 誰がババアだ!? あの時も一緒だった柚木の友人、桃井と咲良が横切られがてら、そん

なやり取りをしている。応援しているのか、茶化しているのか。バンッ! とノリよく机を

叩いて突っ込みを入れている前者を視界の端に捉えながら、玲は柚木と共にそそくさと教室

を後にして行った。既に思い思いの場所で昼食を取り始めている者、こちらの様子を見て噂

の走りを囁き始める者。様々なクラスメートがいる。

「いただきます」

「……いただきます」

 人目を避ける為、場所は決まって屋上へ続く階段前。平時はそもそも鍵が掛かっていて入

れない行き止まりであり、何より手すり側がちょうど壁になっていて目隠しに都合が良いの

だ。互いに気持ち間隔を空け、段の途中に座って弁当箱を開ける。

(こいつ、罰ゲームじゃなかったのか? 随分と粘るなあ……。俺の平穏な生活が……)

 玲は、密かに眉根を顰める。少なくとも三ヶ月前のあの時、彼女はそもそも自分がOKす

ると想定すらしていなかった筈だ。ならばこちらが肩透かしを狙い、真正面から受けて立つ

旨を発した際にあそこまで動揺はしない。友人達──おそらく唆した元凶の方を見て助けを

求めようとするような素振りは見せなかった筈だ。

 だというのに、何だかんだでずるずると、今日まで緩い交友関係は続いている。仮に自惚

れて良いなら、自分にああいう罰ゲームを強いる友人らを、彼女自身何処かで疎んでいたと

いう可能性もあるか?

「……そう言えば綾戸君って、毎日お弁当だよね? 他の男子は割と惣菜パンとか食堂で済

ませてるパターンが多いってイメージだけど……。自炊?」

「ああ。家の者が作ってくれてるから──」

 だからこそ、直後彼は己の発言の迂闊さを呪うことになる。

 和食をメインにした献立をちらっと覗きつつ、柚木から振られた話題につい何の気になし

に答えてしまう玲。ハッと気付いた時には、もう遅かった。別に彼女だって同じように毎日

弁当を持って来ているじゃないか──だが実際、自分と相手ではその背景バックボーンには大きな違いが

ある。

「もしかして綾戸君んって……大きいの?」

「……」

 しまった。寧ろそんな表情なり雰囲気で言葉を止めてしまったことが、相手に確信を持た

せてしまうことになりかねないのに。

 だが玲は実際、そう思わず目を見開いて箸を進める手を止め、数拍フリーズしていた。そ

んなの、ほぼ無言の肯定のようなものだ。拙いとは思ったが、既に彼女の方は少なからぬ興

味を示して次の質問を投げ掛けようとしていた。

 ……別に仲良くなる気も、必要もなかったし、そもそも隠したい部分だったのに。

「ふぅん? そっかあ。いつも影薄いキャラを演じてるなあとは思ってたけど、バレたらバ

れたで、余計なトラブルに巻き込まれかねないもんね」

「いや、勝手に大きいとか小さいとか、決めないでくれる? 普通に家の者って言い方ぐら

い、するでしょ」

「ええ~? そうかなあ? さっきの言いぶりからしても、家族が一人や二人じゃないって

感じだったと思うけど?」

 ふふ~ん? そっかあ……。玲は改めて否定したが、既に噂に戸口は何とやら。まだ匂わ

す程度の言い口だとはいえ、どうやら彼女に“邪推”を招いてしまったらしい。妙にニヤニ

ヤと、まるで悪く算盤を弾くような面持ちを浮かべていることから、多分そうなのだろうと

玲は内心頭を抱える。

「ねえねえ。もうあれから大分経ったんだしさ……。一度綾戸君のお家、遊びに行ってもい

い? “友達”なら、何も問題ないでしょ?」

「──」

 嗚呼、やっぱりそうなるのか。或いはこれも、彼女なりの罰ゲームの続きだとでも?

 何故まだ続ける? 何故自分に関わろうとする?

(……いや)

 それならいっそ、改めてガツンと痛い目に遭わせてやった方が良いだろうか?


「本当に大っきい……。っていうか、もしかして綾戸君っていい所のお坊ちゃんなの?」

「……」

 はたして、彼の逆転を狙った攻勢は正しかったのか間違っていたのか。

 数日後、学校帰りの玲は柚木を連れて、自分の家へ彼女を招待していた。場所は電車を何

度か乗り継いでようやく見えてくる、街の中心部からはそこそこ離れてた旧地区の一角、そ

の突き当りに建つ大きな日本家屋である。

「最初に行っておくけど……。来たいと言ったのは君だからね? 何があっても、俺は責任

を負わないからそのつもりで。本当なら、他の誰にも知られたくはなかったんだよ」

「? それはどういう──」

 ただ当の玲は終始落ち込んでいるというか、ピリピリとして。柚木がそんな様子を見、頭

に疑問符を浮かべたものの、もう遅かった。

「お……? おおおおおおおお!? 若が、若が女の子を連れて来た!?」

「えっ、マジ!? うわ、ホントだ! しかも結構ギャルっぽい感じの」

「ちょっとあんた達、出会い頭に失礼でしょうが! もっと丁重に出迎えなさい!」

 見上げるほどの巨躯を持つねじり鉢巻きの男と、対照的に線の細い、薄い金髪の色男。他

にもぞろぞろと、家屋もとい屋敷の中から玲及び柚木の姿を見て、関係者らしき面々が中か

ら出て来たが、程なくして薄青の着物を纏った女性がこれをまとめて一喝していた。瞬く間

に囲まれ、唖然とする柚木とはまたしても対照的に、当の玲も「そら見たことか」と言わん

ばかりに片手で頭を押さえている。

「……月城。どのみち第一印象は変わらないと思うよ」

「うっ。そ、そうですね……申し訳ありません」

「え、えっと? 大きなお家らしいってことは聞いていたけど……。皆さん、綾戸君のご家

族、なんですか? それにしては流石に多過ぎるし……」

「ええ……」

 コホン。玲に月城と呼ばれたこの女性を筆頭に、屋敷から顔を出してきた面々が改めて整

列し直して控える。柚木からの質問、カツンカツンと数歩彼女らの側へと進み出る玲を待つ

ように、月城は言う。

 さもその答えを、仕えられることを、心底誇りに思うが如く。

「お気付きのように、厳密に我々は若の“親族”ではございません。ただ広い意味での“家

族”ではあるでしょう。一つ屋根の下、日々お守りさせていただいている身ですので」

「何を隠そう、若こそ四百年以上続くこの名家、綾戸組の次期頂点に君臨するお方なのであ

りますよ」

「現当主──若の御父上である旦那様を含め、我々は代々、この地に生きる全ての者の守護

者であり続けてきました。まあ、有り体に言えばヤ──地主兼実業家みたいなとこです」

「……」

 さて、これで彼女も流石にドン引きをせざるを得なくなっただろう。玲は皆の下、その中

心へ立ちながら、そっと伸ばしっ放しだった筈の髪を大きく掻き上げていた。

 慣れた手付きで後ろへ撫で付け、露わになった素顔。その面持ちは、高校での陰気で目立

たないキャラクターとは大きく様変わりした強面。まだ未成年ながら、ある種の威圧感を備

えたその道のプロだったのである。

「……綾戸君?」

 唖然というよりも、愕然。柚木は彼及び背後でずらりと並び立つ面々──構成員達の迫力

に圧倒されてしまっているようだった。……それでいい。本来の姿を垣間見せた玲は、そう

黙したまま彼女を見る。月城や一部の側近らは、その意図に早くも勘付いていたのだろう。

 興味本位で──自分達わかに近付くな。

 それは何も、成り行きのまま交際を続けようとした、願った一人の少女を圧し折る為だけ

ではないにせよ。

                                      (了)

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